《監督官》
――ラスティア港
ラスティア港は、朝霧に包まれていた。
潮の匂いと、濡れた木材の香り。 係留された魔導船の推進結晶が、低く唸りを上げている。
波止場には王都ギルドの臨時結界杭が打ち込まれ、淡い青光が海面に格子状の影を落としていた。
「……物々しいね」
レアが呟く。
ミーニャは尻尾を揺らしながら海を覗き込む。
「深いにゃ。底、見えないにゃ」
アリエルは胸元で杖を抱え、喉を鳴らした。
「水中戦……初めてです」
ルークは港の外縁を観察している。
潮の流れ。 結界の配置。 監視用の浮遊球。
全部、戦場仕様だ。
そこへ。
黒外套の男が一歩前に出た。
王都ギルド派遣監督官。
階級章はA帯。
「クロス零、だな」
淡々と名乗る。
「私は監督官ラザン。王都より派遣された」
手元の魔導板を展開。
海図が立体表示される。
「対象ダンジョン、《深海の門》」
指が一点を示す。
「ラスティア沖南部。水深百二十メートル」
ミーニャが目を丸くした。
「ひゃく……にゃ!?」
「通常潜行限界を超えている」
ラザンは続ける。
「三日前から魔力変動が発生」
「内部魔物の構成が変質」
「現地調査隊は二度撤退」
アリエルが小さく息を吸う。
「……変質、って」
「種類が違う」
ラザンは即答した。
「生態系が書き換えられている」
レアの脳裏に、バグモンスターが浮かぶ。
ルークが低く言った。
「原因は?」
「不明」
ラザンは首を振る。
「だが内部で高密度のカード反応を確認」
「偶発とは考えにくい」
「つまり、またヤバいやつにゃ」
レアは笑った。
「指名されるくらいだしね」
拳を握る。
「面白くなってきた」
ラザンが最後に告げる。
「潜水装備はイヅナ・ハーミット工房製」
「同行技術員として、魔導機工士ゼノが参加する」
その名に、全員が視線を向ける。
ちょうどその時。
港の作業区画から、ゼノが歩いてきた。
工具袋を肩にかけ、無言。
後ろには、簡易潜水ユニットを積んだ搬送台。
ゼノがレアを見る。
「深度百二十」
「水圧対応済み」
「重力補正入れてある」
短い説明。
だが十分だった。
レアは頷く。
「了解」
セレスが一歩前に出る。
「内部用補助術式、組み込みます」
淡い光が装備群に走る。
因果補正。 圧力分散。 魔力循環。
ゼノは黙ってそれを見ていた。
ラザンが言う。
「準備が整い次第、出航」
「深海ダンジョンは、入口が開いている時間が短い」
「内部は空気層が形成されている。
潜水ユニットは入口で切り離せ」
レアは振り返る。
クロス零。
ミーニャ。 アリエル。 ルーク。 セレス。 ゼノ。
全員の顔を見て。
笑った。
「じゃ、潜ろうか」
港の霧の向こう。
深海が、口を開けて待っていた。




