《認知加速の応用》
イズナの工房は、朝から金属音が途切れなかった。
炉の前でイズナが鉄塊を叩き、奥の作業台ではゼノが設計図を広げている。
床には削り屑。空気には焼けた鉄の匂い。
レアは壁際で、その設計図を覗き込んでいた。
「……これ、複雑だね」
何枚も継ぎ足された紙。
線は細かく、注釈は無数。
通常なら、一日かけても全体像が掴めない。
「見るだけでいい」
ゼノが言う。
「触るな」
「分かってる」
レアは軽く頷き、目を細めた。
《認知加速》。
世界が静かになる。
線が立体化し、層構造が頭の中に展開される。
魔力の流れ、重力補正ユニットの配置、冷却経路。
断片だった情報が、一瞬で一本の設計思想に繋がる。
「……あ」
レアが声を漏らす。
「出力ライン、ここで交差してる」
ゼノが顔を上げる。
「どこだ」
「第三冷却層の裏」
レアは指で宙をなぞる。
「ここ、熱溜まりになる。長時間使うと歪む」
ゼノが図面を引き寄せる。
数秒、無言。
「……合ってる」
低く言う。
「よく分かったな」
「全体、見えたから」
レアはあっさり答える。
ゼノは図面に新しい線を引く。
「じゃあ、ここを逃がす」
修正が入る。
設計が一段、洗練される。
奥でイズナが鉄を裏返した。
「おい」
レアを見る。
「手ぇ空いてんなら、こっち来い」
「うん」
レアは炉の前へ移動する。
「この刃、角が微妙にズレてる」
イズナが言う。
「見て分かるか」
レアは刃を見る。
《認知加速》。
分子レベルの歪みが視界に浮かぶ。
「0.3ミリ内側。打ち直すなら、ここ」
指で示す。
イズナは一瞬だけ目を細め、ハンマーを振るった。
カン。
乾いた音。
再び刃を見る。
「……合った」
ゼノが横から覗く。
「人間測定器だな」
「ひどい」
レアは苦笑した。
ミーニャが箱に座って尻尾を揺らす。
「レア、戦わなくても便利にゃ」
アリエルも小さく頷く。
「……すごい、です」
セレスは静かに見守っている。
「認知加速……戦闘用だけじゃないんですね」
「うん」
レアは炉の熱を避けながら言う。
「情報処理が速くなるだけだから」
「作るのも、直すのも、同じ」
ゼノは図面を畳む。
「いい能力だ」
「兵器向きじゃねぇ」
「技術者向きだ」
レアは少し驚いた。
「そう?」
「そうだ」
ゼノは断定する。
「壊すより、組み上げる側の才能だ」
イズナが鼻を鳴らす。
「俺もそう思う」
レアは少し照れたように頭を掻く。
「……でも、僕は冒険者だよ」
「兼業でいい」
ゼノは工具袋を肩にかける。
「戦って、拾って、考えて、作る」
「悪くねぇ循環だ」
炉の火が揺れる。
鉄が形を変え、設計図が更新され、武装が進化する。
レアは思った。
認知加速は、敵を倒すためだけの力じゃない。
世界を理解して、
手を加えて、
少し良くするための力でもある。
クロス零の進化は、戦場だけで起きているわけじゃなかった。




