ふたりの剣士
少年が、腰に携えた剣を引き抜き、その切っ先を前方に立つ相手へ向けた。
彼の目には、まるで殺意のような強く歪んだ光が灯っている。
「いったいこれは何のつもりだ、ロブスター」
剣先を向けられた少年が、落ち着いた口調でゆっくりと問う。
森の開けた場所を、一陣の風が吹き抜け、草叢を波打たせた。
「何のつもりだ、だと? とぼけるなっ」ロブスターと呼ばれた少年は、怒りを露わにしたまま、吠えるように言った。「おまえは、あいつを――マロンを、殺したくせにっ」
「マロン? ああ、あの女」ずんぐりした体形の少年は、手の平をぱんと叩き、得心がいった顔をした。「貴様、あの女の関係者だったのか」
「どうしてだっ。どうして、マロンを殺したっ」
刀身が、陽光を受けてきらりと光る。
「あの女は、生意気にも私の誘いを断ったのだ。この私、オマールの誘いを、だ。死んで当然であろう」
嘲笑めいた笑みがこぼされるや否や、ロブスターは地面を蹴り、オマールと名乗った少年に肉薄する。獣のような咆哮を上げて振り下ろされる剣を、オマールは自らの剣で受けた。
「殺してやるっ。おまえを、殺してやるっ」
「ふん。平民の死ごときで、何をそれほど熱くなっている」
小太りの少年は、鼻で笑った。腕に力を込めると、そのままロブスターの剣を押し出す。
「くっ……」
ロブスターはオマールの剣を弾くと、その余勢でわずかに距離を取った。しかし、すぐに追撃が彼を襲う。
弾き弾かれ、躱し躱され。
白熱する剣戟の応酬。
幾度となく剣が振るわれるが、その刃はいまだ相手の肉体までは届かない。
「さっきまでの威勢はどうしたんだ、ん?」
現状では、オマールがわずかに優勢であった。粗削りな剣技だったが、一撃における重みがロブスターのそれよりも勝っているようだ。次第に、ロブスターは防戦一方になる。
「無様だな。愛する女を救うこともできず、その仇すらとれないとは!」
「黙れっ」
下品な笑みを浮かべるオマールを、ロブスターは睨み付ける。彼の頬を、汗が伝う。
鋭い突きを躱したところに、蹴りが飛ぶ。腕による防御はかろうじで間に合ったものの、ロブスターはそのまま後方へ押された。間を置かずに、オマールが仕掛ける。剣が上から振り下ろされる。
豪快だが隙の多い動きを見て、ロブスターは先ほどまでの焦った表情をかき消し、不敵な笑みを浮かべた。素早い身のこなしで剣の軌道を抜けると、相手の懐に飛び込む。
渾身の一撃が躱され驚くオマールを尻目に、剣を真横に切り払った。刃が相手の身体を捉える。
「なっ」
オマールは呆然とした様子でロブスターを見ると、そのままどさりと草地に崩れ落ちた。ぴくりとも動かなくなる。
ロブスターはそんな彼を冷ややかな目で見つながら、鞘に剣を納めた。
雲が太陽を隠し、あたりは薄暗くなる。風が吹き、木々を揺らした。
無表情でオマールを見下ろしていたロブスターだったが、しばらくして身を翻す。そして、にこりと笑みを浮かべ、私に問う。
「どう、監督? 俺たちの演技」
「五十点。そんな精巧な模造品の剣を作る暇があったら、もっと演技の練習をしろ。文化祭の公演はもうすぐなんだぞ」