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17/31

本来

 「見ておじさん! 1番星見っけ!」


 深い青に染まり出した空を指差し、エリィが嬉しそうに大声を上げた。私は髪の毛をクシャクシャと撫で回しながら応えてやる。少女の無邪気な笑顔に、子供の頃の庄司の面影を思い出していた。昔は同じように息子の手を引いて、買い物や公園に出かけたりもしたものだ。あの頃の息子も、エリィと同じように好奇心で目を輝かせていた。まさかそんな無垢な少年が、異世界で魔王と化し人々を苦しめることになろうとは……。


「ねえおじさん! あの射撃やってみてもいい!?」

「ん? ああ、いいぞ」

「やった!」


 人だかりの向こうの出店を指差して、エリィが年相応にはしゃいだ。

私達は今夜、この地方で開かれているお祭りに参加していた。

 船は国王の待つ城に大分近づいてきていた。街はだんだんと大きくなり、徐々に政府の紋章を背中つけた兵隊もちらほらと見かけるようになっている。息子と対面する日も、そう遠くないだろう。


 今夜は国王のお膝元に、エリィと2人で敵情視察というわけだ。街では、日本の縁日と同じように、中心にある大きな街道に沿ってたくさんの出店が並んでいる。本物の弓による射撃、スライム掬い、燃え盛る熱い『かき炎』など……そのどれもが元いた世界とは比べものにならないほど奇妙なものだった。


 元々こう言ったお祭りも、昔は礼拝堂で皆が集まり厳かに祈りを捧げる、静かな儀式のようなものだったらしい。そこに日本式の出店を取り入れて皆でワイワイ騒ぎ出したのが、今の国王……庄司だった。今では国王を讃えるために、こうして月に一度は祭りが開かれているのだという。



「……話を聞いただけだと、民から尊敬されるとても良い国王に聞こえますが」

 私は足元を歩くミケに尋ねた。黒い毛むくじゃらはフン、と鼻を鳴らした。

「そうではない。国王が威厳を見せつけるため、半ば強制的に祭りをやらせとるんじゃ。月に1度なんて無茶苦茶やりおるおかげで、どの村も資金が底をついてしもうとるわい」

「なるほど……そうやって対抗勢力の資金を絶っているわけか」


 日本でいう、昔の参勤交代みたいなものだろうか。だとしたら上手く考えたものだ。おそらく庄司が、学校の教科書を読んで閃いたのだろう。

 あの日『全知全能』を消滅させた私は、あれから幾度となくツミレに転生者狩りを命じられた。『明鏡止水』を薙ぎ、『百花繚乱』を倒し、『因果応報』や『未来永劫』を消し去る頃には、私も大分自分の黒光を使いこなせるようになっていた。



「おじさん! 早く早く!」

「分かったよ」


 こちらに向かって元気良く手を振るエリィに苦笑して、私は射撃屋の前に急いだ。何だか久しぶりに、心が晴れ晴れとしていた。戦いの日々は神経をすり減らすことが多かったものだから、こうして祭りに参加することは私にとっても良い気分転換になっているのだろう。



 店の奥には棚にずらっと景品が並べられている。矢を3回当てて上手く台から落とせたら手に入るという、日本でもある至って単純なゲームだ。エリィは1番上の棚にある、龍の紋章の施された皮靴を指差した。


「僕、あれが欲しい!」

「本当か? 横のウサギのぬいぐるみじゃなくていいのか?」

「もう! 僕は男なんだってば! それに、あれはウサギじゃなくて『カノー』っていうの!」


 少女の姿をしたエリィが頬を膨らませた。店番に金を払うと、早速彼女……もとい彼はその弓の腕前を見せつけてくれた。

「よっしゃあ!」

「うまいぞ!」

「へへ……」


 エリィが照れたように鼻を擦る。正確無比な吸盤の矢が、見事に革靴に命中する。だが、1発当てただけでは景品は棚から落ちなかった。続けて2発、3発目が命中。それでも革靴は微動だにしない。どうやらこの程度の矢ではビクともしない様、最初から細工が施されているのだろう。店番をしていた男がニヤニヤと笑った。


「なんだぁ〜! 当てても意味ないじゃん!」

「お嬢ちゃん、残念だったね」

「貸してみろ」

 がっくりと肩を落とすエリィから、私は弓を受け取った。


「おじさん、弓できるの?」

「ん……まあな」


 私は何気ない仕草で背中を向けながら、剣を鞘から少しだけ取り出し、吸盤に刃を滑らせた。おもちゃの吸盤から「安全性」を無に還し、消滅させる。「本来」の攻撃力を取り戻した矢を、私は狙いを定めて標的に放った。


「うわああ!?」


 吸盤の矢は景品を乗せていた台に直撃すると、まるで鉄の鏃で射ったかのようにそのままブスリと突き刺さった。バランスを崩した景品がぐらりと揺れ、倒れるはずのなかったウサギのぬいぐるみがゆっくりと地面に落とされていく。


「……おじさん! そっちじゃないよ! 僕が欲しいのはあっち!」

「すまん……」

 残念ながら矢は龍の革靴ではなく、ウサギの方に飛んで行ってしまった。命中率ばかりは、どうしようもない。店番の男が信じられない、という顔で私を横目で見た。

「そんな馬鹿な……あんたまさか、魔法を使ったんじゃないだろうな?」

「な、何言ってるんだ……おいエリィ、もう行くぞ」

「おい、待て!」


 ぬいぐるみを拾い上げ、私はエリィの手を引いて人ごみへと紛れていった。






「はあ……はあ……」


 ブナ林の陰に身を潜め、私は辺りを伺った。どうやらもう、追っ手は来ていないらしい。街から少し離れたここなら、剣を取り出してあの店番の「怒り」を消滅させることもできるのだが、その必要はなさそうだった。


「もう……ちゃんと……ズルしないで取ったのに……何で逃げるんだよ!」

 足元でエリィが苦しそうに顔を歪め、言葉を絞り出した。私は額を伝う汗を拭きながら、肩をすくめて見せた。

「そりゃ、ズルしたからさ」

「えええっ!?」

「なぁに、最初にズルしたのはあっちの方さ……落ちないようになってたんだ、アレは」

「なあんだ……」


 ため息を吐き、エリィがウサギのぬいぐるみを投げ出し近くの木に背中を預けた。草むらに投げ出されたウサギの泥を払ってやりながら、私は地面に腰を下ろす少女に尋ねた。


「ゴメンな……ウサギじゃ気に入らなかったか?」

「カノーだってば。それに、僕は男の子なんだって」

 私はラムの隣に腰を下ろした。時折風に揺れて枝葉の隙間から覗く空の星が、何とも綺麗な夜だった。

「怪我してるじゃないか、足……さっき擦りむいたのか」

「大丈夫だよこれくらい……子供扱いしないで」

「悪かった」


 ウサギに似た、耳の長い丸っこいぬいぐるみを握っていると、エリィが不思議そうな顔で覗き込んだ。


「もう……おじさん、今日何か変だよ」

「何が?」

「変にはしゃいじゃってて……大人なのに」

「そうか? 確かに、こんな祭りに参加するのは、もう何十年ぶりだからな……」


 向こうの世界では仕事に明け暮れていたし、庄司が大きくなってからは、祭り事に参加しようなんて気もさらさらなかった。ところが、街をぶらぶらと練り歩くだけで、気がつくと妙に心が浮き足立っていた。思えばこっちに来てから、私はずっとそうだ。ネクタイとスーツを脱ぎ去って、まるで子供の頃に戻ったかのように、異世界を……冒険を楽しんでいる。

私はエリィに向き直った。どうしても、胸の奥に引っかかっていたことがある。エリィにきちんと話しておかなくてはいけないことだった。

「エリィ、すまない。色々と黙っていて……。私は、元々この世界の住人じゃないんだ」

「…………うん」

「私は……私は日本という国から来た。そう、今の国王の父親なんだ」


 私の話を、小さな上司は黙って聞いていた。私は咳払いを1つ挟んで、一気に息を吸い込んだ。


「エリィ、君のご両親を殺したのは……きっと私の息子のせいだ」

「…………」


 息を飲む音が、私達の間で木霊した。私は彼の前に立ち、頭を深々と下げた。


「本当に、申し訳ない」

「…………」

「国王を……私を、恨んでも構わない」

「…………」


 長い間、私は目の前の草むらをじっと眺めていた気がする。しばらく沈黙が続いた後、やがてエリィがポツリと呟いた。


「恨むって言ったら、おじさんはどうするの?」


 私は顔を上げた。


「僕、分からないよ」

「…………」

「正直言うと、僕は国王を、恨んでる。僕の両親が殺されたように、国王も同じ目にあわせてやるって、ずっと思ってた。ずっと。でも、何でだろう? おじさんと会ってから……」



 エリィは目を伏せた。


「おじさんは、とってもいい人だし……恨んでるよ! そりゃあ、でも……分からない。もうどうしていいかわかんないよ……」

「エリィ……」


 泣き出しそうになる少女を、私はそっと撫でて上げた。





「戻りたい……」

「…………」


 帰り道、疲れ切ったエリィの寝言が、背中越しに私の耳に届いた。そう、息子のこともあるが、まずはこの子……こちらの世界で出会ったエリィのために、今の私が出来ること。

ツミレを、あの魔女を倒そう。

 月明かりに照らされた道を帰りながら、私はそう決意した。

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