城、大賢者の少女
「着いたぞ。」
ケビンに言われて俺は思わず後ずさった。どうやらユッカ様はこの中にいるらしい。……居るらしいのだが。
「……お、お城じゃないですか!!」
そう、ケビン達に連れてこられたのは町の外からも頭が見えていた、あの巨大なお城だった。日本生まれの一般庶民の感覚的にはとてもじゃないが怖じ気づいてしまう。だってお城だよ?しかも遺跡とかじゃなく現在進行形で使われているお城。アホな俺のイメージでは国会議事堂と高級ホテルと世界遺産が合体してる感じだ。
「当たり前だろ。ユッカはこの国を救った大賢者様なのだからな。」
ケビンは事も無げに言うが、やはり緊張してしまう。しかし俺以外は全然平然としていた。やっぱりかなり名の知れたご一行なのかもな。
◆◇◆◇◆◇◆
と、言うわけで、俺達は今城内の客間のような所にいる。
ユッカ様は今、国王との会談中らしく、それが終わり次第こちらに来るそうだ。というか、やっぱりここは王様の城だったんだな。
「あの、ユッカ様ってどんな人なんすか?」
「うん。とても責任感の強く、そして何より優しい人だ。そう言えば、リューヤと同じ黒髪だったな。もしかすると同郷か近隣の町の出身だったりするかもな。」
「……うーん、それは……どうでしょうか?」
俺の出身は日本だからなあ。
そして、ついにドアが開いた。賢者様の登場である。そこには、俺と同い年くらいに見える黒髪の少女がいた。少女が微笑みながら話す。
「お待たせしました。皆さん元気そうで何よりです。」
「イェーイ!!ユッカ様も健康そうじゃあねぇか。いきなり消息不明になったときは超心配したんだぜぇー!」
「まったくだわい。何をしとったんだ、ユッカ殿。」
「皆さん……ありがとう。実はいきなり実家に帰らなければいけなくなってしまったんです。直接会う暇もありませんでした……」
こ、この人が大賢者ユッカ?
「そう言えば皆が見た夢でも同じような事言ってたな。うん?どうかしたか、リューヤ。」
「あ、いえ。大賢者と聞いていたのでもっと年上の人だとばっかり……」
「ああ、なるほど。」
無理もない。散々すごい人だと聞いていたんだから。
「ケビン、そちらの方は?」
「彼はリューヤ、迷子のようなものらしく困っていたので連れてきた。……そして、リューヤの上に乗ってるのはスライムもどきのスラッチだそうだ。ついでにこいつの正体についても知ってることがあれば聞きたい。」
あ、そう言えばスラッチを乗せたままだった。……こんなの連れて入って良かったんだろうか?スラッチはモンスターっぽい上、正体不明の可愛らしいナニカなんだぞ。
そんなスラッチを見つめながら、ユッカさんは何か考え事をしている。
「スライム……ですか。私の見てきたスライムにはこんなのいませんでしたね。スライムと呼ばれるものにもイロイロいますが、みなもっとドロドロでした。こんなちゃんとした形でとどまってたりしません。……なぜこれをスライムもどきと呼んでいるんですか?」
「ああ、このリューヤがそいつをスライムだと思い込んでいたんだ。なんでも話に聞いたスライムとソックリだったらしい。リューヤの故郷にはモンスターが全然出なかったらしいから、色々間違って伝わったんだろう。」
それを聞いてユッカさんはますます考え込む。
そして、今度は俺の方に聞いてきた。
「……あの、リューヤさん?ちょっと一緒に外へ出てもらっていいですか?」
「え、あっはい。」
なぜか呼ばれたので、ユッカさんの後ろについて部屋を出る。いやあ、美人だから二人きりは緊張するなあ。とか、考えていると、かなり真剣そうな顔で尋ねてきた。
「あなた、出身は?」
「え、ええと、日本ってとこです。」
つい正直に答えてしまった。まあ日本と言っただけなので変な人扱いはされないだろう。と、思っていたら急にユッカさんが震えだした。
「……わ、」
「わ?」
「私も向こうの世界の日本から来てるんです!」
「えェー!!」
「ちょっと、声が大きいです!」
「あ、すみません。」
つい叫んでしまった。まさかこんなにも早くもとの世界への手掛かりが見つかるなんて……
「もしかして俺みたいな異世界人って結構いるんですか?」
「……いえ。私以外を実際に見たのは初めてです。そのゲームっぽいスライムをスライムだと思ってるのを知ってもしかしたらと思ったんです。」
そ、そうか。やっぱりあまりいないのか。それならますます聞かなければいけないことがある。
「あの、それで、俺は帰れるんでしょうか?」
「へ?……もしかしてリューヤさんはこの世界が何なのか分かってないんですか?」
この世界?変なことを聞くなあ。
「え、ええと、ファンタジーな世界?」
「……まあそうとも言えますが。いいですか、この世界はおそらく夢の世界なんです。」
「へ、ユートピア的な?東京にある大型テーマパークみたいな?」
「いえ、そうでは無くて、眠っているときに見るあの『夢』の世界なんです!あと、リューヤさんのイメージしてるテーマパークは多分東京には無いです。千葉です。」
「ええ嘘ですよ!だって名前に東京ってついてますもん。それに東京の修学旅行でも行きましたよ!」
「いや、そっちはとりあえずどうでもいいので。とにかく!この世界は夢の世界。目が覚めたら元の世界に戻れます。私の場合は寝たら向こうの世界に戻れて、向こうで寝たらこっちの世界に戻ってきてます。あなたも寝たらどうですか?」
「え、そうなの?」
「そうです。リューヤさんも寝て起きたらこの世界にいたんでしょ。つまり、本当はまだリューヤさんは眠ったままなんです。というか、魂はこちらで起きていて、体は日本のあなたの部屋で眠ったままなんですよ。」
「え、俺、起きてるときにこっちの世界に来たんだけど。」
寝てない寝てない。だってそんなの一瞬で夢だと思うだろ。本当は異世界だったとしても。
「へ?」
俺はこれまでの経緯をユッカさんに話した。いきなり変な空間に飛んだこと、爺さんと話をしてこの世界に来たこと、コカトリスから逃げていてケビン達に助けられた事、ユッカさんはかなり興味深げに聞いていた。
「なるほど。ってそれってネット小説にありがちなアレじゃないですか!!すごいっ!」
なんか爺さんもそんなこと言ってたな。
「いいなあ、異世界転移だなんて!それにしても、やっぱり起きたままこの世界に来る方法もあるんですね!」
なんか元気になっちゃった。俺からしてみれば、毎日異世界とこの世界を往き来できるパターンのほうが羨ましいけど。っというかそんなことより、
「で、俺って帰れそうですか?」
「ハッ!そうでした。ついテンションが上がってしまって、今はあなたの帰り方の問題でしたね。……まあ、手掛かり的な物はあります。しかし、こればかりは色々調べてみないことにはなんとも。」
「っ!手掛かり?」
「はい。実は死者の軍勢が攻めてきたのを防いだ後、私はちょっとの間こっちに来れなくなったんです。」
ああ、さっき言ってた急に失踪ってやつか。
「で、それを悟った大魔法師オクトラさんがこんなものをくれたんです。」
そう言って首から下げたネックレスを指差す。
「……正直、はじめはこの世界が本当に存在するものなのか分からなかったんです。だって、あっちの世界じゃただの夢だったんですから。持ってるものも着てる服もあっちには持っていけない。……でも、このネックレスだけは違ったんです。」
「違った?」
「はい。一度目の最後の夢から覚めた私は、何も無いことを分かっていながら首の辺りを触ってみたんです。すると……」
「ネックレスがあった?」
「はい。」
「夢だけど夢じゃない?」
「まさにそれです。」
すげえ。
「というわけで、初めは『夢だけど夢じゃないアイテム』の奇跡が起きたんだと思っていました。だってちょうどいい感じの活躍をした直後でしたし。」
……いい感じって。
「……でも、最近またこの世界に来れるようになったんです。あれ、また来れたぞ?って思いました。だとしたら、ちょっと奇跡が軽くない?とも思いました。なので少し試してみたところ、このネックレスを身につけて眠ると、百パーセント別の世界にも持って行けました。つまり、このネックレスは元々そういった性質を持ってたんです。」
「なるほど。確かにそのネックレスは何かしら異世界転移と関係あるかも知れません。」
「このネックレスを調べたところ、ここから南にある遺跡に似たようなマークが刻まれていました。おそらく無関係では無いでしょう。その遺跡の名前は『オグソトホウ神殿』。この二点から考えるとおそらく、クトゥルフ神話の『ヨグ=ソトート』が祀られていたものなんでしょう。宇宙の神の正確な名前は人間じゃ発声出来ないので、こんな名前になっていてもおかしくありません。」
「ク、クトゥルフ神話?」
呟くとユッカさんはニヤリと笑った。
「この世界は、正確には剣と魔法のファンタジー世界なんかじゃ無いっぽいんです。本当の主役はおそらくそっちじゃなくてモンスター達。この世界はありとあらゆる世界観のクリーチャー達がばっこしてます。ギリシャ神話やケルト神話、日本の妖怪や世界の妖精、都市伝説の怪異にUMA達、中つ国のオークやクトゥルフ神話の夜鬼もいました。まさになんでもアリなんですよ。」
いや、そもそも、
「け、けると?な、中津?ク、クトゥルフ……って何?」
「……なるほど、そこでしたか。」
「と、とりあえずこれから先、長い付き合いになりそうです。私は橘ユッカ、十八才、日本で散々モンスターの事を調べていたのでこっちでは賢者扱いされていますが、あっちではただの高校生です。」
「お、俺は熊筆竜也、二十歳です。まあ、バイト掛け持ちの苦学生です。これからよろしくお願いします。」
「はいもちろん。何て言ったって起きたままこっちに来るためのヒントがあるかも知れませんからね。」
そう言ってユッカさんは目を輝かせている。いやあ俺的にはそれどころしゃ無いんだけどな……
「後、あなたの方が年上なので敬語は結構ですよ。私は別に普通の高校生なんですから。」
「は、はい。分かりま、分かったよ。ユッカさん。」
ふむ、これがよく言う普通じゃない『普通の高校生』か。まさか御目にかかれるとは。
「私はあっちでも手掛かりが無いか調べておきますね。」
ああそうか。ユッカさんは日本に帰れるから、……ん、待てよ。そうだ!
「あの!お願いがある!」
「へ、何ですか急に。」
「良ければ、その、アニメの録画とかも頼んでいいか?」
「……とりあえず戻りましょうか。」
そんな人を馬鹿にしたような目で見なくてもいいではないか。俺は真剣だってのに。