第一章 第四話 御宿タケノヤ
街道を歩く事およそ二時間、小高い丘を登った先に小さな集落が見えた。
(この世界で最初の集落か)
とりあえず先を急ぐ旅でもないし、まだまだこの世界にもこの身体にも不慣れでもあるし、友好的ならあの集落で二、三日身体を慣らそう。
俺は荷物を背負い直すと集落へと向かった。
「おじさん、どこから来たの?」
集落に入った途端、一人の少女に声をかけられた。
「ん?おじさんかい?おじさんは遠い所からやって来て、世界を旅してる途中なんだ」
おかっぱ頭の女の子はキョトンと俺の顔を見ながら首を傾げる。
「行商の人?」
「いや、物売りをしているわけではないな」
紅い瞳をクリクリさせながら俺に纏わり付いてくる。
「それじゃ、旅芸人?吟遊詩人?」
「そう見えるかい」
「う〜ん、全然!」
はっきり言い切られたな、正解だから良いけどさ。
「おじさんは単に旅してるだけの人、狼人族の旅人イオリだよ。ところで、ここはなんてトコだい?」
「私は鬼人族のトリカ、ここは鬼人族の村でタバス村だよ、旅人さん」
鬼人族の村か、さっきから目を引いていたトリカの額にあるツノの合点がいった。
トリカという少女は年齢が14〜5歳くらいで活発そうな女の子だ、身体的特徴としては紅い瞳と額に生える二本のツノだった。
ジロジロ見てはいけないのかもしれないが、トリカも俺の耳と尻尾をガン見してるからここはおあいこだな。
「トリカ〜、アイレとセイレはどこ行った〜?」
村の広場前、木造二階建て大き目の建物から出て来たふくよかな女性が声を張り上げる。
「多分、鍛冶屋のテツさんトコだと思うよ〜」
元気一杯に叫び返すトリカ。
「間違っても村の外に出すんじゃないよっ!最近何かと物騒なんだからね」
「は〜い」
「ところでトリカ、この村に宿屋とかあるかい?」
今にも駆け出して行きそうなトリカに尋ねる。
「あそこがそうだよ〜、あたしん家〜」
指差した先は、さっきふくよかな女性が現れた建物だった。
なんだ、宿屋の娘だったか。
下ろしていた荷物を持つと、俺は宿屋に向かって歩き出した。
宿屋『タケノヤ』
この村唯一の宿屋『タケノヤ』は一階が飯屋で二階の二部屋が泊まり部屋になっている。
どうも鬼人族の村は江戸時代の様で、トリカや女将さんが着物によく似たものを着ていたので、まさかとは思ったが案内された部屋が畳敷きだったのには恐れ入った。
そういえば、トリカも女将さんも草鞋によく似たものを履いていたな。
この調子だと五右衛門風呂を期待して良いような気がしてきた。
「お客さ〜ん、メシは好きな時間に降りてきて食っとくれ」
「は〜い」
色々ありすぎて、やっと一息つけた俺は畳敷きの部屋で大の字になって伸びていた。
いつもの日常が崩れ去り、死んでしまって女神に会って、異世界に転生して・・・
ホント、色々ありすぎだろ。
障子紙が貼られた窓を開けると、既に夕暮れになっていた。
一階の飯屋は、この時間だと居酒屋の様な立ち位置らしく、村のあちこちから今日一日の労働を終えた村人達が集まって来た。
どの顔も穏やかで、この村が豊かではないものの荒れた村ではない事が見て取れる。
「掻き入れどきに邪魔するのも悪いな」
この時間の一階は地元民の憩いの場だ、余所者がそんな場を乱してはいけないだろう。
少し時間を置いて客が引いた頃に行けば良い。
「おじさんおじさん、お耳触って良い?」
ヒョコっと顔を出したのは額に一本ツノが生えた二人の幼子だった。
この子達がアイレとセイレかな?
「あまり無茶しなければ良いぞ」
畳の上に胡座をかくと少し前屈みにしてやった、二人はパッと部屋に飛び込んで来るとモフモフと遠慮なく俺の耳を触りはじめた。
「う・・・むむっ、くすぐったいな」
今まで無かった器官に触れられる感覚に正直戸惑う。
まさか、自分がモフられる立場になろうとは思わなかったぞ。
「ねぇねぇ、お尻尾も、お尻尾も〜」
くすぐったさから無意識のうちにパタパタさせてしまっていた尻尾が更なる注目を浴びる。
この状況下で断れる筈がない。
前世での俺は独身だったが、子供は好きだったんだ。
「引っ張ったりはなしだぞ」
イマイチ動かし方が分からんが、ポンポンと畳を叩いてみせた。
「わ〜い、ボクがいっちば〜ん」
多分セイレという鬼っ子が尻尾に飛びつく。
「あ〜、ズルい〜あたしも〜」
今度はアイレも参戦して尻尾をモフろうとする。
なんだか面白くなってきて、俺も尻尾を左右に振って猫じゃらしの様に二人の鬼っ子と戯れていた。
「あんた達、騒がしいよ!なにやって・・・」
階段から顔を出したトリカの表情が凍りつく。
「コラ〜〜っ、お客さんに何やってんのよアンタ達は〜!」
ツノを生やしたトリカ・・・(あ、この子の場合ホントに生えてたんだ)が部屋へ上がり込んできてむんずと二人の襟を掴んでそのまま持ち上げた。
「鬼姉が怒った〜」
「鬼姉が怒った〜」
吊り下げられたまま、それふぇも二人の幼子はキャッキャとはしゃいでいる。
本気で怒っている訳ではなく、あくまで宿屋の娘として注意しているようだ。
「すいません、イオリさん」
あの細腕で良くもまぁ・・・さすがは鬼人族。
「いいよ良いよ、俺も退屈しのぎにちょうど良かったさ」
「晩御飯は?」
相変わらず兄弟をぶら下げたまま尋ねてくる。
「今は忙しい時間だろ?落ち着いたら行くよ」
「お気持ちはありがたいんですけど、そうするとイオリさんの晩御飯はゴハンと漬物と具の無い汁だけになりますよ?」
それは嫌だな、っていうか米と漬物があるのか?
「分かった、直ぐに降りてメシにしよう」
俺はトリカに続いて階段を降り、喧騒の中でメシを食い、物珍しさで集まった村人達と夜中まで飲み続けるのだった。