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飛行船

「離せ! この野郎! 私を誰だと思ってるんだ! この世界最強の魔法使いだぞ!!」


 縄に後ろ手を縛られたツミレが、私の右側で威勢良く叫んだ。閉じ込められた狭い鉄の部屋に、すっかり本性を現した彼女の喚き声がガンガンと響く。折角可愛らしい少女の体に戻ったと言うのに、言葉遣いが荒々しくてとても聞いてられない。とはいえ、私もまた国王軍の手によって拘束されているのだから、耳を塞ぐこともできなかった。


「おじさん……僕達どうなっちゃうのかなぁ……?」

「分からん……」


 左の方に顔を向けると、エリィが不安そうに私を見上げてきた。元の体を取り戻し、男らしい姿になった彼もまた、やはり同じように縄で締め上げられていた。


「一体どこに向かっているんだろ……?」


 窓もない、一切明かりのない暗い小部屋の中に、エリィの震えた声がポトリと転がった。

 私達は今、国王軍に捕らえられ、彼らの監視の下飛行船で輸送されていた。






 オンデンデ号が『彗星』によって破壊されたあの時。唖然とする私達の周りを、いつの間にか現れた国王軍があっという間に取り囲んだ。その中心に、異界の孫娘・チクワブが満面の笑みで立っていた。


「オトウサン、元気だった?」

「……!!」


 屈託のない表情でこちらに手を振る少女に、私は何と答えていいか分からなかった。巨大な木造船がただの体当たりで一瞬で木っ端微塵にされるという、目の前の出来事が信じられなかった。いくら何でも無茶苦茶だ。もしこの孫娘が、久しぶりに我が家に帰ってきて私の胸に飛び込んできたらどうしよう。パラパラと空から舞い落ちる木の破片を浴びながら、私は背筋が凍った。


「動くな!」


 周りを取り囲んだ兵士達が、鋭い声を飛ばしてくる。ツミレ率いる草原賊達も200名以上はいるはずだが、彼らの数は、見ただけでそれを遥かに上回っていた。見たことのない大群に、ちっとも現実感が湧いてこない。もしかして私は夢でも見ているのではないだろうか……。そんな思いが頭を掠める中、突如隣から叫び声が聞こえた。


「うおおおおお!!」

「うわあっ!?」


 ツミレだった。一瞬の隙をついて、エリィから杖を奪い取る。私達の方には見向きもせず、敵意を剥き出しにして、輪の中心にいるチクワブにまっすぐ向かって行った。


「喰らえ!!」


 彼がそう叫び終わらないうちに、杖はその先端から閃光を放つ。少し離れたチクワブの足元にどこからともなく現れた魔法陣が描かれー……。


「……ッ!?」


 目の前の空間が爆発を起こしたかのように、弾け飛んだ。激しい光に、思わず目を逸らす。閃光の収まった後に、地面に叩きつけられていたのは……ツミレの方だった。


「バカな……!?」

「遅いヨ、遅い」


 顔面を片手で握り潰されたツミレが、苦痛に満ちた声を上げ驚いた。チクワブはそのままふわっと両足を浮かせると、ツミレの顔の上で片手で逆立ちをするような格好になった。猫耳娘の無邪気な笑みが、月明かりに照らされて妖しく輝く。


「グオオオ……ッ!?」

「ツミレ!?」


 チクワブが片手に全体重をかけ、ツミレにのし掛かった。およそ少女とは思えないような呻き声を上げながら、組み伏せられた魔法使いが地面にめり込んでいく。抵抗することさえままならない、圧倒的な暴力……目の前の惨劇に、私はただただ目を見開く事しか出来なかった。世界最強とまで謳われたツミレが、何も出来ずに頭を地面にめり込ませていくなんて……一体私の孫娘は、どれほど強いのだろう?


「武器を捨てろ!抵抗した者は殺す!」

「お……おじさん……囲まれてるよ……!」

「く……っ!」

「大丈夫だヨ。チクワブ、オトウサン達に用が会ってきただけだかラ」


 やがて、地面に足までめり込んだツミレを大根よろしく引っこ抜きながら、猫耳娘がこちらに笑顔を見せた。ボロ雑巾のように振り回されるツミレを見て、私達は仕方なく武器を捨てて投降した。


「用とは何だ……?」


私の問いかけに、チクワブが笑って答えた。


「決まっテルジャない。ショージさんを倒しに行くんダヨ」







 それから、国王軍が用意していた飛行船のようなものに連れ込まれ、エリィとツミレ、私の3人はもう彼此半日以上監禁されている。あれほどたくさんいた草原賊達は、皆置き去りにされてしまった。正直、飛行船が風に晒される度、ガタガタと箱をひっくり返したように揺れる小部屋の旅に、エリィも私も憔悴しきっていた。無駄に元気なのはツミレくらいだ。だが、体の自由を奪われ、武器も取り上げられたこの状況では、たとえ世界最強の魔法使いでもどうすることも出来ないようだった。私は顔を伏せた。


 ここに来て突然の国王軍の襲撃……。チクワブは「庄司を倒す」と言っていたが、一体どうなっているのだろう? 軍の反乱でも起きているのだろうか? ならば何故、私達は拘束されている?

 すると、塞ぎ込んでいた私の目の前に、見慣れた黒い影がひょっこり顔を現した。


「あなたは……!」

「だいぶ疲れてるようじゃな?」

「ミケさん!?」

「ミケだと!?」


 ミケは、驚く私達のこともどこ吹く風で、飄々とした様子で私の膝の上に飛び乗ってきた。ツミレが怒りの形相で吠えた。


「てめえ、やっぱり裏切りやがったな!」

「別に、裏切ってなんかおらん。ワシは最初からチクワブ様の味方じゃ」

「うるせえ!」


 両腕を縛られたまま、ツミレがミケに噛みつこうとして、私の膝で歯をしこたま殴打した。するりと身をこなし攻撃を避けたミケは、今度は肩の上に飛び乗ると、小馬鹿にしたようにツミレを見下ろした。


「ぎゃああああ!!痛ええええ!!」

「ツミレ……様、だ、大丈夫?」

「フン」

「ミケさん……我々は、どこに連れて行かれてるんですか?」


 ぎゃあぎゃあと、急に騒がしくなった小部屋の中で、私はため息交じりに黒猫に尋ねた。ミケは私の肩の上で、もう一度フン、と鼻を鳴らした。


「決まっておるじゃろう。国王のいる城じゃよ。お主もようやく、息子と一騎打ちできると言うわけじゃ」

「庄司と……」

 私は言葉に詰まった。しかしこの状況で一騎打ちと言われても、このままではただ処刑されに行くだけとしか思えなかった。

「驚くでないぞ? お主の息子は今や……圧倒的じゃからな」

「…………」


 ミケの警告が、やけに私の耳に残った。この猫は果たして本当に、私に息子を倒して欲しいのか、それとも……。


 飛行船はやがて雨雲か何かに突っ込んだのか、より揺れを激しくしながら目的地へと向かうのだった。

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