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懸圃の住人  作者: 夏実歓
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先生不在の中


「うん、ここにさ、フィールドワークに来た時って、ちょうどケンヂくらいの時でね、その時、修士一年目の赤木先輩とはじめて会ったんだよなぁ 」

 向こうの方ではしゃいで魚を追いかけているケンヂとショウタの二年コンビを見ながら、高田先輩は言った。先輩は留学で一年外国にいたから、赤木さんがいたのはざっと五年前になる。先輩はすこし悲しい目をしていた。僕は会った事のない赤木先輩とやらに思いを馳せながら、柔らかい草の感触に背中を預けて空を見てみた。先輩も同じようにして、タバコをくわえていた。ここは先輩には思い出の場所で、そして、ここから先輩の学問への志が始まったんだ。そう感じたし、寝転がりながらの四方山話の折々に先輩はそう言って自分を奮い立たせていた。先輩はなんだかんだで進学した先のことに不安があったのだろう。話はだんだんとこの土地の風俗に及んで、先輩の舌は滑らかに回るのだ。

「ここの神社は上の耶麻津気社と下の竜神社があるんだ。これだけの峻峰なのになぜか修験道の影響があんまりなくてね。土着信仰が盛んなのがその原因だったんじゃないかって話だけども、普通は習合することが多いと思うんだけどね。祭神の秋受津耶麻比売(あきうけつやまひめ)は普通は山姫様って言われていて、その名の通り山の神様なんだ。今でもここいらの人は山姫様のことを特別に思っているよ。すこし話してみれば解るけどね、なにかあると姫様姫様だよ。だからか知らないけど、ここの村では女性が強い 」

そう笑いながら言って、目を細めた。

「独特の祝詞、というより呪文かナァ? ヒメヌケって言うのがあるらしいんだけど、それは中々部外者は聞けない。あるお祭りのときだけ聞けるって言うんだ。どうやら、蘆屋教授は一回聞かせてもらったらしいんだけど、他には多分にして聞かないね。この話も先生のいる時に宿のおばちゃんが一回だけ言っていたんだよ。今度のお祭りはどうするのかって相談みたいだったけど、たまたま影で聞いちゃったんだ。こういうところに土足で踏み込むわけにも行かないから、この話はあいつらには内緒ね 」

僕は神妙な顔でうなずいて見せた。でも、本当は僕も知っていたんだ。以前、酔った先生を家に泊めたとき、内緒の話だといって秘密の祭り、この村の話を聞いていたんだ。

「先輩。山姫様が山の神なら、ヤマンヂはなんなんですか? 」

僕としては、そんなものよりこっちのほうが気になっていたのだ。

「ヤマンヂかぁ。あれもよくわからないな。ただ、名前と言い、見た目と言い、山親父にそっくりだから似たようなものだと思う。そういえば、ヤマンヂは片手に杖を持っていて離さないから、いっつも左手で物に触るらしいね。出会うと運が悪くなるみたいな話も聞いたよ。あと、ヤマンヂが憑くって言うけども、憑かれた話も殆ど聞かないな……いや、一件だけ聞いたか? 村に移住してきた人だった。なんでこんな辺鄙なところに移り住んだのかきいたら、なんだか妙な雰囲気でね。そうだなぁ、なんだか仕方ない仕方ないってそればっかり。嫁さんはこの村の人間だから、それでかと思ったけどそうじゃないんだってさ。その人がヤマンヂに憑かれたんだって 」

「それで、その人どうなったんですか? 」

「うーん、それが……」

なんとも困ったように眉をしかめると、二年コンビのいる養鱒場の方を指差して

「あそこのオジサンでね、俺の話した限りじゃあ、なんともないね 」

高田先輩はへらへら笑った。結局、ヤマンヂが憑くとどうなるのか、その時は全然解らなかった。



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