20
僕らは準備万全のなか、池の洞窟へと向かった。
水の滴る音が鼓膜に伝わる中、中を進む僕ら。
「ねえ、この穴、本当に入っていいの?」
ヒカは僕に声を震えさせながら聞いてくる。
「ああ、僕はもうこの中に入ったことがあるからな……。僕が一番最初に入るよ」
「きをつけてね……、日月君」
僕は小さめの穴をくぐり抜ける。少しつっかえながらも割りとスムーズに通ることが出来た。
僕が通れるのなら、ヒカも千紗も草も通れるだろう。優花は車椅子に乗っているから確実に無理だと思うが。
「ヒカ、千紗、気をつけて通れよ」
ヒカはジャージ姿で問題ないが、千紗はスカートをはいているから少し心配だ。
「もし、支えたら、俺が後ろから押してやる、安心しろ」
草は自信満々に僕らに伝える。
「じゃあ、まず私からね」
…………。ヒカは何事も無く、スムーズに通り抜けることが出来た。
「次は、私だね」
千紗は、ヒカに比べてゆっくりのペースで穴を通り抜ける。
大丈夫。問題はない。
千紗が通り抜けた後は、草が通る。まあ男子だから別に何の心配もいらない。
僕らは、壁画の前に立つ。壁画は、光源がないこの場所でも光り輝いていた。壁画自体が輝いているおかげで、僕らは明かりなどを使わずに作業ができる。
「でも、願いを書き込むって、どうすればいいんだ」
僕は、ふと疑問を口にする。
「うん…………、ダム反対って書いたらどうかしら?」
ヒカは少し考えた後、顔をあげて、悩みながら言った。
「でも、龍神様は日本語が読めないんじゃないかな?」
「ずっとまえから日本に住んでいるから、きっと読めるんじゃないかしら?」
「ヒカは本当に龍神が文字を読めると思ってるのか……?」
「もちろんじゃない。当たり前でしょう?」
「やっぱり抽象的に何かしらの絵を描いたほうがいいんじゃないか」
草は冷静にこの場の状況を分析して僕らに聞こえるように伝えた。
「やっぱり、それがいいよな」
僕も草の意見を聞いて頷く。
「でも、抽象的ってどんな感じなんだろうね」
千紗はそう言った。
確かに、僕らにとって抽象的というのは少し難しいかもしれない。
「ダムを中止させるのが願いなんじゃなくて、本当の願いは、村を守ることなんじゃないのか?」
草は急に僕らに向かってある程度の声でそう言った。この、小さな小さな、洞窟の中に声は響いた。
「そうだな……、守るか……そうだ!」
「なに? 日月、なんかいいアイディアを思いついたのかしら?」
「そうみたいだね」
「この壁画全体をまるで囲うんだ。全てが守られるように」
「ふぅん。あんた、やっぱり天才ね」
ヒカが僕に向かってそう言う。
「それはいいな。この神話、この壁画のすべての要素が村を構成する要素だからな」
「よし、じゃあ早く描こうよ」
千紗が急かしてくる。よし、じゃあ、僕が代表して描かなくては……。
あれ、描くもの持ってきてたっけ……?」
「ねえ、誰か描くもの持ってない?」
「「「…………………………」」」
全員沈黙、今更になって気づいてしまった。人を集めることなどに、頭がいっていて、描くものを持ってくるのを忘れてしまった。
「しょうがない、戻るか……」
「だめだよ、日月君。村の人が外で待ってるから、待たせちゃ可愛そうだよ……」
「確かに、そうだな……。なにか良いものは……」
「あ、コレがいいんじゃない?」
ヒカが声をはりあげた。僕らは一斉にヒカの方を見る。
「見つけたのか? 何か」
「この石よ、この洞窟に落ちている白っぽい石。コレならチョークみたいに、絵が描けるんじゃないかしら?」
僕らは白い石を拾ってみる。
僕は試しに床に少し描いてみた。
「これなら、描けそうだ。よし、皆で協力して描こう! 囲いを」
「確かに、日月君が一人でやるような空気だったけど、私達もしっかり協力しないとね」
千紗がそう言った。
「よし、じゃあ男は上の方を囲もう。それも太い線で二重ぐらいだ! そうすれば、もうこんなことをしなくて済むだろう」
草がそう言った。確かに太く二重にすれば問題も何もない。
「よし、はじめよう!」
僕はそう言って、描き始めた。
届かないところは草に描いてもらったり肩車をしたりして描いた。
そうして描くこと数十分ほど。
「よし、できたな」
と、僕。
「ええ、素晴らしい出来だわ」
と、ヒカ。
「がんばったね」
と、千紗。
「完璧だ」
と、草。
僕らは、既に完成した気分になっている。
「よし、池へ戻ろう」
僕らは洞窟から出て池を見る。
まだ、たくさんの人だかりがある。
池は、僕らが出るタイミングを見計らったかのように、池の輝きが急に消えた。
「何だ何だ!?」
僕の目には、すごい光景が映っていた。
半透明のきれいな青色をした龍の姿が、池から飛び出した。
飛び出したと言っても、水しぶきは上がらずに、ゆっくりゆっくりと静かに飛び出した。
その龍はある程度の高さまで登ると、光輝き、瞬きもできないほどのフラッシュが世界に起きた。
僕は、思わず目を閉じて瞬きしようとする。僕の瞬きが終わり目を開けると、龍の存在などなかったかのように、池の光が龍が出る前と同じ輝きに戻っていた。
だが、その池の輝きもどんどん静まってゆく。
「日月君……、見た?」
千紗が話しかけてくる。
「もちろんだ。すごいな、僕らの住んでいる村は……」
「そうね。私も初めて見たわ」
ヒカもそう言ってくる。
僕らが感動に使っている時に、池へ登ってくる人たちが見えた。
僕らは、その人達のところへと向かった。
「すいません、急ですがお伝えしたいことがあってやむを得ずに来てしまいました」
「なんですか?」
僕はその大人達に聞く。
「白池ダムの計画ですが、断層や、地層があんまり適していないことから、やむを得ず中止に鳴ってしまいました。本来は村長さんなどに伝えようとしましたが、役場に誰も居なかったので」
「そうですか」
「すみません」
伝えてきてくれた人は深く頭を下げた。
「いえいえ。僕らは嬉しいです」
「そうですか。じゃあ、私達はこれで」
と、言って伝えてきてくれた人達は帰っていった。
僕らは、大きな大きな声で、
「「「「「バンザーイ」」」」」
僕、ヒカ、千紗、草、優花が一緒に大きな大きな声を池、村、街、世界中へと響かせた。
村の人々もその様子を見てダムの計画が中止ということを悟ったのか、歓喜に浸っていた。
その所へ、突然、草が僕らに話しかけてきた。
「日月、ヒカ、千紗……、あのな言いたいことが一つあるんだ」
「なんだよ、急に」
「俺さ、大学、街のほうへ出ることに鳴ったんだ。だけどな、俺な……」
「なんだよ、もったいぶらずに早く言えよ」
「そうよ!」
「俺な、優花と付き合ってるんだ……。俺が街の大学に行って、街に住めば、優花とも気軽に会えるし、病院通いが続いても村よりかは、楽だろうと思ったから、街の大学に行く。結構前から優花とは付き合ってたから」
「ソーとずっと、いっしょ!」
優花も楽しそうに答える。
「そうなんだ……」
僕は親友の報告に嬉しさもあり、愛しさ、寂しさもあった。
「へぇ、天神君って優花ちゃんと付き合ってたんだ……」
「私でも、知らなかったわ」
その後は普通に向き直って、感動を共感していた。
その途中、僕は思い切ってこう、ヒカに話しかけた。
「ねえ、ヒカ、ちょっとついてきて」
僕はそう行って、ヒカの手を握って歩き出した。
千紗、優花、草は感動に浸っていて、雑談やお年寄りが持ってきた花火で楽しんでいる。
「え、ちょ、ちょっと」
ヒカのそんなつぶやきも無視して、池を降りていった。
そんなこんなで僕がヒカと一緒に来たのは、白池神社。
「なんなのよ、こんなところまで降りてきて。私も花火したかったんだけど!」
ヒカは少し怒り気味にそう言った。
「なあ、ヒカ、僕のこと好きか?」
ヒカは沈黙して顔を下に向けた。
そうして少しの間があった後で、
「好きよ……。日月のこと」
と、言った。
「そうか……」
ヒカは顔を上げて僕の方へと目線を戻した。顔はこんな暗闇の中でもわかるほど真っ赤に染まっている。
「なによ!」
「ヒカ、僕も好きだよ。ヒカのこと」
僕はそう言った。
「え?」
「何回言わせるんだよ、僕、日月はさ、ヒカのことが好きなんだよ。それをしっかり龍骨様に見守ってて欲しかったんだ」
「そうなの……」
ヒカは静かにつぶやいた。
僕は大胆にもヒカを抱きしめて、あどけないキスをヒカとかわした。
「日月……」
僕はヒカの唇を離すと、ヒカはそうつぶやいた。
「なに?」
「私も、日月の事好きだよ……」
「ああ、知ってるさ」
ざわざわと雑音が大きくなってくる。この音は、白池にいた連中が村へと戻ってくる足音だろう。
「ヒカ、早くしないと、皆来ちゃうよ。僕はヒカのこと、大好きだからさ……」
と、言って僕はヒカの手を掴んで、神社をあとにしていった。
ヒカを掴んだ手は途中で、ヒカから握られて、その手は握られたものへと変わった。
「ずるいよ、日月。大好き」
そう、微かに聞こえた声は僕の耳へと入り、頭の中にしっかりとしまわれた。僕の耳へ入らなかった、漏れた言葉は風に乗って、大空へと向かって旅立った……。
<<終わり>>
頭のなかで言葉はつながり、文字になります。そんな感じで頭の中でつながった文字を書き写すという作業が、小説を書くということです。
私は、この作品が書き終わる事ができて、安心しています。しっかりとヒカと日月を見守っててあげたいです。
拙い文章でしたが、読んでいただきありがとうございました。私もとっても嬉しいです。
読んでいただいた皆様に感謝します。




