《過去の影》
イズナの工房は、夜になると別の顔を見せる。
昼間の喧騒が嘘のように消え、炉の余熱と鉄の匂いだけが残る。
レアは作業台の片付けを手伝っていた。
ゼノは奥で設計図をまとめ、セレスは入口近くで静かに待っている。
「親父、こっちの箱どこ置く?」
返事がない。
レアは首を傾げ、棚の裏を覗いた。
そこで、古い封筒が落ちているのに気づく。
紙は黄ばみ、角は擦り切れていた。
「……?」
拾い上げる。
宛名はない。
ただ、小さく書かれた日付だけが残っている。
ずいぶん昔のものだ。
レアは迷ったが、開いてしまった。
中には一枚の手紙。
短い、走り書きのような字だった。
『この子は
勇者系譜。確認済み。
あとはお願いね』
レアの指が止まった。
勇者。
血筋。
一瞬、意味が追いつかない。
「……レア」
後ろから、低い声。
振り向くと、イズナが立っていた。
いつもの無表情。
だが、目だけが鋭い。
「それは」
レアは素直に手紙を差し出した。
「棚の裏に落ちてた」
イズナは受け取る。
しばらく黙って見つめてから、折り直して懐にしまった。
レアは少し迷ってから聞いた。
「……僕のこと?」
イズナは答えない。
代わりに、炉の前へ戻った。
鉄を掴み、無言で火床に放り込む。
セレスが静かに視線を伏せる。
ゼノも何も言わない。
レアは、イズナの背中を見る。
「勇者って……」
言いかけて、やめた。
イズナは振り返らない。
金属が熱を帯びる音だけが響く。
「親父」
レアはゆっくり言った。
「僕は今、冒険者だ」
イズナの肩が、わずかに動く。
「雷使って、殴って、カード集めて、武装作って」
レアは苦笑する。
「勇者っぽくないよ」
イズナはようやく口を開いた。
「肩書きなんぞ、ガキには要らねぇ」
レアは小さく頷いた。
「……そっか」
それ以上は聞かなかった。
セレスが一歩近づく。
「レアさん」
「大丈夫」
レアは振り返って笑う。
「血筋とか、正直どうでもいい」
「今の僕は、ここにいる」
工房。
仲間。
武装。
未来の設計図。
イズナは火床を睨んだまま言う。
「過去は埋めるもんだ」
「掘り返すな」
レアはその背中を見て、静かに答えた。
「掘らないよ」
「今のほうが忙しいし」
ゼノが小さく鼻で笑う。
「そうだな」
炉の火が揺れる。
古い手紙は、再びイズナの懐に戻った。
語られないまま。
だが確かに――
レアの知らない場所で、何かが動いていた。
それだけは、分かった。




