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勇者だけどLv1  作者: 藤堂由貴
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俺が勇者?

  むかしむかし、おじいちゃんとおばあちゃんが生まれるよりも昔。この世界は魔王の支配に苦しめられていました。

 魔王はモンスターたちに命令して、たくさんの村を襲いました。

 しかし、ある日、とある村の少年が立ち上がります。

「お母さん、僕が村を守るよ」

 そう言って、選ばれし四人の少年少女と共に旅立ちました。

 そして見事魔王を封印したのです!

 世界の人々は喜び、少年の村にお礼の品々を送りました。

 やがて村に帰ってきたのは一人でした。

 村の人々が他の少年たちのことを聞くと、全員で散りじりになって世界を良くするために旅をしているというのです。

 なんて素晴らしい少年たちでしょう!

 帰ってきた少年も故郷を守るために帰ってきたのです!

 村の人々は感動し、立ち上がった少年の像を村に作りました。

 立ち上がった少年の名前はリド。彼とその仲間たちは勇者の一行として語り継がれているのです。


 俺が産まれた年はそれはそれは盛り上がったらしい。何故かと言うと村の占い師が「今年は勇者が生まれる年だ!」とか言ったからだ。今年子供を産む予定だった夫婦はわくわくしていたとか。

 俺と同じ年の子供は全部で八人。その中に勇者がいるわけだ。もちろん女の子も候補になる。

 勇者の選出方法は簡単だ。村の近くにある「導きの森」に同時に入って、一番先に「導きの花」を詰んで帰って来やつが勇者となる。

 誰もが自分が勇者と思ってレベルを上げたり、知識を蓄えている。.....俺を除いて。

「勇者、誰がなるんだろうな。確実に俺じゃないけど」

「お隣のガルムくんじゃないかしら。あの子、とても優秀だもの」

 もはや母さんにすら諦められている俺、名前はリド。村一名前負けしている男だ。なぜなら、リドという名前は五百年前の勇者の名前なのだ。勇者リドとその仲間たちの伝説は、この世界なら誰でも知っている。勇者が生まれると知って、期待した両親がそうやって名付けた。まぁ、三年後には期待を裏切る俺だったが。

「まさか何も出来ないなんて思わなかったわ」

「あっはっは。.....ごめん」

 母さんは諦めたわと微笑みまで浮かべた。

 五年くらい前までは、なんとか俺を勇者にしようとあれこれやっていたが、あまりにも何もできない俺にとうとう諦めがついたらしい。

(五年前まではガミガミ怒鳴って、笑うことができないと思ってたな)

 怒る母親が怖くてあまり会話もしてこなかったが、母さんが笑うようになってからは会話が増え、時々一緒に買い物に行くようになった。

 俺も今年で十五。職には就かないと母さんに申し訳ないから今はパン屋で仕事をさせてもらってる。

 パン屋のおっちゃんは仕事をさせて欲しいって言った時に、俺が勇者の代の生まれだと知ると「こんなとこで働いてていいのか!」と俺より大慌てだった。

(今じゃ、いやー勇者よりパン屋の方が向いてるぜ、なんて言うからな)

 こんなことを思い出すのは今日が勇者が決まる日だからだろうか。関係ないとは思いつつもやっぱり緊張してるのかな。

 もうすぐ正午。勇者を決める儀式が始まる時刻。

 俺はリビングの椅子から立ち上がって、玄関へと向かった。

「行ってらっしゃい」

 背中からかけられた言葉に小さく笑う。

「行ってきます」



 導きの森には既に他の候補者が集まっていた。

「お、やっと来たか」

「これで全員かしら」

 エドワード・カミル。レベル九。日に焼けた精悍な顔立ちだ。筋肉の量からして力を鍛えていたのだと思う。

 リリー・ブロード。レベル六。彼女も日焼けしている。けどエドワードほどじゃない。手にマメがある。剣だこってやつか。

「はぁ、始まるよぉ...。もっと勉強してた方が良かったかな...」

 アクト・キャランド。レベル四。真っ白。いや真っ青。見た目で判断して申し訳ないが、百パーセント頭脳派だ。まぁさっきのセリフからしても勉強に力を注いだんだと思う。

「だ、大丈夫? アクト、真っ青...」

  エミリー・シシューラプト。レベル七。健康的な肌色でアクトの体調を心配している。あくどい奴ならここでラッキーくらいには思うからいい子なんだと思う。

「ふん、これくらいで真っ青になるようじゃこの先ついていけないぞ」

 コハン・ククリア。レベル七。いかにも知的って感じの男。口調はきついが声をかけている分優しいのだろう。

「いやー、どうなんのかな!」

 ジョウン・ビクリート。レベル六。いつも明るい男だ。よく家の外から声が聞こえていた。明るい髪色が特徴的だ。

「さぁ。でもやり遂げるよ」

 ガムル・ワームリード。レベル十。俺の幼馴染。どうもこいつはあまり好きになれない。何故、と言われても困るが多分合わないやつなんだと思う。でも、こいつが勇者に一番近いと言われている男だ。

 そして俺、リア・オールミドル。レベル一。ある意味勇者だ。

「ふむ、全員集まったか」

 森の前に立っていた長老(小さくて全く見えなかった)が声を張り上げる。

「では! 今から! 全員を! スタート地点へ! 連れていく! ゴホゴホ! 各自! 名前の! 書かれている! 紙を! 持っている! 人の! 所へ! 行けェ! うぇ、げほ!」

 長老、大丈夫か.....。

 長老が心配になりながらも周りを見ると、確かにそれぞれの名前を書いた紙をもつ大人が立っている。皆が大人が連れている馬に乗ってスタート地点へ向かう中、俺は一人困惑していた。

「あの、長老。俺の、リア・オールミドルの紙だけないんですけど」

 噎せて付き添いの大人に背中を摩られていた長老が顔を上げ、すっと立ち上がった。(それでも俺の腰くらいしかない)その手にはリア・オールミドルと書かれた紙。

 長老が持ってたのかよ! そりゃ見つからないわ!

「あ、長老が持ってたんですね...。で、俺のスタート地点は?」

「ここじゃ。ラッキーじゃの。動かんでいいぞ」

 え、喜ぶとこなんだろうか。なんだかどや顔をしている長老に棒読みの喜びを口にした。



 移動が無い分、暇だった俺が長老と長話をしていると森の上空のあちこちに黒い煙が上がった。

「七つか。全員スタート地点に着いたようじゃの、それならば始めるとしよう。よいか、これを打ち上げたらスタートじゃ」

 なるほどと頷いて、森を見る。木々が密集しているせいか中は薄暗い。

「ゆくぞ、始め!」

 ぱぁん!

 赤い煙が上空へ打ち上がる。多分それを見て森の様々な入口にいる候補者たちは森へと入っていったことだろう。だが、俺はその場に膝をついた。

「こんな大きな音がするなら、耳栓でもくださいよ!」

 まだ頭ががんがんする。文句を言いつつ、長老と付き添いの大人を見ると、彼らはちゃっかり耳栓をしていた。酷すぎる。

「あーもぉ! タイムロスですよ! ここラッキーじゃなくてアンラッキーじゃないですかぁ!!」

 耳鳴りと頭痛が治まった俺は、背後の二人に叫びながら森へと走った。

「ふむ、一番やる気がないと思っておったが.....」

 だから、長老のそんな呟きなんて聞こえてなかったんだ。



 薄暗い森を木々の隙間から漏れる僅かな光を頼りに進む。最初は入口の光でそこそこ見えていた地面も奥に進むにつれてだんだんと見えなくなってきた。それに比例して俺の歩みも遅くなる。

 体感的に三十分ほど歩いただろうか。森の奥が僅かに光っているように見える。

 導きの花の特徴は青く発光すること。

 俺は期待を持って、そちらへと歩いた。強くなる光に目を薄めて進む。最も光が強い場所へ踏み出した瞬間、ぶわっと風が顔に直撃した。思わず目を閉じる。

 そっと目を開くと、そこには青く発光する小さな花が地面一帯を埋めつくしていた。

 ここだけ木が少なく、半径三メートルほどの円形の広場が出来ていた。風は上空から入ってきているようだ。周りの木の葉で太陽の光は少し遮断されているものの、他の場所に比べれば圧倒的な明るさがある。

「なんだこれ.....。すげぇ.....」

 青く輝く地面と太陽の光で幻想的な空間が生まれていた。そっと地面に膝をつき、一番手前の花を手に取る。

 ぐわん、と頭が揺れる感覚。脳裏に浮かぶのは俺の手にある青い花を見る母親の笑顔。は、と息を吐き出した。

 今のは、なんなのだろうか。無事に帰ってこいと言われたがゆえの想像なのか。でも、なんでこんな時に……?

 目の前の青い花がなんだか恐ろしく見えた。三歩ほど下がり、もう一度その光景を目に焼き付けて俺はその場所を後にする。あのまま見続ければ、囚われてしまうような感覚があった。

 また薄暗い道をゆっくりと歩いて戻る。導きの花を落とさないように行きの十倍は慎重に歩く。万が一落として、この小さな光を見失いたくはない。

 足元を注視していた俺の視界に光が見えた。一瞬、さっきの場所に戻ってしまったのかと焦ったが、目を凝らしても青い光には見えなかった。少しだけほっとしてその光に向かって歩く。強い光に目を閉じて、光の中へ踏み出すと大きな歓声が聞こえた。

「勇者が帰ってきたぞ!!」

 目を開けるとそこには、村のみんな。長老も、迎えに来てくれたのか母さんもいる。

 目を見開いて固まる母さんに駆け寄る。

「ただいま、母さん」

「ええ、ええ。おかえり.....。ええ.....」

 なんだか様子のおかしい母さんを訝しげに見る。そこで先程の言葉を思い出した。ついさっき、帰ってきた時、村の人はなんて言った?

「勇者が帰ってきたぞ」

 そう言わなかったか。確かに俺は勇者候補。だけど勇者ではない。勇者になる条件は……。おいおい、まさか!

 一つの結論に目を見開く俺に長老が声をかける。

「おめでとう。おぬしが勇者じゃ! 一番に帰ってくるとは驚いたの」

 やっぱりか!!!

 俺はまさかまさかの一番乗りをしてしまったらしい。

 つまりだ、俺が一番ありえないと思っていた勇者になったということだ。

 予想がリアルになった俺は思い切り叫んだ。

「嘘だろおおおおお!?」

 当時まだ森にいたリリー曰く、その声は森にまで響いてきたとか。



 呆然としていた俺は突然の温もりに意識を現実へと戻した。

 温もりの正体は、母さんだった。

「おめでとう.....! おめでとう! ありがとう!」

 俺を抱き締めたまま、おめでとうとありがとうを繰り返し言いながら、涙を零していた。俺はようやく自分が勇者になったのだという自覚と興奮、そして感動が湧き上がってきた。

 なんだかんだ言いつつも、何も出来ない子だと自他ともに認めていても、やっぱり勇者には憧れていて。

 幼馴染に嫉妬しながらも、俺には無理だと言いながらもどこかで俺がなれたらという夢も確かに持っていたのだ。

 そして何より、父さんが死んでから女手一つで育ててくれた母さんが喜ぶことをしてあげたかった。

 子供の頃に怒ってばかりの母さんが嫌いだった。けど、ここ数年の諦めた笑顔の母さんも本当はあんまり好きじゃなかった。だからパン屋で働いて、何も出来ない分、お金を稼ごうと思っていたんだ。そしたら、いつか普通に笑ってくれると思って。

 本当は勇者になるための鍛錬をすることが一番喜ばせると分かっていた。けれど、記憶力は平凡以下。運動も苦手。魔力はもちろん無くて、武器を持てば周りに被害。文字通り、何も出来なかった。

 俺がなにかする度に期待して、落胆する母さん。それが悲しくて、悔しくて。そんな顔しかさせられない自分が大嫌いで。

 だから、敢えて何もしないようにした。そうすれば母さんは期待しない。期待しなければ、落胆もしないから。

 今日、ようやくこの人を喜ばせることができた。お金を稼ぐよりも勇者になれたときの方が喜んでると思うと複雑な感じがするが、彼女がずっと望んでいたことだから仕方ないのかもしれない。

「おぬしが勇者。これは決定じゃ。残りの子らの内四名がおぬしのチームとして加わることになる」

「はい、俺の精一杯の力でやり遂げてみせます!」

 話しかけてきた長老に目元の水を拭って、母さんの肩越しに答える。

 長老は小さく、だけどどこか切なそうに笑って俺にバングルを手渡した。

「勇者の証じゃ。これをつければ、死ぬか、魔王を封印するまで外すことは叶わぬ。……村に戻ってくることもじゃ。その覚悟ができたら、装備するがよい」

 手渡されたそれに両手で持つ。そうだ、勇者になるなら魔王をなんとかしなければならなくなる。俺はレベル一。知識も殆どない。大丈夫、なんだろうか。

 感動から一転、途方もない不安を覚えた。魔王以前に他のメンバーは俺を勇者として認めてくれるのかも心配だ。

「ん? 誰か戻ってきたようじゃ」

 ぴくりと肩が揺れる。まだ抱きついていた母さんをそっと離して、帰ってきたという人物を見る。

「はぁ、はぁ。わ、私、一番ですか?」

 導きの花を持って、村人に詰め寄るのはエミリー。首を横に振る村人に肩を落とす。そうして俺を見て、丸い瞳をさらに丸くした。

「え、あ、もしかして、リドが?」

「……ああ」

 エミリーの反応が怖くて、それ以上何も言えない。俺自身、ありえないと思っていたんだ。他のメンバーはもっとそう思ってるだろう。これは自分勝手な理由で鍛錬も勉強もしていなかった俺の自業自得。怒鳴られても、拒否されても仕方ない。

 何を言われても耐える構えをとる俺にエミリーはただそっか、と小さく笑っただけだった。

「私がチームに加わったらよろしくね」

 そう言って俺に背中を向けて、妙齢の女性(おそらく母親だろう)と歩いていった。

 優しくて、心の強い少女だ。彼女の目に溜まっていた涙に俺は気付かないふりをした。

 次に帰ってきたのはエドワード。彼も周りに自分が一番かを尋ね、違うとわかると肩を落とした。

 近くの人が俺を指差すのが見えた。きっと俺が勇者だと教えているのだろう。

「お前が勇者になったのは正直意外だか、まぁそれが神の選択なら仕方ない! チームになった時はよろしく頼む!」

「あ、ああ」

 今度こそ何か言われるだろうか。そう怯えていた俺に反して、彼はそう言っただけだった。それにろくな返事も出来なかった自分に腹が立つ。

 エドワードが去った後、落ち着いたらしい母さんが俺の肩に手を置いた。

「よかったわね。二人ともあなたに期待してるのよ。ああ、そうだ。私は先に帰って夕飯の支度をするわ。あなたは全員を見定める役目があるから、終わったら帰ってきてね。今夜はご馳走よ」

「……そう、だな。夕飯楽しみにしてる」

 上機嫌で帰っていく母さんを見ながら、「そんなわけないだろ」と小さく呟いた。

 次に帰ってきたのはリリーとジョウン。森を出てすぐ俺と視線が合った。そこで二人は自分が一番ではないことを悟ったようでリリーは瞳を揺らしながら、ジョウンは苦笑をしながら俺に近づいてきた。

「リド.....。おめでとう」

「はは、お前かぁ。よろしく頼む」

 二人からはやっぱり文句も罵声も出てこなくて。そのまま去っていった二人に俺は一言も発することが出来なかった。

 次はコハン。彼はため息をついて長老に花を渡すと俺の方へ歩いてくる。

「俺ではないことは分かっていたが、君が勇者か。茨の道だろうがせいぜい頑張れ」

 そのまま帰りそうなコハンを慌てて呼び止める。

「お、おい! 聞きたいことがある」

「なんだ」

「お前も、お前の前に帰ってきた他のやつも、誰も俺を責めないのは何でだ。……腹が立たないのか」

 最後は俯きながら言った俺にコハンは盛大なため息をついた。

「導きの森は絶対だ。それに文句を言っても仕方ない。それに、そんな顔のお前を罵倒などすればこちらが悪者だろうな」

 罵倒されたいならもっとそれらしい顔をしておけ。なんてよく分からないことを言った彼は今度こそ去っていった。

 次はアクト。彼は森から出てすぐキョロキョロと周りを見渡し、俺を見つけると駆け寄ってきた。

「リドなんだね。おめでとう。頑張って」

 安心したような笑顔を見せるアクトに今日一番動揺したかもしれない。なんとかありがとう、と返す。アクトは笑ってどこかへ行ってしまった。

 ふと空を見上げると、空は赤くなっていた。もう、全員帰ってきただろうか。

 周りもそう思ったのか、撤退しようと動き出した時、一人の女性が声を張り上げた。

「待って! 私の息子がまだ帰ってきてないのよ!」

 そう叫ぶ女性には見覚えがあった。

「ガルムのお母さん……」

 気づいていなかったが、そうだ。まだガルムは戻ってきてないじゃないか。

 そこではっとする。正午でも薄暗かった森だ。夜になるとどうなるかなんて目に見えてる。

 長老もそう思ったようで捜索を出すことにしたようだ。松明と信号拳銃を持って何人かが森に入るらしい。俺は松明と信号拳銃を手に取った。

「俺も行きます。ガルム、俺の幼馴染ですから」

 何も言わずに頷いた長老に背を向け、森へと歩き出す。ガルムが帰ってこない原因に俺は心当たりがあった。もし、あの場所に囚われているとしたら。あいつは、きっと自力じゃ戻ってこれない。

 松明の明かりを頼りにあの場所を目指す。正直少し怖かったが、合わないと言っても幼馴染。放ってなどおけなかった。

 どれくらい進んだのか。青い光を見つけた俺は足早にそこへ向かう。

 昼間でさえ幻想的な雰囲気だったそこは、光が少なくなることで青色がより一層強調された不思議な空間になっていた。

 そしてその中心に座り込む、一人の少年。

 間違いなく、ガルムだ。

「ガルム! おばさんが心配してるぞ! さっさと戻ろうぜ」

 彼に駆け寄って松明を持っていない方の手で肩を掴む。だが、ぴくりともこちらに反応しない。

「おい、ガルム? ……!」

 怪訝に思い、彼の正面に回り込み、顔を覗き込む。その表情を見て、俺は固まった。

 静かに微笑むガルム。だがその瞳には何も映っていない。空虚な瞳。それはあまりにも不気味で、俺は情けなくも足が震えた。

 とにかく、彼をここから連れ出そう。

 何故かは分からないが、とにかくそうするべきだと本能が告げた。

 だけど、鍛錬をしてこなかった俺ではガルムを運ぶのは難しい。

 俺は持っていた信号拳銃を撃つ。これを見た他の人がこちらに来てくれるのを待とう。

 そう期待をして、俺は花畑からそっと離れた。俺までああなっては迷惑がかかる。

 だが待てども待てども誰かがこちらへやってくることは無かった。

「な、なんで誰も来ないんだ.....! このままじゃ陽が完全に落ちる!」

 きゅうっと唇を噛む。一度辺りを見渡す。そして、意を決して再び花の中へ足を踏み入れた。

 相変わらずぴくりとも動かないガルムの腕を自分の首に回し、松明で火傷をしないように注意しながら彼を背負う。

 立ち上がろうと足に力を入れるが、なかなか立ち上がれない。

(片腕じゃ無理か……!)

 俺は片手に持っている松明を見て、思い切り横に振った。二、三度そうすると、松明の火は消えた。

 火の消えた松明を放り投げる。ガルムの手首を自分の上着で縛り、落ちないようにする。両膝の裏をしっかりと持ち、ぐっと足に力を入れる。さっきよりもしっかりと力が入り、何とか立ち上がれた。

 立ち上がれたらこっちのもんだ。いい状況じゃないのになんでか笑いが漏れた。

 相変わらずぴくりとも動かないガルムを背負ってゆっくりと進む。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 あそこから離れるだけでだいぶ時間を取られた。ただでさえ暗かったが、松明を捨てたせいで明かりというものが殆どない。

 もし、完全に陽が落ちれば、無事に帰れるか怪しくなる。なるべく早く戻らないと!

 どれくらい歩いたのだろうか。感覚だけならもう何時間も歩いているような気がするが、まだ薄らと残る光がそんなに時間が経ってないことを告げる。

 ……だめだ。これ以上歩くのは難しい。一旦休もう。

 そっと地面にガルムを降ろし、木にもたれかけさせる。俺もその場に座り込んだ。

「は、は、は。くそ……。せめてガルムが正気になれば……」

 そのとき、はぁはぁと小さく声が聞こえた。もしかして、とガルムを見るが、彼は相変わらず不気味な瞳のままぴくりともしない。

 ガルム、じゃない? ならさっきの声は助けに来てくれた人か?

 キョロキョロと辺りを見渡すが、暗くてよくわからない。疲れきっていた俺はその声の主が助けに来た人だと疑うことなく声を上げた。

「ここです! ガルムが正気じゃなくて、俺一人じゃ運べないです! 手伝ってください!」

 声が聞こえたのか、ガサガサという音が近くなる。ほっとしたのも束の間。木と草の間から現れたのはレベル七のモンスターだったのだ。

「はぁ!? なんでここにモンスターが!」

 四本足で黄色と黒のまだら模様をしている。身体の大きさは俺の三倍はありそうだ。レベル七なら、村の大人達なら倒せるだろう。だがここに居るのは、レベル十だが今は戦えないガルムと、絶対に負けるレベル一の俺だけだ。勝敗は火を見るよりも明らか。

「くそ! ガルムに意識を向けさせるわけにはいかないよな……。どうするべきだ!?」

 だがそんな思考をモンスターが待ってくれるわけもなく、唸り声を上げて飛びかかってきた。

 狙いは、俺……じゃなく、ガルム。

「嘘だろ!? あーもう! 許せ、ガルム!」

 俺は咄嗟に隣のガルムを突き飛ばす。未だなんの反応もなかったガルムはモンスターの攻撃は避けれたものの、少し先の木に盛大にぶつかった。HPゲージが少し減ったような気がするがモンスターにやられるより軽傷……のはず!

 それよりも問題は俺だ。

 モンスターは完全に俺を獲物としてロックオンしたらしい。

「やべぇ……。俺、生きて帰れっかな」

 HPがゼロになっても、一定時間内に僧侶が復活呪文を唱えてくれれば生き返れるが、生憎ここに僧侶はいない。

 つまり、絶体絶命だ。

 勢いをつけて飛びかかってきたモンスターに思わず目を閉じる。だが、予想していた衝撃は襲ってこない。恐る恐る目を開けるとモンスターが倒れている。

「君、何してるのさ。死にたくないならそれなりに足掻きなよ」

 唖然としていた俺の耳に聞こえたのは、聞きなれた声。

 ばっとそちらを見れば、蹴り飛ばしたのか足を軽くあげたガルムがいた。

「ガルム! 正気に戻ったのか!」

「……僅かに意識はあった。僕の知る限り能力最底辺の君に助けられたなんて、一生の汚点だよ」

「おい。……お前、そっちが本性か」

「勇者には周りの評価も必要かもしれないと思って優等生やってただけだよ」

「そーかよ。助けてくれてありがとな」

「君に借りを作りっぱなしなんてことになったら僕は死にたくなるからね。お礼なんて言われたくない」

「……そっちのがいいぜ、お前。前のキャラよりよっぽど好感持てるわ」

「君に好感持たれても嬉しくない。さっさと帰るよ。陽が落ちると厄介だ」

「誰のせいだと思ってんだ!」

 上着を俺に投げつけてきたガルムはすたすたと歩き出した。なんてやつだ。だけど、前よりも楽しく話せそうだ。

 ガルムが一人で歩く分、段違いに早く森を歩けるようになった。

「けど、変だね」

「何がだよ」

「さっきのモンスターさ。この森はモンスターなんていないはずだけど」

「は? それほんとかよ。じゃあ何で今モンスターに襲われたんだ?」

「知らないよ。危険がないから子供たちの試練として使われてるんだしね。ていうか、ここにモンスターがいないなんて常識だよ。なんで知らないの」

「うるせぇ! 悪かったな!」

 ガルムは馬鹿にした顔をしてくる。前言撤回。やっぱりこいつとは合わないな。

「ところで君、何を目印に帰ってるわけ? 見たところ何も無いけど」

「え? 直感で帰れるんじゃないのか? 目印なんて付けてないぜ」

 ガルムはありえないという顔で俺を見る。

「馬鹿じゃないのか、この森を真っ直ぐに戻れるわけないでしょ」

「戻れてんだから別にいーだろ!」

 ほら、と前を指す。先程のゴールの場所に出た。

「……嘘だろう?」

 なんでか唖然としたガルムを引っ張ってガルムのお母さんのとこに連れていく。

「おばさん、ガルム、連れて帰りましたよ!」

 慌ててこちらに駆け寄ってきたおばさんはそっとガルムを抱きしめた。

「おかえり、おかえり……。私の愛しい子」

「ごめん、母さん。勇者、なれなかったよ」

「いいの、いいの。あなたが無事でいてくれただけで私はいいの」

 その二人からそっと離れる。羨ましいと、そう思った。

 長老にガルムを見つけた旨を伝えると、どこからか取り出した笛を鳴らした。

 正直に言おう。物凄くうるさかった。

「そんな笛吹くなら言ってくださいよ……!」

 そう言って長老を見ると、やっぱり彼は耳栓をしていた。酷すぎる。

 その笛の音が聞こえたのか、森から次々と人が出てきた。

「信号拳銃は何のために持っていかせたんですか?」

「あれは近くの人間に危機を知らせるためじゃ。この森は広いからの、信号拳銃が見えぬこともあるだろうて」

 じゃあ俺があれを撃った時、近くにはたまたま誰もいなかったということか。

「運が悪かったな……」

 そうぼやいていた俺は長老のおかしな発言に気づけなかった。

 ガルムが見つかったことで村の大人達は安堵したように彼を見た。そして見つけた俺に賞賛が飛び交う。

「流石だな! 勇者、頑張れよ!」

 曖昧に頷く俺に向かってガルムが小さく舌を出す。

 助けに行ったのになんてやつだ! と思ったが、その後口が「頑張れ」と動いた。……まぁその前にせいぜいという言葉が付いてはいたが。

 嬉しいような腹立たしいような感じを覚えながら、俺は仕返しとばかりに舌を出して「ありがとう」と返した。

 長老や大人達に送られて、俺は母さんが待つ家へと帰る。

「これからは厳しい道のりになる。じゃが、あの森はお主を選んだ。これには必ず理由がある。……必ず魔王を封じてくれ」

 家の目の前で、長老が俺にそう告げた。僅かに震えた声。それに応えるべくしっかりと頷く。

「はい」

 僅かに目を細めた長老はゆっくりと歩いていった。

 その後ろ姿を見送り、俺はゆっくりとドアを開けた。




~第一話 俺が勇者? 完結~

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