ようこそ親父。俺の脳内へ
「こっちじゃ」
黒猫に引き連れられ、私達は海馬の合間を縫って脳の奥へと足を運んだ。一体どこに向かっているのか、案内されている間も……そして目的地が目の前に現れた時も……私にはさっぱり分からなかった。
「王の間じゃ」
「……は?」
息子の脳内の奥底、そこにあったのは……扉だった。まるで向こうの世界の自宅にあるような、至って普通の木の扉が、脳の中心部に立て掛けられていたのだ。あまりに現実離れした光景に、私は目眩を起こしそうになった。
「どうなってんだよこいつの脳内……」
「さあ、入れ」
チクワブが扉を開けると、その向こうに大広間が待っていた。隣にいたエリィが息を飲んだ。床一面に敷き詰められた赤い絨毯、天井にぶら下がる巨大なシャンデリア、眩い光を放つステンドグラス……その広さは、我が家が3軒くらい丸ごと入ってしまいそうなほどだった。まさに『王室』と呼ぶべき豪華な造りの部屋が、扉の向こうに広がっていた。
「あれは……!」
ツミレが部屋の奥を睨み、低い唸り声をあげた。段差になって舞台のようにせり上がった部屋の奥。その中央に、屋根にも届かんばかりの大きな椅子が置かれている。キラキラと輝く宝石が散りばめられた椅子の真ん中に、不釣り合いなほど小さな体でちょこんと座っている人物……私は目を見開いた。
「庄司!」
「ようこそ親父。俺の脳内へ」
私の息子、藤堂庄司本人が、自分の脳内で偉そうに踏ん反り返っていた。不敵に笑うその姿は、旅立つ前の高校生そのままだった。まるで貴族のような無駄に豪華な身なりをしていて、幼さの残る顔つきにさっぱり似合っていない。
「どういうことだ? ここは一体……」
「ここは俺の意識。頭の中さ」
「ちっとも分からん」
「親父にはファンタジーが過ぎたかな」
ニヤニヤと笑う息子に、私はだんだんとむかっ腹が立ってきた。思わず一歩前に出ると、どここからともなく兵士達が煙のように現れて、持っていた槍ですぐさま通路を塞いでしまった。
「なんだ? こいつらは?」
「言っただろう? ここは俺の頭の中。何をするにも、俺の思い通りなのさ」
槍の向こう側で、庄司が勝ち誇ったように笑った。この兵士達も、息子が脳内で作り出したものだというのだろうか? 私は拳を握りしめた。
「いい加減にしろ。思い上がるのは、頭の中だけにしておけ。さあ、他所様に迷惑かけてないで、さっさと家に帰るぞ」
「嫌だね。俺はこの世界の王様なんだ。わざわざ帰る必要なんてない」
「庄司! 誰に向かって口を聞いてるんだ!」
怒鳴り声を上げた私を、槍兵達が騒がしく金属を鳴らし取り囲んだ。
「それに、俺が向こうに帰っちまったら、親父だって困るだろ? お袋の命はどうなるんだ?」
「お前……母親までも人質に使う気か!?」
「ふふふ……察しのいい親父ならもう分かってんだろ? その体を俺に寄越せ」
そう言って椅子から身を乗り出した庄司の目は、まるで私を物のように眺めていた。最早私を親だとも……人間だとも思っていないようだった。やはり息子の目的は……転生することなのだ。怒りに震える手で、気がつくと私は剣の柄に手をかけていた。すると、私の右手を誰かが押さえつけた。
「おい、オッサン。迂闊に飛び込むんじゃねえよ」
「やるなら一緒にやろうよ、ねえおじさん!」
エリィとツミレだった。後ろを振り返ると、チクワブが屈伸し、ミケがのんびりと背筋を伸ばしていた。黒猫が髭を揺らして言った。
「さて、親子水入らずの会話は終わったかの? ここからが本番じゃぞ。覚悟はいいな?」
「……ああ」
私は小さく頷いた。
もう息子に……いや、この異世界の悪しき国王に、一切の容赦はいらない。私はゆっくり息を吸い込み、目の前の敵を見据え、出来る限り大きな声で雄叫びを上げた。




