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戻した

 「……ッ!?」


 私の胸から青白い光が現れると、次に目も眩むほどの白い光が、私の視界を覆い尽くした。思わず閉じた瞼の裏側が、熱を帯びて真っ赤に染まっていく。光を浴びた途端、私は全身の筋肉が息子の方へ引っ張られるような、実に奇妙な感覚に襲われた。転生魔法によって、私の魂が体から離れようとしているのだ。まるで筋肉痛で悲鳴を上げていた体が、ストレッチで限界まで伸ばされているような、痛くともどこか心地いい感覚だった。


(吸い取られる……!)


 そう思った瞬間、私の意識は自分の体の外にあった。最早体の踏ん張りも効かない、青白い魂だけの生身で息子の前に投げ出された私は、恐る恐る瞼を開いた。


「防御する暇も、回避する暇もなかったね。わざわざ異世界まで乗り込んできて、息子にあっけなく敗北した気分はどう?」


 目の前で、私と同じように赤い魂だけの姿になった息子が、勝ち誇ったように言った。隣に目をやると、その横に先ほど息子にやられたツミレやエリィ、二匹の猫達の体が転がっている。


「それはもう、要らない。力だけもらったから」


 私の視線に気がついたのか、庄司がせせら笑うように言った。息子の形をした魂が右手を掲げると、その指先から怪しげな光が放たれた。彼はそれを私の抜け殻に向けた。すると、年老いていた私の肉体が、みるみるうちに若返っていった。ツミレとエリィから奪った魔法の力だ。息子が嬉しそうに笑った。


「ほらやっぱり。親父の若い頃って、俺そっくりだな」

「やめろ……」

「もう遅いぜ。この体、もらうよ」


 そう言って庄司は、若返った私の体の中へと入っていく。その途端、私の意識も、抜け殻になった庄司の体へと引っ張られていった。


「ふぅぅ……!」

「……!」

「……ちょっと重いな。でも、魂がしっくりきてる」


 目の前で、若い頃の私がニヤリと笑った。転生魔法が成功したのだ。私は恐々と自分の、小さくなった新しい両手をじっと眺めた。目の前にしても、信じられなかった。完全に、息子の思惑通りになってしまった。追い詰められた私の周りに転がる、仲間達の無残な姿が目に止まる。動揺したまま、起き上がれないでいる私の前に、息子が体を引き摺りながら近づいてきた。


「庄司……!」

「ありがとう、親父。助かったよ。これで俺はまだまだ異世界を堪能できる」

「……!」


息子が……若い頃の私の表情が、邪悪に歪んだ。


「親父は脳内で、そこのお仲間さん達と仲良く暮らしていてくれよ。俺は死にかけの馬鹿デカイ体をリセットして、またファンタジアで1からやり直すからさ」

「…………」

「最後に、何か言いたいことはあるかい? 巨人になったら、まともに会話もできなくなるだろうからさ。気が向いたら、母さんに伝えてやってもいいよ」

「庄司……」


 自分の勝ちを確信して疑わない息子に、私は小さく笑みを漏らした。そんな私を見て、庄司が眉を潜めた。


「……リセットしてやり直す決意があるんなら、まあ大丈夫だろう」

「……? 何を言ってるんだ?」

「何、最後にお前にプレゼントだ」

「プレゼント?」


 訝しげに首を傾げる息子の姿に、私は自分のへその辺りをトントンと指差した。


「開けて見ろ」

「……え?」


 私の体になった息子が、眉を潜めたまま新しい体を覗き込む。


「これは……!?」


 シャツを乱暴に破いた庄司が、私のプレゼントに気がついて目を見開いた。


「傷!?」


 入れ替わった私の腹が、刃物で突き刺されたように傷ついていた。私はニヤリと笑った。


「一体……何をした!?」

「『お前』の体には一切の攻撃は効かない……だから『私』の体にだな……」


 驚きの表情で、庄司が床に転がった私の剣に目を向けた。


「さっきお前に蹴られた瞬間にな。自分の体に黒光を突き刺しておいた。私の肉体を、能力により元の世界へと『戻した』。」

「な……!」

「最も、それで肉体と一緒に連れて行かれる魂は……」

「ふ……ふざけた真似を……!」

「その中に入っているお前の方だがな、庄司」

「!!」


 目の前で私を見下ろしていた庄司の顔が、今度は恐怖でぐにゃりと歪んだ。どうやらこれから何が起こるか気がついたらしい。斬ることで概念や、考え方まで断ち切りゼロに『戻す』能力。黒光で貫かれた私の肉体は、彼の魂を乗せて現実世界へと『戻る』。息子を連れ戻し、妻を守るため……私が代わりにここに残る。これが最善手かは分からないが、下した決断にもう迷いはなかった。


 彼の胸元の傷から、漆黒の光が堰を切ったように溢れ出した。この世に在らざる異形の光が、彼の肉体を容赦無く包み込んでいく。闇に引き摺りこまれるかのように、あっという間に彼の体が黒く染まっていった。庄司が苦悶の表情を浮かべて、倒れている私に手を伸ばした。その右手すら、黒い光に飲み込まれていく。


「よせ……やめろ……お、俺は……!」

「…………」

「俺は国王だぞ……この世界を……ファンタジアを救った、お袋の命を救った英雄なのに……こんな……!」

「……母さんによろしくな、庄司」

「……ぅわああああああああああ!!」


 信じられない、といった顔をしたまま、息子は一点へと閉じていく黒い光とともに、元の世界へと吸い込まれていった。やがて叫び声も闇に飲まれて、王室に静寂が訪れた。


 終わった……。ようやく息子を、元の世界に戻すことができた。それに、妻を守っていた代償の呪いも、私が引き継いでそのままだ。

 静まり返った部屋で、私はよろよろと上半身を持ち上げた。体が重い。巨人になったのだから当然か。だが、魂がしっくりきているのか、新しい体にそれほど違和感はなかった。


「おじさん……?」


 ふと、後ろから声をかけられる。エリィだった。気を失っていた仲間達も、徐々に意識を取り戻し始めたようだ。


「その格好……おじさんなの?」

「ああ」


 エリィが私を眺めて驚きの声を漏らした。私は小さく頷いた。

「倒したよ。息子はもう元の世界だ」

「……それじゃあ」

「これから忙しくなるぞ。ファンタジアの再興だ」


 床に体を預け、私は天井を見上げた。頭上を彷徨っていた白と黒の光の余韻が、混ざり合って視界に飛び込んでくる。瞼がやけに重かった。少し私も、年齢の割に無理をしすぎたようだ。


……少し、休むか。


 ゆっくりと、静かに目を閉じる。薄れゆく意識の中、何処か遠くの方で、エリィが私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。やがて誰の声も聞こえなくなるほど、私の意識は深く深く沈んでいったのだった……。

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