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女装準備完了

「おい、遊、起きろ、起きてくれ」


 土曜の朝、珍しく早起きした俺は、オフ会に参加すべきかどうかを考え、結局、蹴られるのを覚悟でまだ寝ている遊を起こした。


「何よ、お兄……って、まだ6時じゃない! こっちはお兄と違って、土日でもなければ朝寝なんてできないんだからもう少し寝かせてよぉ」


 当たり前だが、遊の機嫌は悪い。しかし、こちらも引き下がるわけにはいかない。


「ああ、悪い。しかし恥を忍んで頼む。一生のお願いだ。遊、俺に化粧を教えてくれ」


 そう、俺の出した結論、それは、コランドが許されるのであれば、女装さえしていけば俺が男でも許されるのではないか、ということだった。


「はぁ?? な、何わけわかんないこと言ってるのよ!? 遂にとち狂ったの?」


 遊が素っ頓狂な声をあげる。無理もない。


「頼む。今日のオフ会に女装していかなければならないことになったんだ。お前の化粧テクを伝授してくれ!」


「じょ、女装して外にでる気なの!? やめてよ、そんな恥ずかしいこと……」


「俺の他に、もう一人の男も女装してくるんだ。あとの3人は女性らしいんだが。ゲームの中の友情を壊したくないんだ、頼む!」


 俺の必死さが伝わったのか、遊は真剣な顔で考え込んだ。


「まあ、女装でもなんでも、お兄が約2カ月ぶりに外に出るっていうなら、協力しないではないけどさ」


「ありがとう、遊、恩に着る!」


 俺は思わず遊に抱きついていた。


「や、やめろ、触るな、変態!!」


 俺の喜びと感謝が伝わらなかったのか、遊は無情にも俺を蹴りはがした。


 俺と遊はとりあえず朝食をとって、遊の部屋の化粧台で練習を始めた。


「まあ、お兄は肌白いし荒れてもいないから、あんまり化粧とか意味なさそうだけど」


「それはお前だって同じだろ?」


「そうなんだけど、みんなしてるのに自分だけしてないと仲間外れになっちゃうしね」


 中学生にもいろいろあるらしい。遊は試行錯誤の末編み出したというごくごく薄いメークを伝授してくれた。ほんの僅かにファンデーションを付け、頬に赤みを足し、可愛い色のリップを塗り、まつ毛を軽くカールさせる。それだけで、少し垢抜けた感じになるというのだ。やってみると、確かに悪くない。


「どうだ、遊、ちょっと可愛くないか!?」


「確かに、気持ち悪いくらい似合ってるわね……」


 遊がげんなりした顔ながらも同意してくれた。


「服は、どうしたらいい?」


「さすがにあたしのじゃ小さすぎるでしょ。買ってくるしかないんじゃない?」


「そうか……」


「あと、髪がぼさぼさなのが致命的だよ。美容院にいって、フェミニンな感じのショートヘアにしてもらったらいいんじゃないかな。前髪長めにして綺麗にセットしてもらえば、それなりに見えるようになると思うよ」


「いや、そんなのかなり金がかかるだろ? はっきり言って、金なんてないぞ」


 一応小遣いは貰っているがそれほど多くないし、毎月かつかつなのだ。貯金もPCにつぎ込んでしまっており、すっからかんだ。


「それはそうだけど、いいわ、任せて」


 そう言って、遊は部屋から出ていくと、暫くして戻ってきた。


「ママに言って出資してもらった。お兄が外に出るって言ったら、喜んで散髪代と服代出してくれたよ。あと、ついでに小物も揃えちゃおう」


「ほ、ほんとか!? ありがとう」


「いいけど、その代わり、服はともかく小物は使い終わったら私にちょうだいね。流行り物じゃなくて、定番アイテムを中心に揃えるから」


「ああ、任せた」


「じゃあ、お兄が美容院に行ってる間に、私は服とかを買ってくるわ」


***


 俺は化粧を落として、生まれて初めて美容院(散髪屋ではなく)の扉をくぐった。遊の行きつけの美容院で、カットだけならかなりリーゾナブルな値段らしい。


「美容師は葛川さんを指名したら間違いないよ。すっごく美人だし、優しいし!」


  久々の外出、初めての美容院だというのに、その上美人とコミュニケーションを取れとは、遊もハードルを上げてくれる。だが、昼からのオフ会のことを思えば、行かないわけにはいかなかった。


 開店直後に入ったため、店の中には俺の他に一人しか客がいない。


「いらっしゃいませ。こちらは初めてですか?」


 美容院に入ると、ミディアムショートの綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。緊張する。


「は、はい、い、妹の紹介で……葛川さんにお願いできますか?」


 遊に言われたとおり、紹介であることをアピールした上で葛川さんを指名する。紹介制度を利用すれば、二人とも割引を受けられるシステムらしい。


「ありがとうございます。私が葛川です。妹さんのお名前は?」


「七海 遊です」


「ああ、遊ちゃんのお兄さんなんですね。じゃあ、こちらに座って、お待ちの間にこの用紙に記入をお願いしますね」


 葛川さんの優しい笑顔にどぎまぎしながら、俺はヘアカルテという用紙に必要事項を記入していった。


 暫くすると、俺は名前を呼ばれて流し台に案内された。


「今日はシャンプーはどうなさいますか?」


 別に俺はシャンプーの重要性を認識しているわけではないが、遊はしてもらうべきだと強調していたため、助言に従うことにした。


「お、お願いします」


 座っている椅子が倒れていき、流し台に頭を入れる形で俺は仰向けになった。水はねを防ぐためだろう、店員さんが顔に覆いをかけてくれる。

 その後は、天国だった。こんなに美人な葛川さんが、俺の汚い頭を、それはもう丁寧に洗ってくれるのだ。頭皮を擦る指使いがそれはもう官能的だ。

 シャンプーが終わると、ここでようやく髪を切るための席に移動した。


「どんな感じになさいますか?」


 葛川さんが優しく聞いてくれる。


「あの、えっと、ふぇみにんな感じのショートヘアに……」


 遊に言われたとおりに言ってみる。


「フェミニンですか??」


 店員さんは理解できないかのような顔をしている。しまった、言葉の使い方が違うのか?


「えっと、前髪は長めにして、綺麗にセットしてくれると嬉しいんですけど」


 慌てて言葉を足す。葛川さんは暫く考えた後、解りましたといって髪を切り始めた。俺は、どんな髪型にされるのかが怖くて、目をつぶって寝た振りをしていた。他の席では、店員と客が談笑しているが、葛川さんは気を使ってくれているらしく、黙って切ってくれている。こんな美人と喋れる機会などそうはないのであるからもったいない気もするが、黙って座っているだけで精一杯だった。


 葛川さんは最初は大胆に、その後は微調整のような形で鋏を入れていく。


「前髪の長さはこれくらいでよろしいですか?」


 葛川さんが聞いてきた。


「はい、大丈夫です」


 俺はろくに見もせずに答えた。


「では一度髪を流しますね」


 そして再び流し台に移動して流してもらい。その後にまた髪を切るための席へ。散髪屋なら、席の移動なんてないのにどれだけ手間暇をかけるのだろうか。葛川さんは、更にもう一度シャンプーをしてくれた。そして、席に戻って髪に何やらスースーするものを付けた上での、マッサージだ。気持ち良すぎる。後は、ドライヤーで髪を乾かし、ワックスを使って髪をセットしてくれた。


「こんな感じでよろしいですか?」


「うぉっ!?」


 それまで、なるべく鏡を見ないようにしていた俺は、恐る恐る鏡に移る自分を見て、悲鳴を上げてしまった。かなり見栄えのいい髪型だ。特に、額と目にかかる前髪の造詣が絶妙で、まるで自分ではないようだった。これなら、見ようによっては多少可愛い女の子に見えなくもないのではないか。


「航君は中性的な顔立ちだから、こういう髪型も似合いますね」


 葛川さんがにこやかに言ってくれる。


「あ、ありがとうございました」


 俺が深々と頭を下げると、葛川さんは少し驚いたように目をぱちくりしながら、いえいえと言った。


 そして会計だ。遊はこれで十分と、母から貰った金の内3000円を俺に渡してくれたが、3000円と言えば、昔俺が行っていた散髪屋の金額だ。30分以上にわたってこれだけ充実したサービスを受けたのだ、3000円で足りるわけがないだろう。いくら請求されるのか気が気でなかったのだが……。


「2000円になります」


「そ、そんなに安いんですか?」


 俺は信じられなくて思わず聞き返してしまった。


「はい。遊ちゃんの紹介なので、500円引きさせて貰っています」


 つまり、正規の価格でも2500円ということか。リーゾナブルどころか、かなり安く感じる。これではもう、汚いおっさんのやっている床屋になど行く気がしない。俺は満足感いっぱいで家に帰った。


***


 俺が家に着くと、玄関には買い物袋を抱えた遊がいた。


「あ、お兄、お帰り。それにしても、化けたわね……」


 遊がしみじみと俺の顔を見つめる。


「だろ? 俺もびっくりした。すごいな、あの美容院。床屋よりも安いのに」


「うんうん。まあ、パーマやカラーを入れるとなると、かなり高くなっちゃうんだけどね。カットだけならほんとコスパいいよね!」


 遊が得意気に言う。


「葛川さんも、ほんと美人だった!」


「でしょでしょ!? 美人だしスタイルいいし、優しいし、カットも上手いし! ほんと素敵だよね」


 遊が目を輝かせる。よほど葛川さんに憧れているのだろう。


「それが買ってきてくれた服か?」


「そうだよ。着てみなよ」


 遊に渡された袋を、俺はどきどきしながら開けた。遊が買ってきたのは、ジーンズ地のホットパンツと黒のニーハイ、膝上まであるゆったりした白のサマーセーターと、セーターにおそろいの白い帽子、それに可愛いスニーカーだった。


「ホットパンツに黒ニーハイか……」


 まさか自らの脚で絶対領域に挑戦することになろうとは……。


「お兄は細いから大丈夫でしょ。ふとももの半分くらいはセーターで隠れるし」


 俺は促されるままに女ものの衣装を身につける。


「どうだ?」


「そうね……これもしてみて」


 言って、遊は赤縁の伊達眼鏡と可愛いハンドバックを渡してくれた。完全武装した俺を見て、遊はうんうんと頷いた。


「女装って聞いてかなり引いたけど、こうして見るとなかなかね。普段の格好より断然いいんじゃない?」


 辛辣な遊にそう言われると、かなり自信が持てる。俺はなんとなく、オフ会が楽しみになってきていた。


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