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「あの二人って付き合ってるのかな」


 オレンジ色に染まった放課後の廊下で、(けい)が唐突に言ってきた。

 宏明(ひろあき)は眼鏡のレンズを拭きながら、さあ、と返事をする。質問ではなく独り言の可能性もあり、後者だとしたら本当は聞かれたくなかった可能性もあるわけで、それなら強く反応するのは悪いかなと考えた結果の返事でもあったが、「誰のことを言ってるのかわかってる?」とさらに質問が飛んできたので、独り言ではなかったようだ。


「いや、まったく」宏明はフレームの端を持ち、眼鏡を上げてみせた。「目が悪くて、誰が誰か判別できない」


「じゃあかけろよ」


「ういっす」


 強い口調で窘められ、宏明は仕方なく眼鏡をかけた。圭の指差すほうを仕方なく見れば、ちょうど一組の男女が並んで廊下を曲がるところだった。二人とも、五月に開かれた文化祭で、美男・美女コンテストの候補に選ばれていた生徒だ。確か、惜しくも優勝は逃したはずだ。


「あの二人ねえ。どうだろう」特にそういった話を小耳にはさんだおぼえはない。「くっついちゃえばいいのに、って誰かが言っていたのはおぼえてる」


「それだけかよ。つかえねーな」


「そのつかえない俺を質問の相手に選んだおまえの目も節穴すぎてつかえないな」


 脛を思い切り蹴られて、悶絶する。


「おまえさ、そんなこと訊くなんて、もしかしてあいつのこと好きなの?」涙目になりながら、宏明は軽い気持ちで尋ねる。


 すぐに否定の言葉が飛んでくるかと思ったら、挙動不審になる圭を見て、え、と間抜けな声を発した。「マジ?」鏡を見たら、きっと豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしていることだろう。


 圭が親の仇を見るかのように睨んでくる。「好きだと悪いのかよ」


「悪くはない」宏明は真面目な顔をして言った。「似合わないだけで」


 脛を思い切り蹴られて、また悶絶する。暴力反対、と弱々しい声で抗議するが、圭はふんと鼻を鳴らしてまったく相手にしなかった。


「告白は?」と宏明が訊く。


「まだ」と圭が答える。


「するの?」


「わからない」


「なら、やめておけ。ゴリラはお断りって言われるのが――」


「おまえのその頭蓋骨、粉砕してやろうか」


 かつてないほどの殺気を感じ、宏明は口を閉じる。ゴリラよりも熊のほうがよかっただろうか、とどうでもいいことを考え、怒れる友人から目を逸らした。まだまだ訊きたいことは山ほどあったが、下手に突っ込んでまた脛を蹴り飛ばされるのは嫌だったので、恋するって大変だな、と他人事のように言った。


「……そうだな」


 普段の強気な様子からはちょっと想像ができない声に、宏明は思わず友人を見る。圭は名残惜しそうに二人が消えていった方向を見つめていた。


 ――こいつもこんな顔をするのかよ。


 まるで宇宙人を見た気分だった。実際に見たことはないけど。要するに、とにかく驚いた。


「そろそろ部活行く」しばらくして、圭が言う。ロッカーの上に置いてあった鞄を乱暴につかみ、ぶんと振るようにして背負う。危うく鞄に顔面を吹き飛ばされかけた宏明は、危ないなあ、と文句を言った。返ってきたのは舌打ちだった。どうやら当てるつもりでいたらしい。


「じゃあ、またな」


 先ほどまでの憂いの表情を消し、泣く子も黙る笑顔で遠ざかっていく友人を、宏明は手を振りながら見送る。姿が完全に見えなくなり、さらに数秒たってから、腕をぱたりと下ろし、へなへなと床に座り込んだ。ロッカーにもたれかかり、長い溜息をついてから、ぽつりと呟く。


「本当に、恋するって大変だ」


 宏明は名残惜しく、彼女が消えていった方向を見つめていた。

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