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5 昶Ⅲ

 木曜日の放課後、梨絵と教室でおしゃべりをしてから下校した綾子は、家の近くで拓也に追い越された。

 拓也は自分の家の前まで行き、通学に使っている自転車から降りてスタンドで立てる。そして綾子の所まで戻り、話しかけた。


「お前さ、昨日のこと噂になってんの知ってる?」


「昨日?噂?」


「昶と出掛けたことだよ」


「それが何で噂になるの?」


 拓也の言いたいことがわからず、綾子は混乱する。


「まあお前はクラス離れてるから知らねえんだろうけど、昶ってけっこう可愛い可愛いって女子にもてはやされてんの。で、その昶がデートしたってなったらそりゃ女子は食い付くだろ。しかもブスと」


「ブスって言うな!!」


「いや、俺が言ったんじゃねえし。つか問題はそこかよ」


「そこ重要でしょー!?」


 話が逸れ始めたので、拓也は軌道修正をする。


「で、あの女は誰なんだ、許さん、みたいな空気が2組で流れてた」


「それで?」


「それで?おしまい」


「何それー!拓也その話聞いたんなら、フォローの1つでも入れてよ!」


「あ?なんで俺がそんなことしねーといけねえんだよ。関係ねえし」


 拓也の言うことももっともだ。綾子はそれ以上は拓也を責めなかった。


「まああれだな。後ろから刺されんように気を付けろよ」


 そう言って、自分の家に帰っていった。

 綾子は部屋に着いてすぐにベッドに腰かけてスマホを取り出し、昨日交換したばかりのアドレスを呼び出す。


『噂のこと聞いたよ。昶くんに被害はない?』


 送信してすぐに、返事がきた。


『そっちまで噂届いてた?僕のせいで綾子ちゃんが悪く言われちゃってて……ごめんね』


『さっき拓也から聞いたの。昶くんが謝ることじゃないよ!』


『実は、パフェ食べてる時に、同じクラスの子に見られてるなって気づいてたんだ。でもただ喋ってるだけだったし、こんな噂されるようなことはしてなかったんだけど……。昨日の帰りも、家まで送ろうかと思ったけどまだ見られてるみたいだったから……ごめんね』


 店に同じ制服の生徒がいたことも気づいていなかった綾子は、驚いた。

 もしかしてその前から見られていたのだろうか。そう考えると、不気味でもある。

 たまたま同じ店にいただけならいいのだが。

 それにしても、昶は噂されることに何だか慣れているように感じる。以前からよくあったのだろうか。


『私のことは気にしないで!私から誘ったんだし……』


『本当にごめんね。でも昨日は楽しかったよ』


 そこで、綾子はやり取りを止めた。

 しばらくは、学校でも昶との接触は避けた方が良さそうだ。

 もし昨日尾行されていたのなら、拓也の言う通り、本当に後ろから刺されかねない。


「あーあ!昶くんとは仲良くなれそうだったのになー!」


 と、綾子はがっかりする。


「明るくてしゃべりやすいし、色々気遣ってくれるし」


 それに、と付け加える。


「笑った顔とかすっごい可愛かったなー。癒しだなー。あれはモテますな」


 と綾子はひとりごちた。

 それにしても、と綾子は別のことを思い出す。


「ブスって失礼じゃない?」


 立ち上がり、机の上の鏡を見る。

 そして、自分の顔を見ながら昶の顔を思い出した。


「まあ……ブスですね」


 試しに眼鏡を外してみるが、美少女が現れることはなかった。

 それどころか、特徴的な黒縁眼鏡がなくなったことで、顔の印象が薄れる。


「だめだこりゃ」


 眼鏡をかけ直し、ベッドに仰向けに倒れこんだ。



 次の日学校に行くと、噂は5組まで届いていた。

 しかしそのことに触れてきたのは梨絵だけであった。


「あんた2組の人気者中村昶とデートしたんだって?やるじゃん!」


 仲が良いからこその、つっこんだ発言だった。嫌味は感じない。


「いや、デートってほどでは」


 と、綾子は訂正する。


「綾子好みのイケメンって、ああいうタイプだったんだね!」


 そう言われて、綾子も自分の子とを考えてみる。

 たしかに可愛いと思うが、自分のタイプかと言われるとよくわからない。


「たまたま話が合ったから、1回遊んだだけだよ」


「一ノ瀬くんのこともそうだけど、あんたのその偶然みたいなものに憧れてる女子はたくさんいるんだから!自覚しなさい!」


 綾子には理解しがたい力説だった。

 綾子はその日からしばらく、教室の中にいる分には普通だったが、廊下に出るとやけに視線を集めていた。

 まだ他のクラスの生徒の名前までは覚えていないが、きっと2組の生徒なのだろう。

 綾子は視線を気にしないようにし、そして自衛のために2組には近づかないようにした。



 土日を挟んだらほとぼりも冷めるだろうと思っていた綾子だったが、実際はそうではなかった。

 週が明けても、視線をびしびしと感じている。


「なんなの!アイドルか何かですか!?」


 昼休み、教室の中で綾子は梨絵に向かって愚痴を溢した。


「なんかそういうとこあるよね。ファンクラブが守ってます!抜け駆け禁止!みたいな」


 実際にファンクラブはないのだろうが、2組の女子を中心に、昶の周囲を見張っているような雰囲気はある。

 それは綾子だけでなく、梨絵も感じているようだった。


「昶くんとは普通に仲良くなりたいなーって思ったのになー!」


 そう嘆く綾子のことを、梨絵は楽しんでいるようだった。


「まーあんたに先に彼氏できたりしなくてよかったわー!」


 そう言う梨絵は、ニヤニヤとした表情だ。


「別に競争してるつもりはないけど、そう言われるとなんか悔しいー!」


「まあまあ。中村昶は諦めて、次さ次」


 梨絵にそう言われて、綾子は気がついた。

 自分は、他の女子からの牽制を受けて諦める程度にしか、昶と仲良くなりたいと思っていなかったことに。

 別に昶が綾子に対して好意を抱いているわけではないので、昶から見たら綾子が近づいてこようが離れようが構わないのだろうが、綾子は自分の程度の低さに罪悪感が湧いた。


「それよりさー」


 梨絵は、落ち込んでいる綾子などよそに、話題を変えた。


「中間テストの勉強してる?」


「ちゅうかん……てすと?」


 綾子は、梨絵の言っていることが理解できなかった。いや、理解することを、脳が拒否していた。

 しかし、現実からは逃れられない。認めるしかなかった。


「あー!!!!」


「えー?もしかして、忘れてた?明後日からだよ?大丈夫?」


 これっぽっちも、大丈夫ではない。

 昶のことに気をとられていて、すっかり忘れていた。


「大丈夫じゃない!まずい!今から勉強する!」


 梨絵は、自分に背中を向けて教科書を取り出す綾子に「ご愁傷さま」と手をあわせた。

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