DIE HARD END 3
(金城中城港沖合)
(ホワイトビーチ、オペレーションルーム、通称、白亜の“箱”)
(マシュー(マット)・ファレルと言う男)
(金城中城港沖合)
深夜の沖縄の海は、初夏とは言え、流石に冷たかった。人民解放軍と北朝鮮海軍の混成部隊は、人民解放軍の装備に統一されていて、装備に差は無かった。アギナミ島沖の深度50メートルの海中に停泊している解放軍の通常型潜水艦から離れた北朝鮮海軍の特殊潜航艇は、リーフや岩礁に囲まれている処で浮上し、7名の潜入職員を放出した後、此の小型潜航艇のシュノーケルが届き、外部と通信可能な最大深度15メートルまで静かに潜航し、通信用のバッテリーを除く、全ての動力を停止させた。
混成部隊のうち、一人は、北朝鮮軍所属の電子戦のエキスパートであり、軍事訓練を受けた者では、無かったが、後の6名は、全て、特殊作戦のエキスパートであった。
此の混成軍の内3名は、少なくとも英語か日本語に堪能であった。彼等は、潜航艇の外部ハッチから静かに、泳いで、キャンプの大桟橋に停泊中の、米国攻撃型原潜を“走行不可能”にし、桟橋に、艦内の人間が上陸し、基地内で、人間が自由に動き回れない様な工作を隠密裏に仕掛けた上で、米軍の施設に上陸し、着ていたドライスーツを全て、そのファシリティーのゴミ箱へ隠した。
米軍基地は、必ず、この様な施設が完備されている事は、自国の軍事基地と比較して、彼等に執って驚愕すべき事実では、あったが。その現実は、彼等の作戦行動に執っては、有難い条件でもあった。ドライスーツを脱ぎ、彼等は、所属や階級が、一切明記されていない、黒ずくめの、ジャンプスーツを身に纏い、黒い眼ざし帽を被って静かに、空き部屋を探し、其処を作戦基地とした。彼等は、トラップ用の装備や爆薬を持参していたおかげで、拳銃等の自衛装備は一切、持参していなかったが、腰にステンレス製のナイフと、万能ツール、人民解放軍と、北朝鮮海軍の2名は、191歩槍と、称されるサプレッサーが装備された狙撃銃と、03式と呼ばれる同じサプレッサーが装備されている、5.56ミリNATO標準弾が使用できる様に、改造した狙撃銃を防水仕様の釣り道具用の袋に仕舞っていた。又、コンピューターと通信機器持参の電子戦担当員員外の全員が、自決用のハンドグレネード1個と無音の閃光手榴弾を装備していたが、彼女だけは、接続用ハーネスとラップトップが入った、一見すると、買い物用のトートバックの様な、大きな防水バックだけを下げていた。
そう、弾丸を始めとした、余分な装備は、全て、現地調達ができる。それが、一般的な、在外米軍基地の特徴で、必要なモノが、何処に有るかは、予め彼等は、把握していた。故に最低限の装備だけで彼等は、潜入を決行した。
幼い頃、在日でもあった、その中の一人は『この設備は、全て、日本人の、税金で賄われている』事に忸怩たる思いが過っていた。
彼等は、予め今回の式典の為に潜入している仲間に、到着を連絡しなければならなかった。故に、日本語と、英語が堪能な、元在日の彼が、連絡を取りに、このファシリティーを後にし、可能ならば、此処の、日本人従業員に化ける算段を採った。彼等の目算は、仲宗根の部下である、日本人警備員に化ける事であった。そうすれば、より、強力な携行武器も入手でき、施設内の出入りも比較的に自由になる。
それが彼等の当初の算段であった。
(ホワイトビーチ、オペレーションルーム、通称、白亜の“箱”)
ホワイトビーチに停泊している船は。今回は、攻撃型原潜一隻だけで、残りの海自、米海軍の艦船は、全て出払っていた。これは予め周囲の哨戒および、今回の対潜水艦索敵防御網と、海自、米海軍の艦船の潜水艦作戦の練度を上げる為の訓練でもあった。基地内に残る部隊は、基地警備担当の小隊規模の部隊(MP)と、在沖米海軍艦隊活動司令部の職員(将校と下士官)のみで、特に、大型で、今次訓練の対象外であり、存在が目立つ日米のイージス艦や、強襲揚陸艇は、国内のポピュリストや、隣国の脅威に関する、実態を知らされていない、沖縄在来の政党や、左翼系の民衆の“視線”を集める為に、此処から遠くの、那覇や、石垣島を始めとする、民間の港湾施設に係留、配置されて彼等の耳目を引き付けていた。
日米の海軍が、最新とする、音響測定艦や、日米の掃海や敷設艦。そして、海自最新の、たいげい型通常動力潜水艦や、それ等に比べ“音が煩い”と言われている米国のバージニア級攻撃型原潜が、今次訓練の主体であり、各潜水艦は、第一列島線と呼ばれているラインの周辺海域や、九段線と呼ばれる海域の最深部に、配置されていた。
米国側の出席者で唯一、大型の強襲揚陸艦(旗艦)であるアメリカの艦長が、停泊中の陸軍の那覇軍港からヘリで来る以外は、皆、嘉手納や那覇の宿舎から、米海軍や海自が差し回す民間仕様の車で、この基地に来ていた。
故にビーチ方面の警備は、比較的手薄で、此処を任されていたのが、仲宗根率いる日本人警備員であった。米海軍のMPや海軍の陸上戦闘員は、VIPが参集するクラブハウスと、唯一停泊している原潜が居る大桟橋を中心に警備に当たっていたが、此処は、日本。彼等の緊張は、他の特に中東地区の在外基地や、小型武器が溢れている、国内に比べて緩んでいたのは、確かであった。勿論、此処には、シールズ(海軍特殊戦コマンド)の様な、海軍の特殊部隊は居なかった。武装したテロリスト等と言う集団は、日本には、居ない事が、前提であった。
肝心の日米共同の対潜水艦索敵防御網の入口の場所は、地中深くに隠匿されており、この情報を知る者は、基地内では、ファレル位な者で、あとは、関係者の雖も、何処からこの、索敵防御網が出ているのかは分からなかった。
只コントロールルームであり、その頭脳の一部が設置されているオペレーションルーム、通称“箱”は、VIPが、参集する、クラブハウス横の、ビーチ正面にある。
白亜の“箱”、そう、例え核爆弾の直撃や、深度8までの地震や津波が襲っても、絶対に壊れない、且つ20日間の自給自足可能な、食料や備品、自家発電装置までもが、建物内に収められていた。
今日は、其処が、VIPに、初お披露目される日でもあった。
取材が許されたのは、軍が管理する、星条旗新聞と、朝霧新聞の2社及び、ナカトミと米国の関係産業の広報担当だけで、他の一般、民間のマスコミや報道機関は、彼等から提供されるソースを使用して、報道するしかなかった。
従って、今日此処で、何が有るかは、地元警察も、地元議員も、知事も、首相と防衛相以外の国会議員でも、外務相は基より、此処に来ている、防衛省の背広組と海自関係以外は、与り知らぬ事であった。
しかし隣国の共産党スパイ網は、立案時に、既に、全容をほぼ完璧に把握していて、それは東北軍管区の東海艦隊の寧波市にある首脳の間では、機密では、あったが、幹部間では、既にシェアーされた情報であり、隣国の、同盟軍の海軍にも、共有されていた。
米国が懸念している、日本の国家機密保護体制は、彼等にとっては、ザルの様なモノであり、情報は、筒抜けだった。寧ろ、民間の機密保持体制の方が、数段優れていて、ナカトミ由来の情報(この探査網の具体的な範囲や、機器と対潜攻撃装置の具体的な性能すら)が、全く得られない事が、今次作戦を決意するきっかけでもあった。
(マシュー(マット)・ファレルと言う男)
オペレーションルームのモニターと睨めっこをしつつ、右手でマウスを動かし、外部との接続が完全にマニュアルな、彼が開発した人工知能(AI)と、彼が此処に不在であった、3時間ばかり、対潜水艦索敵防御網が、得ていた情報を洗い出していた。その様は、鬼神迫るモノがあり、中富の、彼の部下さえ、近づく事を躊躇せていた。
ファレルには、気になる動きが、2か所あった。しかしこれが、海洋動物によるモノからなのか?人工物によるモノなのか?の判別が、付き兼ねていた。オペレーションルームにゲストを招き入れる迄、あと15分しかなかった。
デモは、その5分後から、始まる予定で在った。しかし誰も、彼に、其の相談をする事は、出来なかった。
しかしその前に、北の特殊工作員は、二名の日本人警備員を、血を出さずに、始末し、二挺のM9と計6個の弾倉。計90発の9ミリ弾を入手していた。彼等は、日本人警備員に成済まし、オペレーションルームの周囲の警備に当たっていた、MPも瞬時に音も出さずに、制圧した。彼等は、結果2丁のM4と80発の弾、そして追加して2丁のM17とその予備弾倉を入手出来たので、電子戦担当員員外以外は、全員、現地調達物資で、武装する事が出来ていた。
全員が、武装し終えた丁度その時、VIPがオペレーションルームに、MPに付き添われて入場する為に向かって来た。星三つの海軍部長、海自の海佐と思われる初老の男性。同じく海軍の制服を着た陳志明台湾海軍上尉。彼は、隣国には秘密だが、台湾側の運用責任者でもあった。そして最後に、肩将の星が一つで金モールが4本、彼が旗艦の艦長に違いなかった。ここ迄が制服組で、最悪拳銃程度の武装はして要るかも知れなかった。しかし残りは皆、背広だったので、彼等が武装している惧れは、無かった。全員が、オペレーションルームに入るのを見計らって、サプレッサー付きで、フルオートにセットされた191と03歩槍は、火を噴き、警備のMPを制圧したと同時に、武装した、一見すると日本人警備員に見える、二名の特殊工作員が銃を向けて、背広組の中で、最もエラそうな態度を採っていた人物を捕まえていた。
咄嗟に銃を抜いた、艦長や海軍部長付の、唯一武装していた制服組(米海軍士官)数名は、背広を着たVIPに、銃を向けていた特殊工作員に、瞬時に見事にダブルタップで、完全に制圧(息の根を止めて)されていた。
彼等の射撃の腕は、銃の如何を問わなかった。
この4発の銃声で、ファレルは、我に返ったが、結果、この時、気になっていた2か所の異常な動きは、人為的な物と言う確証が得られた。ジャックと山本は、裏方として彼等から見えないモニターの裏蔭に居て、デモ画面の最終調整に当たっていた事が、幸いした。
武装集団(多分テロリストか、隣国か北鮮の特殊工作員と、彼等は判断した)は、早速全員の携帯や通信機器、武器の有無を確認し、取り上げていき、手持ちのツールから、結束ハンドを取り出し、人質となった、VIPや、中富と海軍関係の高級将校等、全員の手足を縛って拘束した。
ここは、ほぼ全て、外部からの電波が届かない部屋でもあったので、人質から奪った携帯は、全て“圏外”をマークしていた。
最初に異変に気が付いたのは、日本でもアメリカでもなく、NATO加盟国であるスウェーデン海軍であった。
彼等は、バレンツ海で、ロシア海軍の動きを把握し、封じ込める為に、此の日米の研究に異常な関心を寄せていた。
既にバレンツ海の数倍の広さを誇る、オホーツクとベーリング海で、ロシア戦略原潜の正確な位置の把握を成し遂げていた、日米の新ソーサス網は、彼等の異常な興味の対象でもあった。只、足の遅い戦略原潜に対し、バレンツ海に配備されているロシア潜水艦は、機動性が高い攻撃型で、米国海軍とは、異なり、より、静粛性と秘匿性の高い、通常動力型が、少なくは、無かった。故に、世界一とも称されている、日本の対潜捜査技術が、今回の、対潜水艦索敵防御網に、反映されていると云う情報は、彼等にとっては、重大な関心事であった。
彼等は、日米から同時提供されている画面に、僅かな異常が出た事を見逃さなかった。
それは、ほんの僅かな“間”であったが、これを見逃さないのは『油断が無かった、からだった』と、後から言われた。バレンツ海の警備本部から即、ストックホルムの首相経由で、日米両側に、問い合わせが舞い込んできた。
しかし、その後、今日の対潜水艦索敵防御網の作成に協力し、この“網”を二次利用する予定の、ベトナムとフィリピンの海軍も、連絡が途絶え、応答が、無くなった旨の連絡を市ヶ谷の防衛庁に、連絡して来た。
これで、この事件は、複数のソースからの裏が採れ、瞬く間に両国首脳の把握する処となり、程なくして、CNNを始めとする世界中の通信・報道各社も知る事となった。




