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MONSTER’S KING  作者: 犬吉
3/4

その力は、破壊と血風を撒き散らす

 アーテルランド王都ヒューゼン。そこに本拠を構える騎士団は慌ただしい動きを見せていた。

 自由都市クレッセンが、Aクラスの魔物によって襲撃を受けているという急報が届いたのだ。

 各年の守護騎士団には魔導都市フォルナー製の通信水晶球が備えられており、緊急時における連絡手段として用いられていた。

 逆に言えば、通信水晶球を使うということ自体が、事態の危険度を示している。

 騎士団本部に設置された緊急転送機の前には、兜を抱え、甲冑に身を包んだ屈強なる精鋭30名が、僅かにも乱れぬ隊列を組み、指揮官の言を待つ。

「全員揃っているな。これよりクレッセンを襲撃しているキマイラ――追加報告によれば亜種……恐らくはマンティコアだろう。それと、突然出現したタウラスロードの討滅に向かう。なお、未確認だがタウラスロードの方は魔族である可能性が高い」

 ざわ……! 指揮官の言葉に騎士達がざわめいた。

 魔族。それは魔物共の王――魔王に仕えるために、魔物から生まれるという高位存在に付けられる名称である。

 魔族の出現はすなわち、魔王降臨の可能性を示していた。

 二百年前の暗黒期再来という最悪の事態を想像し、騎士達に動揺が走る。


 ズダン!


 指揮官が鞘に収めた大剣を、地に突き立てる。その音に篭められた気迫が、騎士達の心を一瞬で鎮めた。

「敵がなんであれ、俺達のすることは一つだ。総員、構え!」

 騎士達が一斉に兜を備える。彼らの纏う甲冑は一揃えで強化術式を発動する特殊仕様であり、兜を被ることは、自身の心を戦闘モードにスイッチさせる意味もある。

「転送機、起動! 目標座標は自由都市クレッセン!! 出撃!!」

 転送機と呼ばれた魔導器が動き出し、光の渦の姿をした門を生み出す。そして、アーテルランド最強の騎士達はクレッセンへと出撃した。


 ◇ ◇ ◇


「グォオオオオオオオオ――!」

「ギャォオオオオオオオ――!」

 轟く咆哮。リットが変化したタウラスロードと、マンティコアが同時に駆け出し、激突する。

 その巨大な牙で首を絞め殺そうとするマンティコアを、リットはその巨腕で受け止める。

「ガァアアアアア!」

 両腕の筋肉が膨らみ上がり、マンティコアを地面に叩きつけた。が、マンティコアはその両足に力を込め、その圧力に耐える。そして尾でもある大蛇を振るってリットに襲いかかる。

「ギッ――!」

 それを振り払おうとするリットだったが、スルリと腕を躱され、一瞬で首に絡みつかれる。

「シャアアアアアア!」

 そして毒の牙をむき出しにして大蛇が襲い来る。リットはそれを掴んで押さえるが、その隙をついてマンティコアがリットの腹目掛けて全身をぶつけてきた。その激しい衝撃にリットが揺らぐ。

 マンティコアは更に全身に魔力を高ぶらせ、大地を強く蹴った。マンティコアはまるで弾丸のようになって、さっきのお返しとばかりにリットをふっ飛ばした。轟音を上げて、リットの体は家屋へと叩きつけられる。

 マンティコアは更に攻撃を仕掛ける。家屋にめり込んだリットを鋭い爪を使って切り付けた。

 幾重にも肉を引き裂き、更に一度距離をとって、そこから助走をつけての体当たり。壁にめり込んでいたリットの体はその奥へと押し込まれた。

「グアアアアアアア!」

 マンティコアは更に追い打つべく、家屋の中へと飛び込む。直後、周りの者の体を揺さぶる巨大な振動が幾度も響いた。そして――。


 ドガシャアアアアン――!


 勢い良く、瓦礫とともに反対側へと叩きつけられる巨大な影。そしてそれを為した巨脚。それが地に降ろされると、ゆらりと巨体が姿を現した。

 その胸は幾重にも引き裂かれ、夥しい血が流れていた。しかし、瞳は力を失わず、吐き出す息は高熱を孕んで白いでいる。

 対するマンティコアも瓦礫をふっ飛ばしながら、怒りの咆哮を上げながらリットに向かって駆け出した。

 リットは胸の血を手で拭うと、それを振り上げた。血は闇色の淀みに変わった。そこから勢い良く、大金棒を抜き放つ。

「グォォオオオオオオ!」

 ブォオオオン! と、烈風を巻き起こす横薙ぎの一撃。マンティコアはこれを飛んで躱し、鋭い牙を剥き出しにしてまっすぐに落ちてくる。

 しかし、リットは金棒を構え、それを受け止める。ガリガリと金棒の表面が削られ、同時に牙も僅かに欠けていた。

 マンティコアは四肢を踏ん張り、頭を何度も振るおうとする。リットはそれをどうにか押さえ、一撃を見舞う隙を伺う。

 両者はいつ崩れるとも知れない均衡の上、激しく睨み合っていた。


 ◇ ◇ ◇


「ぁ……あ?」

「こんな……何で?」

 Aクラス以上の魔物同士が戦う光景は、さながら悪夢であった。生き残った騎士達は破壊の猛威を振るう両者に恐怖を抱き、この街の行末に絶望を覚えていた。

「リット君、あなたは一体……?」

 ヒュリーもまた、その光景に呆然としていた。隣には自身の怪我も忘れて、目を見開いたまま茫然自失となっているシャーリーがいた。

 リットの腕が食われ、後ろに放り投げられ――その後、彼の叫びとともに黒い何かが現れ……そして、巨大な魔物が姿を表した。

 どう見ても、その新たに現れた魔物は、リットが変化したものにしか見えなかった。

「――リット君!」

 無駄かもしれない。それでもヒュリーは叫んだ。一瞬、タウラスロードの視線がヒュリーの方に向いた。が、すぐにマンティコアへ戻る。一瞬の隙さえ命取りなのだとすぐに理解する。ヒュリーは言葉が聞こえていると分かると、続けて叫んだ。

「ここでは被害が大きいです! 向こうの広場へ誘導して下さい!!」

 声を張り上げ、ヒュリーは左を指差す。その先には来月の祭りで使われる資材を保管している広場がある。そこならば戦っても周囲への被害は小さくなると考えたのだ。

 タウラスロードは金棒を持つ手を緩める。そして、つんのめったマンティコアの顎を思いっ切り蹴りあげた。その衝撃で、マンティコアの体が跳ね上がる。

「グォオオアァアアア!」

 タウラスロードは金棒を離し、その体を両腕でガシリと抱え込んだ。そして両足に力を込めて、全力で駈け出した。

 マンティコアも抜け出そうと激しく暴れる。タウラスロードの肩に牙を突き立て、爪で背中を引き裂く。しかし、タウラスロードは吼え猛りながらズシンズシンと地を踏み鳴らし、広場目掛けて一直線に向かった。

「助かった……? しかしあれは何だったんだ?」

「人間が魔物になるなんて……まさか、魔族?」

「魔族だって!? いや……しかし、だとしたらとんでもない事だぞ!?」

 生き残った騎士の一人が発した”魔族”という言葉に、ざわめきが起こった。

「負傷者は後退。動けるものは魔物を追うぞ。お前は王都守護騎士団に追加連絡! 敵は魔族の可能性あり! 急げ!!」

「「「了解!」」」

 慌ただしく動き出す騎士達。その内の二人がヒュリー達の方へ来る。

「怪我人は我々が運ぼう。君も避難するんだ」

 言うが早いか、騎士達は気絶したままのエルシィを抱え、シャーリーを背負い上げると、そのまま救護所のある方へと向かう。しかしヒュリーはその後に着いて行かず、戦場となっているであろう広場へと駆け出していた。


 ◇ ◇ ◇


 果たしてヒュリーの言う通り、広場には人影はなく、代わりに多くの資材がカバーを掛けられた状態で保管されていた。年に一度行われる祭りの準備だ。その量は半端ではない。

 だが、それらは一瞬で吹き飛ばされた。巨獣二体が暴風の如き勢いでそれに激突したのだ。 

 一瞬で瓦礫と化した資材が辺りに散らばる中、タウラスロードはマンティコアを抱えたまま、全力で飛び上がった。そして鋭利に尖った木材に向かって、マンティコアを叩きつける。

 その一撃に石畳はあっという間に砕け散り、マンティコアを叩きつけられた木材も、やはり細かい木っ端へと成り果てた。

 しかし、並の魔物ならばその一撃だけで肉片へと還るものを、マンティコアはダメージを受けながらも起き上がった。その瞳は更に怒り狂った輝きを放つ。 そして、禍々しい山羊の頭がゆっくりと動き出した。

 マンティコアの3つの頭部はそれぞれ、獅子が力。蛇が知性。山羊が魔力を示している。山羊の頭が動くということは、マンティコアが魔法を使うということだ。

 対するタウラスロードも、再び金棒を取り出して大きく振りかぶった。全身からは魔力が溢れ、湯気のように揺らめき上がっている。

「グルゥゥ……ァアアアアアア!」

「グォオオオオオオオオ!」

 破壊の嵐を巻き起こす二体の戦いは、いよいよ最終局面を迎える。


 ◇ ◇ ◇


「ギャォオオオオオオオオ!」 

 吠え猛るマンティコアが獅子の口腔より、紅蓮の炎弾を撃ち放つ。一種のプラズマ火球であるそれを喰らえば、たちまち相手は消し炭となる。

「ゴォアアアアアア!」

 タウラスロードは金棒を全力で振り抜き、火球を弾き飛ばす。それた火球が背後で爆発。派手に周囲を炎上させる。

 それに構わず、タウラスロードは一気に距離を詰め、金棒を力いっぱい振り下ろす。

 マンティコアは瞬間、一気に飛び退いてそれを躱す。目標を失った金棒が石畳を砕き、地面を大きく陥没させる。

「ギギァアアアアア!」

 山羊頭が金切声を上げると、天井に幾つもの魔法陣が出現。そこから幾筋もの雷光が降り注ぐ。タウラスロードは走りながらそれを躱す。

 マンティコアは空中を飛び回りながら炎をまき散らし、タウラスロードの周囲を炎に染め上げる。

「っ……!?」

 気がつけば、資材の残骸に火が周り、広場は火の海へと変わっていた。マンティコアがその中へと身を沈めていく。

炎自体はそれ程障害にはならない。炎が視界を塞ぐことが問題なのだ。

 タウラスロードは金棒を構え、周囲の気配を探る。向こうの狙いは分かっている。炎に乗じて戦局を決定づける一撃を見舞うことだ。

「ッ!」

 ゴウ! と、炎を貫いて巨大な爪が襲い掛かる。寸でのところでそれを躱し、金棒を振り抜く。しかし、素早さで上回る相手にそれはあまりに遅く、虚しく空振る。

 幾度も炎を超えて飛びかかるマンティコアの素早い攻撃に、タウラスロードの腕、足、顔が次々に斬り付けられ、鮮血が飛ぶ。

「ブフゥ……フゥゥ……!」

 タウラスロードの息が大きく、激しくなる。肩が上下し金棒を持つ手が下がり気味になっている。

 状況は厳しい。炎の海を抜けなければ一気に押し切られる。タウラスロードは意を決して駆け出した。

 その背後から、マンティコアが襲い掛かる。炎を吐き出し、雷光を撃ち放つ。

「ギャアアアア!」

 背中を焼く業火と、全身を穿つ雷撃を喰らったタウラスロードの絶叫が響く。更に風を纏ったマンティコアの激しい体当たりが、タウラスロードを紅蓮の瓦礫へと吹き飛ばす。

 タウラスロードは火の粉をまき散らしながら、ゴロゴロと激しく転がっていく。全身から黒い煙が上がり、ダメージの重さを物語っている。

 マンティコアはしかし、油断なく炎の中にその身を隠す。赤いカーテンの向こうに隠れた敵を睨みながら、タウラスロードはその身を起こした。

 タウラスロードの能力は一撃必殺の破壊力と、ミスリル銀さえ物ともしない頑強な体だ。対するマンティコアは力もそうだが、素早さと自在の魔力を武器としており、防御力そのものはタウラスロードの攻撃に耐えられる程には無い。

 全力の一撃。それが決まれば不利な状況でも逆転できる。それを知るからこそ、マンティコアは油断をしない。

 この炎をどうにかしなければ。どうにか出来れば。


「|烈風の波動〈ウインド・バースト〉!」


 突如、戦場を強風が吹き抜ける。風は炎を煽り、天へと巻き上げていき、火の海は瞬く間に消え去った。しかしそこに、マンティコアの姿は無かった。

「リット君、上よ!!」

 タウラスロードの視線が声の方へと向く。そこには息を切らせたまま、更に叫ぶヒュリーの姿があった。

 ハッとして上を見やれば、こちらに向かって急降下してくる狂爪がギラリと光っていた。マンティコアは炎が吹き飛ばされるのと共に、上空へと飛び上がったのだ。

「ギャォオオオオオオオ!」

「ゴアァアアアアアアア!」

 タウラスロードは金棒を横に振り抜く。が、マンティコアは身を捻って躱し、逆にその爪をタウラスロード目掛けて振り下ろし――。


 ――ドォオオオン!


 まるで巨大な打楽器を打ち鳴らしたような音が響いた。獅子の顔にタウラスロードの巨拳が突き刺さっていたのだ。ベキベキッ――という、牙が砕ける音が鳴る。

「オォオオオオオオ!」

 タウラスロードは一気に拳を振り抜いた。カウンターで突き刺さったその一撃は、凶獣を盛大にふっ飛ばし、地面を数度バウンドさせる。

 だが、マンティコアはすぐさま体勢を立て直し、紅蓮の火球を放つべく、構える。

「ヌゥウウウアアアアアッ!」

「ッ――!?」

 その眼前に、鉄塊が迫る。タウラスロードが全力で投擲した金棒だ。それは果たして獅子の口腔へと突き刺さり、同時に撃とうとしていた火球が盛大に爆発した。

「ギャギャガヤアアアアアアア!!」

 残る頭が悲痛な絶叫を上げる。だが、タウラスロードに躊躇する意志など一切ない。石畳を砕く勢いで走り、一気に跳躍する。

「ギギギギギギ!」

 マンティコアが雷撃を撃つ。だが大ダメージのせいで力の収束が定まらない今、タウラスロードを止めることは出来なかった。

「リット君―――倒して!!」

 ヒュリーの血を吐き出すような叫びを背にして、全ての力を集約した急降下蹴りが山羊の頭部と同時にその体躯を文字通りに真っ二つにした。

「―――!?!?」

 己ごと地を砕く一撃に血と臓物とを撒き散らして、絶命の声さえ上げられないままマンティコアは倒れた。

「………終わった、の?」

 粉塵が風に消え、地に立つタウラスロードと、肉塊とかしたマンティコアとを見やり、ヒュリーは呟いた。

 幼い日、自分の全てを奪い去った魔獣。それを倒すこと――家族の仇をとることだけを思って生きてきた。

 そんな彼女にとって、この結末は余りにも呆気ないものに思えた。

「グゥルルル……」

 ヒュリーは自分を見下ろすタウラスロードに、ゆっくりと歩み寄った。

 戦禍を背景に立つ凶悪な魔物だったが、その姿は何処か気高さを感じさせた。

 仇は自分の手でという思いはあった。だけども、仇を取ってくれた”彼”に、ヒュリーは言う。彼にそんなつもりがないのは百も承知だ。だけど、自分の気持を伝えたかった。

「……ありがとう、リット君」


 タウラスロードの右目に、矢が突き刺さったのはその時だった。

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