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小学生2年生の春、事件が起きた。学校から帰って来て家の鍵を開け家に入った。
「ただいまぁー」
なぜか、その日はいつも聞こえる父さんの「おかえり」の声がなかった。気味が悪くなって、急いでリビングに行くと、そこにはいつもいるはずの父さんがいないのだ。私は家中の扉を開けて、父さんがいないか探した。いろんな所を探したがいなかった。
きっと買い物に行ったんだ。大丈夫、直ぐ家に帰ってくるさ。
そう、小2の私は思い込んだ。でも、変な違和感は消えなかった。だから私はリビングのソファーに座って父さんが帰ってくるのを待った。
どれくらい時間が経っただろうか。気になって時計を見るともう5時だった。ソファーに座ってから1時間も待っていても誰も帰って来ない。自分の部屋に行こうと立った時だ。
ガチャバン!!!
鍵と玄関の扉を開ける音が同時に聞こえた。そして、リビングに急いで来てると分かるほどの足音の大きさ、速さで来ているのが分かる。
「藍!!と、父さんが!!」
バン!!とリビングの扉が開け放たれ、母さんの青ざめた顔が目に入った。そのとたん、私は父さんに何かあったのだと悟った。
「父さんが交通事故で......な、亡くなったて...」
頭が真っ白になった。ただただ立ってる事しか出来なかった。その言葉は私には大き過ぎて反応すら出来ない状態だった。
しかし、やっとの思いで出た言葉は
「父さん死んだの?」
母さんは目に涙を浮かべこう言った。
「そうよ。父さんは死んだのよ」
プツン。私の中で何かが切れた。そして......壊れた。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああ
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
叫んだ。自分でも驚くくらい叫んだ。そんな私を母さんは、口を大きく開き、目も見開いていた。突然叫んだ私をみて驚いたんだろう。
そして、母さんの顔が歪み母さんの涙が止まった。涙を流すまいと必死に堪え、私を抱きしめた。「大丈夫。大丈夫」何が大丈夫なのか分からなかった。多分大丈夫と言ってる本人も何が大丈夫か分からなかっただろう。でも、それしか言葉に出せなかったんだろう。
その時また、玄関の扉の開く音がしてリビングの扉が開いた。叫び続ける私はその時周りの音も声も聞こえてなかった。
目を開けると、そこには天井が広がつていた。いつの間にか寝てしまって居たようだ。
「あら、目が覚めたの?起きれる?」
母さんが藍の顔を覗き込んだ。そのとたん、さっきあったことを思い出したのかまた、泣き出してしまった。
すると、後ろから抱き締められ頭を撫でられた。母さんとはまた違った温もりが私を包んだ。
「藍、辛かったな。あんなに叫んだんだ、もう泣く必要は無い。お前は一人じゃ無い。俺や藍のお母さんだっているだろう。だから、もう泣くな。父さんが亡くなった事は悲しい。でも、藍の父さんは泣いてくれて嬉しいと思ってると思うか?多分、「藍、いつまでも泣いてないで前を向きなさい」って言うと思うぞ」
そう燈は言った。でも燈は、そんな風に言って悲しくないのかな。
「燈は、燈はそんな風に言ってるけど悲しく無いの?」
そのとたん燈は顔を真っ赤にして叫んだ。
「悲しくないわけ無いだろ!!でも昔教わったんだ、いつまでも下を向いてちゃ前には進めないって!!俺の父さんと藍の父さんに言われた。だから、俺はいつまでも泣いてる暇はない」
そういった燈を良く見ると、目が腫れていた。私はバカだ。燈が悲しく無いわけがない。だって、私の父さんを誰よりも尊敬していたのだから。
「ゴメンね。もう大丈夫。でも、もう誰かを失うのは嫌だよ。お願いだから燈は私の前から消えないでね。一人は嫌だ」
目に涙を浮かべ、俺に言った。その時、俺はこいつが完全に吹っ切れるまで守ってやるって決めたんだ。
「俺はお前が吹っ切れるまで絶対に離れない。約束だ」
燈は小指を出した。
藍は安心したように微笑みながら、
「約束だよ。私が完全に吹っ切れるまで側に居てね」
と言って小指を出して指切りげんまんをした。
いつの間にか母はリビングから居なくなっていた。多分こうなることを予想していたんだろう。
後から母さんから聞いた話だけど、叫んだ私は燈が叫び声を聞いてリビングに入ってきたときに、糸が切れた人形のように倒れたらしい。
母さんは燈に事情を説明したら、燈は泣くのを我慢して「俺が藍のためにしっかりしないと。俺が泣いちゃだめだ」って言って泣かなかったらしい。
私は倒れたあと二日間も寝ていたらしい。母さんや燈が何度呼び掛けても、呼吸してるだけでピクリとも動かなかったらしい。それで、どんだけ心配したかとと母さんに言われた。
父さんの葬儀は私が起きた次の日に行われた。葬儀には色んな人が来ていた。そして、色んな人が泣いていた。それもそうだろうと思った。だって父さんは色んな人に尊敬され、信頼され、そして愛されていたから。
あのまんま、燈が助けてくれなかったら泣き叫んでついには感情まで無くしていたのだろうか。