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2 きっかけ

「おばさーん!」


 階段を駆け降りた綾子は、一ノ瀬家の居間に飛び込む。

 扉を開けて入った先では、拓也の母がシステムキッチンに立ち、お菓子と紅茶の用意をしていた。


「どうしたの?拓也が大きい声出してたみたいだけど」


「へへ、また拓也怒らせちゃった!」


 綾子が拓也のことを怒らせることは、小さい時からよくあることだ。

 拓也の母もそれはわかっていて


「あらあら、うちの子あんまりいじめないでね」


 と、昔から繰り返してきた、忠告とも言えないことを言うだけである。

 拓也の母としては「喧嘩するほど仲が良い」と感じているのだ。


「それよりそれより!なにあれ!拓也の友達!みんなイケメンじゃん!」


 拓也の母は興奮する綾子の横を通り、紅茶を運ぶ。

 ゆっくり2つ運び、手作りのマフィンも運んだ。


「ほら綾子ちゃん座って。残り物で悪いんだけど、よかったら食べてね」


「わーい!おばさんのマフィン大好き!」


「ありがとう」


 2人が席に着いたところで、拓也の母は「それでは」と言って、背筋を伸ばして座る。

 それを見た綾子も、倣うように背筋を伸ばす。


「おもてなしの準備をしていなくて悪いのだけれど……綾子ちゃん、お誕生日おめでとうございます」


 そう言って、頭を下げた。


「えー!おばさん覚えててくれたの!?ありがとうー!」


 拓也の母は顔を上げて


「もちろんよ。でも拓也が友達呼ぶって言ってたから、綾子ちゃん今日は来ないのだと思ってたわ」


「そうなの!拓也ひどいよね!私の誕生日なんて忘れちゃったのかなあ」


「そんなことないと思うわ。毎年プレゼント渡してたでしょ?それも、誕生日当日に」


「そうなんだけど~いっつもこの日は空けといてくれてたのに~」


 不満を漏らす綾子を見て、拓也の母は微笑んでいる。

 綾子はマフィンを1つ手にとり、食べ始めた。「美味しい」と小さく言う声が、拓也の母の耳にも届いていた。


「きっとあれよ。高校生にもなって女の誕生日祝うとかーみたいな、かっこつけじゃない?」


「えー、意味わかんなーい」


 この先は、拓也の行動に委ねるしかないと判断した拓也の母は、話題を変えることにした。


「そうそう、拓也のお友達に会ったの?」


 その質問にハッとした綾子は、興奮を取り戻して話し始めた。


「そうなの!3人ともイケメンでびっくりした!」


 拓也の母は、相槌を打ちながら、綾子の話を聞いている。


「しかもタイプがバラバラ!性格じゃなくて顔で集まったの?って感じ!」


「あらー。うちの子は?」


「拓也?まあ、あいつもイケメンなんだろうけどさー、性格悪いじゃん?最悪じゃん?」


「聞こえてんぞ」


 扉に背中を向けていた綾子は、扉が開いたことにも気がついていなかった。

 居間に入ってきた拓也の声に反応して振り向いた時には、もう拓也は綾子の真後ろに来ていた。座っている綾子を、拓也は見下ろしている。

 拓也は右手で、上から綾子の頭を鷲掴みにした。


「痛い痛い痛い痛ーい!」


「どう考えてもお前のが性格悪いだろ」


「頭わーれーるー!」


 綾子は両手で拓也の右手を掴み引っ張るが、びくともしない。


「拓也どうしたの?」


 拓也の母が、助け船を出す。

 声をかけられたことで、拓也は手に入れていた力を緩めた。


「ああ、ジュース貰ってく」


「それなら、飲みかけのメロンソーダから飲んで」


「おう」


 冷蔵庫に向かう拓也の背中に向かって、綾子はあっかんべーをした。

 ジュースを取り出した拓也が振り向く瞬間に、慌てて気をつけの姿勢をとる。拓也が居間の扉の前に立つまで、その姿勢を保った。

 早く出ていけ~と念じていると、扉の前でもう一度振り向いた。


「お前ムカつくからぜってープレゼントやらねえ」


 そう言い、居間を出た。

 綾子の絶叫は廊下どころか2階まで届いていたのだろうが、拓也は戻ってこなかった。

 項垂れている綾子を見て、拓也の母は


「ほらね、やっぱり忘れてなんかいなかったみたいね」


 と微笑んでいた。


「ううう……拓也さま~」


 落ち込む綾子の回復を待たず、拓也の母はまた話題を戻す。


「拓也のお友達の中に、タイプの子はいた?」


「タイプ?そうだなあ」


 突っ伏していた頭を持ち上げ、考える。


「んー?自分の好みのタイプがわかんないなあ」


「じゃあ、どんな人たちだった?」


「あれ、おばさん会ってないの?」


「そうなのよー。玄関から、2階に真っ直ぐ行っちゃって……絶対、拓也が照れ隠ししたんだと思う」


 親と友達が顔をあわせることの気まずさは、綾子にも理解できる。なので、この拓也の行動は責められない。


「なんか、爽やかでスポーツ全般得意そうな人とー、可愛い系の人とー、真面目で頭良さそうな人がいた」


 拓也の母は、1人1人の紹介ごとに頷きながら話を聞いていた。


「本当に、バラバラねえ」


「でしょ!あー誰か私の王子さまになってくれないかなー。意地悪じゃない人希望!」


「あら、いいじゃない。何か感じた人にアタックしてみたら?」


「……アタック?」


「そう。綾子ちゃんももう高校生でしょ?彼氏くらい作ってもいいんじゃないかしら」


「なるほど!彼氏!」


「うちの息子でもいいのよ」


「それは却下で!」


 母親の前で息子を貶すという失礼な行為を繰り返しているが、それは今に始まったことではない。


「彼氏か~!そうだよね!華の女子高生なんだもんね!」


 綾子はわくわくとしてきた。


「でも、拓也の邪魔はあんまりしないであげてね」


「はいはーい!」


 拓也の母は、暴走しそうな綾子にさらっと釘を打つ。


「じゃあ私、さっそく作戦立ててくる!マフィンと紅茶、ごちそうさまでした!」


 気がつけば、お皿もカップも空になっている。

 一ノ瀬家を飛び出そうとする勢いで立ち上がった綾子は、一度制止し、お皿とカップを持つ。


「あらあら置いといていいのよ」


「じゃあ運ぶとこまで!」


 持った物を、キッチンのシンクまで運ぶ。

 割らないように、丁寧に置き、手を放した瞬間また素早く動き出した。


「それじゃー!おじゃましましたー!」


 玄関までついてきた拓也の母にもう一度挨拶をし、一ノ瀬家を飛び出した。

 走って2秒、自宅にたどり着く。


「ただいまー!」


 玄関から部屋までは、走って5秒。

 自分の部屋に飛び込み、さっそく雑誌を引っ張り出して、研究を始めた。


「えーっと、なになに……『気になる彼の胃袋を掴め☆お弁当編』なるほどー。あ、『差し入れ編』なんてのもあるのかー。部活の時ね。ふむふむ」


 他には『デート服チェック』『小物でアピール』『制服アレンジで存在感を!』等々の情報が載っていた。

 どれもこれも、中学の時に買った雑誌だ。

 自分の所持している雑誌はすぐに見終わってしまった。そのため、本屋に出掛け、立ち読みをすることにした。


「おかあさーん!もっかい出掛けて来るねー!」


 居間に向かって叫ぶが、返事がない。昼寝でもしているのだろう。

 綾子は再び家を飛び出し、本屋を目指した。

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