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1 出会い

「おーい!拓也ー!きむらたくやー!」


 綾子は2階の自室の窓から、隣の家の2階に向かって叫び声を上げる。


「俺は木村じゃねえ!」


 その声と共に、元々小さく開いていた叫ばれた方の窓が、カーテンと共に全開になる。


「そうねー!あんたは一ノ瀬拓也だよねー!」


 長い黒髪を2つに縛り、黒縁の眼鏡をかけた綾子はケラケラと笑っていた。

 風呂上がりではないが、化粧はしていない。

 地味な顔立ちだが、いつも笑顔なので、華やかに見える。


「で?何の用だよ。こんな夜に」


 対して、拓也は長めの髪を茶髪に染めていて、顔立ちも華やかだ。

 現在時刻は午後8時を回ったところ。高校1年生が寝るにはあまりにも早すぎる時間だ。

 そして、窓と窓の距離は2メートル程。会話をするのには困らない距離だ。

 生まれた時から今の家に住んでいる2人は、小学生の時から時々こうして会話をしている。

 今日も拓也は綾子の話に付き合うことにしたようだ。


「さて問題です!明日は何の日でしょーか!」


「は?知るかよ、んなもん」


「もー!知ってるくせにー!このツンデレさんっ!イケメンなのに口悪くてなんか嫌だよねって女子によく言われてる、可哀想なツンデレさんっ!」


 拓也はカーテンを素早く閉める。


「やー!待って待ってー!閉めないでー!」


「その喋り方ウザいからやめろ」


 拓也はカーテン越しに会話をする。


「えー?だって、そういうキャラだから仕方ないじゃーん!」


 拓也はため息を吐く。

 昔はもっと普通だったんだけどな……と。


「で?何の用だよ」


 カーテンを開き、先程と同じことを言った。


「だーかーらー!明日は何の日でしょーか!」


「もうそれはいいっつの」


「よくない!もしかして……忘れちゃったの!?」


 拓也はチラッと自分のスマホに目を向ける。

 5月30日と表示されていた。

 つまり、明日は5月31日である。


「あー……誕生日?」


「ぴんぽんぴんぽーん!明日は私、綾子ちゃんの16歳のお誕生日でーす!」


「はいはいオメデトウゴザイマース」


 じゃ、と言って窓を閉めようとする拓也を、必死に呼び止めた。


「待て待てー!まさかそれで終わりとか言わないよね!?」


「は?終わりだけど」


「いやいや、プレゼントは!?パーティーは!?」


 プレゼントはまあいいといして、パーティーとはいったい、と拓也は自分の記憶を掘り返す。


「パーティーとか、小3で止めただろ」


「拓也が勝手に止めたんでしょー!私は納得してなーい!」


「左様ですか」


「ということで!明日あけといてねー!お祝いしてねー!」


「はぁ!?」


 綾子の一方的な発言に、拓也は驚愕した。強引すぎる。

 しかし、拓也は思い出した。


「つーか、明日もう予定入ってっから」


「そんな使い古された言い訳はいりませーん」


「残念。マジでーす」


 拓也は、「勝った!」と思い、にやにやとした表情を浮かべる。別に2人は勝負などしていないのだが。


「えー!何の予定!?」


「そんなん何だっていいだろ」


「その予定と私、どっちが大事だっていうの!?」


「予定に決まってんだろ。じゃあな」


 そう言って、拓也は窓とカーテンを閉めた。


「冷たーい!!!」


 綾子の叫びは窓越しに拓也の耳に届いていたが、もう一ノ瀬家の窓が開くことはなかった。



 次の日、5月31日の日曜日。

 お昼まで寝ていた綾子は、朝食と昼食を合わせた食事をとり、着替える。

 ショートパンツにTシャツ、パーカーというシンプルな服装だ。

 一度眼鏡を外してポニーテールを作り、眼鏡をかけ直す。

 全身鏡の前で自分の姿をチェックし「よし」と自分に対してOKを出す。


「おかあさーん!ちょっと出掛けてくるねー!」


 階段を降りたら目の前は玄関だ。そのまま玄関から、居間に向かって叫ぶ。

 居間からは、何か短い返事が返ってきた。しっかりと聞き取ることはできなかったが、たぶん了承したことを示す言葉だろう。

 綾子は家を出て、隣の家へ向かった。

 徒歩5秒。目的地に到着した。

 チャイムを押すと、目の前の機械から返事が返ってくる。


「おばさん!?綾子でーす!」


 そう伝えると、すぐに玄関が開いた。


「あら、綾子ちゃん!突然でおばさんびっくりしちゃったわ!」


「えへへー!拓也にな内緒なのだー!」


 綾子は時々、拓也の母親と一ノ瀬家でお茶をしている。綾子の母も同伴のこともあるが、綾子が一人で来ることも珍しいことではない。


「あら、そうなの?上がって上がって」


 そう言って招き入れられた玄関には、たくさんの靴が置かれていた。


「あれ?誰か来てる?」


「そうそう、拓也の友達がね。2階でゲームしてると思うわ」


「ちょっと覗いて来ちゃおっかな~」


「あんまり邪魔しないようにね」


 玄関で拓也の母と別れ、綾子は2階に向かった。

 2階にいくつか部屋があるが、階段を上がってすぐの右手にある部屋が拓也の部屋だ。昔から何度も来ているため、今更間違えることはない。

 その上、階段を登りきった時点で既に部屋の中から賑やかな声が聞こえていた。

 音を立てないよう、静かにゆっくり扉を押して開ける。

 中では、拓也を含めた4人の男子が格闘ゲームをしているようだった。全員ベッドに寄りかかって座り、テレビの方を向いている。扉には背中を向けている形だ。

 どれが拓也かは、頭だけを見てもわかる。しかし、他の3人が誰かわからない。

 気になった綾子が中を覗き込むように動くと、ドアが音を立てて開いた。開いたのはほんの少しだけだが、蝶番が音を立ててしまったのだ。

 その音に、一番ドアに近い右端に座っていた拓也が反応し、振り向いた。


「おまっ…!」


 ドアを開けたのが綾子だと気がついた瞬間、拓也はコントローラーを投げ出し、部屋から出ていった。


「え!?拓也!?」


 拓也のその行動に最も驚いたのは、拓也の隣に座っていた南条徹だった。

 拓也とチームを組んでいた徹は、一気に不利になる。

 拓也が抜けてからゲームが終了するまでは、あっという間であった。

 その頃廊下では、逃げようとした綾子が階段にたどり着く前に拓也に捕まっていた。


「人の部屋の前で何してんだよ」


「えーっとお…偵察?」


「なんのだよ!」


 綾子が拓也の母に会いに来ることがあるということは、拓也も知っている。その為、家に来ていることは責めない。

 問題は、部屋を覗いていたことだ。


「だって拓也、私の誕生日忘れてたじゃーん!ひどいー!」


 綾子としては、言い訳として成立させているつもりだが、拓也から見たら、何の言い訳にもなっていない。


「いや、まじ意味わかんねえ。お前は下で母さんと喋ってろ」


 そう言って、綾子を1階に追い返そうとした時、拓也の背後で拓也の部屋のドアが開いた。

 綾子の声は、中まで聞こえていたらしい。


「拓也どしたん?」


 最初に顔を覗かせたのは、南条徹だった。

 そして続いて、所沢賢吾、中村昶の2人。

 その3人の姿に反応したのは、綾子だった。

 

「えー!拓也の友達ー!?誰!?」


 拓也の後ろから顔を見せた綾子を見て、3人は驚いた。

 そして3人を代弁するように、昶が口を開いた。


「拓也くんの彼女!?」


「ちがっ…」


「やーだー!違いますよー!ただの幼馴染みってやつですー!」


 昶の言葉を否定しようとした拓也の背中をバシバシと叩きながら、綾子が声を上げた。

 そして続けて


「二宮綾子です!北高1年5組、帰宅部でーす!よろしくお願いしまーす!」


 と、自己紹介した。

 拓也は呆れている。


「はいはーい!じゃあ次、僕ね!中村昶です!北高1年2組、同じく帰宅部です!よろしくね、綾子ちゃん!」


 そう自己紹介した昶は、焦げ茶でふわふわとパーマのかかった髪をした、小柄な男の子だった。

 158センチの綾子よりは大きいが、身長165センチ程度だろうか。

 そして昶は、徹に目を向けた。


「お、俺!?えっと、同じく北高1年2組の南条徹です。えーっと、サッカー部です!」


 次に自己紹介した徹は、うっすら日焼けをしている。すっきりとした黒髪で、爽やかなスポーツ少年といったところだ。172センチの拓也より背が高いが、180センチ未満と、綾子は推定する。

 昶は次に、賢吾に目を向けた。

 同じく黒髪であるが、男子にしては長く、ぺったんこである。横分けにされた前髪は、顎までとどきそうだ。身長は拓也と同じくらいだろう。

 そして特徴的なのは、銀縁眼鏡と、その奥に光るつり目だ。


「北高1年2組、所沢賢吾。帰宅部だ」


 そうして、全員が自己紹介を終えた。


「みんな拓也と同じクラスなんだねー!てか、私と同じ学校じゃーん!全然知らなかったー!」


 入学して2ヶ月、まだ知らない生徒も多い。クラスが離れていれば尚更だ。


「もういいだろ。さっさと下行ってろ」


 拓也にぐいぐいと押される。

 さすがに階段から突き落とすようなことはないが、階段の2歩手前あたりから、綾子は自分で歩き始めた。


「なんだよもー!拓也のけーち!ばーか!あーほ!」


「…っんで俺がそんなこと言われなきゃなんねーんだよ!」


 拓也の怒鳴り声を聞きながら綾子は「きゃーっ!」とわざとらしい悲鳴を上げ、階段を駆け降りた。


「仲良しなんだ…ね?」


 そう言う徹を睨み付け


「なワケねーだろ!おら、ゲームすっぞ」


 と、部屋へ戻った。

 3人も後に続いて部屋に戻り、ゲームを再開した。

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