After DIE HARD END 10
(オペレーションルーム/制御室内2)
(エピローグ)
(オペレーションルーム/制御室内2)
コンソール前で、ファレルと中富の職員は、復旧作業に邁進していた。コンソールには、桟橋から急いで出港した、二隻の潜水艦らしき航跡が映っていた。
周辺海域の索敵網も、死んでいない事が、解ったので、ファレルは“防御システム”をアクティベートさせた。赤色灯が瞬時に付き、防御システムも、活きているらしい?事が解った。
米海軍部長が
「ファレル君。良い機会だ、実験をしてみよう」
と提案した。傍に居た、海自幹部と高木は、怪訝そうな表情を作ったが、特段の反対はしなかった。
「ファレル、周囲に民間の船やプレジャーボートなどが居ない事を十分確認するのよ!」
ホーリーCEOの声が、決定打であった。この探査網でこの船が“通常型”即ち“原潜”ではない事も示されていた。その結果を受けてAⅠは、瞬時に攻撃に使用できる武器の“選択”を済ませていた。
中富のスタッフ二名が、ファレルに向かい
「問題なしです」
と、各々のセクションから、確認が、出たので、彼は、赤色に点滅するボタンを押し、外部監視用のモニターを最大望遠にした。
中央の大型ディスプレーでも、海面が、隆起し、海底で爆発が起こった事が、確認された。
この爆発音は、モニターで既にチェックされていた、付近で、潜行監視している大陸の船の音響設備でも、把握できただろう事。
そして、それが、何を意味する事なのか、想像する事は、簡単であった。正に、それが抑止力の本懐でもあった。
ファレルは、先程迄、赤色に点滅するボタンの点滅が止まったので、再度ボタンを押し、防御システムにセーフティーを掛けた。ボタンの色は、緑色に変わった。
今は、この様に、各セクションで人が介在する“マニュアル”だが、これをAI化して、どの程度迄、全自動モードを付加すべきか、要は、判断のスピードアップは、どこ迄が、適当なのか、どうかが、目下、ファレルと中富産業、及び日米首脳の問題点(交渉し、検討している課題)でもあった。
中富のスタッフは、爆発の影響による残像音が、消えるまでの数分間は、耐えたが、“索敵システム”に影響が及んでいないかの、調査をし始めた、今までは、模擬訓練であったが、今回は、実戦による、経験値の蓄積になるので、彼等は、人質になっていた事を忘れたかの様に、この作業に集中し始めていた。これはファレルも同様であった。
今回、爆破消滅させた潜水艦以外に、小型の潜水艦(潜航艇)が、此のすぐ後ろに居る事を誰も忘れてはいなかった。唯、これが潜航艇と認識したのは、その潜水深度の違いであった。東シナ海は、大陸棚なので左程深くはないが、此処ホワイトビーチから、東シナ海に抜ける迄は、水深のある太平洋岸を通らなければならなかった。
太平洋岸は、深度が、急激に深くなり、最大深度は、二千メートルは、あったので、潜水艦は、急速潜航で、一気に数百メートルの深海に、達そうとして居たのに対し、後続の船は、五十メートルも沈んではいなかった。
自ずと、使用する防御システムの内容も変わっていたが、深い場所に居る船は、左程大きな爆発や、直撃でなくても、周囲の水圧変化による破壊(圧壊)は、簡単であった。特に原潜に対し、破壊は周辺海域の汚染に繋がるので、御法度であった。基本、船は、水圧で、潰れて、勝手に深海に沈んでくれれば良いのである。
しかし“浅い海にいる船”を“確実に仕留める”場合、しかも、周辺に出来るだけ影響を及ぼさない形で、それを実行する場合、実は、精密誘導の効く、小型の爆発物を直撃させるか、足を止め浮上させるしかなかった。
基本的には、ピンカー等を打ち存在を自覚させた後、無理矢理浮上させ、拿捕するのが常套手段であった。
浅海での手段を此処で、お披露目するのは、戦術上も戦略上も好ましいとは海自、米海軍両者の一致する考え方であった。
特に“精密誘導の効く、小型の障害物や爆発物の直撃”や“音紋を拾って追尾する”技術は、海自幹部に執っては、まだ実験でしか成功してはいなかった、独自兵器でもあった。
要は、彼も官僚であり、失敗し、衆目の中で恥をかく事を恐れた。
しかも彼は、技研本部出身。即ち、この魚雷の開発責任者でもあった。
しかし高木やファレルは、違った。そしてジャックや山本も、その様な政治とは、無関係な立場であった。
しかもこの索敵システムは、中富が、開発主体となっていて、追尾用の音紋の半数は、米海軍からの提供情報であった。
中富製の索敵システムは、此の程度の爆破では、影響は全く受けておらず、此の浅い海を航行する、小型船を継続追尾していた。
スタッフの一人が『まだ生きています!』と言う声を上げた。ファレルも、それを把握していた。
正直、ファレル以下、中富のスタッフは”自画自賛“状態であった。
しかしこの北朝鮮の船、艦長は、狡猾な奴。と米海軍部長は、看ていた。
何故なら、太平洋側では、珊瑚層の切れ目ぎりぎりを走行し、東シナ海に入る航跡が、解放軍の大型艦が撃沈された隙に、此の防御網の内側、そう、何かあれば、沖縄の県民や国内外の観光客の眼前に晒され、周知される、領海内それも浅い海域をわざと航行している。
これでは、此方から精密誘導の小型爆発物の直撃攻撃を仕掛ける事は、難しかった。
彼は、出来るだけ沿岸の民間航路に沿って航行し、何か、当方が仕掛ければ、直ぐ、そして、とても目立つ航路を採っていた。
拉致事件以降、日本海側の沿岸部から八重山列島に至る迄、海上保安庁の捜査網は、整備されてはいたが、それでも、何人かの北鮮系スパイが、本州に上陸している事は、公安部が掴んでいた。
彼等は、そのルート(捜査網の弱点)も熟知しているのかも?知れなかった。
高木は“政府が情報を秘匿し、日本国民の英知を無視してきた結果だ”と、考えていたが、モニターに映し出されている航路は、正にその考えを裏付ける様でもあった。
是では日米海軍は“手も足も出せない”。それを解っているかの様な航跡であった。
北朝鮮の小型船は、速度こそ遅かったが、索敵網の盲点を知っているかの様に、自在に走っていた。
しかも、たった二名で操艦されている船とは思えない程の、俊敏さを見せていた。
その様に、オペレーションルームのモニターを皆が見つめている所に、イ・フチャン(李輝燦)韓国海軍大領(大佐)が戻って来た。
彼の、今までの行為で、彼は、スパイでは、なかった事は、証明されていた。
そして手にしていたM9は、弾倉を外し、薬室に、何も入っていないこと示す形で、仲宗根に渡された。
彼は、部屋に戻ってきた、山本に、何が、あったのか?を尋ねた。
山本も、備品倉庫の修復を中富の担当者に、指示したばかりだったので、現状、皆が、何故?モニターを見上げているのかは、分からなかった。
山本は、仕方なく、同じ一佐では、あるが、年上で、この基地の指揮官でもある、一佐に、何故、皆は、モニターを注視しているのか、日本語で質問した。
彼の話を聞くにつれ、根っからの日本人官僚気質がある指揮官の、悩みは、十分、理解できた。
敵は、日米海軍が、手も足も出せない航路に沿って北上していたが、索敵網で完璧に位置は、把握できていた。
ジャックは、山本に近づき、自身の考えを述べた。
その様な時に、外からイ大佐が、外で得た知見をジャック達に話した。
「カンが死に際に、この船には、此処の情報は、全く無い。と言っていた。積載物は、この基地からの略奪品だけで、その為、この船の乗組員でもあった、カン以下の北朝鮮工作員は、此処に残り、我々の相手をし、この船が、逃げる為の時間を稼いだ。そうだ」
山本は、そうかもしれないと思ったが、ジャックと、この会話を小耳にしていた、米海軍部長は、本島を離れ、与論と沖永良部の間の浅海域で、精密誘導の効く、小型の爆発物の直撃で、撃沈しかない。と言う判断に至っていた。
山本とカンは、この船が屋久島沖で、どちらを向くかを見定めてから、対処すればよい。と、米海軍部長に進言した。この意見には、海自基地司令も同調した。
「ならば、潜航せず、浮上した状態で艦体を上空から晒した状態、そしてその上で船内の臨検が、条件である」
と言うのが、米海軍部長の妥協案であった。
彼は、日本が開発主体となった、此の精密誘導の効く、小型の爆発物や障害物が、実際カタログスペック通り使い物になるか?チェックを自身の目でしたかった。
海自基地司令は、その性格上、この申し出を断る事は出来なかった。
ファレルと高木、ホーリーは、この遣り取りを聞きながら、互いに目配せをし、ファレルは、早速準備に掛った。
この精密誘導の効く、小型の障害物自体は、中富産業の関与する、兵器では無かった。(技研本部製であった)
海自基地司令は、最後の抵抗として、国産兵器の使用故、飯田橋と霞が関の許可が必要と主張し、海軍部長も此の言は、聞き入れた。
しかし横に居た“アメリカの艦長”は、彼等の傍をそっと離れ、箱の外から、自身の艦経由で、ワシントンに判断を仰いでいた。
多分この潜航艇の速度ならば、あと数時間で、本島を離れる事となる。DCが、霞が関に指示する猶予は、その程度である旨も、彼は、付け加えていた。
ワシントンの指示は早かった。二〇分も待たず、海自基地司令には、総理大臣命令として、米海軍の意向に沿う様、訓令が届いていた。
彼は、此の対潜水艦索敵防御網の日本側運用責任者でもある山本に、指揮権を委譲し、山本が、ファレルとジャックと共に算段を協議しなければ、ならなくなった。
此処に、娘の元夫と夫による、初めての共同作業が、始まっていた。
ホーリーとジャックに執っては、なんとも形容し難い光景では、あった。
ホーリーは、思わず
「ジョン」
夫の名を呟いた。
外への通信が、回復した、時間は、朝九時、室内には、血痕と弾痕が多少残っていたが、一時間半で、全システムが元通りに復旧した事の最終確認が取れていた。
ジャックは、衛星監視網の解像度を元通りに戻す依頼をし、監視依頼区域の座標を送った。
彼等の決断は、“先ずは、浮上させる”であった。
此の威嚇に対し、無視をし続けた場合は、躊躇なく撃沈であった。
この方法ならば、通常第一列島線と、呼ばれるラインを通過する際に、彼等の潜水艦は、ほぼ必ず浮上せざるを得ない、国際マナーでもあったし、もし黙って潜航したまま、EEZ内から列島線通過しても、翌日の朝刊に、でかでかと、その記事は、掲載される事が、儘あった。
要は、既に、如何なる船や、飛行機の第一列島線上の通過は、日本により認識されている事は、既成事実化していたので、問題は無かろう。という事であった。
そして彼等の船に対しての警告は、ソノブイや、追尾する潜水艦からの、ピンカー(パッシブソナー音)だったのに対し、今回は“魚雷”と言う、少し、物騒な兵器を使用するだけの事であった。
只、今回は、彼等の船が、通常通る列島線よりは、少し九州寄りでも『同じ対処法を採る』と云う事を彼等に教えてしまう、だけの事であった。
山本も、同じ座標を海自のP2と特警隊を乗せて来た、US2に対して送り、浮上する潜航艇の監視を命令した。
帰り便のUS2には、再び、特警隊が複数員乗り込み、少なくとも臨検。
巧く行くならば、此の潜航艇の拿捕も検討させていた。
山本以外、彼等は、同じ海自の制服組であっても、基地司令が、技研本部出身。即ち、この魚雷の開発責任者でもあった事などは、知らなかった。そして、この命令は、山本一佐からの命令でもあった。
防大出で、省内や国内政治を横目に見ながら地位を築き上げて来た、基地司令は、一般大学を卒業し、アメリカで,
長期留学と講師も経験し、妻がアメリカ人でもある。
要は、世界の常識を十分、知っている、プラグマリスト(実用主義者)を自認する山本から見て、彼は単なる、純粋培養で、忖度好き(小心)な技術オタクにしか過ぎなかった。
従って、彼の気持ちは、理解出来ても、彼に忖度する(政治をする)事は、無かった。
純粋に、このシステムの利便性(有用性の可否)のみが、彼の興味の対象であった。
「さて、彼の設計した、防御システムのテストをしてみましょう」
此れが山本の“GO”サインであった。
ファレルは、その声と共に、コンソールに点滅する航跡の少し先のボタンの安全装置を解除した。
対潜水艦索敵網は自動的に、目標を感知し、防御網は、攻撃する体制を整えた。機雷ではなく、魚雷のボタンが点滅し、魚雷の種類の選択を機械は迫ったので、先ずは、魚雷の自壊深度を入力し、直撃はせず、潜航艇の一〇メートル下で、爆破する指令が、此の潜航艇の音紋と共に、魚雷へインプットされた。潜航艇は、本島を離れ、約本島から四キロの沖合、与論島と本島の中間地点に到達しつつあった。
山本とファレルは、このシステムの運用責任者として、障害物ではなく、確実性の高い、魚雷を選択したのであった。
上空を飛ぶP2は、低空飛行で海上の監視体制に入り、より正確な位置把握の為ソノブイを数発投下した。
これが先程、ジャックの山本へ示唆した事でもあった。多分、解放軍の偵察目的や、民間商用の衛星は、この状況を黙って見逃すはずは、無いので“欺瞞工作”は、必要。故のP2からのソノブイ(解像度の悪い衛星の場合、それが、ソノブイか、魚雷か?の区別は付かない。しかも魚雷ならば、その種類も判別は、出来ない)投下でもあった。
投下数分後、確かに、先程よりは。かなり弱い(低い)海面隆起が起こった。
潜航艇は、潜航できなくなっていた。
渋々、浮上した北鮮の典型的小型潜航艇は、其のボロボロの姿を海面上に晒さざるを得なかった。
其のボロ船の傍らに、US2は見事に着水した。
ボロ船は、仕方なく艦橋に北朝鮮国旗を掲揚した。しかし日本は、北朝鮮とは、国交が無い。故にUS2からは、
「貴船は、許可なく日本国領海内を航行している、侵犯船で有る。従って、是より貴船を臨検する」
と言う、英文が打電された。そして
「抵抗する素振りを見せた場合は、直ちに撃沈する」
と言う最後通告が、上空を遊弋するP2より、抱き合わせて打電された。
US2から武装した特警隊員が、二杯の複合型ゴムボート(GB)に乗り込み潜航艇に近づいた。
この模様は、箱の中の関係者以外に、DCや、霞が関にもライブ中継され、長さは一〇メートル未満で、その4K映像からは、船腹には亀裂では無いが、軽い凹みが、目視できた。燃料漏れは、目視出来なかったが、是では、潜航継続は、不可能であろうと推察できた。機関は、完全に停止していた。甲板上のハッチが空き、既に乗り移っていた、特警隊員の前に、艦長らしき人物が、両手を上げて出て来た。
音は、ライブ映像からは、巧く拾えなかったが、彼は、日本語で、特警隊員に話しかけている様であった。
隊員は、船長に導かれるままに、館内に消えて行った。ライブ映像は此処で途絶えた。
二〇分ほどの臨検の後、隊員は甲板上に姿を現した。彼は、勿論、艦長らしき人物も伴っていた。
一人の隊員を残し、艦長らしき人物と隊員は、US2へ戻って来た。機内ならば、完璧な通信環境があった。
「山本一佐、こちらUS2です」
「どうした?」
「はい、潜水艇の艦長を連行して参りました。彼は、在日で、日本語が話せます」
「ほおう」
山本以外に高木も驚きの声を発した。
「イ大佐の、云う通り、この船には、それらしき物は無く、驚いた事に、武器すら搭載していませんでした。勿論、魚雷もです。」
特警隊員は、館内の全てを臨検したと報告して来た。
「丸腰で侵犯して来たのか?」
「そう言う事になります」
「目的は?」
「潜入部隊員の輸送のみ。だった、そうです。下手に魚雷などの重い武装を乗せると、足が遅くなるのと、帰国までの燃料が持たない。と言っております」
「艦長と代われ」
「艦長の日本名は鈴木、本名は朴大志と言います」
「貴官の所属を云え」
「東海艦隊司令部第4戦隊咸鏡南道新浦の第二潜水艦群の海軍大尉です」
「日本に親戚とかはいるのか?」
「は京都府の舞鶴に居ると思います。私も含め元々は、漁師でした」
「侵入目的は何だ」
「はい。潜入部隊の送迎です」
「何人を運んだのだ?」
「はい、一四名です。内七名で、内訳は女性一名、私と同じ在日だった人物が二名、二名が潜入作戦の実行隊員、残り二名は解放軍の軍人で、其の一名がリーダーでした。彼等を先行で送り出しました。到着後七名の同じく我が国の軍人を上陸させました。彼等の所属や名前は知りません。」
山本以下、関係者は。此の艦長の証言は、辻褄が合っていると、感じていた。
「解放軍の船の、搭乗者に関して、知っている事を話せ」
「すみません。何も知りません。と言うか、我々は、作戦の全体像をほぼ知らされず、目的のみを命令されて、此処に居ます」
「ではカンと言う人物に関しては、どうだ?」
「はい、彼はエリートで、人民武力省直轄の少佐だったと思います」
「それ以上の情報は、知らんのか?」
「上官から、潜入後は、少佐の命令(指示)に盲目的に従え。とだけ、指示されております」
「君は、今迄、日本に何度か来たことが有るのか?」
「はい、貴国風に言う処の“拉致問題”は、私は担当していませんが、二度ほど、複数の工作員を島根沖と、福井沖で上陸させています」
「その場所や潜入に際し使用した航路は、特定できるか?」
此れは、特警隊員の質問であり、彼は海図を艦長の前に広げた。
「ここと、ここです。日時は・・・」
この情報は、即座に公安部に回された。
「何故、此の様に、ペラペラと話せるのだ?」
尤もな質問が、横に居た、イ大佐から韓国語で漏れた。
「私は、もし戻れても、酷い拷問の後、銃殺刑は、免れないでしょう。しかし、この艦内にある土産を持参すれば、少なくとも、家族は、生き永らえる事が、可能かもしれません。ただ、戻らなければ、私の家族は、確実に殺されるでしょう。それも貴方方が想像出来ない位、惨いやり方で。ですから隠し事をしても、無駄だ。と思ったのです」
艦長は、イの囁きを聞き漏らさず、韓国語で答えた。イは、それを英語で訳した。
「何故、それが分かっていて、北を脱出しないのだ?」
「その様な事が、出来たならば、とっくに、しています」
艦長とイの遣り取りは、通常のトーンの朝鮮語に戻ったが、さながら、喧嘩腰の様な印象を全員が受けていた。
この模様をやはり字幕付きで、執務室から、スタッフと見続けていた米大統領が一言
「哀れな、解放してやるべきだな」
と呟いた。
此の呟きは、正式な依頼(命令)として、即座に青瓦台と霞が関に飛んだ。それが全てであった。
艦内に“所狭し”と積み上げられていた米軍基地内のファシリティーから略奪された物は、そのまま、お構いなしで引き渡された。ただ潜航艇は、潜航が、実際できない位、痛んでいたのも事実であったが、最も水の抵抗が少ない、半分浮上した状態で(艦橋のみを露出させた状態)で東シナ海から対馬海峡を抜け、日本海へ入り、国境線迄、航行するしか無かった。未だ台風シーズン前で、冬の低気圧に囲まれた日本海では、ない(当分、低気圧に襲われる心配はない)ので、この様な状態でも、船は、辛うじて母港へ帰投する事は、可能であろうと云うのが、日米韓三ヵ国の共通見解であった。
ただ、常識的に考えて、一般船ならともかく、この状態で戦闘艦に発見されず、母港に帰る事は、軍用船でない民間船でも、難しい操船技術が求められた。しかし日米韓の海軍や海上警察組織は、国境まで見守る事はしても、彼等に救いの手を出す事は、諸々の意味で、出来なかった。
勿論、この一件は、如何なるメディアでも、報道される事も無く一般レベルで、秘匿された。
只、彼等の航跡や、半島北東岸の、どの港に帰着するか?だけは、此の三ヵ国は、完璧に衛星で追尾、把握はした。
「なんで何時も私達家族は、こう言った事に巻き込まれるの!」
ホーリーは、画面を注視しながら、皆に聞こえる声で嘆いた。
周囲の空気はこの一言で和み。高木は、彼女にウインクし、ジョンは母の手を取りハグをした。
ファレルと山本がコンソール前で、苦笑いを浮かべ、彼等を見遣り、米海軍の将校は、海自基地司令に握手をもとめていた。
しかし彼は、この後の処理を考えると、素直に延ばされた手を握る事は出来かねていた。
うるま市警本部から、やっと解放されたアーガイルとルーシー一家は、基地に向かってタクシーを拾おうとしていた。タクシーの中で「ママ、お腹が空いた」そう時計は、もうブランチ。朝食時は、とっくに過ぎていた。
(エピローグ)
離脱した通常動力による攻撃型の潜水艦の正確な座礁位置は、多くの人が撮影した動画(SNS)で、拡散され、周知されていた。水中爆発の規模は、周囲に影響を及ぼす程、大きくはなかったが、周囲の耳目を集める程度には目立ったのだった。報道により、攻撃により潜水艦は、爆破されず、爆発の衝撃で船体の部分圧壊の後、太平洋岸に座礁している事が判っていた。
日本は既に水深5000メートル超えの、大型船サルベージ能力を有していた。
今回は、水深僅か1000メートル以下での座礁(とは言え船体は、圧壊していて生存者はいないだろうが)だが原形は留めている事は分かっていた。
問題は、この座礁潜水艦のサルベージを日米海軍の何れが、イニシアチブを執ってするかであった。
米国海軍としては、自国の海軍基地や攻撃型原潜が狙われていた。ならば米国が率先して調査権を持つことが当然と見做していたし、座礁潜水艦の中に米海軍(日本の海自や、中富産業)にとっても秘密にしておきたく、確保しておきたい資料(USB)が隠されている事は『当然の前提』では、あった。
ましてや(水)死体の山の中を日本人が嗅ぎ回る事等、想像すらできなかった。
海上自衛隊、いや、日本にとって、沖縄にある、条約上の貸与基地に『停泊中の米攻撃型原潜』が、破壊される可能性が『あった』と言う事実。結果、国際的な観光地としても有名な沖縄が、放射能で汚染される危険性が十分考慮された。という事実は、沖縄の県民感情や国民感情を鑑みても、また国是としている『同盟条約の維持』に関しても由々しき事態であった。
この事実を訴えれば、当然、米国側は、折れてくる(日本側が、引き上げや内容の公開に関して、イニシアチブを執っても構わない)ものと『楽観視』していた。
お互いの楽観論は、全く異なるベクトルを示していた。
が、お互いに、この沈潜のサルベージは。両国だけでなく、国際的に、大々的に報道されていただけに、国の威信が、かかっていた。故に引くに引けなかった。
そして。この沈潜の所有者(国)も、この事態を座視して居おる訳ではなかった。しかし、交際法的に観て手も足も出ないのが事実。
故に、1976年のMig25亡命事件の前例に倣って、乗員の亡骸の保全や、未亡人、親族に速やかなる遺体返還を訴えさせる形で国際世論に訴える手段を始めとする、あらゆる“国際的な合法的プレッシャー”を民主諸国経由で、かけ、日米両国、特に日本政府に圧力をかける方向で働きかけていた。
そう、この沈潜は、同国最新の非大気依存推進(AIP)機関エンジンを有していたので、同国の軍事技術水準がもろに西側に、バレる懸念もあった。また香港への対応で悪くなっている西側民主諸国からの同国の姿勢。その方向性。
国際世論を敵に回す形で露見させ、かつ信頼を完璧に失墜させられる様な事態を党指導部は、最も恐れていた。
了




