眼前の鬼
目の前に、鬼が立っていた。
校舎の廊下のど真ん中だ。
突然の出来事に、牧村徹はぽかんと口を開けたまま固まった。状況が飲み込めず、思考が停止する。
真紅の体表に隆々とした筋肉。右手に握られているのは巨大な金棒だ。口からは牙が飛び出し、頭からは二本の角が生えている。背丈は高く、もう少しで天井を突き抜けそうだった。
まさに、鬼のイメージそのもの。
獰猛な光を宿した双眸がぎょろりと動き、徹は、ひっ、と短い悲鳴を漏らす。
突如、咆哮が轟いた。びりびりと空気が揺れ、窓ガラスが衝撃で砕け散る。
風圧で床に投げ出された徹は慌てて起き上がると、廊下を一目散に走り出した。
「な、何なんだよ、これ!」
叫びながら、無人の廊下を駆ける。
背後で轟音があがったが、振り返る余裕はなかった。
階段を駆け下りようとしたところで、慌てていたせいだろう、足がもつれる。え、と思った次の瞬間、徹の身体は空中へ放り投げられた。
――まずい!
床に打ち付けられ、すぐには立ち上がれない。
あたふたしていると、ひときわ大きな地響きが鳴った。
振り返れば、視界に赤い巨体が映る。
「あ、あぁ……」
絶望が声に乗る。
四つん這いのまま後退するが、すぐに背が壁についた。
逃げ場はなかった。
右腕が持ち上げられ、徹の上に影を落とす。
鬼が醜悪な笑みを浮かべた。
ぶん、と音を立て、金棒が振り下ろされた。
そこで目が覚めた。
がばっと跳ね起きた徹は、慌てて身体を確認する。どこも潰れてはおらず、五体満足の状態だった。
――なんだ、夢か。
あれが現実の出来事ではなかったと知り、ほっと胸をなでおろす。
「よかったあ」
「ほう。俺の授業中に寝ていて、何がよかったのかな」
頭上から降ってきた怒気を含んだ声に、徹はびくりと身体を震わせた。恐る恐る顔を上げる。
目の前に、鬼が立っていた。




