表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/31

最強の魔法使い

 食堂を掃除し終えた私達は、その後船員達が起き出す前に洗濯物を干し、鍋を仕込み、庭園に水をやり、犬や猫達に餌を与え、武器庫で鎧を磨いた。船員達が大講堂で食事を取っている間、私達には乾いた食パンの切れ端と水が与えられ、一緒に中に入れてもらうことさえできなかった。これでは仲間というよりも、ただの体のいい奴隷だ。食堂の入り口で私が立ち尽くしていると、大柄の男達がニヤニヤしながらこちらを眺めてきた。エリィに袖を引っ張られ、私達は自分達のベッドへと戻った。


「ダメだよおじさん、喧嘩しちゃ」

「喧嘩なんかしないさ。エリィ、この船には何人くらい乗っているんだい?」


 ベッドの上にパン屑を撒き散らしながら、おさげの女の子が答えた。食べ方がはしたないが、中身が男の子だと考えるとこんなものかもしれない。


「んーと、だいたい200人くらいかな?」


 エリィの話では、やはりこの船はツミレの魔法で中が広げられているらしい。草木の生えた立派な庭園に、荘厳な絵画を飾った美術館まで、一体この船のどこに詰め込んだのだろうと思っていたが、あの青年……中身は魔女だが……の仕業だったのだ。


「エリィは……こんな生活に満足しているのか?元の体に戻りたいと思ったことはないのかい?」

「んー……でも、僕の魔法を解けるのはツミレ様だけだし、契約で僕はツミレ様には逆らえないからね」

「どうしてそんな契約したんだ?」

「冒険に出たかったんだ」

 目を輝かせながら、エリィが高い声をあげた。


「僕、農家の生まれで物心ついた時からずっと家の手伝いをしてたんだ……。お父さんもお母さんも、もちろん大好きだったんだけど、なんとなく……ずーっと家にいることに嫌気がさしちゃって」

「…………」

「そしたらある日、国王軍が来て……僕の家はめちゃくちゃになった。それをやっつけたのがツミレ様だったんだ。『小僧、ここじゃない世界を見て回りたくないか?』ってね。僕は迷ったけど、どうしても誘惑に勝てなかった」


 私はエリィの話を黙って聞いていた。どうやらエリィの命を救ったのが、ツミレだったようだ。エリィは冒険に憧れていたと仕切りに口にしていたが……それ以上、私は深く聞けなかった。だが、突然両親を殺された彼に取って、たとえそれが悪魔が差し出した手でも、握り返さねば生きていけなかったのではないだろうか。私はじっと、無邪気な笑顔を浮かべる少女を眺めた。

「……大変だったんだな」

「確かにここの生活は大変だけどね、農家も同じくらい大変だったよ」

 それからエリィはどこからともなく弓と矢を取り出して、2段ベッドの端から嬉しそうに顔を突き出した。


「おじさん、剣持ってたよね!?」

「ん? ああ……」

「じゃあ午後からは、狩りに行こう!」

「狩りって……転生者狩りのことか?」


 私は戸惑った。いくら別の世界の話だと言っても、人間を攻撃して狩るだなんて、どうしても抵抗感が拭えなかった。エリィが笑った。


「違うよ、みんなの晩御飯を狩りに行くのさ! 転生者狩りは残念だけど、僕達はまだ参加させてもらえないよ……力がないもの」

「そうか……それは残念だな」


 私はエリィに引っ張られ船を飛び出した。馬小屋の前で見張りをしていた男に許可をもらい、蒼馬ロスカルを一緒に連れて行くことにした。ロスカルはあれからずっと、他の馬達と一緒に飼育されていたらしい。エリィを前に乗せ、風が踊る草原を走らせると、少女はとても嬉しそうに歓声を上げた。数分も馬を走らせると、巨大な草船が遠くの方に消えて豆粒のように見えた。


「ほらあそこ! 陸イルカが跳ねたよ!」

「陸イルカ?」

「ウィーケンドにはいないの?」

「え? あ、ああいたさ……たくさんいた」

「へえ! すごい! いいなあ、行ってみたいなぁウィーケンドにも……他にはどんな動物がいたの?」

「そうだな……『陸ウソ』とか……」

「なにそれ?」

「それにしても……どうするんだ? 200人分も食料を狩るのか?」


 私はさっさと話題を逸らした。

「大丈夫だよ。1匹でも狩れば、ツミレ様が魔法で何とかしてくれるから」

「すごいな、その魔法ってやつは」


 思ったよりも、この世界の魔法とやらは万能なようだ。あの魔女は、案外手強いのかもしれない。ふと気がつくと腕の中で、エリィが不安げにこっちを見上げていた。


「ダメだよおじさん……何か変なこと考えちゃいないよね?」

「変なことって?」

「ツミレ様に、逆らおうとか……。ツミレ様は、このファンタジアでも最強の魔法使いだよ? 誰も勝てっこないよ」

「そんなこと思っちゃいないさ。それよりエリィ、あの灰色の森に行ってみないか?」

「え!? あ、危ないよ!あそこは魔物だらけだって、ディコン様が……!」

「大丈夫だよ。私はあの森から来たんだから」

「ええ!? ちょ、ちょっと!!」


 慌てふためくエリィをからかいながら、私は森の中へと馬を走らせた。恐ろしい噂があるようだが、私も知らずとそこを通ってきたことだし、深入りしなければきっと大丈夫だろう。


 それにしても、だ。

 異世界の最強の魔法使いをも追い詰める『異次元の能力』を、息子はどうやって手に入れたのだろうか? 灰色の森に向かいながら、ふとそんな疑問が私の頭をかすめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ