DIE HARD END 4
(MAGA/アメリカ第一主義と言う考え方)
(ノンキャリの新垣勇作)
(MAGA/アメリカ第一主義と言う考え方)
日米地位協定の関係があり、米軍基地内は、基本的には、米国のプロパティーであり日本の捜査権の及ぶ場所では無かった。
しかし、此処、うるま基地は、建前上、海上自衛隊の沖縄にある基地の一部でもあり、陸上自衛隊、いや元々帝国陸軍の基地でもあった。
米軍としては、深度の有る太平洋(米本土)に面し、沖縄で唯一、潜水艦が、安全に停泊出来るこの基地の存続は、死活問題ではあった。
しかし、その様な、歴史的経緯や、現状米海軍と日本海上自衛隊に垣根が無い実態から、この、対潜水艦索敵防御網(新ソーサス網)のヘッドクオーターを此処に選定した理由があり、日米地位協定が、他の敗戦国に対する協定よりも、過酷で片務的な点を疑問視し、ただでさえ、日本で、最も良くない“在日米軍に対する感情”を持つ、沖縄の県民感情を害す事は、米軍全体や国務省、各インテリジェンス機関に、とって、政治的にハイリスクであったので、海上自衛隊が、この基地の表に立って居てくれる事は、都合が良かった。
そう、現大統領は、事ある毎に、在外米軍基地の米国政府負担は、米国民の税金の無駄だ。と吠えている様な人物でもあった。
彼に、言質を取られる様な実態は、米海軍としては、絶対に在ってはならない事であった。
日本側プロパティーに、日本側の費用負担で設置された、日本が主に使う装備を“米海軍も借用する”と言う“体”の申し出は、この様な、政治的な背景で、彼等との駆け引きの中で、すんなりと通った。
但しシステムから機器開発までの主導は、しっかり米海軍が、握っていた。
只、現時点で、日米を問わず、基地警備要員の殆どが、テロリストの仕掛けたトラップにより殺されていて、唯一、停泊中の攻撃用原潜の乗組員も、テロリストの襲撃を知り応援に駆け付けようとした処、彼等の仕掛けたトラップで、上陸要員と周辺の警護要員(MP)共々、その殆どを失うか、重症を負わされていた。要は、高級幹部将校以外、手足となる米兵が、原潜内や周辺から、瞬時で居なくなっていった事、そして一方の基地の使用者である、海自の警務隊は、日本人であり、この様な、テロ攻撃が起こる事等“想像すら”していなかったし、対テロ訓練等の経験は、全く無かった。この条件も、この作戦成功の、大きな理由の一つでもあった。
この普段は、基地の“傍”とは言え、住宅街では、聞き慣れていない騒音(爆音)で、付近の住民から、警察への連絡が殺到し、県警も、日本の反基地団体も、地元マスコミも、此の住宅街傍にある、普段は穏やかな基地内で、何か?が起こっている事を、確認した。
(ノンキャリの新垣勇作)
最近まで、原発の対テロ作戦に専念し、先頃やっと、地元に戻って来て警部に昇進した、ノンキャリの新垣勇作は、早速、県警本部に非常招集されていた。彼のカウンタパートは、中部のキャンプハンセンから派遣された米海兵隊の特殊作戦のプロ(集団)であった。相手がキャプテン(大尉)ならば、此方もキャプテン(警部)と言うキャリア独特の安易な発想が、新垣は、気に食わなかった。『しかし、(此処に到着前、粗方の事情は説明を受けていたので)此処は、相手の、お手並み拝見』と決め込み、決して自身が、イニシアチブを取るまい。と決め込んでいた。
海兵隊の大尉は、日本語が全く話せなかったので、意思の疎通は、彼が連れて来ていた通訳官(少尉)が、担当した。
曰く『このトラブルは、海上自衛隊基地内とは言え、米海軍の専有地内での事であるから、君たちは後方で見ていて欲しい』と言うモノであった。実際、彼等の武装は、軍用の5.56ミリのM4や7.65ミリのM110、拳銃でも、九ミリルガー弾と呼ばれる、西側の軍隊でポピュラーな弾薬を一七発装弾できるM17に対し、彼等から看ると、自身が、着用している、ボディーアーマすら、貫通できない7.65ミリの弾が、八発しか、装弾出来ないシグ230(自動拳銃)や、38口径を五発しか装弾出来ないリボルバー程度の拳銃以外、機動隊のSATでも、拳銃弾を使用するMP5(サブマシンガン・自動拳銃)と拳銃だけは、彼等と同程度の威力のモノの武装であったが、全員が、全員、装備している訳では無かった。
『仕方がない』(と心の中で叫び)県警の装備とは、桁違いに、強力なモノで、しかも、県警と、銃器に対する錬度の違いは、明白であり「了解した」と、答えるしか、なかった。
作戦のあらましは、此の密閉された空間に、閉じ込められている人間は、誰なのか?と言う、人質の特定が第一。
次にテロリストの希望は何か?と、云う事であった。
問題なのは、此方から先方への、通信手段が無い事であった。
有線の外線へ通じる、基地内電話は、既に遮断され、内部制御システムも、既にテロリストに乗っ取られている様であった。テロリストが、衛星や通信を使い、外部に連絡する手段も、彼等が侵入時射殺した、制服組(米海軍士官)数名が、管理・所持していたので、使い物にならなくなっていたし、実際、彼等の死体に近づき、取って来る様な、野暮な真似をする気も無かった。
民間の無線や携帯は、内部から発する事は出来ず、ホットラインを含む全イントラネットラインは、クローズド(基地内のインターネットラインは、予め米軍と自衛隊の手により、事件発覚直後に、即座に閉じられていた)その上、箱からは、外部には、民間の電話線すら、接続されていなかった。
艦船向けの衛星電話も、日米両政府により、完璧に妨害されていた。
交渉役は、この大尉が引き受けるが、この橋渡し役(最も危険なパート)要は、外部との交信手段である、通信機器をテロリストに提供する役目が、日本の警察に依頼された。
新垣は、苦笑いしながら、其の大役を引き受けざるを得なかった。
裏方として、彼等から見えないモニターの裏に居た、ジャックと山本は、彼等が、自分達を認識していない事が確認できたので、そのまま、この“箱”で、唯一、外に電波が届く“窓”が、ある便所へ、モニター配線用の通路を這って向かった。問題なのは、二人とも夜間や暗闇でも目立つ、白い海軍の制服を身に着けている事であった。
這って移動する際に、音の出る記章を制服から、全て外し、携帯の所持を確認し、窓の有る便所に向かったが、その前に、通路から便所の間にある、センサーの破壊をしなければならなかった。
昨今の省エネブームで、この箱にも、例外なく、人関センサーが取り付けてあり、彼等が移動する場所を明るく照らし、それ以外は、即時消灯するシステムであった。従って、このセンサーが活きている限り、敵に“ここに私達が、いますよ!”と、報告している様なモノなので、このシステムの破壊が、まず、最初に、しなければならない作業であった。
裏方として調整に当たっていたので、幸いな事に、武器こそ、携帯してはいないが、彼等の手元には、工具箱があり、その中からプラスと、マイナスのドライバーと、先が細く、断線に適したニッパを静かに抜き取り、此処の施工図が、未だ記憶にあった、山本が先頭に立って、センサー位置をジャックに指示し、逐一センサー機能を目立たぬ様に、破壊(機能を殺し)しながら、配線通路の出口である備品倉庫から、便所へ近づいて行った。
窓の有る便所には、未だ午後の外光が射していた。
二人は念のため、扉のある個室に入り、外から見えないようにした。
この便所を含め。ファシリティーは、全て日本規格で作られていたので、足元が丸見えの米国規格では無く、足元が隠れてくれるのは、有難かった。
彼等は、携帯の信号が、この場所では、届いている事を確認し、先ずジャックの姉であり山本の妻であるルーシーにショートメッセージを送った。電話で話すと、声が、外に漏れる危険性が有るので、返信も、電話では寄越さぬ様、注意をし、相互の携帯で、現状と、自分達が、置かれている状況を端的な内容で、打った。この事でルーシーは、夫と弟の無事が、一機に確認できる筈であったし、相互に双方の携帯でメッセージを送る事で、バッテリーの節約にも繋がると二人は考えていた。
新垣は、大尉から、米国製の無線式の、ハンドカム(屋外通信装備)を渡された、これは、マルチバンドの発信用通信機とトランシーバー型の小型受信発信機がセットになったもので、電波の届く場所に発信器を設置すれば、有線で、通信機と繋がり通信機同志は、此処を中継基地として、半径数キロの範囲で相互通信ができた。これらを肩に担ぎ、1対(2個)のハンドカムを腰にぶら下げ、両手を上げた状態で、自身の所属と目的を大声で話しながら白亜の箱に近づいた。
「とまれ!」と日本語で、基地警備要員の身形をした人間がM4を構えつつ新垣に叫んだ。
「日本語が分かるのか?」新垣は、基地警備要員の身形をした東洋人に叫んだ。
「ああ!なんだ、背中の物は?」
「これは、君達とコンタクトを取る為の装備、通信機器だ。爆弾や、妙な物ではない。しかも私は丸腰だ」
「わかった、此処(入口)まで持ってこい」
新垣は、背負った通信機器を箱の出入り口で降ろし、静かにに両手を上げたまま、防弾盾を掲げている機動隊員の所まで後ずさりをした。その間、もう一名の基地警備要員の身形をした人間が、通信機器を入り口内へ運び込んでいた。
早速、彼等の内、機器に詳しい女性が、装備をチェックし始め、一通りの操作をリーダーと思しき、テロリストのメンバーに説明を始めていた。マルチバンドの発信用通信機が、その入り口に据え置かれ、有線の通信機が中に引き込まれたのを、双眼鏡で確認し、大尉は中に居るテロリストを呼び出していた。
暫くすると、彼等からの応答があったが、中のテロリストからは、自身の所属は疎か、交渉材料すら、何も提供されなかった。
しかし、此の通信機器は、外部通信が、できる能力がある事が、確認できたので、アギナミ島沖に停泊中の解放軍の通常型潜水艦と、その手前で潜航中の北朝鮮海軍の特殊潜航艇の“通常周波数”に再セットし、各々の母国語でコンタクトを取る事が出来た。各々の母国語は、この場所では、最も単純な暗号でもあった。
ホワイトビーチ潜水艦基地に停泊中の船は、米国の攻撃型原潜一隻である事、その動きは、既に止めたが、艦内に居る米国海軍軍人の動きを完璧に止める事そして基地内に残る米兵の掃討を依頼した。通常型潜水艦と、特殊潜航艇は共に浮上し、潜水艦基地の壊されていない桟橋に停泊した、潜水艦と特殊潜航艇から上陸部隊が飛び出し、直ちに停泊中の攻撃型原潜を拿捕する事に成功し、警護の米兵(MP)が、トラップにより死んでいる事も確認した。
攻撃型原潜内には、解放軍側の要員が乗り込み、潜入後、艦内のあちこちに、脱出時に時間稼ぎが出来る様に、素人では、簡単に外せないトラップが、仕掛けられた。
艦長には、艦外に出て、外部との通信をしない事(通信機器と乗組員全員の個人通信機器は、回収の上破壊された)と、トラップが、あちこちに仕掛けられている旨(要は、許された場所以外の、艦内の自由な通行の規制)が、通告された上で、艦内の小火器を含む全武装が、排除された(使用できない措置が取られた)。
彼等は、この船自体の破壊は、望んでいない事、乗組員の安全は、保障する旨も、通告した。
このテロリスト(人民解放軍)は、少なくとも、この米国の攻撃型原潜の内部構造に精通している事が、艦長以下、乗組員全員に認知された。
特殊潜航艇からの7名と。解放軍側の10名で、小隊規模の編成が出来たので、彼等は、白亜の箱に近づき、基地内で息を潜める残りの米兵(MP)と、派遣された海兵隊の掃討の準備に掛った。
沖縄の初夏は遅く、やっと8時を回った所で、日が沈み周囲は暗くなっていた。
この頃になると、地元や東京のキー局は基より、世界中の報道各社や野次馬が、基地前のゲートに押し寄せる事態となっていた。
新垣を含む地元警察と海自の警務隊は、彼等への対応に追われ、自ずと、テロリストとの交渉は、米海兵隊の特殊部隊が専任で負う事となっていた。
大尉は、敷地内の建造物の配置見取り図と内部構造を示した図面を見ながら、彼等が何処にどのように配置され、実際、テロリストの数が、何人いるのかを把握しようと色々と算段を考えていた。内部構造図から唯一の潜入口は、トイレであったが、其処には、必ず、敵の待伏せが、いるだろうし、各種センサーや監視カメラが無数に配置されていたので、此処からの突入は“無理”と予測は、していた。その様な中、テロリストからの、連絡が舞い込んできた。人質分を含め25人分の食料の要求であった。この事から、このテロリストは、まだ、この白亜の箱には、十分な(20日以上の)食料備蓄と、それを調理する部屋がある事を把握していないのでは、ないか?と言う予測が、立った。
備品倉庫兼食料備蓄庫に諸々を搬入する、裏の出入口は、手薄であろうという予測の下、特殊部隊員は、密に、裏側の搬入口に、集結した。予想は、的中し、搬入口付近に、人影はなかった。
しかし此処の鍵は、中央制御であり、オペレーヨンルームから、扉の開閉は、把握出来る事は、解っていたので、その対策を大尉は、検討しなければならなかった。その様に特殊部隊員全員が、揃って居る所に、搬入口横にある、倉庫方面から17名の、混成部隊による一斉掃射が喰らわされた。
敵の使用する弾は、5.8ミリに口径が統一されたAK-74と95式であったので、特殊部隊が普段使いしている、クラス3程度のアーマーでは、防ぎきれず、基地内の自由な移動が、テロリストには、許されている状況に既になっていた等と、予想だにしなかったので、此の方向からの射撃。しかも、何も、この弾を防ぐ様な“遮蔽物”が、周囲には全く無い、特殊部隊に執って、全くの無防備な状況により、全員、いとも容易くバタバタと倒されて行った。
この銃声は、内外に響き、モニターを外部に合わせた、オペレーションルーム潜入犯のコンピューターと通信機器持参の電子戦担当員は、上司と思しき男性を呼び止め、この箱には、裏口があり其処に、誰かを向かわせるよう進言した。この頃になると、館内地図と内外カメラの設置位置も、ほぼ完璧に把握され、彼女のラップトップPCの壁紙には、館内地図が移転されていた。そして彼女は、それらを自由に操作できる様になっていた。
一部で、人関センサーが、無反応=壊れている事も、彼女は、見逃さなかった。
この事は、上司と思しき男性ではなく、捕虜の中に居たカンに指示を仰いだ。彼は、一名を確認の為にそこへ行かせた。
外では、報道各社のマイクも、この銃声をライブで拾っていた、この、けたたましい銃声の理由は何か?先程の散発的な銃声や爆発音とは異なり、今回の銃声は、マイクが、普通に拾える程、近くで発生された、纏った銃声であった。各員の間で、詮索が始まっていたが、新垣も、その理由を探らせる為に隊員の一人を、銃声の方向へ、考え得る最高の防備をさせて派遣した。10分もしないで彼は戻って来て、ショッキングなレポートを入れた。
『米軍特殊部隊が、全滅していた』そして、数名の、生き残っていただろう、基地警備の米兵(MP)も、射殺されていて、何台かの、米軍用車両も盗まれていた。テロリストの仲間が、未だ、基地内の、何処に居るかは、分からないので、基地内の、一般人(日米の職員)や、基地内に住む、軍関係の住民や、軍属の“速やかなる避難”が、必要。と言う判断を彼は、新垣に具申した。
この隊員の具申する声は、日本のマスコミの収音マイクに、しっかりと収められていた。
此の惨劇は、瞬く間に、世界に広がった。米国務省と日本政府は、偵察衛星をうるま市のホワイトビーチに照準し、基地内に潜むテロリストや、基地内の情報を早速共有した。




