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第一章 第二話  女神ノエル

既に短くなっていたタバコを灰皿に押し付ける。

外は雪が強く降り始め、路面を白く塗り潰していた。

警察関係者と言うこともあり、彼の車はスタッドレスタイヤに履き替えてあった、だからこの程度の雪道ならなんら問題なかった。

自宅マンションまであと少し、雪夜の国道は交通量も少ない。

運転しながら彼は考えていた。


(母親が逮捕されても、精々が『保護責任者遺棄致死』だ、『未必の故意』で攻め立てても殺人罪の適用はないだろう。妙な弁護士が付けば『被告人も幼少期に虐待を受けていた』とか、『過度のストレスで正常な判断が出来なくなっていた』とか言い出すはずだ。


母親に置き去りにされ、見捨てられ死んでいった名前も分からない女児に対する罪はそれで贖罪されるのか?)


そんなことを考えていた時だった。

目の前の横断歩道に人影が見えた。


「嘘だろ!?」


車道側の信号は間違いなく青。

透明ビニール傘をさし横断歩道を横切る人影は昨今問題になっている『ながらスマホ』というヤツか俯いて手元を見ている。

慌ててクラクションを鳴らし、必死の思いでハンドルをきり、ブレーキを踏む。


「クソッ」


雪で濡れた路面をタイヤが滑る。

車体を斜めにしながら彼の車は制御を失った。




--

-----


「う・・・うぅん」


俺は意識を取り戻した。

周りを見回すとそこは真っ暗だった。


「どこだ?ここは?」


記憶と意識が混乱しているようだ。

順を追って整理していこう。

俺は榊伊織42歳、独身・・・OK。

職業はH県の監察医・・・これもOK。

今日も仕事を終えて帰宅途中に・・・!

そうだ!

あの子は?

ながらスマホの女の子は?

というか、ここはどこなんだ?

あたりを見回すが、あの事故現場とは違う。

病室のようにも思えない、屋外か屋内なのかも分からない。

そもそも、現実感が全くない。


「あ、お目覚めですか?」


声がした方を向くと、そこには少女が立っていた。

ん?さっきまでそこに人なんていなかったよな?

不思議な雰囲気を纏った少女だったが・・・


「キミは、もしかしたら横断歩道の?」


あまりはっきりと見れなかったが、この少女は横断歩道で驚愕の表情を浮かべていた少女ではないだろうか。


「あ、ハイ!そうです」


やっぱりそうか。

だが、そうするとあまり考えたくない結論に達するんだよな。

多分ここは、いわゆる一つの『あの世』という場所ではないだろうか?

そう仮定するとこの現実感の無さも、不思議な空間の事も説明が出来る。

しかし、そうすると俺はともかく彼女も死んでしまったという事になる。



それはつまり・・・



俺がこの少女を轢き殺したという事に他ならない。


「すまない」


俺はそう一言謝罪するのが精一杯だった。

俺は、自らが一番嫌っていた『不条理な死』を彼女に押し付けてしまったのだった。


「いえ、その・・・落ち着いて下さい、榊さん」


彼女は小走りで近寄り、膝をついた俺を立たせようとしてくれる。

却って気を使わせてしまったらしい。


「とりあえず、紅茶でも飲んで落ち着きましょう」


何も無かった空間に白く丸いテーブルと椅子が現われる。


「お砂糖もミルクも無しで良いですよね?」


彼女に手を引かれ椅子に腰掛ける。

テーブルの上にはティーポットと二組のカップとソーサーが並んでいた。


「さ、どうぞ」


芳しい香りを楽しみ、一口含む。


「うん・・・良い茶葉だ」


おかげで少し落ち着いた、だがそうすると余計に自分の起こした事の重大さに押し潰されそうになる。


「すまない、私の所為でキミまで・・・」


「え?あ〜・・・その事なんですが・・・」


右の頬をポリポリとかきながら、彼女はとんでもない事を言い出した。


「私、実は女神なんです!」


・・・


「うん、キミも少し落ち着こう」


「なんですか!その少し残念そうな子を見る様な目は!?」


だってそうだろう、いきなり女神だとか言われてもなぁ。

多分、事故と死んでしまったというショックで混乱しているのだろう、それとも『逃避』という精神状態か。


「こうすれば信じてもらえますか?」


普通の女子中学生っぽい恰好だった彼女が光に包まれると、白いふわふわした質感の服装に変わっていた、そして背中には白い翼が生えて(?)いた、確かにキリスト教の宗教画に描かれていそうな恰好ではある。


「いかがですか?これなら信じて貰えますよね?」


まぁ・・・

なんとういか、この空間なら何でもありなのかもしれないが・・・

さっきから何もないところからテーブルと紅茶セットを出したり、自己紹介していないのにサラッと俺の名前を呼んだりと、一部だが超常的な事をしでかす彼女の言う事を信じることにした。

そうするとだ・・・話の流れが変わってくるわけなんだが、この女神様は分かっていらっしゃるんだろうか?


「で?その女神様は」

「あ、女神ノルンと申します、どうぞノルンって呼んでください」


基本的には良い子、いや・・・良い女神なんだろうな、悪い女神とか聞いたこともないけど。


「ノルン様・・・なんだって、深夜の国道でながらスマホなんてしてたんだ?」


「うぐっ・・・それはですね」


判り易過ぎるだろ、女神ノルン・・・


「なぜ、深夜の国道でながらスマホをしながら信号無視をしたのかと尋ねているんですが?」

「いえいえ、歩行者信号は青でしたよ!信号無視したのは貴方の方で」

「俺の車にはドライブレコーダーが付いているんだが?」


引き攣った笑いを浮かべ、脂汗を流すノルン。

判り易過ぎるだろ、オマエ。


「すいません、すいません、すいません・・・初めてIPH○NEにしたから嬉しくて嬉しくて」


ペコペコと高速で頭を下げて謝るノルン、こいつってホントに女神なのか?

見習いとか(仮)とか付くんじゃないか?

っていうか、最近じゃ女神もスマホ持つ時代なのか。


「ちょっと待てよ?ノルンって女神なんだよな?」

「はい、ちゃんとした『運命の女神ノルン』ですよ。まだ疑ってるんですか?」

「いやさぁ・・・もしかして、ノルンって車に轢かれた程度じゃ死なないんじゃないかな?と思ってな」


10秒ほど沈黙が流れる。


「えぇ・・・まぁ・・・その・・・女神ですから、死んだりしませんけどね」


やっぱりな。

そんな気がしてたさ。

つまりは、そうさ・・・そういう事さ。


俺は無駄死にしたって事だ。


「なんだか、死んでも死に切れん気分だ」


俺は思わずそう呟いた。

しかし、目の前の女神はわざわざ低い声を作ってドヤ顔でこう言ってきやがった。


「お前はもう・・・死んでいる」


俺は右手を伸ばし、ノエルのこめかみをがっしりと掴んだ。

いわゆる『アイアンクロー』という状態だ、そして思いっきり力を籠める。


「いだだだだだ、いだいいだいいだい」


身体は鍛えている、握力も人並み以上にある。

ひとしきり北○神拳伝承者にお仕置きを与えて手を放す。


「でも受肉してますから、痛いんですよ!すっごく痛いんですよ、死んじゃいそうなくらい痛いんですよ!」


「俺は死んだ訳なんだが?」


「すいません、ごめんなさい、申し訳ございません」


ホント、このポンコツ女神は・・・だが、不思議と怒る気が失せてきた。

その後、このポンコツ女神とゆったりとお茶を飲み雑談に興じた。

話によると、最近ノエル達の住む『神界』では日本のアニメや漫画、小説なんかが娯楽として流行しているらしく、その影響でノエルもちょくちょく『現界』に降りてきてそういったものを買い漁っているそうだった。

ちなみに横断歩道を横切ったのは、その先にあるファミレスで大量買いしたラノベや漫画を読み漁る為だったらしい。


「まぁ、俺で良かったよ。家族のいる人とかだったらえらい事になってたぜ?」


不慮の事故は被害者は勿論、加害者側の家族にも暗い影を落とす。

そのことを俺は度々見てきていたからな。


「さてと・・・最後に楽しかったよ」


俺は立ち上がるとノエルにそう言った。


「そろそろ、行かなきゃな」


俺は『死後の世界』なんて信じていなかった。

考えていなかった。

いや、考えたくなかっただけなのかもしれない。


「あの、どちらへ?」


「わからん・・・三途の川を渡るのか、その先が天国なのか地獄なのか、極楽浄土というやつなのかわからんが。だが、ずっとココにいる訳にもいかないだろう?」


「その件なのですが・・・」


なんだかまた、ノエルがモジモジとし始める。今度はなんだ?


「榊さんの死はイレギュラーだったので、『あの世界』で生まれ変わることは出来ないんです」


ノエルの説明によると、俺の死は本来60年後の未来であったらしい、俺って102歳まで生きる予定だったのか?凄いな俺の寿命、長寿だな俺・・・もう死んじゃったけど。

人の寿命というのは生まれる前から決められていて、余程のアクシデントでもない限り神ですら変えることは出来ないとの事だった。


「その、神ですら変更不可能な事をやっちまった女神に心当たりがあるんだがね?」


「すいません、だから・・・このままココで60年お待ちいただくかですね」


「ちょっと待て、こんなトコで60年も一人でいられるか!いくら俺が孤独耐性あっても孤独死するわ!」


「上手い事言いますね、座布団二枚です」


ノエルのこめかみをもう一度掴む。


「やめてやめて、これ以上おバカになったら困ります」


いっそ、脳幹まで破壊してやろうかこのポンコツ女神。


「それでですね、代わりに『他の世界』で余生(?)を過ごすというのはいかがでしょうか?」


「『他の世界』だと?」


「はい、最近流行りの『異世界転生』ですね。神界でも『困った時の異世界転生』って去年の流行語だったのですよ」


妙なとこまで毒されてるな、大丈夫か?神界。


「ちゃんと転生特典も付けますよ、アフターフォローもバッチリです」


ポンコツ女神がサムズアップしてやがる。

大丈夫じゃないな、神界。


「それじゃ、『異世界転生』で頼むわ。このままこんなとこに60年もいたら精神が死んじまう」


その後、ノエルと転生先を探したりその世界の事を色々教えて貰ったりした。

なんだか引っ越し先を不動産屋と決めるときみたいな感じや、暇つぶしにやってみたネットのMMORPGのキャラメイキングしているような気がしないでもなかったがそれなりに楽しかった。


「よし、こんなもんかな。世話になったなノエル」


色々あったが、こうして俺は新たな人生を歩むことにした。

いよいよ別れの時だ、さっきから俺の周りには光の粒子が集まって来ていて自分の手を見ても半透明になりつつあった。


「それでは最後に、これを」


ノエルは浮き上がるとそっと、俺に小さな女神像の付いたペンダントを俺の首にかけた。


「女神の祝福があらん事を」


「ありがとよ、女神ノエル」


なんだ、ちゃんと女神らしい事も出来るんじゃないか・・・




こうして、再び俺は意識を失い新たな世界『ユグトラル』へと旅立った。











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