初バトル、新たな仲間の正体は……
「あっ!さきちゃん!来ましたね。今日はお仕事の依頼に来ました。」
「おう、それはいいけど、お前今までどこ行ってたんだよ?いきなり消えるから皆心配したんだぞ。」
「ま、まあ、それは後々ゆっくり話しますから。」
おお、この人がユッカさんの友達で腕の良いハンターの「さきちゃん」か。……というか、今のやり取りを聞いて外野がまた盛り上がりだしたぞ。やれサイン貰ってこいだとか、知り合いになるチャンスだとか、隣にいる男は誰だとか、うん?……俺、睨まれてね?
「それでですね、今日の依頼はずばり護衛ですね。私達、南の遺跡に向かうので、その間戦力が不足してるんです。」
「ふむ、なるほど。ところでソイツは誰だ?見ない顔だが。」
お、俺の事か。
「あ、お、俺はリューヤって言います。頭の上にいるやつはすらっちです。よろしくお願いします!」
ちゃんと自己紹介しようとしたけど、さきちゃんの眼光の鋭いこと鋭いこと、人を何人か殺してるんじゃないかってほど迫力があり、思わずどもってしまった。
「なるほど。それでリューヤ自体はどれ程戦えるんだ?」
ええー。そんなこと言われても戦いとは無縁の暮らしをしてきた訳でありまして……
と、言いたいのだが、言えない。なぜかこの女の人は「怖い」のだ。別に悪人面をしている訳では無いし、むしろマスクで顔が半分隠れているとは言えキレイな人のように思える。……しかし、怖い。対峙していると、会いたくないものに出会ってしまったといった絶望感が込み上げてくるのだ。
「……よし。ならば、直接確かめよう。おいリューヤ、決闘を申し込む!会長、練習試合だ。」
さきちゃんは隅っこにいた熊さんに告げた。あ、あの熊会長なんだ。
……というか、とても嫌な流れになっていませんでしょうか。
「リューヤさん!さきちゃんと稽古なんてレアですよ!頑張ってください。」
「いやいや、いやいやいやいや!無理でしょう!俺戦闘なんてしたこと無いよ!」
「あなたには逃げ足があるじゃないですか。……それに、元の世界のことを思い出せば、彼女は決して勝てない相手では無いですよ。ズルは出来ないのでヒントはあげませんが、彼女はもちろん……人間ではありません。」
ええ!人間では無いの?人間ではありませんなの?まあ確かにあれは怖すぎる。貞子とにらめっこでもしてるような気分だったもの。でも、だとしたら勝てる見込みは完全にゼロだ。『逃げ足』というものはどうやら身体には大分負担をかけるらしい。そもそもがこちらから攻撃なんてできないんだ。
「リューヤ殿。こちらへ。」
熊に呼び出され、着いていく。間近で見ると熊だと思っていたのは全身を熊の毛皮で覆った何者かであった。いやあ、相当しっかり見ないと本物の熊と見分けがつかないな。
「では、頑張ってください。」
「やだ。」
そう言っても熊こと会長が手をつかんで連れていこうとするので逆らえない。もう、覚悟を決めよう。
「スラァー」
すらっちが頭の上で鳴いている。勇気づけてくれてるのか?はあ、ゲームだと仲間になって成長したスライムは、魔法とか使えてわりと戦えるんだけどなあ。でも、ここはゲームの世界でもなければコイツは多分スライムじゃない。そもそもゲームのスライムだとしても、まだ成長するだけの経験値がたまっていないよな。
そんな変な事を考えている内に、結構広い場所にやって来た。イメージ的にはコロッセオを小さめにした感じだ。小さめと言っても、一対一の訓練とかに使うぶんには大分広いが。
「ここが我が会自慢の訓練場じゃ。申し遅れましたが、ワシがこのハンター会の会長、ドクである。」
そう言って完全に熊に擬態している会長がお辞儀してきた。なかなかシュールな光景。ハロウィンでもここまで完成度の高いコスプレはいないな。
「俺はリューヤです。よろしくお願いします。」
「うむ。それでは、お主にはこれからさきちゃんと戦闘訓練をしてもらう。いきなり戦闘と言われても一般市民には難しいものがあるかもしれんが、お主の目的がこの町から出て旅をするとなると話は別。町の外は様々な幻獣が跋扈しておるため、ある程度自らの身を守る術を持っていることは絶対じゃ。」
「なるほど。」
「ハンター会では一応、町の外での護衛の依頼も受けてはおる。じゃが絶対の安全の保証が出来ないため、自己防衛出来ないような人にはあらかじめ訓練を受けてもらってからじゃないと依頼を受け付けておらん。ようはこの戦闘訓練は、お主に訓練をつけるかどうかの判断基準なんじゃよ。」
やっぱり、この世界では魔物は結構な脅威なのだろう。まさか人の移動もこれほどままならないなんて。でも、それほど危険なら俺も訓練つけてもらった方がいいんじゃないだろうか?ちょっと聞いてみるか。
「あの、その訓練ってどんなものなんですか?」
「うむ。週に三回、二ヶ月間の訓練。うちの超優秀なハンターの指導が受けられて、たった10万ゴルドじゃ!」
金取るのか。まあ、そりゃそうか。長いっ!それに多分高いっ!さっき露店でひとつ100ゴルドのパンが売られていたので、決してそれが軽い気持ちでできる買い物で無いことが分かる。簡単な研修みたいなのを想像していたのだが、もっと本格的な習い事だったな。だとしたら案外お得な値段なのかも知れない。……俺は遠慮したいけど。ってわけで、なんとしてもこの戦いは頑張らねばな。
訓練場の前にいくつか武器があったので、一番無難な竹刀を手に取り、訓練場に入っていった。竹刀……あるんだ。向こう側からはさきちゃんがこちらに歩いてきている。こんな時もマスクは外さないようだ。そして手には……草を刈るのに使うような鎌を持っていた。いやいや、生々しいよ。そこは剣とかでいいでしょ!逆に怖いって!
「そんなにビビるな。なにも殺し合うつもりは無い。この鎌でも峰打ちしかしない。」
「鎌の峰打ちって何ですかッ!!」
つい突っ込みを入れてしまった。
「お前の武器は竹刀か。……その頭の上のモンスターっぽいのも武器?なのか?」
突っ込みはスルーしてスラっちの事を気にするさきちゃん。そう言えば一緒に入ってきても何も言われなかったな。
「ま、まあ、一応?武器的な?」
「ふん、まあいい。」
そんなやり取りをしていると、訓練場の端でドクさんが角笛?を取り出していた。いよいよ決戦開始らしい。
「さて、それでは訓練を開始する。さん、にい、いち、ファイッッッ!!」
ぶぉぉぉーー!!
低くうなる角笛の音が辺りに響く。俺はとりあえず全力で後ろに退避!一瞬でかなり後方に飛んでしまった。そう言えば逃げ足が強化されてるんだったな。
「ほう。中々に素早いな。しかし……」
ズゥゥーンッという風の音を鳴らしながら、一瞬で、まばたきも必要無い速さで、俺の目の前に肉薄してきた。いつのまにやら首もとには鎌が当てられている。全身から冷や汗が溢れる。
「私も速さには自信があるぞ。」
……これ俺の負けだよな。訓練研修を受けなくちゃいけないパターンだよな。チラとドクさんの方を見ると、なにやら呆れた顔でヤレヤレのポーズをとっている。
「これこれ、そんなに戦いを急いではリューヤ殿の実力がわからんわい。ほれ、一端離れて、もう一回じゃ!」
「ふん、分かっている。ただ、脅しをかけただけだ。」
俺達は言われた通り元の位置に戻り、元の通りの距離に戻った。
「では、始めッ!!」
ぶぉぉぉーー!!
俺はまたその瞬間に距離を取った。そして今度は油断せずさきちゃんの動きを見る。凄まじいスピードだったが、おそらく避けられない速さじゃない!直後、さきちゃんがバイクのような速さで駆けてきた。その動きの始まりを冷静に見て、今度はもう一度横方向に避ける!振り返るとさっきまで俺がいた所にはさきちゃんの鎌が降り下ろされていた。
「峰打ちじゃ無いんですかあああ!」
「大丈夫、こっち側は切れない方だから、なッ!!」
言いながらその鎌を俺の方に投げつけてきた!それもよく見て回避する、が、その動きを見越したさきちゃんが突進してきた。まずい!俺は咄嗟に竹刀の先を向ける。
「どうやらスピードは確かだが、剣の取り扱いはまだまだのようだなあ!」
さきちゃんが竹刀を軽くいなし、拳を固めた。来る!思わず目を閉じてしまう。
……しかし、痛みは襲って来ない。そっと目を開け、腹を見ると、
「ス、スラァー……」
スラっちが俺の盾となって、代わりに殴られていた。
「ス、スラっち!!」
俺がビビって目を閉じたばっかりに……ごめんよ、スラっち。しかし、そんな男気を見せてくれたからには、俺だって負けてはいられない!俺はスラっちを袋に入れて、もう一度さきちゃんと距離を取った。……結構、足の負担がきてるな。
「おいおい、目を閉じたら危険だぞ。」
「生憎、俺は一般人なもんでな。ビビったら目を閉じるよ。」
ヒュンッとさきちゃんが風を切り、さっき投げた鎌の所に移動した。俺も落としてしまった竹刀をとっておく。
「よし、今度は俺から行くぞ。」
サッと右方向に駆け出す。今度は普通のスピードだ。逃げ足の強化はあくまで「守り」の能力。逃げる避けるは得意でも、例えば普通の移動だったり、こちらから攻撃する際には何の効果も無いようだ。それはこの町に向かっていた道中、感じていたことだ。しかし、しっかり注意をしていれば、この力は攻撃時にも応用できるはず。それに、今さっき気付いた。
「なんだ?大分遅くなったが、まさかもうへばったのか?まあいい!!」
さきちゃんが今度はコートの中に隠していた5本もの鎌を取りだし、そのうち2本を投げてきた!俺はそれをしっかり見て、かわすときだけ高速になりつつ、少しずつさきちゃんに近付く。そう、移動自体は遅くても、相手の妨害が当たらなければ相手には確実に近付ける!
「もう2本だッ!」
また鎌が放たれる。今度は鎌がこちらにとどく前に俺の方から前方に駆ける。そして鎌が迫るとしゃがみ、スライディング気味にその下をくぐり抜けた。そう、例え前方だろうと避けようとする動きであれば俺は加速できる。お陰でもう目の前にさきちゃんがいた。
「ッ!!」
どうやらさきちゃんはスピードの落ちた俺を見て、もう疲れたのだと思っていたらしい。隙だらけだ。行くぞ、そこだッ!!
「メーンッッ!!」
俺は全力で竹刀を振るった!するとっ
「……そこは面じゃなく胴だぞ。」
まっっったく効いてないっ!!何故!?
「お前、力無いな。そのスピードには少し焦ったが。」
「だ、だって一般人っすもん!」
「……まあ、これがもし真剣だったら、お前位の力でも少しはダメージを受けたかも知れない。……この勝負はお前の勝ちだな。」
……言葉の節々に棘がある気がしてならない。流石の俺も負け惜しみ(勝ったけど)を言わなきゃやってられない。
「ち、違いますよ。本当はね、そりゃあもっと力一杯降り下ろせたんですけどね、まあ、さすがに?女性に手を上げるのはあれかなあと思いまして。それにさきちゃんキレイな人ですし?ちょっと遠慮しちゃったんですよねえ。」
と、言った途端、周辺の空気が変わった。
寒い。
体の芯まで冷えるような悪寒が走る。いつの間にか体が震えている。……目の前の女をもう一度見てみた。怖い。怖い。怖い。逃げたい。今さっきまで話していた相手なのに、何故か恐怖が込み上げてくる。
その時、さきちゃんの真っ赤なコートの汚れの正体がなにか分かった。血だ。さきちゃんは、返り血をどれだけ被ってもいいように、わざわざ真っ赤なコートを着ているんだ。
「……キレイ?私が?」
不意にさきちゃんが話しかけてきた。さっきまでのサバサバとした感じは一切なく、じめじめとした、気味の悪い、異界の響きだった。
「は、は、」
恐怖で上手く答えられない。
「私、キレイ?」
もう一度訊ねてくる。
「は、はい!!」
力を振り絞って怒鳴るように答えた。その答えを聞き、さきちゃんは、その手をマスクにかけていく、マスクを外していく。マスクの下が露になっていく。
「……こ れ で も?」
今まで隠れていた所、マスクの下、完全にさらけ出された。さきちゃんの口は耳元まで裂けていた。その裂けている部分からは常に真っ赤な口の内部が露出している。口角は常に不自然につり上がっているため、不気味ににやけているように見える。
「わたしきれい?」
「は、」
「わたしきれい?」
「はい!」
「そう、それなら、貴方も同じにしてあげる!」
さきちゃん、いや、口裂け女が鎌で襲ってきた。
「理不尽ッ!!」
そう叫んで飛び退いた、直後気付いたが、いつのまにやらさっきまでの恐怖が消えていた。何故だろう。さっきまでは完全に空気に呑まれており、動ける状況じゃ無かった。とてもじゃないが「理不尽ッ!!」なんて突っ込みは、それこそ口が裂けても言えなかったろう。そして、鎌から逃げる暇もなく本当に口を裂かれる所だった筈だ。……そうか、これも『逃げ足強化』の一部なんだ。ああいった状況からでも逃げ出せるように持っていく。恐らく幽霊とかが襲ってきて、金縛りにかけられても俺は復帰できるだろう。
向こうの方からドクさんの声が聞こえる。
「逃げろーい!!そうなったさきちゃんは危険じゃあ!!本気で口を裂きに来るぞ!!」
「それなら助けてくださーい!!会長なんでしょーー!!」
迫る口裂け女から逃げ、放たれる鎌を避けつつごもっともなことを叫び返す。
「わし、非戦闘員ーーー!!」
「知らんわーーッ!!」
「ちょっとどうにか出来る人呼んでくるーー!」
「いちいち言わずにッ、呼んでッとアブねえ!、呼んでこいーーーッ!!」
ちくしょう。もう足がかなり痛い!このままでは俺も口裂けになってしまう。元がそんなに良くない俺が「俺、キレイ?」なんて聞いたら「いえ、別に……」ってなことになって「それは失礼しました。」って言うはめになるぞ!
なにか、なにか無いのか?この状況を打破出来るものは?その時ユッカさんの言葉を思い出した。「あっちの世界の人なら何とか出来る筈」
……そうか、そうだ!確か、口裂け女にはなにか弱点となるおまじないがあった筈だ!思い出せ!思い出せ俺!!
鎌は休まず襲ってくる。離れたら投げられ、近付いてきては振るわれる。俺は跳ね、しゃがみ、かわし、離れ、何とか全てをやり過ごすが、それに気をとられおまじないなど一切思い出せない!次第に俺のスタミナや体も限界が近くなってる。いや、もう限界を越えてるのかも?と、思っていた瞬間、顔面に鎌がいきなり振るわれる!咄嗟にしゃがんでそれをかわしたが、俺の頭の上では髪の毛がチラチラと舞っていた。本当に紙一重だったな。
うん?髪の毛?……思い出した。思い出したぞ!行くぞ。逆襲だ!
「おい!よく聞け!」
「うん?」
口裂け女が血走った目をこちらに向けた。
「行くぞ!
ワックス!ワックス!ワァーークスゥーー!!!」
一話でバトル終わりたかったんやけどなー、なんか長くなりそうな予感?
すいません、区切ります。