眼前の鬼2
目の前に、鬼が立っていた。
緑が生い茂る雑木林には似つかわしくない、まるで警告色を思わせる派手な赤色だった。
牧村徹は足を止め、驚きと焦りが入り混じった表情を顔に浮かべる。
なぜこんなところにいるのかとか、どうしてこんなに目立つ格好なのに気がつかなかったのかとか、疑問は次々と湧いてきたが、それらの答えをのんびりと探す暇はなかった。
苔で覆われた木々の間からにゅっと姿を現した鬼は、そのまま跳躍し、徹の真正面に躍り出る。歩道に敷き詰められていたウッドチップが、衝撃でいくつか跳ねた。
思考を切り替えた徹はすぐさま回れ右をすると、脱兎のごとく逃げ出した。
遮蔽物が何もない歩道を外れ、樹木の乱立する林の中へ飛び込む。地面から張り出した根を越え、進路を妨害するように伸びた枝を手で振り払い、脇目も振らずに走る。
中学時代、徹は陸上部に所属していた。高校に入ってからは別のスポーツを始めたものの、過酷なトレーニングを積む日々は変わらず、体力と足の速さには多少の自信がある。
鬼がいきなり現れたときは面食らったが、逃げ切れさえすれば何も問題はないのだ。
徹は、自慢の脚力を存分に発揮し、天然の迷路を縦横無尽に駆け回ることで鬼を攪乱しようと考えていた。
しかし、その思惑は、後ろを振り返った瞬間に崩れ去る。
――おい、うそだろ。
徹は愕然とした。
かなり速いペースで走っているにもかかわらず、鬼は引き離されることなく後ろをついてきており、そのうえ視線が合うとにんまり笑いかけてきた。
額から汗がふき出し、呼吸が荒くなり始めている徹とは大違いだった。
――バケモノめっ。
尋常ではない脚力を目の当たりにし、振り返ったことを後悔する。
驚愕の光景を目にし、心が乱れた影響だろう、突然足が重くなった。がくんとペースが落ちる。
鬼がその隙を見逃すことはなかった。背後から聞こえる足音がどんどん大きくなり、まずい、と思った次の瞬間には、肩をつかまれていた。
力尽きて地面に倒れ込んだ徹に、人を小馬鹿にするような笑顔を張り付けた顔が近づく。
そして――
「はい、鬼交代」
真っ赤なパーカーを着た少年が告げ、徹は鬼ごっこの鬼となった。






