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計画通り

「驚いた顔をしているな?そうさ勿論……私は貴公、いや貴様の素性を知っている…貴様が私に敵意を抱いていることもな」

「その子を離せ……!」


 甲板の上から、ツミレが楽しそうな声を上げた。手下達に囚われたエリィが、苦しそうに呻き声を漏らす。ここから見えているだけでも、何十人もの草原賊達が船から私を見下ろしていた。さらに船の中腹からは、金属製の無機質な『砲台』が、いつでも私を攻撃できるように狙いを定めている。下手に動くとまずいことになる……。背中から一気に体全体に電気が走ったかのように、緊張が高まっていった。


「どうして知っているか?答えは簡単だ……貴様と『約束』をしただろう?酒を酌み交わした最初の夜、貴様は私に船での仕事をくれるようお願いした。私はそれにきちんと応えた」

「…………」

「古い魔法さ……『契約』……願いを叶える対価として、私は貴様の言動を絶えず把握することができた。この水晶を通じてな……」


 ツミレは、耳に飾られた水晶のイヤリングを指で弾いて見せた。道理でこちらの言動は、敵に筒抜けだった訳だ。私は唇を噛んだ。


「それから……来い、ミケ」

「!」


 口元に余裕たっぷりの笑みを浮かべ、ツミレは私のよく知る黒猫の名前を呼んだ。ミャア、とどこからともなく鳴き声が聞こえたかと思うと、祭りで逸れたミケが、ひょいとツミレの肩に飛び乗った。私は目を見開いた。


「ミケ!?」

「ああそうだ、ミケだ……『二重スパイ』だよ。分かるだろう?最強の魔法使いと謳われた私が、まさかネズミ一匹この船に侵入を許すとでも?ましてやこんな巨大な猫……」

「ミャア」


 ツミレに喉元を撫でられたミケは澄まし顔で、私に一瞥をくれただけでそっぽを向いてしまった。


「そんな……まさかミケが内通者……!?」

「何もかも計画通りさ」


 私は愕然とした。


「嘘だ……返事をしてくれ、ミケ!!」

「…………」

だが、知った顔のはずの黒猫から答えはなかった。ツミレが笑った。

「そう……ミケを通じて貴様の素性を知った時、私は『これは使える』と確信した。憎き国王の血族……人質にはもってこいだ。ミケに『能力』を開化させ、貴様にこの世界で戦えるだけの力を与えた」

「くっ……だったら何で、今更私を殺すような真似を?」

「殺す? 勘違いするな」

ツミレが心底嬉しそうに唇を釣り上げた。


「貴様には私の傀儡になってもらう。逆らうことのできない、都合のいい操り人形。貴様は自ら愛した息子に、その手で剣を突き立てるんだよ。私の命令でな」

「人形だと……?」

「傑作だろう?この私を侮辱し、ファンタジアをめちゃくちゃにした他所者の国王は、自分の父親と殺し合うんだ。ああ、別に命まで奪う気はないから安心しろ。国王の短命の呪いが尽きるまで、限界まで痛みを感じながら地獄の底で殺し合いを続けてもらう。藤堂一族には殺すよりもっと酷いことをしてやるから、覚悟しておくがいい」 

「…………!」


 冷酷な魔法使いの目に見下ろされ、私は背筋が震えるのを感じた。この男……いやこの魔女の恨みは相当根深い。どうも私が息子を拳骨でぶん殴って、「息子が馬鹿なことをしでかしました。大変申し訳御座いません」と謝れば許してもらえる話ではなさそうだ。命まで奪うつもりはないと言いながら、我々の魂を粉々に砕いてしまうのがツミレの狙いなのだ。


「ところで……自らの意思で体を動かせなくなった気分はどうかな?」

「な……!?」


 私は驚いて目を見開こうとした……が、瞼が動かない。それどころではない。腕も、足も、指一本でさえ金縛りにあったかのように、ピクリとも動かなかった。いつの間にか、ツミレがマントの下で杖を握りしめている。先ほどの会話のうちに、知らぬ間に魔法によって束縛されてしまったのだ。


「まだどうにかなると思っていたか? 剣さえ届けば、貴様のその『チート能力』で?」

「くっ……!」

「残念だったな。貴様の黒光が、私の体に届くことは決してない。国王を呼び寄せる餌になると思い泳がせていたが、貴様から歯向かってくるのなら致し方がない!」


 どうやらこちらの考えは見透かされていたようだ。私は唇を噛んだ。剣さえ届いてしまえば、ツミレに勝てる可能性は十分にあると思っていたが……。


「ああ……体は動けなくなっても、心や意思……魂は操れないんだ。チート能力などとは違い、我が世界の魔法は体系化された法則と理論によって形作られている。そこがファンタジアの魔法の、あー、未熟なところでね。本当に申し訳ない」

 含みを持たせた言い方をしながら、ツミレが自分の胸を杖で叩いて見せた。


「だから喋りたいことがあれば遠慮なく口を動かしてくれ……その、『もう嫌だ』とか?」

「何が言いたい……?」


 私は歯噛みした。操れないと言う言葉も、どこまでが本当なんだかわからない。ただ、ツミレはどうやら私の心まで操る気はないらしい。私の中に反逆の意思を残したまま、だが魔女は、それすら楽しんでいるように見えた。


「『助けてくれ』だとか? 『いっそ殺してくれ』とか? 貴様の心の叫びを聞くのが、私はとても楽しみでねぇ……おっと」


 突然、ツミレが甲板から飛び降りたかと思うと、まるで魔法のようにふわりと空中で急停止した。そのまま優雅に砂浜に降り立ったその横に、甲板の上からどさりとエリィが突き落とされた。


「エリィ!」

「うぅ……おじさん……」

 恐らくエリィも、魔法によって体の自由を奪われているのだろう。不自然に両手を後ろで組んだまま、起き上がろうともせず地面に転がっている。

「嗚呼、誠に残念だ。私に貴様達のようなチート能力があれば……貴様の心を苦しめることもなかったかもしれないのに」

「嘯くな……!」


 エリィが大げさに両手を広げて嘆いて見せた。芝居がかったその言葉が、なんとも嫌味たっぷりだった。


「だが貴公の心を折るために、魂を服従させるために、私は心を鬼にしなければ。さあ藤堂、命令だ。エリィを殺せ」

「え……!?」

「何だって!?」


 表情一つ動かせないまま、私は驚愕の声をあげた。すると、ツミレの声に反応するかのように、私の右手が柄に手をかけた。エリィもまた、驚きと恐怖の表情でツミレを見上げた。


「待て!エリィは元々……お前の体じゃなかったのか!?」

「ツミレ様……なんで……!?」

「体だったからなんだ? 国王の父親という、もっと使える手駒が手に入った以上、影武者など不要だろう?」

 至極当然、とでも言いたげな表情で、魔女が肩をすくめた。私の右足が埋まっていた砂から抜き出され、勝手に一歩一歩前に進んで行く。心臓の音が急に強く耳の奥で木霊し始めた。このまま私の体の自由を奪い、エリィに剣を突き立てさせるつもりなのか。私は叫んだ。


「エリィは……お前に感謝していたんだぞ!?村から連れ出し、広い世界を見せてくれたお前に……」

「おじさん……やだ、やめて……」

すると、魔女が船の上から邪悪な笑みを浮かべた。

「ならばエリィ、貴様がその親父を殺すか!? お前は散々恨んでいただろう! お前の父親と母親を殺したのは、そいつの息子だぞ!」

「そ、そんな……」

「さあ、体の自由は返してやる……思うがままに、殺し合うがいい」


 ツミレが杖を振ると、エリィを縛っていた見えない拘束が解かれた。私は、自らの意思に反して剣を頭上に掲げていた。一歩、また一歩と近づいてくる私を見上げて、エリィが声を震わせた。船の中から、やがて地響きのような唸り声が響いてきた。視線の端で、船員たちが拳を突き上げて私達を囃しているのが見える。殺せ、殺せ、と、誰もが口を揃えて目の前の『ショー』に酔い痴れていた。やがて私は剣を構えたまま宙に浮くツミレのそばを通り過ぎ、エリィの足元まで辿り着いた。


「よせ……この子は関係ない! お前が恨んでいるのは、私と、私の息子だろう!?」

「そうだ。だからこそ、これは良い復讐になる。そう思わないか? さあ、その手で剣を突き立てろ! 愚かな国王の父親よ!」

「殺せ!殺せ!」

「おじさ……」

「エリィ……」


 目に一杯涙を浮かべながら、エリィが私を見上げた。その震える右手には、小さな短剣が握られていた。


「…………!」


ジッとその短剣を見つめながら、エリィは思いつめた顔をしていた。私は少しも体が動かせないまま、膝から崩れ落ちそうになった。この子がこうなってしまったのは、私のせいだ。私が出会わなければ、この世界に来なければ……。だが、もうどうしようも無い。魔法で操られた体は、手を震えさせることさえ許してくれない。


「やれ!殺せ!」

「殺せ!殺せ!」


 怒号が砂浜に鳴り響く。エリィがポトリ、と短剣を取り落とすのが見えた。その目にはうっすら涙が浮かんでいる。


「僕……僕やっぱりできないよ! ねえおじさ……」


私はそれに答えることもできず、構えた剣を導かれるままにグッと引き寄せ……幼い少女の胸に突き刺した。


「なん……で……」


 見開かれたエリィの目が、私を見上げていた。その口元から、ごぽり、と赤黒い血が溢れ出してくるのを、私はじっと見つめることしかできなかった……。

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