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9 徹Ⅰ

 テストの結果通知は、答案用紙の返却のみでなく、一人一人に全科目の点数と学年順位を記載した用紙の配布でも行われる。

 終業日、担任教師から期末テストの結果の用紙が配られた。

 綾子はその用紙の総合順位に目をやる。

 そこには『142/320』と書かれていた。1年生320人中、142位だった、ということだ。

 綾子はその結果を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 前回はここに『253/320』と記されていたのだ。

 その日の放課後、綾子の順位が格段に上がったことを祝う会という名目で、梨絵と2人でケーキを食べに行くことになった。

 教室の掃除も終え、いざ出発、と2人が教室を出たところで、綾子は呼び止められた。


「綾子ちゃーん!どうだった?」


 声の主は、昶だった。その周りには、拓也、賢吾、徹もいる。


「昶くん!すごい上がったのー!」


 まず、昶に報告する。

 そして次に、賢吾に目を向けた。


「賢吾くんのおかげです。ありがとう」


 と、頭を下げる。


「いや、二宮が頑張ったからだろう」


 賢吾の落ち着いた声を聞きながら、顔を上げる。

 賢吾はとても穏やかな表情をしていた。その表情に見とれている間に、話が進む。


「だってよ。残念だったな」


 そう言う拓也の方を綾子が見ると、拓也は徹の方を向いていた。

 徹はなんだか泣きそうな顔をしている。

 綾子が疑問符を浮かべて徹の顔を見ていると、昶が説明してくれた。


「徹くん、数学赤点で、追試なんだって」


 どうやら、綾子は赤点仲間かもしれないと思って来ていたらしい。その思惑は外れてしまっていた。


「どうしよ~!斎藤先生数学の先生なんだよ!怒られるー!」


 斎藤先生とは、サッカー部の顧問だ。1年生の数学は担当していないが、他学年で教えている。


「知るか」


 拓也は、泣きつく徹にも容赦がない。


「賢吾に教えてもらったのに何で赤点なんだよ。そこのバカでも赤点じゃなかったのに」


 拓也は綾子を指差していた。


「なによ!私がバカだって言うの!?」


「お前以外に誰がいんだよ」


「そう言うあんたは順位どうだったのよ!」


「53位」


「え?」


「53位」


 どや顔の拓也の言葉に、綾子はショックを受けた。自分より遥かに上の順位だなんて…!と。

 ショックを受けている綾子のことを、腕組した拓也は上から見下ろす。

 その状況を破ったのは、徹だった。


「斎藤先生のとこ行くの嫌だなー…」


「男は度胸だろ。さっさと行け」


「私も、嫌なことはさっさと済ませるべきだと思う!」


 徹への勇気付けが始まった時、6人の近くを上級生が通りかかった。

 この学校は、上靴に入っているラインの色で学年を確認することができる。

 通りかかった2人の上級生の靴には緑のラインが入っていた。2年生だ。


「1年生エース様は余裕ですね~。部活にも行かず、女といちゃいちゃしてますか~」


 ぎゃはは、と笑い声を上げた2人が横を通過する時、徹は2人を睨んでいた。


「何」


「いいえ、別に何でもないですよ」


 上級生の問いかけに答える徹の顔には、いつもの爽やかさのない笑顔が浮かんでいた。

 その顔を見た上級生たちは「何あいつ」と言いながらその場を離れていった。


「とりあえず斎藤先生のとこ行ってくる~」


 徹はまた弱気な顔に戻っていた。

 綾子は、先ほどの徹の顔は見間違いだったのだろうか?と思った。

 徹が先生の所へ行ったことを合図に、その場は解散となった。

 ずっと綾子より一歩後ろから見ていた梨絵が


「あんた、すごいメンバーと知り合いなんだね」


 と感想を述べた。


「うちの学年でやけに人気の人たちばっかじゃん」


 クラス違うのに、と付け加えられる。


「拓也の知り合いだから、流れで?」


「羨ましいぞ綾子~!」


 2人はじゃれ合いながら、廊下を歩いていった。



 7月20日月曜日、海の日だ。

 明日から本格的に夏休みが始まろうというこの日、綾子は海には行かず、一人で買い物に来ていた。学校行きのバスが出ている駅でもあり、昶と買い物をした駅でもある。

 水着でも買おうかと思い入った駅ビルの地下街で、綾子は知っている顔を見つけた。


「徹くん!?」


「二宮さん!?」


 お互い、会うとは思ってもいなかったため驚きを見せる。


「何してるのー?」


「賢吾に勉強教わってるから、お礼にって何か買いに来たんだけど、何がいいかさっぱりで…」


 徹の話によると、終業日の次の日からの土、日と、賢吾に勉強を教わっているらしい。そして今日の午後からも、教わる予定だそうだ。


「勉強漬けだね。部活は?」


 綾子の何気ない質問を聞いた徹は、落ち込みを見せた。


「斎藤先生に禁止されたから行ってない……」


 徹のその姿を見て、綾子は自分の失敗を自覚した。


「ご、ごめん……」


「え、あ、いや!俺が悪いだけだし!別に謝ることでは……それに、明日のテストさえ終われば、また部活できるから!」


 徹が前向き気で、綾子は安心した。

 自分の失敗を咎められなかったこともそうだが、それ以上に、終業日の放課後の焦った姿が印象に残っていたからだ。


「追試はいけそうなんだね!」


「うん!他の教科がないから数学に集中できるし、賢吾がマンツーマンで教えてくれてるから」


 徹の顔には、いつもの爽やかな笑顔が戻ってきていた。


「だから賢吾にお礼したいんだけど、何をあげたらいいかわからなくて……」


 そうして話は最初に戻った。


「好みがよくわかんないから、物をあげるより食べ物の方が無難かなって」


「徹くんのその気持ちが伝われば、何でもいいと思うけどね」


 徹が賢吾に感謝しているのは事実だ。何かお礼をしたいと思った、ということが伝われば、細かいことは気にしなくてもいいのではないか、と綾子は思う。

 しかし徹はそうではなかった。


「うーん……でもせっかくならやっぱり好きなものあげたいなあ」


 真剣に悩んでいる徹を見て、綾子は手を貸したい、と思うようになった。


「私も選ぶの手伝うよ!」


「本当に!?あ、でも二宮さん用事あるんじゃないの?」


「平気平気!自分の買い物に来ただけだし、今日はずっと暇だし」


「助かるよ~。さっきから考えても考えてもわかんなくて……女の子の方が、美味しいものとか詳しそうだし」


 こうして、2人での買い物が始まった。

 まずは情報交換だ。


「賢吾くんってどんな物が好き?もしくは、嫌い?」


「うーん……スナック菓子はあんまり食べないかなあ。チョコは食べる方だけど……たくさんは食べないかな」


「私が見た時は、お弁当は和食っぽい感じだったなあ。緑茶選んでたし」


「たしかに。いっつもちゃんとお弁当だし、おかずも和食っぽい感じかも」


 なかなか渋いものが好きそうだ。


「持ち物もシンプルだよね」


 綾子は情報を得るために、食べ物以外の好みにも視野を広げてみる。


「そうだね。ストラップとかも付いてないし」


 携帯に限らず、全てシンプルで、きちっとしている。

 そのシンプルさが特徴ではあるが、個性は見出だせない。


「俺らとはゲームするけど、家ではしないみたいだし」


 手がかりとなるような情報は得られなかった。

 2人はとりあえず見てみよう、ということで歩き出す。

 徹は一通り見たようだが、意見を交換しながら見てみると、何か気がつくことがあるかもしれない。

 地下街には様々な店があった。惣菜、和菓子、ジェラート、ケーキ、パン……そんな中で綾子の目に留まったのは、ドーナツ屋だった。


「ドーナツはどう!?」


 一瞬の間をあけてから


「ダジャレじゃないよ!?」


 と、慌てて否定した。


「そんなこと思ってないよ」


 否定する徹は、笑顔を通り越して笑っていた。


「いや、思ったでしょ!」


「思ってなかったのに、二宮さんがダジャレって言ったから気になるようになった」


 綾子は拗ねそうになったが、ショーウィンドウの中身が目に入り、そちらに興味が移った。


「わー!美味しそう!ドーナツいいんじゃない!?」


 徹も、綾子の横から覗き込む。


「甘くないのもあるし、いいかも!てか俺が食いたい~!」


 徹は目をきらきらとさせながら、眺めていた。

 体を起こした綾子が徹を見守っていると、ショーウィンドウの向こうから若い女性の店員さんが


「彼氏さん可愛いですね」


 と、声をかけてきた。

 綾子が否定する前に、徹が勢いよく立ち上がった。


「か、彼氏じゃないです!」


 そう言う徹の顔は、耳まで赤くなっていた。

 綾子はふと、終業日に先輩に向けていた徹の顔を思い出した。あの時の表情とは大違いだと思った。

 あの日のことを思い浮かべている綾子の隣で、恥ずかしさを誤魔化すかのように、徹は注文し始めた。

 会計を済ませて受け取った箱の中には、ドーナツが4つ入っている。きなこ、抹茶、チョコ、イチゴだ。前半2つが賢吾の分で、残り2つが徹のものらしい。


「二宮さん、付き合ってくれてありがとう!」


「いいえー!勉強頑張ってね!」


「うん!それじゃ!」


 大事そうに箱を抱える徹を、人混みの中に見送った。

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