第16話 想出 『11月28日(火)』
毎回すいませんお久しぶりです。
待ってくださってる方がもしいらっしゃれば、お待たせ致しました。
ついに、遥と会える最後の日となった。11月ももう終わって寒い冬がくる。心も凍りつきそうだった。でも、寒さに負けないように、冬を越えて芽が出るように、これを、寂しさと空虚が混ざりあった冬を乗り越える。
集合場所は公園。少し、というかかなり寒いがまあ良しとしよう。集合時間の15分前に行くと、すでに遥がいて、申し訳ない気持ちと同時に温かい気持ちが心の底から湧いてきて、凍りついていた心を少しばかり融かしてくれた。
学校でお別れ会のようなものはやったのだけど、中学校だから丸々一時間とるということはできず昼休みを使っての会だった。それに学校ではほとんど話せないため、デートとなると心が弾む。次会えるのは何年後かも分からない。高校受験が終わった後かもしれない。だから今日はとても大切な一日になる。
もうすぐ12月ということもあって学校から帰ってすぐの時間帯でも辺りは紅くなり始めている。綺麗で、それでいてどこか寂しい。ちょうど数メートル前にいる遥もそんな雰囲気を漂わせていた。
「ごめん、おまたせ」
「ううん、私が早く会いたくて早く来ちゃっただけだから」
そんなちょっとした一言の中にも愛が感じられて、ますます遥の存在が自分の中で大きくなっていることを実感する。
「とりあえず寒いからイオンでも行く?」
「ここにいてたい」
「風邪ひいたら引っ越し大変だよ?」
「でも…………人が多いと恥ずかしくて、伝えたいことが伝えられないから」
その言葉に胸が熱くなる。胸の奥が疼くのが感じられる。
「わかった。じゃあここにいてようか」
「うん」
二人で座ってぼんやりと辺りを眺める。見慣れた景色だけれども遥にはこれで最後の景色。でもそれは、ありきたりな表現だけれども、終わりじゃなくて始まり。遥のスタートだ。だから喜ぶべきものであるし、笑顔で送り出さなきゃいけない。でも、そんなの、できっこ……ない…………
涙が一滴、零れ落ちる。それによって堪えていた涙が溢れる。一番辛いのは遥なのに、遥の彼氏として隣に立つには泣いちゃいけないのに、一番我慢しなければいけないのは僕なのに…………
「ごめん…………ご……めん。泣いちゃ、いけないのに……」
せめて泣いている顔を見られたくなくて遥の肩にしがみつく。中学生にもなって泣きながら女の子の肩にしがみつく僕を、遥は受け入れてくれた。頼りなくてこんな姿見せたくないし、クソ恥ずかしいけど、遥の体温が伝わってきて、心にまでそれが届いて、完全に融かしてくれた。
融けた心では虚勢も張れず、遥に支えられながら泣きじゃくった。せめて声は聞かれぬように歯を食いしばって泣いた。
「大丈夫、私はどんなに離れてても結糸のそばにいるから。結糸も言ってくれたでしょ?」
落ち着いた辺りで遥が聞く。遥はいい匂いがした。
「でも、やっぱり、寂しい。会えなくて辛い。浮気とかの心配はしてないけど、飽きられちゃったらどうしようって」
「だーかーらー大丈夫ってば。私が結糸を飽きたり嫌いになることはないよ。私だって結糸の前に可愛い娘が現れたらそっちに心移りしないか心配だし」
「そ、そんなことありえない! だって! 遥のことが何よりも好きだから!」
「…………照れるからやめてよ……じゃあ、大丈夫。ね?」
「うん。わかった。ごめんね、情けないところ見せちゃって」
「結糸の気持ちが聞けて嬉しかった。それに……かわいかったし」
ボフッと音をたてて湯気を出しながら僕の顔は一気に真っ赤になった。実際に湯気なんか出てないけど、アニメとか漫画なら絶対出てる。でも、そんな恥ずかしさよりも、照れながら僕のことをかわいいと言った遥の赤くなった顔に釘付けにされた。
「もう平気?」
「うん。次があったらもう絶対泣かない」
「私としては泣いてる結糸も見たいから泣いてもらって構わないのだけれど」
「余計に泣かない。絶対に遥の前では泣くもんか。それに、遥の前ではカッコいい彼氏でいたいしね」
「結糸は私の王子様だもんね」
お、おうじさまって……
「そんな立派なもんじゃないよ」
「誰がなんと言おうと、結糸が否定しても、結糸は私の中では王子様なの」
「なんで? 僕が遥にしてあげられたことなんて、たぶんほとんどないよ?」
少し考えてみてもやっぱり思い付かない。
「練習のときいつも遅くまで付き合ってくれたよね?」
「合唱コンのこと? そんなのあたりまえのことじゃない?」
「クラスの皆がバラバラになったときも諦めず皆をまとめてた」
「それも指揮者なら当たり前でしょ。皆をまとめるのが仕事なんだから」
「最後は皆をまとめあげてとってもいい曲になった。だから、結糸は私の王子様」
「全部当たり前なことでしょ? なんで僕なんかが……?」
「それを当たり前って言って、誰に誇るでもなく、ただ皆のために頑張る結糸は、世界でいっちばんカッコいい私の王子様だよ」
その言葉に胸を打たれた。そんなにも想ってくれていたなんて、と。
「結糸、大好き」
「僕も大好きだよ、遥」
「私、頑張るから! アメリカでも頑張って、結糸と一緒にいても恥ずかしくないくらい素敵な彼女になるから!」
「今のままでも僕にはもったいないくらいだけど、嬉しいよ。僕が遥の頑張る理由になるのなら。でも無理はしないで。あとどんな些細なことでも良いから、何かあったらすぐに相談して。話聞くだけしかできないかもしれないけど、それでも何もしないよりは役に立てると思うから」
「うん。分かった。それじゃあ帰るね」
「送っていくよ…………最期、だし」
とうとう、別れの刻。
遥の家がもっと遠ければと、そんな馬鹿みたいなことを考えながら歩く。歩幅は小さく。
「結糸、浮気しちゃダメだよ?」
「まだ言うの?しないって。それにモテないし」
「モテたらするってこと?」
「違うよ!」
「分かってるって。でもね、やっぱり不安なの」
「どうしたらいいのさ」
「んーじゃあ、バリアを張ります」
「どんな?」
「結糸が浮気したら私もする。いっぱいする」
「ほう」
「効力は結糸が私をどれだけ好きかで決まるの。結構効き目あると思うんだけどなー。愛されてる自信あるから」
なんだろう、このバカップル感。恥ずかしい。
「あ、結糸照れてる」
「照れてない」
「照れてるって」
「照れてないから!」
「えへ、バカップルみたい」
あ、かわいい。
「結糸、照れずに手繋げるようになったね」
「………………」
「もしかしてまだ恥ずかしい?」
恥ずかしいものは恥ずかしい。うん。
「もっとくっついてあげよっか?」
「……」
ニヤつきながら遥が聞いてくる。よし、チャンスだ。
遥の頭を肩に乗せる。小さな仕返し。
「あのさ、結糸」
「………………」
僕は何も言わない。言えない。
「絶対結糸の方が恥ずかしいよね? 絶対結糸の方がダメージあるよね?」
よく少女漫画とかであるよね?さらっと主人公がやってるよね?ね?
「結糸、すき」
「僕も好きだよ、遥」
こんな馬鹿みたいな会話が幸せで、ついつい時間を忘れてしまってあっという間に遥の家へ着いてしまった。
現実に引き戻される。
「着いちゃったね」
「…………うん」
お互い何も言わず、遥は家のドアを、僕は空を見つめる、見上げる。そうしていないと涙が零れ落ちるから。溢れてしまうから。遥にだけは見せないと決めたから。
「結糸、」
不意に名前を呼ばれて遥の方を向く。
ちゅっ
頬に暖かく柔らかい感触が伝わる。キス、をされている。それを理解した途端僕の心臓は普段の倍くらいの早さで動き出す。唇を頬に押し付けるだけの、お子さまの、『ちゅー』の方が似合うような子供っぽいキスだけど、それでも僕には初めてだからどうしたら良いのか分からず、ただただ唇の感触を感じながら目をギュッと瞑る。
不意に始まったキスは不意に終わった。
遥の顔なんて見れるわけなくって固まってしまった。
「ファーストキスっていうのは唇にするものなんだって。だから次会ったとき、結糸が私の唇奪ってよ。ファーストキス、大事にとっておくから」
顔を真っ赤にしながらそう言った遥がとても愛しくて、でも離れてしまうのが寂しくて、心がぐちゃぐちゃになる。でも、それでも、やんなきゃいけないことは分かってる。
遥を抱きしめて、伝える。手だけで感じていた温もりを全身で感じながら。
「遥、どんなに離れても僕はここにいるから。遥の隣にいるから。だから、頑張って」
「うん。じゃあ、行くね。結糸、最後の日にとっても素敵な思い出をありがとう」
遥が離れ、家へと歩きだす。とっさに、その背中に向かって叫ぶ。 住宅街だけれどそんなことは気にすることも出来なかった。
「遥ぁ! 愛してるから! ずっとずっと愛してるから! 遥の帰ってくる場所はここだから! ここにあるから、だから、ちゃんと帰ってきて!」
涙で視界がぼやけて何も見えない。でも次に会えるのはいつか分からないから、涙を拭って遥の姿を目に焼き付ける。
その遥は涙を流しながら、それでも笑顔で叫んだ。
「結糸! 私も、愛してる! 行ってきます!」
別れじゃないから、帰ってくるから、サヨナラはいらないから。応える言葉はひとつだけ。
「行ってらっしゃい!」
ラスト二話です
ラスト庭です