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悪足掻き

「うおおおおおおおお!!」


 豪華絢爛に飾られた王室に、怒声が響き渡った。最初に迂闊に飛び込んで行ったのは、ツミレだった。得意の魔法の雷撃が届かないと分かるや否や、彼女は杖の先から光を放ちそれを剣のように構え王の元へと突っ走って行った。私達が呆気に取られる暇もなかった。群がる兵士達を光の刃で薙ぎ倒し、激昂したツミレは天井に届かんばかりの剣を頭上に掲げ、椅子に座る息子に向かって容赦無く振り下ろした。


「……!!」

「……っぐ」


 だが……光の刃は国王に当たることなく、まるで見えない何かに遮られるかのように途中で消滅してしまった。先程、魔法で『ライトニング』を飛ばした時もそうだ。最強の魔法使いの攻撃はことごとく、当たる前に遮られてしまう。庄司が肘を付きながら退屈そうに欠伸した。


「だから言っただろ? ここは俺の脳内。何もかもが俺の思い通りになるんだって。誰がそんな攻撃当たるかよ」

「……っざけんな!」


 憤怒の表情で歯を剥き出しにしたツミレが、もう一度天高く杖を掲げた。すると、庄司は椅子から立ち上がり、右手で彼女の顔面を鷲掴みにした。


「この……放せっ!!」

「まだ分かんないのかな? 無駄なんだって……」


 宙に掲げられたツミレが両足をバタバタともがく。その華奢な腕で軽々と魔法使いを持ち上げると、庄司は不敵に笑った。


「ツミレ。俺が何でお前をここに呼んだか分かるだろ?」

「く……!」

「お前の……転生魔法の力『だけ』が必要だったんだ。『お前』は必要じゃない。さあ、俺に転生魔法の力を寄越せ」

「誰が…ぎゃあああ!!」

「そう、それでいいんだ」


 余った左手で、息子がツミレの胸に手を当てる。すると、鮮やかな赤い光の球体が、息子の胸の辺りから現れた。あれがツミレの言っていた『魂』の具現化した姿なのだろうか? 光が現れたと同時に、魔女の断末魔が王室に響き渡る。まるで早送りを見ているかのように、目の前でツミレが花のように『枯れて』いった。全身の魔力を吸い取られて文字通りしわくちゃになった彼女が、息子の足元にボロ雑巾のようにパサリと落ちた。


「ツミレ様ぁ!?」


 エリィがそう叫び、走り出しそうになった瞬間。私は咄嗟に彼の肩を掴んだ。このまま真っ直ぐ向かっていっても、勝ち目は無い。私は玉座に佇む息子を睨んだ。


「落ち着け……迂闊に飛び込むんじゃない」

「でも……おじさん、ツミレ様は飛び込んで行ったよ……!」

「ああ……」

「そういえば、お前も魔法の力を分け合ったんだったな」

「!?」


 突然、後ろから声をかけられた。私は目を疑った。先ほどまで離れた所に立っていたはずの息子に、いつの間にか背中を取られていた。驚いた猫2匹が、飛び上がってその場から離れた。瞬間移動……目と鼻の先に現れた息子は、不気味に笑っていた。


「悪いけど……もらうよ」

「う……うわあああ!!」


 先程のツミレと同じだった。逃げる間も無く頭を鷲掴みにされたエリィは、瞬く間に体からエネルギーを吸い取られていく。ゾッとするような光景に何とか踏みとどまり、私は剣を抜いた。


「よせ!」


 黒光で、奪われたエリィの魔力を元に戻すつもりだった。だが私の剣から放たれた光は、やはり息子に当たる前に消滅してしまった。息子はやれやれ、と肩をすくめてみせた。


「だからぁ、何度やっても同じだって……」

「ドイテ! オトーサン!!」


 庄司の間の抜けた声をかき消すように、チクワブの威勢のいい声が横から聞こえてきた。左右から、2匹の猫が弾丸のように息子に飛びかかった。まるでいつか見た彗星だ。余りのスピードに、全く目で追う暇もなかった。今までどんな攻撃も直前で消滅させてきた息子も、流石に対応しきれなかったらしく、その華奢な体に2つの彗星が激突した。


「ハァ……」

「な……!?」

「バカな……!」


 しかし、彗星は息子をぺしゃんこにすることはなかった。息子の体にぶつかった2人は、何とそのまま彼の体の中にズブズブとのめり込んでいった。側から見ると、国王の体から2人の下半身が生えたようだった。私が驚いて口を開いている間に、2人は庄司の体の中に沈んでいった。


「ミケ! チクワブ!」

「2人とも、バカだよねぇ……素直に俺に従っていれば良かったのに……」

 庄司が見下したように笑った。私は歯を食いしばった。


「チクワブはお前の娘だろ!? 何の情もないのか!?」

「情?」


 一体何のことだ? とでも言いたげに、息子は首を傾げた。


「ないよ。だってこの国はファンタジア……俺らからしたら現実でも何でもない。2次元の妄想やゲームのプログラムに、いちいち感情移入なんかしないだろう? それに……」


 含み笑いを持たせ、息子は意味ありげに私を眺めた。


「そういう親父はどうなんだ? 息子が異世界で『呪い』まで受けて、助けたいとは思わないのか? 何故わざわざ俺に斬りかかってくる? 素直にその体を差し出せば、彼らもこうはならずに済んだだろうに……」

「……!」


 私は庄司を睨み返した。やはり息子は、どこかおかしくなっているようだ。向こうにいた時は、親の顔を見るよりゲームや漫画を食い入るように見ていたはずの息子が、こんなことを言い出すなんて。おかしなものだ。今ではそれを注意していた私の方が、彼らを大切な仲間のように感じてしまっている。


「思い出せ庄司……お前だって昔は……」

「もういい。親父、後はあんた1人だ。仲間もいない、攻撃も通用しない。この状況を、一体どう打開するつもりだい?」

「……!」


 私は咄嗟に剣を構えていた。腹から声を出しながら、力任せに庄司に斬りかかっていく。だが……あっけなく弾かれた黒光は、行き場を失って宙を彷徨った。庄司が足を振り上げ、思いっきり私の腹を蹴り上げる。「うっ」という呻き声とともに、私はその場に蹲み込んだ。ポタリ…と口元から何かが溢れ、血のように赤い絨毯に黒いシミができた。庄司は床に転がった私の剣を取ると、くるくると手の中でそれを弄んだ。


「さあ、これで頼みのチート能力も、敵の手に渡ってしまった。悪足掻きって奴をさ、もっと見せてくれよ……じゃないと簡単すぎて、楽しくない」

「……!」


 私はべっとりと汚れた口元を拭った。庄司が今度はツミレの杖を取り出し、何やら呪文を唱え始めた。転生魔法……彼がとうとう、私の体を乗っ取ろうとしているのだ。圧倒的……まさにそんな強さだった。頼みの綱だった仲間達が一瞬で葬り去られ、何度も危機を乗り越えてきた武器も、いとも簡単に奪われる。怒りが次第に恐怖から、そして絶望へと切り替わっていく。もう、なす術がない……。床に膝をついた私は、ただただ呆然と息子を見上げるしかなかった。

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