旅の仲間
「……差し支えなければ、お話いただけますか?貴女に何があったのか」
私達は今、ロトリッジを出て数100m南へ馬を走らせた湖畔にいた。四方八方を砂漠に囲まれたこの湖畔には、周囲に草木が生い茂り、ちらほらと小型の野生生物の姿も見られる。正にオアシスと言ったところだ。遠く向こう岸に同じように蒼い巨大な馬を引き連れた行商人が見えるものの、幸い近くに人影はなく、聞かれたくない話をするにはもってこいだった。私はチラリと涼子さんの顔色を伺った。
私の問いかけに、美しさの中にどこか影を持つ女性は、その表情をさらに曇らせた。
「…………」
「無理に、とは言いません。ですが、貴女はこの世界の国王と、以前何らかの関わりがあったのですね?」
「…………」
「涼子さん。実は私はその国王の、元の世界の父親なんです」
「!」
涼子さんがようやく顔を上げた。見開かれた彼女の目を見つめながら、私はゆっくりと頷いた。
「庄司さんの……?そういえば、名字が同じ……」
「ええ。父としてぜひ知りたいんです、息子がこの世界で、何をしたのかを」
何をしでかしたのかを、と聞いた方が良いのかもしれない。これまでを推測するに、あまり良い答えが返ってきそうにはなかった。やがて、涼子さんはぽつりぽつりと事の経緯を話し始めた。
「私……私は実は昔、今の国王……庄司さんと一緒にこの世界を旅していたんです」
「庄司と……」
「ええ。日本にいた頃は、私は片田舎の小さな病院で看護師をやっていました。当時はまだ私も若く、刺激に飢えていたんです。ある日、病院にある姿鏡が「ファンタジア」につながっていることを知って、興味本位でこっちの世界を見て回ることにしました」
旅の途中、とある村で伝染病にかかっていた庄司を助けた涼子さんは、そのまま庄司に誘われ一緒に旅を続けたのだという。庄司の母親、つまり私にとっては妻の佳恵の病のことを聞き、是非協力したくなったらしい。それから庄司はファンタジアの伝説の怪物とやらを倒し、国王にまで上り詰めた。
「庄司さんは、若いのに本当に優しくて、勇敢でした。国王になった今の彼を批判する人もいるけれど、彼はもともとそんな人じゃありません」
「……もともとそんな人じゃなかったとしても、今は批判されるほどのことをやっているのでしょう?長年旅を共にしたあなたを追放したり……息子に一体何があったのかご存知ですか?」
涼子さんはチラリ、と私を見た。
「庄司さんは、お母さんの病気を治す魔力と引き換えに……恐ろしい呪いを背負ってしまいました。自らの生命力と寿命を対価に、彼は母親の命を救ったんです」
「呪い、とは……」
こっちの世界では普通にあるものなのだろうか?
「ええ。呪いのせいで、彼は周りよりも早く年をとってしまいます。短命の呪い……同時に免疫力も奪われたため、外を出歩いただけで命の危険に晒されるような病気に罹ってしまうでしょう。でも、それでも彼は母親のために、納得して全部を受け入れたんです」
「じゃあ、アイツは佳恵のために……」
「ええ」
「それで合点がいきました。アイツが何故私の2個下にまで急成長したのか……」
「呪いを受けた後の彼は、それまでとはうってかわって……どんどん暗く、陰鬱になっていきました。何日間も部屋に引きこもり、目を血走らせ、真っ黒なくまを作って……おそらく呪いを受けてから、一睡もできなかったのでしょう」
周りとだんだん年が離れていくに連れ、庄司は旅の仲間達を遠ざけるようになったのだという。
「温厚だった性格も、みるみる狂暴になっていって……毎日暴飲暴食を繰り返し、体は悲鳴をあげていました。私達は必死に止めたんですけど、それが彼にとっては疎ましかったみたいで……。私もミケも、旅の仲間達の話は聞く耳さえ持ってくれませんでした」
自ら受け入れた呪いとはいえ、刻一刻と迫る死に、息子は耐えられなかったのだろうか。やがてすっかり変わってしまった庄司の癇癪で、旅の仲間達はほぼ全員追放されてしまったのだと言う。
それにしても庄司の奴、わざわざ異世界に来てまで結局は引きこもりになっていたとは。高田部長のところがそうだと聞いて、私の息子ももしやと思っていたが……まさかこんな所で同じ不幸に見舞われるとは思わなかった。涼子さんが伏し目がちに私を覗き込んだ。
「ごめんなさい……お父さんの前で、息子さんの悪口みたいな……」
「いえ、いいんですよ。息子に何があったのか、正確に知れてよかった。涼子さん、あなたは……」
私は少し言葉に詰まった。
「息子を恨んでいますか?」
「いえ!そんなことありません!…でも、そうですね……できれば、また元の庄司さんに戻って欲しいな、と思っています」
「一緒に旅をしてくれませんか?貴女がいれば、私も心強い」
私の言葉に、涼子さんは寂しそうに笑って首を振った。
「ありがとうございます。でも、娘達を置いてはいけません」
「こっちの世界で、結婚されてるんですね。旦那さんは……」
「亡くなりました。この近くの洞窟で、魔物に襲われて……」
「……申し訳ありません。変なことを聞いてしまった」
「いえ……気にしないで」
しばらく私達の間に、気まずい沈黙が流れた。いつの間にか日は地平線の彼方へと沈みかけ、湖畔はオレンジ色に染め上げられている。ここから遠くに見える巨大な積み木の街も、徐々に明かりが灯され夜の街へと変貌を遂げていった。おかしな話だが、なんだかとてもロマンチックな光景だった。夜の色へと姿を変えていく湖畔で寄り添い合う、訳ありで傷心の男と女……。私は今一度、昔見た少年漫画の一場面を思い出していた。そう言えばあの漫画も、最終回主人公とヒロインが結ばれた所はこんな感じの湖だった気がする……。突然、涼子さんが私の手を取り、上目遣いに私の体に身を寄せた。
「あの、こんなことを出会ってすぐ言うのはおかしいんですけど、是非お願いがあるんです……」
「お、お願い……?」
「ええ。あの、私の……」
どこからか風が吹いてきて、涼子さんの髪を優雅に揺らしていった。ふわりと舞ったいい香りが、私の鼻をくすぐる。良からぬ妄想に耽っていた私は、思わず体を強張らせた。涼子さんが目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして囁いた。
「私の夫の、仇を討ってくれませんか?」