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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

ある狐のお話

作者: きらと

 荒い息を吐き雪を踏み締める足音は風が隠してくれる。

 北海道日高山脈の山中を男は旅をしていた。気ままな観光旅行ではない。狐狩りだ。

 硝煙の香りを見に纏っているが男は兵士ではない。

 狐はエキノコックスを撒き散らすキタキツネの事ではない。四本足の獣をベースにした生物兵器の分類だ。

 第三次世界大戦の本土侵攻でロシア人が投入した生物兵器は魑魅魍魎の存在を信じさせる物だった。

 特にその影響が残っているのは海だ。海洋型の生物兵器は海上交通路の寸断に暴れ、魔海と化した津軽海峡や日本海では船が航行出来なくなった。海上自衛隊の対潜水艦戦闘(ASW)技能が優れていると言っても限界を超えていた。

 米露両陣営の首都を核が吹き飛ばし指導陣を失った後も、異形の化物は植え付けられた指令に従い、残された街や村、船を襲い続けた。その中の一つ、狐と呼ばれる化物を狩る事が男の仕事だ。

 男、浦波和人が中学二年の時に妹が自殺した。兄妹の仲は悪く、問題は他にあった。

 両親を早くに亡くした浦波と妹を育ててくれていた叔父だが、妹に性的虐待をしていた。その事を残された日記から知った浦波は叔父を詰問した。

「和人、お前も兄貴と同じ間抜けだ。本当の事を教えてやるよ。お前らの親父はな、自分の嫁さんが弟に抱かれた事を知って無理心中したんだよ。お前の妹は母親に似て淫売だったぞ」

 大切な家族を汚し嘲笑を浮かべる叔父に殺意は止まらなくなった。

「うるせえ屑野郎! てめえは殺す──」

 叩き割った頭蓋骨と脳髄のぶよぶよした感触は忘れられない物となった。

 手に握ったバットを近くのヘドロが浮かぶどぶ川に投げ込むと、浦波の横を道民には受けの良くない「試される大地」と言うキャッチフレーズを書いたトラックが通り過ぎた。

(北海道、でっかいどう……くだらねぇ……)

 家に戻り貴重品や生活に必要な物を持ち旅支度を整えた。殺人を犯し逃亡した浦波だが、その間に戦争が始まり住んでいた街はロシア軍の爆撃で吹き飛んだ。

 殺人が発覚する前に証拠が完全に消えた訳だが、今度は生きる戦いが始まった。持ち主の居なくなった山荘を拠点にして、戦時中はロシア兵を襲い必要な物資を調達した。ロシア人が居なくなった後は野生の動物の相手をして過ごしていた。

 戦禍の残した傷痕は深く、浦波の生存と叔父の死亡は戦災で亡くなった不幸の前では小さく忘れ去られた。

 戦後復興で再建された新たな国軍である防衛隊。彼らの主な任務は国民の保護と、敵によって残されて行った生物兵器の駆除だ。

 ある時、浦波が拠点にしている山荘から人里へ鹿の肉を卸しに行くと、防衛隊の勧誘を受けた。狐狩りの手助けをする地元民を彼らは探していた。

「狐を探して通報してくれれば良い」

 防衛隊が生き残った元自衛隊員を中心にして再編成されたと言っても全員が普通科やレンジャーではない。特定の技術面では、民間にも優れた者が幾らでも居る。現に腕の良い猟師は、追跡者としての能力を併せ持つ。

 浦波は生きる目的を見失っていた。惰性的にロシア人を殺し、喰う為に猟をする日々。断っても問題は無かった。だが申し出を受け入れた。

 本人も自覚しない所で、失った何かを得たかったのかもしれない。

 与えられたのはSV-98狙撃銃、殺したロシア人から手に入れたドラグノフと同じ10連発の狙撃銃だが、こちらの方が改良されて新しい。

 狐の外殻は警察官の持つ拳銃の弾や包丁程度では傷付かない。 防衛隊の正面装備から89式小銃が外されたのも、5.56mm弾より貫通力の高い7.62mm弾を使う64式小銃が求められたからだ。

 iPhoneを取り出して現在地を確認する。協力者には国から地図等の情報サービスが受けられる。

 雪に埋もれたのか、狐の足跡が途切れている。浦波はゴーグルにへばりついた雪を払いのけて慎重に辺りをうかがう。

 消えた場所から円を描くように捜索した。しばらくするとエゾナキウサギを食い散らかした跡が残っている。

 毛は落ちておらず特徴的な噛み傷からヒグマではないと確認出来た。

(最近の物だな……)

 さすがに死亡時刻までは分からないがおおよそは判断できた。

(狐は近い)

 ここで連絡をして帰っても良い。通常ならこの後、防衛隊が討伐隊を組織して大がかりな山狩りを行う。

 だが浦波は新しく手に入れた銃を使いたいと考えた。手強い獲物を仕留める瞬間は何にも代えがたい。

(俺の獲物だ)

 吊り下げていた狙撃銃を肩から外して構えながら、より慎重に足を進める。

 微かに物音がした。

 何かの熱気を感じたと思った瞬間、右腕が無くなっていた。浦波は夢でも見てる気分で辺りを見回すと狙撃銃を握った右腕をくわえた狐の姿があった。

「俺の腕……だよな?」

 急速に体が冷え込む気がして震えた。出血で痛みより意識が朦朧としている。

(こんな所で俺は死ぬのか)

 次の瞬間、喉笛に狐が食らいついていた。


     †


 狐は孤独だった。

 生まれた時から戦う事のみを学習させられ檻の中で大半を過ごした。

 食事を終え満腹感からか眠気で意識が朦朧とする中、飼育係の声が聞こえた。

『明日には実戦投入か。何頭残るだろうな』

『残り過ぎても後々、面倒だぞ』

 悪意めいた物を感じながらも眠りに落ちていく。

 目覚めるとそこは雪原だった。

 ──街に向かい全ての敵を殲滅する。

 植え付けられた指令に従い駆ける。途中に出会った同朋も同じ指令を帯びている。群れを作り街を襲撃する。

 非武装の一般市民は簡単に殺せた。女子供は非力で尚更簡単だ。

 皮膚を突き破り筋肉の繊維、骨を噛み砕いた。口腔に流れ込んでくる血肉は堅く脂っぽい。顎に力を入れると助けを呼ぶ声も直ぐに小さくなる。

 野生の動物と違い、狐は獲物で遊んだりはしない。指令を優先して行動する。

 効率的な敵の殲滅だ。

 闘いはこの島から敵を根絶やしにするまで終わらない。その後に何が待っているのか狐は知らない。

 ある時を境に、敵の組織立った反撃が始まった。

 力や速さで狐は勝っている。だが相手は飛び道具を持っていた。

 銃だ。

 少々の威力では倒せず、これまで返り討ちにしてきた。

 今回は違った。

 悲鳴をあげて倒されるのは狐の同朋だった。

(何をした?)

 いつもと変わらない火薬の臭いと発砲音だが威力が違った。

 風を切り裂いて飛んで来た弾で狐の外殻にヒビが入った。痛覚を刺激する程ではない。だがまともに向かって行くのは無謀だと理解出来た。

 仲間はまだ戦っているが本能に従って狐は山に逃れた。死への恐怖を感じた訳ではない。生きて機会を待つだけだ。

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