絶望の塔(前編)
私の目の前に、死の塔がそびえ立っている。この世界の、全てのモンスターを詰め込んだ恐怖の塔、タワー・オブ・デス。一人で挑もうものなら、恐らくほんの数階でリタイアだろう。しかし今の私には仲間がいる!
「どきどきするね!」
「ええ、さすがに高く見えますわ」
「太くて長くてたくましry」
「みなさん、行きましょう!」
コランドに促されて、私達は次々と塔の門をくぐった。
門をくぐると、そこは広いホールのような場所になっていた。中央には場違いな事務机があり、美しい女性が一人、席について書類を作成している。
「タワー・オブ・デスへようこそ。新しい冒険者の方々ですね。私の名はラニーニャ。主からこの塔の管理を仰せつかっています。ここでは塔への入場手続きと、簡単な注意事項の説明をさせて頂きます」
ラニーニャはこちらの言葉も待たずに一方的に話続ける。私達はみんな黙ってそれを聞いていた。
「当塔は全60フロアからなっております。ここ1階を抜けると時間制限があります。2階から45階までが1フロア10分、45階以上が1フロア15分となっており、制限時間をオーバーすると強制的にリタイアとなります。5階ごとに魔王が配置されており、15階毎に中断ポイントが設けられております。中断の場合には、同じメンバーでなら中断から72時間以内であれば中断した階からの再挑戦が可能です。なお、再開の際にはパーティーメンバーを減らすことはできますが、増やしたり、入れ換えることはできません。また、一度減らしたメンバーはその後再度中断して再開する際もパーティーに戻ることはできませんのでご注意ください。15階おきの中断ポイント以外でも、いつでも挑戦をやめることができますが、その場合、再挑戦はまた1階からとなります」
「説明長いね」
思わず私が漏らすと、
「私聞いてないよw」
「私も。どうせコランドが聞いてくれていると思って!」
薔薇雄と弓子がぬけぬけと言う。コランドは苦笑した。
「なお、今回このパーティーに参加されているメンバーの方が、他のパーティーでも当塔に挑戦され、中断されている場合、今回の入場手続きによって自動的に前回のパーティーからは除名されてしまいますのでご注意ください。それでは、入場を希望する場合には署名をお願いします」
ようやくラニーニャの説明が終わり、私はうんざりしながらも書類に署名した。
「それでは、パーティー名 あん あんじゅ ぱす、リーダー名 コランド、パーティーメンバー ユエユエ、ナナミン、薔薇雄、弓子で受付けました。では、みなさま、存分に当塔に絶望下さいませ」
ラニーニャの言葉と共に、私達は階段に飛ばされていた。
「えらく挑発的な受付嬢でしたわね」
「あれは絶対どSだねw ゾクゾクきたww」
「まぁ、それだけこの塔の難易度に自信があるんでしょうね」
「面白い、逆に絶望させたるわ!」
「そうね。私たちの力、見せてあげましょう」
私達は、螺旋階段を上っていった。前列が私と薔薇雄、中列にコランドと弓子で、ユエが一番後方だ。階段の終わりに、2階の表示のある扉がある。
「行くわよ」
私は扉を開けた。中に居たのは、大量の幼女の群れ……スライムだった。
「スライムが現れた!」
「まさに幼女地獄ww」
「ぼさっとしてないで、殺るわよ!」
私は少し焦っていた。スライムは最弱のモンスターなのだが、実は私はスライムが苦手なのだ。大量に出てこられるとまずい。スライムの攻撃速度は極端に遅く、また攻撃と攻撃の間も長いため、カウンターのタイミングが読めないのだ。こんなところで苦戦している様を見られたくはないから、他のみんなに頑張ってもらいたいのだが……。
「ナナミン、この敵苦手そうですね」
コランドがいきなり核心を突いてくる。
「確かに、ソード・ダンス・カウンターで狩るのは難しそうね」
弓子が笑う。くそ、悔しい。
「そ、そんなことないわ! 見てなさい!」
私はとりあえず大量のスライムの中に突進した。
「ソードダンス・カウンター!」
しかし……カウンターの構えをとってもスライムは無邪気に跳び回るだけで、なかなか襲いかかってきてくれない。そして、私のカウンターの構えが解けた時に限って、ぺちっと私を殴っていく。
「あはは、なんか可愛いですね」
「ほんと、癒されますわ」
「レベル98、レジェンド・オブ・デス 狩りのソードフェアリーにはみえないねww」
「みんな、そんなに笑っちゃだめ! ナナミンは優しいからスライムが斬れないのよ!(笑)」
みんなが私を笑う。
「もう、見てないで手伝ってよ! 10分しかないんだよ!」
「悪かったわ。一気にヤっちゃいましょ!」
弓子が適当に罠を仕掛け始める。そして、
「どっかーん!」
弓子の掛け声とともに、スライムたちが一気に泣き出す。オーバーキルのため、身にまとったゼリーも大半が吹き飛んでいた。
「さすがに大人げないですね……」
コランドの呟きに反論できる者はいなかった。
スライム地獄を抜け、私達は、順調に階を重ねて行った。序盤はカエル女、クモ女、ヘビ女、子ぶた女、虎女と、昆虫系、動物系の低レベルモンスターが中心だ。はっきり言って敵ではない。特に、大量に湧いている雑魚モンスターに、弓子の罠はうってつけだ。
「さすが、弱いものいぢめの女王ww」
「やめて、そんなに悪趣味じゃないわ!」
弓子は否定したが、私を含め他のみんなの出番がないくらい、弓子の罠は圧倒的に凶悪だった。
5階、10階、15階の魔王も、初期のクエストで誰でも倒せる最弱の三馬鹿魔王、トン、チン、カンだった。ここまでは明らかにウォーミングアップだ。
魔王カンを倒すと、そこに輝く石碑が現れた。これが中断ポイントだろう。
「さて、これで四分の一ですね。当然、進みますよね?」
「もちろんww まだナニもしてないしww」
確かに、薔薇雄も私も何もしていないに等しい。
「罠は足りますかしら?」
「まだかなりあるけど、一応使った分補充させて。50個もらえる?」
「どうぞですわ」
ユエが罠を地面に落とす。
「あ、お金は払うよ」
「わたくしのために戦ってくれているのですから代金なんて不要ですわ!」
「いや、別にユエのためだけじゃないんだけど、まぁ、お言葉に甘えておくわ。ありがとう!」
「どういたしまして、ですわ」
「じゃあ、行くわよ」
私達は、再び螺旋階段を上り始めた。
16階で私たちを出迎えたのはゾンビ娘だった。中級モンスターだが、こいつも攻撃が遅く、苦手な相手だ。
「ナナミンって、強いモンスターには強いですけど、弱いモンスターには弱いですね……」
「そりゃ、相手の攻撃を反射するスタイルだからね……高ダメージ、高アタックスピードなら瞬殺なんだけど」
「まあ、ここも女王に任せとけってことだねww」
「はいはい、ちゃっちゃとやるわよ!」
弓子の罠でゾンビ娘が消し飛ぶ。オーバーキルで腐り爛れた肉が吹き飛ぶと、中から新鮮な美少女が出てくるから謎だ。
「弱い者いぢめは趣味ではありませんが、ここなら僕も手伝えそうですね」
言って、コランドも退魔結界を張り、次々とゾンビを葬っていく。
どうやら、15階からは中級不死者のエリアに突入したようだ。骨娘(剣)、骨娘(弓)、グール娘、マミー娘、レイス娘、ゴースト娘、エトセトラ、エトセトラ。20階、25階の魔王はソロでも狩れる中級魔王、ゴーストの王クリスティアと、マミーの王オルティウスだ。魔王相手には一応壁を務めるが、それでも地味な立ち回りである感は否めない。
「ナナミン、出番ないねwww」
「うんwww」
あまりの悲しさに、私まで薔薇雄のように下品に笑ってしまった。
「もうそろそろ出番は来ますよ」
コランドが慰めてくれる。そうあって欲しいものだが……。
私たちは順調にフロアを攻略し、29階に辿り着いた。
「お、ここは不死子ちゃんか」
29階には、大量の不死子、すなわち、アンデッドの姫君サンクレアがひしめき合っていた。
「流石に、今までみたいに適当な動きはできませんわね」
確かに、サンクレアは一人で何体も抱えられる敵ではない。ようやく見せ場が来そうだった。
「とりあえず、慎重に進もう。私と薔薇雄で支えるわ」
「了解!」
私と薔薇雄は、適当な位置まで歩を進め、襲ってくるサンクレアを迎え撃った。
「ソードダンス・カウンター!!」
「遠慮しないでどんどん打ってww」
前言撤回、薔薇雄は単に殴られるのをただ待っているだけだった。コランドが聖域結界で体力を回復してくれると共に、退魔結界で敵を焼く。弓子も敵に殴られないように立ち回りながら罠を置いていく。レジェンド・オブ・デスの時と同じ動きだが、どうやらこのパターンがこのパーティーの最適な戦術のようだ。大量のサンクレアもあっけなく殲滅させてしまった。
「危なくなったら賄賂をばら撒こうと思ったのに、杞憂でしたわね」
「まあ、少なくとも、賄賂の出番は必ずあるわ。レジェンド・オブ・デスだって出てくるんだから」
「そうですわね。それまでは、下僕たちに任せておきますわ」
「だそうよ、薔薇雄とコランドは頑張ってね」
私はさりげなく下僕でないことをアピールしたが、二人はまんざらでもなさそうだった。
そして30階。
「ここの魔王はマリーちゃんか」
「29階がサンクレアだった時点で予想はしてたけどね」
そう、コランドと二人で倒した不死の女王マリー・イブ・ロッシュだ。ユエは戦力外としても、四人がかりならなんとでもなるだろう。そう思っていると、コランドが作戦を提案した。
「一応、序盤は魔法攻撃が多いので薔薇雄に前衛を務めてもらって、ナナミンはワールドエンド・ソード・ダンスで削り、憤怒に入ったらナナミンが壁を務めて薔薇雄がリベンジを当てる。弓子は遊撃。ユエはいざという時のために賄賂準備。こんな感じでどうでしょう?」
確かに、私一人で支えると、聖域結界があるとは言え、運が悪ければ魔法に殺される恐れがある。客観的に見て、合理的な作戦だろう。
「了解。初っ端にワールドエンド・ソード・ダンスを当てるわ。分かっているとは思うけど、ダンスの魅了を考慮に入れて結界を張ってね」
コランドが頷く。
「行くわよ、ワールドエンド・ソードダンス!」
……結果は、瞬殺だった。何の危なげもない。人数が増えているのだから、当然と言えば当然なのだが。
「これで30階。半分制覇ね」
フロアの中央に石碑が現れる。
「どうしますか?」
「ここまでで掛った時間が2時間半か。もう15階くらいは行けそうかな?」
弓子が言う。確かに、多少疲労感はあるが、まだまだ行けそうだ。
「私も特に問題ないわ」
「うし、行くかww」
「そうですわね。45階までにならわたくしの出番もあるかも知れませんですし」
さすがにユエも、何もしていない状況が辛いのだろう。
「ユエはいてくれるだけでも十分ですよ」
コランドがフォローする。
「そうそう。だから罠頂戴ね!」
弓子が混ぜ返すが、これは照れ隠しのように見えた。
「ほーっほっほ、よろしいですわ! コランドも魔法陣を補充しておいてくださいね」
しばらく休憩して、私たちは再び塔を登り始めた。