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第一章 第五話 憤怒の涙

翌日、若干の二日酔いにフラつきながら起き出し、朝飯を流し込んで村を一回りした。

とはいえ、そんなに大きくもないタバス村だ。小一時間も経たずに手持ち無沙汰になってしまった。


「狼の(あん)ちゃん、暇ならちょっと手伝ってくれんか?」


ぼ〜っと広場で流れる雲を眺めていたら、さっき顔を出した鍛冶屋の親父さんが声をかけてきた。


「えぇ、俺で良ければ手伝いますよ」


ってなワケで、昼飯を挟みながら鍛冶屋のテツさんの手伝いをしていた。

手伝いといっても、蹄鉄を作るテツさんの横でフイゴを押して炉に空気を送ったり、ヤットコで蹄鉄を押さえて置いたりという雑用係りだった。


「ありがとよ、(あん)ちゃん」


夕暮れ時、固辞したんだがテツさんは俺に給金として500コルを渡してきた。

ちなみに、この世界の通貨は統一されていてどの国でも『コル』だ。

前世の日本円に物価から換算すると、1コルはおよそ10円位になる。

初期費用としてノエルから5万コルを貰っている、日本円にして50万円にもなるんだがこれはノエルからの慰謝料も含むらしい。生活基盤の無い世界に行くのだからとこちらはありがたく頂いた。

タケノヤの料金は一泊二日二食付き(酒代は別途)で300コル、三泊四日で前払いして900コル。消費税とか無いから計算が楽で良い。


「それじゃ、また後でな」


また後でタケノヤに飲みに来ると言うテツさんと一旦別れ、俺は汗を流そうと一足先にタケノヤへ向かった。

しかし、そこで騒動が起きていた。


「女将さん、どうしたんだい?」


タケノヤの入り口には人集(ひとだか)りが出来ていて、その中心で女将さんがオロオロしていた。


「あぁ、イオリさん・・・ウチの子見ませんでしたか?」


「アイレとセイレかい?」


「いえ、トリカなんです・・・昼前に、隣村の酒屋へ買い出しに行かせたんですが、まだ帰って来なくて」


聞けば隣村迄はトリカの足でも往復2時間程度で済むらしい、心配した村の若者が往復して来たが、確かにトリカは隣村の酒屋で酒樽を仕入れ帰って行ったとの事だった。そして途中でトリカとは出会わなかったらしい。

小さな村のことだ、あっという間に知れ渡り心配した村人ほぼ全員がタケノヤ前に押しかけていたのだった。


「とりあえず、手の空いた若い衆で探すんじゃ。日暮れまでもう時間が無いぞ」


昨日一緒に呑んだ、この村の村長が声を上げる。


「おぅ!行くぞ!」


若者達は三人一組になって捜索に出る。

とはいえ小さな村だ、捜索隊は四組十二人だけだった。


「よし、俺も出よう」


井戸水で手拭いを濡らし、軽く汗を拭うと俺も捜索に出る事にした。


(あん)ちゃん、待ちな」


追っ付けやって来たテツさんだ。


「ここらじゃ日が暮れたら野獣も出る、無手じゃ不利だ。コレを持ってけ」


渡されたのは、どこからどう見ても大小の日本刀だった。


「テツさん、コレは?」


俺は呆然とした。

どうして異世界に日本刀があるんだよ・・・


「ワシが修業した鍛冶屋の師匠が打った技モンだ、(あん)ちゃんなら使いこなせそうだからな、護身用に持っていけ」


確かに無手では心許ない、それに使った事もないこの世界の両手持ち両刃の剣よりも、俺にはこっちの方がまだ良さそうだ。


「ありがたくお借りします」


俺は礼を言うと一気に駆け出した。

日暮れまでもう時間が無い、道に迷ったかと思ったが女将さんの話では隣村との道は一本道で迷いようが無いらしい。

先発した四組の捜索隊は街道から少し離れた藪や並行する河原へ降りたりしていた。


(違う、これは事故じゃない)


通い慣れた一本道、幼子とはいえ二人を両手でぶら下げられるトリカが酒樽を担いだ程度で河原へ転がり落ちてどうこうなるのは考えにくい。

そうなると、野獣に襲われたのが一番可能性が高いと踏んでいた。

俺は見通し不良で高低差のある地形を探す、狼人族になったからか『狩り』をする立場になって考えられる様になっていた。

『獲物』が逃げ出し難く、襲い易い場所。

そして『獲物』を速やかに『喰える』場所。

だいぶん走った先に、ちょうど御誂え向きの場所があった。

タバス村からはかなり離れ、周囲には人の気配も無い。

そこは小高い山の峠の切り通し、両側は小高いとはいえども山で切り立っている、更に峠道で道幅は狭く前後は曲がりくねっている上に鬱蒼とした森で見通しは最悪だ。


「ここか?」


俺は無意識に鼻を効かせる。

狼人族の特徴として夜目と聴覚と嗅覚の鋭敏さがある。


「・・・当たりだな」


俺は周りの空気に混ざるトリカの匂いを嗅ぎあてた。


(幸いにも強烈な血の匂いはしない、若干異臭と血の匂いがするが出血多量で死ぬ程のものでも無さそうだ)

「お〜い、トリカ〜迎えに来たぞ〜、イオリのおじさんだぞ〜」


大声で呼ぶがトリカからの返事はない。

怪我をして怯えきっているか、それとも気を失っているのか?

俺は匂いを頼りに森の中を進む、よく見ると下草が倒され何かを引き摺った様になっていた。

俺は緊張してテツさんから借りた日本刀に手をかける。

違う、野獣とかのケモノの仕業じゃない。

なぜなら大きなもの引き摺っていった両側に、小さな轍が出来ていたからだ。

ゆっくり、音を立てない様にしながら俺は森を進んだ。

こんなことならさっき大声を出すんじゃなかったな。

今更後悔してみたものの、むしろそれでトリカを襲った奴らが逃げ出すか、逆にトリカを放置してコッチに来てくれればと思い直した。

(トリカの匂いが強い、すぐそこだな)

周囲を伺うが全く気配が無い。

敵は既に立ち去った後のようだ。

それでも慎重に進むと、少し開けた場所に出た。

そこは寿命を迎えた大木が折れて出来た空間らしく、森の中にポッカリ空いた夜空の見える空間だった。


(ん?あれは?)


開けた場所の中央に寝転がっている人影が見えた。

空は既に日も暮れ月明かりもまだない、森の中という事もあって普通の人族なら灯りが無いと覚束ない程の暗さだったが、今の俺には着物の柄までハッキリ見える。


「トリカ!大丈夫か?」


思わずトリカに駆け寄る。

だが、俺の足はトリカの直前で止まる。

俺は動けなくなっていた。

目の前に横たわるトリカは、彼女は。


・・・トリカは事切れていた。


目を見開き、恐怖に引き攣った表情を浮かべ・・・

そして着物の裾を捲られていた。

元監察医の目を持って見なくても一目瞭然だ。

彼女は襲われたのだ。

犯人は少なくとも二人以上の複数犯、当たり前だが性別は男。

俺の鼻が感じた血の匂いはトリカの破瓜の血の匂い、異臭は犯人が残した体液のものだ。

トリカの首筋には鬱血痕が残っている、そしてトリカの爪には皮膚片と血痕、つまり犯人は暴行しながら首を絞めたという事だ。

死因は絞殺。


ケモノの仕業じゃない、ケモノにも劣るケダモノの仕業だ。


昨日のあの屈託のない笑顔はもう失われた。

俺は泣いた。

今までの人生で一度も流さなかった怒りと悲しみの涙を流した。

監察医時代、どんなことがあっても感情移入せず坦々と、そして粛々と解剖し遺体の声を聞いてきたが、この時ばかりは抑えきれなくなっていた。

トリカの亡骸を前に膝をつき、両手をつく俺の視界であの女神ノエルから貰ったペンダントが揺れる。

何が運命の女神だ。

こんな人生が、運命があってたまるか!

トリカの人生はこんな終わり方をする為のものだったのか!

怒りに任せ、その女神像がついたペンダントを引き千切って捨ててやろうと握り締めた時だった。


(そうだ、今の俺には・・・これがあったじゃないか)


俺は初めて魔法を使った。


『我、死者との対話を望むものなり。我が声に応え思いの丈を伝え給え』


初めてだったがスルスルと言葉が浮かんできた。


『あれ?私、死んだんじゃ?』


生前と変わらぬ姿で正座するトリカが現れた。

しかしその姿は半透明で、傍には彼女の亡骸が横たわったままだ。

一瞬、彼女の視線が亡骸に向いてサッと視線を外らせた。


「すまない、今はこれで勘弁してくれ」


俺は見開いた彼女のまぶたをそっと閉じ、自分の着ていたシャツを脱ぐと彼女の亡骸に被せる。


「良いんですよぉ、それよりお手数かけて申し訳ありません」


居住まいを正し、そのまま三つ指をつくトリカ。

いじらし過ぎて抱き締めようとするが、俺の両手は彼女を素通りしてしまう。


「何言ってんだよ!殺されたんだぞ!」


俺は声を荒げたが対象的にトリカは俯いたまま悠然としている。


「良いんです、良いんです。これで良かったんです」


俯いたトリカの頬を涙が伝い地面に溢れる、しかしその涙は地面を濡らす事は無い。


「なぜだ、なぜそんな風に言えるんだ?」


誰だって死ぬのは怖い、殺されれば悔しいはずだ。

それなのにトリカはこれで良かったと言う。


「私、実はお父さんとお母さんの子じゃないんです」


「なんだって?」


「私の本当の両親は、私が産まれてすぐに山賊に襲われて殺されたらしんですよ」


「だからって、トリカが死んで良いわけじゃない」


「いいえ、もしも私じゃなくてアイレやセイレだったら、お父さんもお母さんも悲しむ・・・から」


・・・これが、こんな事がこの子の救いだったのか。


「馬鹿な事言うんじゃない、キミが死んだ事を知って。親父さんや女将さんが悲しまないとでも思うのか?」


暴行され、殺されてなお家族の事を思うトリカ。


「悲しんでしまうと・・・思います。けど、私にはもうどうすることも出来ません」


涙を流しながら、はにかんだ笑みを浮かべるトリカ。

もう抱き締めることも出来ないが、俺は最初より大分透明度のましたトリカを優しく抱き締めるように身体を丸めた。


「すまん・・・親父さん達には何と伝える?言い残す事があれば伝えよう」


魔法が使えるようになった俺だが、蘇生術は使えない。

そもそもこの世界に蘇生術は存在しなかった。

死んだらそれまで、それは全ての世界に共通する不変の事実なのかもしれない。

俺に出来る事は、トリカの最後の思いを残された家族に伝えるくらいしか出来ない。


「お父さんとお母さんに今までありがとうって、アイレとセイレには仲良く元気で育ってねって・・・あと、お父さんとお母さんを大事にしてねって」


「分かった、必ず伝えよう」


トリカの姿が光に包まれいよいよ薄くなる。


「ホントは・・・グスン・・・

ホントは!ホントは悔しいです!あの盗賊達が憎いです!殺したいほど憎いです!あいつらにも私以上の恐怖と苦痛を与えてやりたい・・・よぉ」


最後の最後、消える瞬間に吐露したトリカの本音。

思いの丈を言葉にして、彼女は冥府へと旅立った。


「あぁ・・・分かった」


異世界に来ても同じ事だ、謂れのない不条理な死を迎えるのはいつも弱者だ。

最後の検死案件だった名前も年齢も分からない女児、そして盗賊に襲われ儚く命を散らせたトリカ。



もう・・・こんな思いをするのはたくさんだ。






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