踊り子
ツミレの待つ船を目指し、エリィを背中に抱いて街の中心部へと戻る。人ごみに紛れてこっそり先ほどの射撃屋を覗いてみると、店番がウサギ……カノーのぬいぐるみの代わりに大きなクマのような人形を並べているところだった。渋い顔をした店番に見つからないように、私は肩を潜めてその場を通り過ぎた。祭りはまだまだ終わる気配もなく、このまま朝まで夜通し続くのだという。だんだんと人の数が多くなっていき、色取り取りの灯りに照らされたヤグラが見えてきたところで、いつの間にか目を覚ましていたエリィが大きな声をあげた。
「見て!」
彼女が指差した方向に、何100人という数の兵隊が並んでいる。この祭りの主催者である国王軍達が、ぐるりとヤグラを囲んで長い槍を空に向けて構えていた。その中心、舞台の真ん中で踊っている少女の姿に、私は見覚えがあった。
「チクワブ!?」
「知ってるの!?」
エリィが驚いた顔で見上げてきた。私は黙って頷いた。
「ああ。あの子は庄司の……国王の娘だ」
「え?じゃあおじさんは、おじいちゃんなの!?」
「………いつの間にかな」
ひらひらとした煌びやかな和風の衣装を身に纏い、ヤグラの上で踊っていたのは、あの時テレビから飛び出してきたあのチクワブだった。初めて出会った時とは違い、今は大衆が見守る中見事な舞踊を披露し、正に威厳のある王女のような雰囲気を醸し出している。まさかこんなところで自分の孫娘の晴れ姿を見ることになろうとは……。
「うわぁ……すごくキレイ……」
夢でも見るかのように、エリィはチクワブの踊りに見とれていた。馬子にも衣装とはよく言ったものだ。サンバの踊り子のような派手な格好をして、我が家の居間で暴れ回ったあの時とは全く印象が違う。おそらく国王側の代表として、祭りに呼ばれてきたのだろう。もしかしたら、ツミレはチクワブが今夜ここに来ることを知り、この街に来たのかもしれない。彼はチクワブの首を狙っていた。しかし、これほど厳重に警戒されていては、いくら200人の精鋭とはいえタダで済みそうもない。何か計画があるのだろうか?
「もう行こう、エリィ。国王軍に見つかるのはマズイ」
「……うん」
私が歩き出しても、エリィは名残惜しそうに、まだ顔だけをヤグラの方に向けていた。演舞の見物客を掻き分け、私達はようやく開けた場所まで辿り着いた。船まで戻る間、祭囃子の賑やかな声が、しばらく背中を追って来ていた。エリィはというと、さっきから私の背中に顔を埋めたまま、ぬいぐるみを握りしめずっと押し黙っている。少年を背中に抱きつつ、私はツミレを倒す計画を頭の中で考えていた。
ツミレはこのファンタジアで最強の魔法使いだったという。実際のところ、この世界の魔法と呼ばれるものがどれほど強大な力なのか、私には分かっていなかった。船を動かしたり、契約で肉体と魂を入れ替えたり、その効果は様々だ。
だがそんなツミレでさえ、『無知無能』のチート能力を持つ息子には敵わなかったらしい。つまり私だって剣さえ届いてしまえば、ツミレに勝てる可能性は十分にある。黒光の能力がどこまで魔法に通用するのか分からないが……試してみる価値はありそうだ。
夜道を歩いていると、やがて森の向こうから巨大な船のマストが顔を現した。
「見えてきたぞ」
「…………」
だんだんと近づいてくる船を指差しても、背中に揺られるエリィは、押し黙ったままだった。私は肩をすくめて振り返った。
「おいどうした? 大丈夫か?」
「…………」
「ずっとぼんやりしたままで……そんなに私の孫が可愛かったか?」
私の冗談にも、エリィは全く反応しなかった。もう船はすぐそこだというのに、一体どうしたのだろうか? 彼女…彼は右手に持っていたぬいぐるみを、地面に取り落とした。
「エリィ?」
「ねえおじさん……」
じっと前を見つめたまま、エリィがポツリと呟いた。
「船……こっちに近づいてきてない?」
「何だって?」
振り返った先に、先ほどよりもさらに巨大な影が目の前にあった。魔法の船が私達を踏み潰さんと、こちらに向かって地面を草原を突っ走って来ていた。