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近づけたからこそ

作者: 山田結貴

 とある研究所にて、家庭用お手伝いのロボットの開発が進められていた。

 ある日、その開発主任である研究員が、所長に急に呼び出しを受けた。

「所長、一体何のお話でしょうか」

「ふむ、話というのは他でもない。例のロボットについてだ」

「そのことですか。それなら、開発は順調ですよ。今度、協力の要請を受けて下さった一般家庭にロボットを派遣し、試運転を行う予定です。それで不備が見つからなければ、商品化も可能かと」

「それなんだがな、その、もっと何とかならんものなのかな」

「はい?」

 お茶を濁すような言い回しに、研究員は眉をひそめる。

 所長は息をついてから、きっぱりとした口調でこう言った。

「あの、見た目だよ。いかにも、『ハイ。ワタシハロボットです』みたいなさあ。もうちょっとこう、人間に近づけたりできないものなのかね」

「はあ」

 開発途中のロボットは、家事や洗濯などのお手伝いロボットとしての機能こそは完璧であったが、見た目はブリキのおもちゃを連想させる姿をしていた。

 その非人間的な風貌が、どうも所長は気に入らなかったのである。

「しかし、開発途中でロボットのデザインに対する批判というものは全く……」

「それはそうかもしれないが、あれはいくら何でもひどいぞ。誰があんな鉄の塊にお手伝いをしてもらいたいと思う? どうせだったら、やはり親近感を抱ける人間じみた見た目の方が」

「なら、所長も少しは研究に協力してはいただけませんかね。今から人間型のボディを開発するのには時間が」

「わしに指図をするな。一体、誰のお陰でお前や部下の研究員が働けていると思うのだ。しかも、わしはわしで他にやることがあるのだ。他の研究で忙しいというのに、そっちの研究まで手伝えるわけがないだろう。いくらわしが優れているとはいえ、難解な作業をいくつも掛け持ちできるものか」

「はあ。そうですか」

「いいか、二週間だ。二週間以内に、人間型のボディにロボットを作り直せ。そうすれば、試運転に間に合うだろう。わかったな」

「……わかりました。やれるだけ、やってみます」

 研究員は浮かない顔をしながらも、所長の命令を受け入れて部屋から出ていった。


 それから二週間が過ぎた頃、またも研究員は所長から呼び出しを受けた。

「どうしました、所長。今度は何の御用でしょうか」

「ふむ、話というのは他でもない。例のロボットについてだ」

「そうですか。数日前に完成品をお見せいたしましたが、見た目は完璧に人間そのものだったでしょう。あれで、ご満足いただけましたよね」

 所長から指示を受けたあの日から、研究員は死に物狂いでボディを開発し直した。そして、誰がどう見ても人間にしか見えないロボットを、期限以内に作り上げたのだった。

 本来は無茶な注文だったのだが、それもこれも全てこの研究員が優秀であったからなせた業であった。 それでも、所長にはまだ不満な部分があるようである。

「確かに見た目は完璧だった。しかし、あのロボットのしゃべり方はなんだ。抑揚がなく、淡々とした情緒のない声。誰があんな暖かみのない声に呼び掛けられたいと思うか。いくら声質が人間に近くても、あれではあまりにも不気味だ」

 ロボットのボディの出来を確認した際、簡単な運転テストを行ったのだが、その時にロボットが発した声が今度は気に入らなかったようである。

 声色こそは肉声そっくりなものとなっているのだが、所長の指摘の通り、ロボットは人間が話す時のような感情にあふれる話し方は一切しなかった。

「そうですか。しかし、今からだとやはり時間が」

「一週間。一週間やるからロボットの声を完璧にしろ。これ以上は、時間はやれないぞ」

「なら、所長も少しくらいは」

 だから、わしは忙しいと言っているだろうが。ロボット開発は、その、お前に一任しているんだからしっかりとその分働け。わかったな」

「お言葉ですが、もしかして所長は、ロボット開発の方があまり得意ではないのでは……?」

「し、失礼な。あんまり馬鹿なことを言うとクビにするぞ。わしはな……そう、若い者の育成のために、あえて研究に手を出さないでいるのだ。お前だって、自身の研究を進められる場所を失いたくないだろう」

「……わかりました。やれるだけ、やってみます」

 研究員は何か言いたそうにしながらも、所長の命令を受け入れて部屋から出ていった。


 さらに一週間が過ぎた頃、またも研究員は所長から呼び出しを受けた。

「所長、今回は何の用ですか。もしかして、また」

「そう。例のロボットについてだ」

「そうですか。流石に、あそこまで仕上げれば問題はどこにもないでしょう。あの状態まで持ち込んだのですから、試運転に出してもよろしいですよね」

 所長から指示を受けたあの日から、研究員は寝る間も惜しんで期限以内にロボットの声を情緒あふれるものへと改良した。その完成度は、誰もが認めざるを得ないほどの出来栄えだった。

 本来は無茶な注文だったのだが、それもこれも全てこの研究員が優秀であったからなせた業であった。 それでも、所長にはまだまだ不満な部分があるようである。

「しかし、あのロボットの素っ気のなさはなんなのだ。ほら、何日か前のことだ。試運転の前に、少しばかりこの研究所でロボットを動かしてみただろう。そうしたら、まあひどいぞ。何を聞いても、決まった言葉しか返ってこない。どんなことも、インプットされたこと以上の行動は一切取れない。もう少し、人間のように色々と学んだり、情を持って相手に接するよう作れなかったのかね。あれじゃあ商品化しても、絶対に売れるわけがない」

 要するに、ロボットに情の類が宿っていないことが今回の不満の種であるらしい。

 完成したロボットの人工知能のレベル自体は決して低いとは言えない出来であるのだが、情や学習能力といったものを身につけるとなると別の話であった。

「まさか、人工知能のレベルを今から引き上げろとおっしゃるのですか。それは流石に厳しいですよ。しかも、所長の話し方ですと、ほとんど人間に等しいものを作れと聞こえるのですが」

「そう、その通りだ。今から、人間に限りなく近い思考回路を持ったロボットを作れ。もう、この際仕方がない。試運転は先延ばしでいいから、一か月くれてやる。だから、期限までにロボットを完璧中の完璧に仕上げろ」

「完璧中の完璧などと言われましても、それをたった一か月でやり遂げろと?それは、いくら私でも」

「わしがやれと言ったら、お前はやるのだ。わかったな? できなければ、お前はクビだ」

「しかし……」

「しかしもクソもあるか! やれと言ったらやれ!」

「……わかりました。やれるだけ、やってみます」

 研究員は頬を引きつらせながらも、所長の命令を受け入れて部屋から出ていった。

 

 一か月後、研究員は無茶苦茶な命令通りにロボットを見事に仕上げてみせた。

 そして、ロボットはついに試運転として一般の家庭へと派遣されたのだった。

 ここまでは順調に思えたのだが、ある日、一本の電話が研究所にかかってきた。それは何と、試運転に協力をしてくれた一般家庭からの苦情の電話であった。

 苦情を受けた所長は、事態をこの目で把握するために、開発主任である研究員とともにロボットの偵察へと向かった。

「よくいらして下さいましたわね」

 一軒家で一行を出迎えてくれたのは、上品そうな主婦であった。しかし、その目には明らかに怒りの情がこもっている。

「どうなさいましたか。我々が開発したロボットに、何か不備でもございましたか」

 本当は研究員がほとんど一人で製作したようなものであるのだが、所長は建て前として一応そう言った。

「どうなさったも何もないわよ。説明するより、見ていただいた方がずっと早いわ。さあ、上がって下さい」

 一行は言われるまま、家に入って歩いていく。

 するとリビングで、衝撃的な光景を目にすることとなった。

「なあ、お前はお手伝いロボットなんだろ。だったら、ジュースくらい入れてくれよ」

「私はこの家の手伝いとしては派遣されましたが、パシリとしてここに存在しているわけではございません。ほんのたかだか数キロカロリーを消費するだけで自分でできる行動です。だったら、ジュースで摂取したカロリーを考慮して、ご自分でジュースを入れてカロリーを消費なさった方がよろしいでしょう」

「だったら、宿題を教えてくれよ。それは、パシリとは違うだろ」

「宿題というものは、己の力で解くからこそ意味を成すものなのです。あまり他者に頼っていますと、馬鹿になられますよ」

「まさかお前、この問題が解けないからそんなことを言ってるんじゃなんだろうな」

「そんなことはございません。私は、坊ちゃんの将来を思って意見を述べさせていただいている次第でございます」

 顔を真っ赤にした少年が、ソファーで寝そべるロボットにえんえんとへりくつをこねられている。色々な意味で異様な光景であるとも言えるが、やはり一番問題なのはロボットの素行である。

 そこには、お手伝いロボットの面影はどこにも見当たらなかった。

「本当、お前この家に来てから何もしないな。ほんの二、三日真面目にやってたかと思ったら、急にサボりだしやがって。あんまりひどいと、家から追い出すからな」

「どうぞ、ご勝手に。しかし、貴方の両親は、私の試運転を受け入れることで研究所から報酬を受けることになっていたはず。どんな理由があろうとも、期間が終了する前に私を追い出せば多額の違約金を支払う契約となっていたはず。それでよければ、どうぞ私に出ていけとご命じ下さいませ。困るのは、貴方のご両親ですけども」

「うう……」

 こんな行動や発言は、本来は頭脳にインプットされていないはず。ということは……。

 事態の深刻さを把握した所長は研究員の胸ぐらを掴み、こう詰め寄った。

「おい! お前、あのロボットの人工頭脳に何をした!」 

「何って言われましても。私は所長の命令通り、人間に限りなく近い思考回路を持ったロボットを作り上げたというだけですよ。どうです、あの姿はどう見ても人間そのものでしょう」

 「確かに、あれは全くロボットであるとは思えない。だがな、そういう意味じゃないだろう。わしは、従順で人間に近いロボットをだなあ」

「なら、最初からそう言って下さいよ。所長があまりにも人間に近いロボットを作れとおっしゃるものですから、つい近づけ過ぎてしまったではないですか。まるで人間のように、あれこれ難くせをつけては仕事をサボりたがり、己の我がままを忠実に貫き通すロボットができてしまったようで。ま、そんな要素が強過ぎたせいか、嫌らしい部分ばかりが色濃く出てしまったようですがね」

「こ、この……」

 所長はギリギリと歯ぎしりをしながら、悔しそうに顔を歪ませる。

 そんな彼の姿を見て、研究員はボソッとこう一言付け加えた。

「いやあ、このロボットの人格形成は大変楽な作業でしたよ。何せ、その嫌らしい人間の典型がとても近くにいたものですから」

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう話しは大好物です! 物語の展開もテンポが良くてすらすら読めました(^-^) これからも執筆活動応援してます あと、お気に入り相互登録して頂きありがとうございます( ´ ▽ ` )
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