DIE HARD END 2
(沖縄:高木会長と言う人物)
(恩納村のホテルにて)
(うるま市にて)
(沖縄:高木会長と言う人物)
沖縄うるま市にある日米共同の海軍軍港迄は、空港から車で1時間と少々の距離であった、当初大日本帝国の陸軍基地でもあった那覇軍港が、地形的にも設営や以降の管理コスト的にも、第一候補であったが、管理するのは、米海軍(及び海上自衛隊)と云う、純軍事的な理由で、此処が管理拠点となった。その事は、ホーリーCEOの執っては、コストさえペイして貰えるのであれば、構わなかったが、空港から同じリムジンに同乗している高木会長には、由々しき問題だった。
国民の税金を使用して作る設備に関して、コスト意識が全く欠如している、東京の行政府(役人と政治家)が、この国を牛耳っている事が、我慢ならなかったのである。
国の役人、にとっては親方である、米国行政府に対し佳い顔が出来ればよく。現地や、現場担当者に執っては、カタログスペックに大きな差が無ければ、彼等や現地に対しての(地元企業や地元選出や利害が関連する国会議員)、キックバックの過多だけが、税金の使用用途を決める判断基準の第一でもあった。
要は、税金は、他人の金では無く、自身が自由にして良い『天から降る』自身(保身と栄達)の為の金、と言う感覚から、用途に関して無頓着な言動が、そこかしこに散見できるのが、堪らなく嫌であった。
これは、実地の実情を知らない国家の官僚が机上で、全て最終判断し、現地の市井の人々とは全く無関係な、地元の有力者への利益還元が、“最も大切”と信じる上司が“決”を取る、其の上、千代田区の官僚に採っては、人事権を握る上役のご機嫌取りにも繋がる、我国のシステム上の欠点である事も、解っていた。
唯、先代から言い伝えられてきた原則として、一民間企業に過ぎない“中富”は、公平と公正を第一義に掲げ、中富を率いるリーダーとしては、如何なる国の行政や政治に口出しをする事は、厳に慎まなければならない。
それが原則であった。
ホーリーは、此の兄の様な、高木会長の、その様な、フェアーな考え方が、好きであった。
故に、今日この日迄、彼に仕えて来た。しかし、これが最後の仕事であり、その理由を高木会長は、すんなりと受け入れてくれた。
「ホーリー。いよいよ最後の仕事だな」
高木は、自身も落ち着かせるように言った。
「はい、会長。後は、湊君にお任せします」
ホーリーは、自身の後継者を既に選任し、それを高木会長も承認していた。中富グループの首脳部が、驚いた事に、後任は、高木会長の息子ではなく、ホーリーが、最も信頼する日本人の部下であり、技術部門ではなく、財務経理の最高責任者(担当者)であった。
しかし、その理由を高木会長とグループ首脳は“由”として承認し、息子の義信も、会長の兄であり、アメリカ国籍だった、高木義信が、八十八年に殺された、LAにあるナカトミビルに、ヘッドクオーターが有る、中富商事社長の儘、“修行”と称して着任する事を諾諾と受け入れて、残留していた。
勿論、恩義ある会長一家の御子息をLAの子会社社長として乗り込ませる前段階として、ホーリーは、セキュリティーシステムを当時とは、比べ物に成らない位、夫の協力と指示、そして、この事件で知己を得たLAPDの当時は、巡査部長に過ぎなかったアル。今や市警本部長のアル・パウエルの指導と協力の下、ビルのセキュリティーシステムや、警備人員の選別には、最大の注意を払い、パワーアップもしていた。し、その費用はシンイチが全て、一言の文句も言わず、工面したのでもあった。
彼等の指示の下、金目の物は、全て日本に引き揚げていた。ただ彼(義信)が今日の日米海軍の共同事業の“絵”を描いていた。その功績を彼女は、忘れてはいなかった。
この、義信が描いた“絵”を実現する為には、日本に十分な実験施設が必要。その為の資金捻出には、実務畑のリーダーより、財務経理畑出身のリーダーが、最適であるという、ホーリーの説明は、義信を説得するのに十分な理由であったし、彼も又、父同様に、ホーリーに、全幅の信頼を寄せる理由でもあった。
故に、彼は、アメリカで、米海軍との調整に専心しなければならなかった。
彼等が、ジョンのニューヨークに於ける、身分違いのナーシングホームに入居できる為の資金的なバックボーンでもあった。
その後の活躍もさる殊乍ら、義信も忠信会長にとっても、ホーリーの夫は、只の、アメリカ人の友人では無かった。今回の晴れがましいセレモニーに、彼も呼びたかったが、彼の体調が、それを許さなかった。
故に、今日の運転手に、当時の事件の全貌を知る、アーガイルを選び、彼には、妻ホーリーの晴れ姿の記録係も命じていた。
アーガイルも既に五六歳になり、昔の様な事は無く、今回も事前に沖縄に入り、綿密にルートを確認し、右ハンドルの車や、日本の交通事情も把握していた。
彼も、あの事件以降、VIP用のドライバーに関する知見を増していた。
「社長。今日は、ご家族と久しぶりにお食事ですよね」
アーガイルは、ホーリーの全家族と知己があった。
「そうなの。今から楽しみだわ」
ホーリーも気の置けないこの運転手とは、友達の様に会話をする。
「おいおい、今晩は構わんが、明日は頼むぞ!」
高木も事情は、既に全て把握しているので、今日は、彼ら家族で、関係者とは、別行動をとる事は、許していた。
今晩は、海自主催のレセプションパーティーがあり、其処で彼等全家族が、揃う事になっていた。が、彼等は、其処に顔を出し、最初、挨拶を済ませた後は、高木が引き取り、ホーリー達家族は、アーガイルの運転するバンで、近くのコテージに行く(そこで1泊)する予定にしていた。ホーリーに執って、久々に孫達と水入らずの時間が過ごせる時間でもあった。
コテージには、孫達と娘。ルーシーが、彼等を待ち受けている手筈であった。
(恩納村のホテルにて)
基地のある、うるま市内にはレセプションを催せるようなホールを備えたホテルが無いので、東シナ海側のアメリカ資本のホテルが海自主催のレセプション会場であった。ただ此処ならば、娘と孫が待つコテージから車で、30分程度で着ける位置に在った。会場では、主催者である海自関係では、制服組のトップである幕僚長以下、制服組幹部が勢揃いし、米海軍も太平洋軍の参謀長が遠くハワイから駆けつけていた。勿論地元テレビ以外に、東京のテレビ局やネット放送局、遠くは台湾、韓国、フィリピンのテレビクルー迄いた。彼等は、ホテル関係者と同様に、全て事前に身体検査を済ませており、持ち込み機材や通信機器も前日までに全て当局により厳密な検査をされていた。
各自、持ち込める携帯電話や如何なる通信機器も全て入り口で回収され、内部セキュリティーに関しては、自衛隊の威信を掛けて、完璧であった。また外部でも、沖縄県警が、総力を挙げて警備しており。此処でテロなどを行う事は、至難の業であった。そもそも日本国内にテロリストが使う様な、携行火器を持ち込む事自体が至難の業であった。
従って、此の会場内では、参加者は。米軍や海外の軍人、日本も制服私服を問わず、防衛関係者は皆、丸腰が原則であった。
山本は、義理の弟で、米海軍中佐のジャックと、義母である今回の主役を待っていた。彼等は、少しアルコールを既に嗜んでおり。突っ込んだ話ではなく、今晩の事を話していた。彼等は、レセプションで供される、カナッペ類には、全く手を付けず、予め仕込んであるバーベキュの食材を如何に料理するか(味付け)で揉めていた。
そう彼等は七時には、此処を脱出する算段を立ててもいた。ホーリーは、入り口で今回のもう一人の主役でもあるファレル部長を見つけ、後の事は「宜しく」と因果を含めていた。
しかしファレルは、その上司の決定には、不満が残っていた。
只、運転手のアーガイルは、この後のスピーチの事で、頭が一杯のご主人を放置して、早速会場でジャックと山本を見つけ旧交を温めていた。勿論、彼は、御茶を手にし、日本の“世界一厳しい”交通規制を理解していた。
しかし、彼も、ジャックらと共に30分後、7時には、此処を脱出する予定でもあった。
アーガイルは、既にファミリーの一員でもあった。この時間は、彼等にとって平和な時間が流れていた。
ファレルは、元義母であり、間もなくそうではなくなる現上司と、オーナーに、細かくこのシステムを再度説明したかったし、自身の過去の経験から、これからの時間の重要性も再確認して欲しかったのだが、この彼女。彼のボスの雰囲気や、場の空気は、それを許さない事も理解できたので、仕方なく、使用の責任者である、ジャックJrと、元嫁の旦那でもある山本の元へ近寄って行った。
「ジュニア(彼は今でもジョンの息子と云う事で、ジャックをジュニアと時々呼んでいた)あ!山本さん」
執って付け加えた様に、元嫁の旦那も呼んだ。
「此処にいらしたのですね。処で明日から本格運用し始めるシステムに関して、最期に何かご質問は有りませんか?」
このオタク独特の、自分の事や、自身の研究に対する諄さ(くどさ)が、ルーシーをして、彼に対する気持ちを萎えさせた。と云う事を彼は、未だ、自覚していなかった。
山本は、そうは、思わなかったが、ジャックは、そう確信していた。
しかし彼等の口臭は、ファレルにとって、“若干酒臭かった”のも事実であった。そこで、ファレルは、彼等の横にいた可也良いスーツを着ていた、素面のアーガイルに向かい。
「こちらの紳士とは、どう言った御関係で?」
と質した。そう、此処に、こうして、この上等な身形の人間がいる。もし彼が、関係者ならば、彼を通して“自身の欲求”を確認しておこうと考えた。
やはり、ファレルは、セルフィッシュな面が、消えていなかった。今思いついた(着想した)事は、今、解決(策をだす)させておかねば、気が済まない。
故に、彼は、この様な研究職の現場が、好きであったが、故に、彼は、周囲に対する配慮も欠けていた。
ホーリーの専属運転手として、長年勤めあげて来たアーガイルに執っては、彼は、中富の幹部であり、このビッグ・プロジェクトの総責任者である事も、知っていたので。それなりのマナーで、
「申し訳ございません。ファレル様。今、此処は、お仕事の話をする場ではなく、旧交を温め、機知を広げる場ですので、その点、御配慮頂いた上で、ご質問に対する回答は、ご容赦ください」
とやんわりと、且つ慇懃に、ファレルを退けた。
山本は、このアーガイルの態度を可笑しく思い。ジャックも苦笑いをして見過ごした。
しかし、ファレルを退けたと思ったら次に、同じ白い制服を着た、イ・フチャン(李輝燦)韓国海軍大領(大佐)が山本に向かってやって来た、彼等は、同じ星三つなので、当然と言えば、当然な気軽さがあるのだが、アナポリスでは、師弟の関係でもあった。故に、開口一番「山本先生」と言う日本語で挨拶をして来たので、山本も無碍にする事は、出来なかった。
ただお互いの共通語は、英語であり、彼は、今回の日米共同、潜水艦索敵と防御システムの一方の終端部を管理する責任者でもあり、このシステムの概要を把握していたので、韓国側オブザーバーとして招かれていた。
彼は、米国側の運用責任者でもあった、ジャックも知ってはいたが、その為に、彼の横にいた、同じ様に白い制服を身に纏った若者、カン・セフィン(姜賽賓)韓国海軍少尉を先ず、山本に紹介した。
姜少尉も、李大佐に負けない程度の流暢な英語で、山本に対し自己紹介と挨拶をして来たので、ジャックは思わず、「ルテナン。とても英語が上手いですね」
と返した事で、彼等は、互いに話し合う機会を得る事が出来た。
そうなると、年齢の近い、しかも皆関係者でもある、日米の制服組が、この集団に、吸い寄せられるように集まり、その中には、名目上の国交が無いし、隣国との外交関係を考慮すると、居てはいけない、台湾海軍の陳志明上尉(大尉)やフィリピンやインドネシア、ベトナムの駐在武官も混ざっていた。
そう、このレセプションで紹介される、システムの開発目的が、隣国政府(海軍)が主張する、第一列島線の矮小化いや無効化を狙い、太平洋に、彼等が進出する事を食い止める歯止めであり、南シナ海(九段線内の海域)の開放、航行の自由(FREEDOM NAVIGATION)を確保する為の物であったし、彼等の言う、核心的利益の有名無実化の為の対策なので、当然当事者として、台湾海軍の関係者が紛れ込んでいたのであった。
山本も含め、陳を含む駐在武官も皆、隣国をチャイナ又は“支那”と呼称し、此処に居る、漢字の意味を理解できる誰もが、決して中華人民共和国とか中国と言う呼称を使わなかった。
それは“中国”と言う言葉の意味を“華夷思想”を此処に居る誰もが認めては、いない。と云う事でもあった。彼等にとって、世界の中心(CENTER)に居座って構わない国は、あくまでも、未だ価値観が共有できる、アメリカ合衆国だけであり、チャイナでは、なかった。
与党の一部を成す、名目上、平和を希求する、実態としては、新興宗教団体の護持が絶対命題である、政党が、その盾前を世界の実態を知り“捨てざるを得ない”と云う判断を下した結果、此の、日米共同の対潜水艦索敵防御網も、出来たのだが、その前段階として、オホーツク海とベーリング海に於ける、ロシア戦略原潜の正確な位置の把握を、日米共同で成し遂げていた事が、大きかった。
しかしこの時は、日本側は、中富重工業を中心とする、軍需部門を維持する会社製品のみで、米国も米国の軍需企業が、各々のシステムで索敵し、ハワイの図上演習で、その答え合わせをした結果が、同じだった。と言う事が、契機
であった。
元々日本の海上自衛隊は、帝国海軍時代から、米英の海軍との関係は悪くは、なく。戦後海上自衛隊になって、米海軍との関係は、当初こそ、親分子分の関係ではあったが、今や対等なパートナーへ昇格していた。
又、ナカトミグループの中核である、中富産業の歴史で、オーナーの子息のうち、長兄が米国籍の日系人で、現オーナーこそ、日本人では、あったが、彼が抜擢した、現リーダーが米国人女性であった。と言うのがこの操作網作成の基幹企業に中富が選ばれた決定打であった。
しかも彼女の夫は、米国で、最も有名な、ニューヨーク市警の名物警官でもあったし、息子もCIA職員から米国海軍将校、娘の夫は、海上自衛隊の幹部将校であった。このバックグラウンドで、誰もが、この事業に疑義を挟む者は、居なくなっていた。その様な中、彼女が紹介されスピーチが始まった。
あと30分で此処を脱出する算段に、アーガイルは入った。
「レディース・アンド・ジェントルマン・弊社最高経営責任者で、今事案を置き土産に、退任を残念ながら、される、ミセス・ホーリー・ジェネロ・マクレーンです。今日迄の我社の発展は、此処には、残念ながら、体調の関係で参加できませんでしたが、我がCEOのパートナーである、ミスター・ジョン・マクレーンと、彼女の貢献が大であった事を改めて、皆様に、ご報告させて頂きます。ホーリー・ジェネロ・マクレーン氏です。盛大な拍手を」
高木会長の紹介から、このレセプションは始まった。
(うるま市にて)
ホーリーは、久し振りに孫達と、ゆっくり朝食を摂り、夫の症状や現状も、娘からビデオ付きでレクチャーされたので、今日が、無事過ぎれば、やっと夫の下で、パートナーとしての責任が果たせる。と言う気概に溢れていた。
ルーシーは、母が子供達を独占してくれたおかげで、ゆっくりと夫と朝を迎える事が出来ていた。
ただ夫は、既に制服に着替え、差し回されていた車に乗って、基地へと向かおうとしていた。
ルーシーは『今日はレンタカーで那覇にでも行き、ショッピングを楽しもう』か?と考えていたが、母から、思わぬ、プレゼントをもらった。
「ルーシー今日は、アーガイルが、貴女に付き合ってくれるそうよ」
「えっ!ママはどうするの?」
「会社が、車を差し回してくれるわ。基地内は、一般車は入れないそうなの。まぁママは11時迄に基地に行けば、良いだけだから。原稿も出来ているしね!」
「ジャックは、如何したの?」
「ああ!彼なら、昨晩、彼女が来ていて、今日は、彼女のアパートから、ご出勤みたいよ!」
そういえば、ジャックは、横須賀から付き合っている彼女が居るとか言っていた事をルーシーは、思い出した。まぁ弟も、間もなく40になるし、秘密保持が厳しい、危険な職場に、もう戻る事も無い訳だから、そろそろ身を固めても良い頃合いだった。納得して、彼女は、コーヒーを煽った。
今日のうるま市上空、ホワイトビーチ潜水艦基地は、いつも以上に騒々しかった。流石に、今日だけは、空軍も海兵隊も遠慮して、沖縄の上空で、身勝手な騒音を撒き散らす様な、暴挙は、働いていなかった。
仲宗根陸は、部下の日本人警備員に、これから、参集してくるVIPに対し、粗相が無いように指示に忙しかった。腰には、実弾が装填されたM17が、ホルスターに仕舞われていたが、やっと自分に、この銃が回って来てはいたが、他の警備員は、使い古された、米軍のお下がりのM9が、腰のサファリランドに収められていた。M17とM9では、マガジンに互換性が無いので、咄嗟の際は、腰のポーチにある、3個のマガジン(51発)が、全ての持ち弾であった。しかし、その様な事を気に留める者は、仲宗根を含め、この段階では、誰も居なかった。
10時半には、高木以下、中富産業の関係者、や日米の行政関係者等、凡その主要メンバーが基地内に参集し、彼等は11時までの間、エアコンの効いているゲストハウスで待機していたが、ジャックと山本以下、日米海軍の今後、実務を司ることになる関係者と、ファレル率いる中富のエンジニアは、既にオペレーションルーム(中央制御室)で、各操作系をいじり、デモ用のスクリーンの最終セッティングと、リハーサル(演習開始の算段)を1時間前には、終えていた。
ファレルは、神経質にチュッパチャップスを口に咥え乍ら、プラクティス画面(実際の状況を映し出すモニター画面)を覗き込み、周辺に、妙な動きが無いかを再度、気にしていた。元妻の父とDCで事件に遭遇して以来、彼は、この様な場面(時間)が、最も恐ろしい事を身に染みて解っていた。
昨晩は、その懸念も、話そうと思っていたが、見事に、彼等に躱されてしまっていた。
『まぁ身から出た錆だから仕方がない』と自身を落ち着かせようと、してはいたが。体は、意志とは関係なく、動いていた。今は、大丈夫と云う事を確認し、昨晩、自分が、このモニターから離れて、レセプションに参加していた。
空白の時間を録画再生で、再確認していた。『早送り巻き戻し機能が在ったが、見落しが怖いな』と呟きながら、彼は、時間ギリギリ迄、通常再生速度でモニターを注視していた。
そう、ファレルは、立場上、レセプションに最後迄、付き合い、日本と米国の警護(監視)の下、選抜されて参加している“はず”の、海外からのゲストの、技術的な質問に、答えられる範囲で、答えざるを得なかった。
勿論その間アルコールを含む、一切の飲食を自ら採る事は、出来なかった。
見かねた監視員が、彼に差し出す水が、唯一、彼が、採れたモノであった。
其処から真っ直ぐ、ここに来て、今まで、飲まず食わずで、徹夜で作業をしていた。
『どうせ暗い中で話すのだし、自分の格好を気にするような“輩”は居ない』という事で、彼は、昨晩と変わらぬ、タキシード姿であった。只ボウタイだけは、外して、スタンドカラーの第一ボタンも外していた。ポケットに、飴を忍ばせて置いた事は、ラッキーであった。




