6 賢吾Ⅰ
綾子の中間テストの結果は、さんざんな物であった。
綾子の点数を見た梨絵は
「あんた眼鏡キャラなのに勉強はイマイチなんだね」
と感想を述べた。
「眼鏡だからって、頭良いとは限んないんだからー!」
綾子も、反論になっていない反論を返しておいた。
「すぐに期末もあるし、頑張りたまえ~」
梨絵は余裕の表情である。
「期末では良い点とってみせる…!」
「中間から期末までって、期間短いじゃん?だから、テストの出題範囲って狭いらしいね」
「そうなの!?楽だね!」
喜ぶ綾子に、梨絵はちっちっちっと言いながら、立てた人差し指を振って見せた。
「範囲が狭い分、内容が濃いんだよ」
「ええー!?じゃあ楽じゃないじゃん!」
楽なテストなど滅多にないものなのだが、高校に入学してからまだ一度しかテストを受けていない綾子は、そのことをよくわかっていなかった。
「まだまだ時間はあるし、今から頑張りたまえ~」
梨絵は相変わらず余裕の表情である。
結局綾子が本格的にテスト勉強を始めたのは、テスト開始の1週間と1日前だった。
日曜の昼過ぎ、綾子はテスト勉強もかねて、数学の宿題と向き合っていた。
「えーっと、なになに……」
中間テストの結果を受けてからは、真面目に授業を聞いている。
そのため、宿題も前半部分はスラスラと解くことができた。
手応えを感じながら進めていったが、応用問題が出てきた途端、ぴたっと手が止まった。
しばらく考えてみるが、何をどうしたら良いのかわからない。
諦めて聞こうと思い、スマホを取り出す。
梨絵のアドレスを出したが、梨絵の態度を思いだし、質問することに対する悔しさが沸き上がってきた。ホームボタンを押して、画面を戻す。
スマホを机の上に置き、窓の外に目をやると、向かい側の窓が少し空いているのが見えた。カーテンは閉まっているので中は見えない。
不在なら不在でいいや、と思いとりあえず窓から声をかけてみることにした。
「拓也ー。おーい。たーくーやーさーん」
呼んでから3秒ほど待つと
「んだよ。今忙しいんだけど」
と、拓也が顔を出した。
カーテンは、拓也が顔を出すのに必要な分しか開いていない。
「あのですねー、ちょっと質問がありましてー」
「何」
「宿題がですねー、わからないのですよー」
「で?」
「教えてください!」
「今忙しいから無理」
「そう言わずに!これ!この問題だけでいいから!これどうやるの!?」
そう言って、綾子は自分の部屋の窓から身を乗りだし、プリントを持った手を拓也に向かって伸ばす。
「は?見えませーん。残念でした。自分でやれ」
綾子は、見る努力もしてくれない拓也に腹を立てる。
「お願いしてるんだから、聞いてくれたっていいじゃない!」
「一ノ瀬、誰と話してるんだ?」
綾子が叫ぶと同時に、拓也の部屋のカーテンが開き、別の人物が姿を現した。
拓也の部屋にいたのは、以前一ノ瀬家で顔をあわせた所沢賢吾だった。
賢吾を見た瞬間、綾子は表情を明るくした。
「ねえねえ!宿題教えて!」
「却下!」
賢吾に話しかける綾子の言葉を一刀両断したのは、拓也だった。
「拓也に聞いてない!」
「俺らも勉強してんの。邪魔すんな!」
「えー!勉強してるなら丁度いいじゃない!私にも教えてー!」
綾子は、拓也が賢吾から勉強を教わっている前提で話を進めている。しかし、そのことに対する反論はなかった。
「やめろ!来んな!」
「だから拓也には聞いてないってば!」
そう言って、綾子は賢吾に目を向ける。
「俺か?俺は構わないが」
「やったっ!」
そう言って、綾子はプリントと筆箱だけを手に、家を飛び出した。
その姿を見て、拓也も一瞬遅れて部屋を飛び出そうとしたが、何が起きたかわかっていない表情の賢吾に、道を塞がれてしまう。
賢吾を避けて部屋から出たが、遅かった。
拓也が玄関にたどり着く頃には、拓也の母が綾子を招き入れていた。
「おっじゃまっしまーす!」
「本当にな……」
拓也は諦めて、部屋に戻っていった。
綾子はその後ろについていく形で拓也の部屋へ行く。
拓也の部屋に入ると、賢吾はまだ窓の近くに立っていた。何が起きたのか、まだわかっていないようだった。
「こんにちは!宿題教えてください!」
綾子はそう言って、両手に持った自分の宿題を賢吾に見せた。
「あ、ああ」
少しずつ状況が飲めてきた賢吾は、横長のテーブルの、元いたところに座る。テーブルの長い方のドア側に賢吾が、窓側に拓也が着く。
綾子は2人の間にあたる、テーブルの短いところに座った。
「ここまではできたんだけど、この問題がさっぱり」
綾子はプリントをテーブルに置き、問題を指差して状況を伝えた。
賢吾は少し考えてから
「ああ、この問題なら、こっちの問題の応用だから……」
そう言って、自分のノートにさらさらと式を書いていく。
「だから、こうなる」
最後まで迷うことなく解いていった賢吾を見た綾子は
「おおー!なるほど!すごい!」
と、感心する。
そんな綾子に対し、拓也は
「そんな問題も解けないお前もある意味すごいけどな」
と感心した。
「いちいちうるさいなー!」
「いや、まじでお前やばいよ?知ってる?高校には留年ってもんがあるの。りゅーうーねーん」
拓也はわざと綾子の不安を煽る。
その煽りを聞いた綾子は、青ざめた。自分が留年する姿が、頭の中を駆け巡った。
本来は留年を心配するほどの成績ではないのだが、拓也の煽りがかなり効いてしまった。
綾子は心の底から「このままだとまずい!」と思った。
そう思った次の瞬間、綾子は賢吾に向かって手を合わせていた。
「賢吾くん!期末まで勉強教えてください!」
「ざけんな!賢吾は俺らと勉強すんの!」
「だから拓也には言ってないってば!さっきから口挟まないでよ!」
綾子は必死になっているため、拓也に対して声を張り上げていた。
その綾子を見て賢吾はやや下がっていたが
「俺は構わないが……」
と、了承する。
「おい!俺らと先に約束してんだろ!」
「二宮さんも一緒にやればいいだけだろう。どうせ一ノ瀬の家でやるんだから」
「やったあ!ありがとう!ちゃんとお礼はするから!」
綾子は勝ち誇った顔を拓也に向けた。
拓也は大きなため息を吐いた。自分自身、最近綾子のせいでため息が増えたと感じていた。
次の日から1週間、一ノ瀬家での勉強会が始まった。