まんじゅうより怖い
部室に集まった女子たちが、怖いものを言いあっていく。
クモ、お化け、名倉先生、と意見が述べられていく中、辻美咲はずっと黙っていた。
ほかの部員を見る彼女の目は冷たい。活動そっちのけで雑談を楽しむ部員たちに、わずかな苛立ちをおぼえているようだった。
「美咲は?」と石井彩香が訊いてきた。
「怖いものなんてない。それより活動しよう」
美咲の言葉に、えー、と周囲の女子が不満を声にする。
「活動なんていいよ。それより怖いものは?」
興味津々といった感じで、女子たちが椅子から身を乗り出す。
中身のない会話にうんざりしていた様子の美咲は、少し間を置き、答えた。
「まんじゅう」
そして、「活動しないなら、わたし帰るね」と言って、鞄を拾い、さっさと部室を後にする。
美咲が出て行ってから、残った女子たちは顔を見合わせた。
「あれってどういうこと?」彩夏が首を傾げる。「まんじゅうがこわいって」
「わたし知ってる。それ落語だよ」
部員の一人が内容を説明をする。
聞き終えた彩香は眉を吊り上げると、何それ、と不機嫌な口調で言った。
「つまり自分には教養がありますっていう自慢?」
むかつく、と吐き捨てた彼女に、ほかの部員も追随した。
真面目で融通の効かない美咲に、皆、不満が募っていたのだろう。同じように落語のことを知っていた女子には、非難の矛先が向けられない。
「ちょっとこらしめてやろうよ」
その提案を、誰も止めなかった。
翌日、美咲が部室に来ると、彼女たちはまんじゅうを食べていた。箱に書かれた銘柄は、京都で有名な和菓子屋のものだ。
彩香は「ごめんね」とまったく申し訳なさを感じさせない口調で言う。
「これ、足立先輩からのお土産なんだ」
美咲の眉が、ぴくりと動く。足立先輩とは、彼女が密かに想いを寄せている上級生の名だった。
彩香が満面の笑みを浮かべる。
「美咲が来るまでに食べちゃうつもりだったのに、間に合わなかった」
すぐ食べるから。美咲はいらないよね、だって怖いんだもんね。
くすくすと笑いながらまんじゅうを頬張る彼女たちに、美咲は感情を押し殺した声で、言った。
「わたしは、あんたたちが怖い」