10
「ヒカ、起きなさい」
隣の部屋から聞こえてきた懐かしい感じの声……。これは、ヒカのお母さんの声だ。
え、ええどうしよう?
「は、はい今行くわ!」
とりあえず僕は返事を返しておいた。もちろん声はいつも聞いているヒカの声だ……。
「そうぉ、早くコないと、ご飯私が食べちゃうわよ」
僕は今、問題に直面していることに気づいた。僕は男だ。今は体は女だが。服を着替えるタイミングがわからない事に気づいた。おまけに、ヒカがどこに服をしまっているか分からない。
「むむむ……」
よし、とりあえず制服に着替えてしまおう。
近くのクローゼットをあさる。
「お、制服だ」
制服は無事見つかった。だがしかし、またまた問題に気づいてしまった。それは、体が女ということだ。
着替えるときには女の子、ヒカの体を見ることになる。
「ヒカ……、ごめん」
僕は、あまり体を見ないように服を着替えた。よし、ごはんを食べるぞ!
ドアを開けて部屋を出た。
学校につくまでの道はいつもと変わらない。だって村は小さくてどこへ言ってもそんなに道の風景は変わらない。僕も本来の家は、学校の西にあるが、ヒカの家は学校の東にある。そんなことは言っても、村の東西の長さは1kmもないので、殆ど変わりない。村の東西の長さっていうのは、村の住宅地ってことね。
結局、いつもよりすごく早く学校についてしまった。
そこには……、僕がいた。
「ヒカ……」
僕はそう、僕の体に対して言った。
「もしかして、私の体に入ったのは、日月なの」
ヒカは困ったような顔をしてそう言った。
「ああ、そうだ、ヒカなんだな」
「そうよ。わるいかしら」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
「日月、私に何をしたら、こんなふうに入れ替わっちゃうの!?」
ヒカ(僕の体)は今まで聞いたことのないような声(僕の声)でそう言ってきた。正直、僕に聞かれてもこまる。僕も同じ状況なのだ。
「僕……、に聞かないで。僕も昨日の夜からの記憶が全然なくてわからないんだ……」
「そう、ゴメン。日月……」
「それじゃあ、今日僕の家に来てよ……、今日は親が、都市へ買い出しに行ってるはずだから」
「分かった。確かに、日月のママ、そんなこと言ってたわ……」
僕らは、その日の授業を、入れ替わっていることがばれないように気をつけて授業を受けた……つもりだったが。
「ねぇねぇ、ヒカちゃん、なんか今日おかしくない?」
千紗は僕(ヒカの体)にそう言ってきた。
「……、そんなことないわよ。ほらいつも通りよ!」
そう言って、僕(ヒカの体)は、ヒカ(僕の体)を蹴った。
「なにするのよー!、あ、なんだよ、ヒカ」
ヒカは最初、いつものヒカで言ったが、途中で気づいたらしく、いつもの僕の感じで言い直してくれた。
「やっぱり、日月君も今日おかしい」
千紗は心配してくれてるようだ。
「確かに、今日の日月はどうもヒカっぽいしゃべりが多かったな」
草もそう言っている。これは、気づかれるのも時間の問題だ。
僕(ヒカの体)はヒカ(僕の体)の手を使んで、走って学校を抜けだした。
「日月帰るわよ!」
と僕は言って。
僕の家(僕の家)に着いた。
嬉しい事に今日は金曜日だ。草や千紗に会うことがなければ、後二日は隠していられるけど、それ以上になると難しくなってくる……。
「どうしようか、ヒカ」
僕(ヒカの体)はそう静かに静かに、辛さを感じるようなそんな弱々しい声で言った。
「どうしようね、日月……。それはいいんだけど、私の体もしかして……、見た?」
「そういうお前はどうなんだよ」
「ごめん日月、私は見ちゃった……」
「大丈夫、僕はまだ頑張って見るのを抑えた」
「ふぅん。そっか」
ヒカは、ちょっと悲しそうな顔をした後、安心したのか元の様子に戻った。
「あ、日月、あと、あと、机の周り見てない?」
「机の周り……? なんかあったか?」
「よかった。それなら問題……、ないわ」
「どうしたんだよ、そんなに心配して。着替えることで精一杯だったんだ」
「そっか、日月ファッションセンスないもんね」
ヒカは嬉しそうな顔をしてそういった。
「日月、今日、泊まってもいい?」
とヒカ(僕の体)は言った。
「と言うか、僕の方だろ、そう聞かないといけないのは……」
「あはは、そう、だね……日月のママに伝えないと行けないね」
その時、家電が鳴った。
「ヒカ、でて」
僕はそう、ヒカ(僕の体)に促した。ヒカはすぐにわかったのか、電話を出た。
「はい、そうですか……。わかりました」
「お母さん、なんだって?」
「なんか、車の調子が悪くてね、診てもらうからホテルに泊ってくるんだって。夕食はなんか買って食べて……、だって。日月のママに言わなくても良くなっちゃったね」
「こうしていてもまだわかんないし、明日千紗とかに聞いて、昨日の夜何があったのか調べないといけないなぁ……」
僕はそう言った。独り言のような小さな小さな声で。
「そうだね、日月………………。夕食、作ろうか。買い物行こうか」
なんか、ヒカ(僕の体)にヒカが鳴った途端、いつものヒカじゃない感じになって、心がざわざわしていた。
「いくか」
僕はそっと頷いた。
スーパーはすぐそこだ。
「日月、なにか食べたいものある? 私が作ってあげる」
と、僕の体。
「なんでもいい、そんなにさせちゃって悪いな……」
と、ヒカの体。
「じゃあ、カレーにしましょう。そんなに言うなら、日月も手伝ってよね!」
「ああ、もちろんだ。あそこは僕の家だからな」
カレーのルー、ニンジン、肉、玉ねぎと買い物カゴへ放り込んでいく、僕の体が目の前にはあった。
頼もしくて、立派な僕の体。その後ろをちょこまかと歩く、女らしいヒカの体。
どっちもいつもの僕とヒカと変わらない。そう傍観者は感じ取れるような気配が漂っていた。
「じゃあ、僕(ヒカの体)は、ご飯を炊くよ」
「どうせ、日月はそれしか出来ないんでしょう? 私はちゃんと出来るわよ、いろいろ」
「悪かったな! 米しか洗えないんだよ。作り方もわからないし……」
僕はそう言いつつ、米を洗う。だが、僕は気づいた。ヒカの体がいつもの僕の体よりも弱いということに……、米を洗っても洗っても手は小さくて、なかなか終わらない。水を流そうと思って御釜を持ち上げようとしても重くて、全然持ち上がらない。そう、僕は感じていた。
きっと、ヒカ(僕の体)もそう思っているだろう。
さあ、匂いが漂う部屋の中、僕(ヒカの体)は椅子に座り、ヒカ(僕の体)が、カレーを運んできてくれるのを待っていた。それは、どこにでもあるような夫婦の姿に近いもの、いや、夫婦そのものだった。
僕は、そう思っても別に何も思わなかった。だって、ずっと一緒にいた、幼なじみだからこそ、別にそんな感情は生まれない。生まれたとしても昔の僕がその感情を殺しにかかる。
「日月、出来たわよ」
僕らは食べ始める。ヒカと僕が作り上げた、とってもとっても美味しいカレー。ちょっとピリ辛だった。そのせいか、ヒカの頬(僕の体の頬)はすごく赤くなっていた。そして、気づけば、僕(ヒカの体)の頬は、ヒカ(僕の体)の頬よりも、ずっとずっと濃く赤い色に染まっているのが感じられた。
こんなにも熱いカレーを食べながら。僕らは、いつまで続くのかわからない不安に怯えながら、そして、入れ替われて嬉しいというかすかな気持ちを覚えながら……。
日は深く深く、沈んでいった。入れ替わった僕らも取り残すことはなく。ゆっくりと。
ラブコメは筆が進みます。




