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オフ会! そして……

 そして、いよいよ決戦の時がやってきた。俺は電車を乗り継いで一路日本橋を目指す。人の目は、それほど気にはならなかった。寧ろ、男が気にした様子でこちらを見てくるのが楽しい。それが、可愛い女の子だと思って見ているのか、男か女かどちらだろうかと思って見ているのかは俺には知りようもなかったが。


 日本橋で地下鉄を降り、地上に出る。そこは、異世界だった。メイド服をはじめとするコスプレ姿の女の子たちがビラ配りをしていたり、萌え系のゲームやアニメの看板があちこちの店の前で鎮座ましまししているのだ。道行く人々も、痛々しいピンクのロリータファッションからコスプレまでさまざまで、確かにこれなら、俺の女装くらいでは特に目立たない気がした。


 きょろきょろと辺りを見回していると、竜の塒亭と大きく書かれた登りを持ったメイドファッションの女の子を見つけた。これが、目的の店だろう。時計を見る。現在11時55分だ。みんな既に来ていてもおかしくはない。


「あの、こんにちは」


 俺は恐る恐る声を掛けた。


「あ、お嬢様、お帰りですか?」


 どういう設定なのかよくわからないが、どうやら俺はちゃんとお嬢様に見えるらしい。俺は気にせず続けた。


「あの、今日十二時にここで5人で待ち合わせしてるんですけど、それらしい人たち来てますか?」


「ああ、既に三名様が来てますよ。ご案内しますね」


 メイドさんに案内されて、俺は店内に入った。店の中に客はその三人組だけだった。俺はその三人を見つめた。三者三様ながら、いずれもかなり美人に見える。


 一人目は、セミロングの黒髪に緩くパーマを当てた感じの髪型で、白シャツにベージュのスラックスというパリっとした格好だ。


 二人目は、ジーンズにティーシャツというラフな格好だ。細身なのに豊満な胸がティーシャツの上からでもわかる。髪は落ち着いた茶色で、綺麗なロングストレートだ。


 最後の一人は二人よりも少し若く見える。俺と同年代だろう。黒のロングヘアを複雑に結わえており、真っ黒なゴスロリファッションに身を包んでいる。


「お嬢様をお連れしましたー」


 店員がテーブルの三人に向かって言う。


「お、ひょっとしてナナミン?」


 白シャツの言葉に俺が頷こうとしたその時、


「コランドきたー!」


 ティーシャツが歓声をあげた。


「え、本当にコランドですの!? 女の子にしか見えませんわよ!?」


 ゴスロリが驚く。このしゃべり方、ユエだろう。


「確かに可愛く化けてはいるけど、美大生を舐めてもらっては困るな。キミの骨格はどうみても男だよ。つまりこれはコランドで確定。後はナナミンか」


 俺が口を開くよりも早く、ティーシャツが断定する。大学生ということは、こちらが弓子で、白シャツは薔薇雄ということだ。


「それにしても、女装上手だねぇ。おねぇさんびっくりしたよ。コランドは高校生? 普段から女装してるの?」


 薔薇雄が舐めるような視線で俺を見る。まずいぞ、完全に勘違いされている。もうすぐ、もう一人の女装の男、本物のコランドがくるはずなのに……。


「こ、高2で、女装なんて初めてです」


 俺はとりあえず答えた。


「先輩さんですのね。私は高1ですわ」


「あれ、随分好意的なのね、ユエ。男は嫌いだったんじゃないの?」


 弓子が冷やかす。


「えぇ、男は嫌いですわよ。ただ、初めて見ましたけど、男の娘というのもなかなか悪くないものですわね」


「だよね! こんなに可愛いなんて予想外だったし! お持ち帰り~したいくらいだよ」


 薔薇雄の言葉に、俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。俺もこんな美人にならお持ち帰りされたいが、それを口にする勇気は残念ながらない。


 しかし、こうしてみると、俺の女装はなかなか好評のようである。コランドがきた後でちゃんと説明すれば許して貰えるのではないか? そんな風に思っていたのだが……。


「お嬢様をもう一人お連れしましたー」


 先程の店員が最後の一人を連れてきた。


「ナナミンきたー!」


 弓子が叫ぶ。俺はぎょっとして最後の一人を見た。それは、見たことも無いような美少女だった。


「うわー、可愛ぇー。こりゃ反則だわ」


 薔薇雄が両手を挙げて降参のポーズをとる。


「確かに、オフ会で男警戒するのもわかるわね」


 弓子もしみじみと言う。


「ま、まぁ、思っていたよりは上ですわね。わたくしと同じくらいには可愛いんじゃないかしら」


 ユエはそう言ったが、自分の方が可愛いとは言わないあたり、虚勢だろう。


 実際、薔薇雄も弓子もユエも、俺の目から見ればかなりの美女美少女だが、それでもこの「ナナミン」はランクが一つ上に見える。着ているのは、シンプルで地味なくらいのジャケットとパンツルックで、化粧も全くしていないようだが、それでもなお、輝くような存在感がある。透き通るような白い肌や通った眉目、美しい楕円を描いた大きな瞳など、個々のパーツにも全体のバランスにも非の打ちどころがない。それこそ、ゲームの中のCGの美少女といった感じだ。


「ほら、ナナミン座って座って。ユエは口調で分かっているとは思うけど、私が弓子でこっちが薔薇雄よ。コランドもちゃんと女装してきてくれたし」


 弓子がざっと他のみんなを紹介する。俺と「ナナミン」の目が合い、二人同時に笑ってしまった。俺は悟った。ああ、間違いない、こいつはコランドなのだ、と。俺同様、ネナベであることを隠していたため、自分なりに精一杯、「女装した男に見える格好」を考えて来たのだろう。結果として、女子4人女装男子1人という、当初の予定通りになったのだから笑うしかない。


「それにしても、ナナミンは絶対ネカマに違いないと思っていたのに、予想が外れたわ」


 薔薇雄が言う。どうやらばれていたらしい。


「どうしてそう思ったんですか?」


 思いきり狼狽しながらも、俺はなるべく平静を装って聞いてみた。


「だって、女同士でどんな下着、って話をするときに、いきなり勝負下着にしか使わないような男に媚びたぶりっ子下着を挙げる時点でネカマであることを疑ってしまうわよね?」


 なるほど、次があったら気を付けよう。


「まぁ、確かにそれを聞くと怪しい気はするわね。でも、コランドもいたんでしょ? 勝負下着で見栄を張ったという見方ができないでもないか」


 あの時ログインしていなかった弓子でも俺の下着チョイスを怪しいと感じるとわ、危ない危ない。


「で、今日は勿論、ナナミンは本当にローラ・ラランの下着を着けているのですわよね!? 大体、あなたいくつなんですの!?」


「あ、あう、はい、あの、その……年は中3の15ですけど……」


「中学生の分際であんな男に見せるためみたいな下着を履くなんて、なんてけしからん……」


 ユエと薔薇男の追及に「ナナミン」はたじたじだ。見せろと言わんばかりの勢いに、俺は話題を転換する必要を感じた。


「えっと、僕のいるところで下着の話はちょっと……」


「下着と言えば、コランドの今日の下着は? ちゃんと女もの付けてるの?」


 弓子が目を輝かせながら俺を見る。しまった話題がこっちに来た。


「そ、それは、秘密です!」


 正直に答えてもよかったのだが、俺は答えをぼかした。遊は下着を買ってきてくれも貸してくれもしなかったため、俺の下着は男ものである。


「じゃあ、4人の中で誰が一番好み?」


 弓子が更に悪戯っぽく笑う。こ、これはかなりハードルの高い難問だ。答え方いかんでは今後の人間関係にひびが入るのではないか。他の3人も興味深げに俺を見つめている。


「それは……ナナミンですね。ナナミンには迷惑でしょうけど」


 悩んだ末、俺は正直に答えた。考えても見れば、本当は俺はコランドではないのだから、それほど気にする必要もないのではないか、そう思ったのだ。本物のコランドからすれば、迷惑かも知れないがそこはもう諦めてもらうしかない。


「残念、振られちゃったかぁ」


 薔薇雄が泣きまねをする。


「でも、そうでしょうねぇ。納得だわ」


 弓子はしみじみと頷いている。


「べ、別に、男に好かれなくたって気になりませんわ」


 ユエは少し悔しそうだ。


「きょ、恐縮です……」


 「ナナミン」は真っ赤になって俯いてしまった。


「で、でも、強いて言えば、ですよ。みなさん美人でびっくりしましたし。弓子やユエは美人でも全然不思議じゃないんですけど、薔薇雄が美人なのがショックで……」


 俺は必死にフォローする。


「ああ、確かに、薔薇雄は典型的な隠れ腐女子だよね。腐女子の本性を上手く隠して、キャリアウーマンをそつなくこなしてる感じ」


「それは弓子だって同じでしょ!?」


「ううん、私はそうでもないよ? 言ったけど、大学ではレゲー&レアニ同好会だし。同人誌も堂々とばりばり書いてるし」


「それって、やのつく三文字のジャンルですの?」


「もちろん!」


「そ、それは今度ぜひ見せていただきたいですわ」


 ユエが瞳を輝かせる。


「うーん、一応18歳未満はダメっぽいの書いてるんだけど、まあいいか。今度ね」


 話がディープになってきて付いていけない。「ナナミン」も相変わらず真っ赤なままで俯いている。


「それにしても、毎晩のようにゲームの中で遊んでいるみんなと会うなんて、新鮮よねぇ」


 弓子がしみじみと言う。


「そうですわね。でも、何故だかあまり違和感がありませんわ」


「一番違和感がないのは、ユエだけどね」


「確かに、リアルでもその喋り方だとは思いませんでしたよ」


 俺は、なるべくコランドと思ってもらえるように、丁寧語でしゃべるようにしているが、問題は本物のコランドがナナミンを演じられるかだ。どうみても緊張していて喋れそうにない。


「ナナミンはゲームの中と違って静かだね。やっぱり、リアル男が近くにいるから?」


「そ、そうですね、やっぱりちょっと、緊張してます」


 弓子のナイスな誘導に「ナナミン」が便乗する。「ナナミン」も助かったことだろう。PCのように喋れないのは男へのトラウマのせいだということにすれば、確かに不自然さは軽減される。


 その後は、お祭りムードでオフ会が進行した。材料がまったく見えない怪しげな名称の料理を大量注文し、それを平らげながら、各自が好きなようにゲームの話とリアルの話を持ちだして盛り上がったのだ。「ナナミン」も徐々に打ち解け、積極的に会話に参加した。


 俺が感じたのは、薔薇雄にせよ、弓子にせよ、ユエにせよ、ゲームだけでなくリアルでも頑張っているのだなということだった。彼女たちのリアルの愚痴は面白い。翻って、俺の話題はゲームの中のことしかない。みんなとの会話は楽しかったが、俺は徐々に自分自身が情けなく、いたたまれない気分になっていた。その点、ゲームの話題しか口にしないのは「ナナミン」も同様だったが、彼女はどう思っているのだろうか? ゲームに戻ったら話を聞いてみたいなと、そう思った。


「みんな、今日は来てくれてありがとね。おかげで楽しかったよ」


 3時頃になって、薔薇雄がそう切り出した。


「今日はもう東京に帰るの?」


 残念そうに弓子が言う。


「うん。新幹線のチケット買ってるし、そろそろ帰らないと、今夜の狩りに参加できないしね」


「確かに残念ですけど、また夜に会えますものね。今日は本当に楽しかったですわ。気をつけて帰ってくださいませ」


「うん、みんなも。特にナナミンは襲われないように!」


「は、はい、気をつけます」


「コランドは逮捕されないように気をつけないとね」


「逮捕されたら、みなさんに脅迫されたと自白しますよ」


 弓子の軽口にこちらも軽口を返す。俺は自分が、こんなに自然に女性と喋れるとは思ってもみなかった。


「さて、ここの勘定は持つから、先に出ておいて。最後にみんなでプリクラ撮ろう」


 薔薇雄が言う。


「いや、流石にそんなことさせられないよ。そりゃ、ナナミンやユエの負担は少し軽くしてあげる方がいいでしょうけど」


 弓子が慌てて言う。俺の負担は軽くならないらしい。


「社会人舐めるなー! 高給取りだから気にしない気にしない!」


 しかし薔薇雄はそう言ってカードでさっさと支払ってしまった。俺たちは口々にお礼を言った。なんとなくかなり申し訳ない気分だ。


「もう、無理しちゃって。ごめんね、ありがとう、ごちそうさま。次にこっちに来る時は、言ってくれたら泊めてあげるわよ」


「それはありがたいかも。是非お願いしたいな」


 滅多に関西には来ないという話だったのだから、それほどありがたい話でもないはずだが、弓子の提案を薔薇雄は喜んだ。おそらく薔薇雄は、俺達から奢られた罪悪感を減らすためにそう言ってくれたのだろう。なんていい奴なんだ。


 その後俺たちは、みんなでプリクラを撮った。プリクラなんて撮るのは生まれて初めての経験だ。しかも、美しい女性4人に囲まれてのものなど、家宝にしてもいいくらいだろう。


 そして、名残惜しく思いながらも、さよならを言ってみんなと別れた。薔薇雄以外も、関西とは言ってもみんなばらばらの場所に住んでいるようだ。ケータイの番号やメアドを交換できればとも思ったのだが、誰も提案せず、俺にも女性の連絡先を聞きだす勇気がなかったため、実現しなかった。みんな、毎日のようにゲームの中で会うのだから不要だと思ったのかも知れない。俺は一人で電車に揺られながら、祭りの後の一抹の寂しさを感じていた。


***


「ただいま」


 家に帰ると、遊が血相を変えて玄関まで走ってきた。


「まずいよ、お兄。早くパパとママのところに行って」


 オフ会の楽しい余韻が吹き飛ぶ。遊のこの焦りよう、いいニュースであるはずがない。俺は着替えることもせずリビングに入った。父と母がソファーに座って難しい顔をしている。


「やっと帰ってきたか。なんだ、その格好……」


 父がぎょっとした顔で俺を見る。ああ、恥ずかしい……。


「なかなか似合ってるわよね。悲しいことに……」


 母は諦めたような顔をしている。


「悪かったね。で、どうしたの、一体」


 俺が聞くと、父はテーブルの上を指差した。机の上には封筒がある。手にとって中を見る。それは俺の通う高校からのものだった。


『七海 航殿……上記の者の今年度の出席日数の足りないことが確定しました。本校には原級留め置き処分はないため、夏休みに行われる補講に出席し、課題を全て提出しない場合、本年9月1日をもって放校処分となります……』


 それは、紛れもなく、高校からの最後通牒だった。


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