《ゴブリン討伐、廃神殿跡へ》
今日も僕は、ギルドの掲示板をぼんやり眺めていた。
依頼の札がずらりと並ぶ中、ひときわ目を引いたのは――
「ゴブリン大量発生、アスカの森奥・廃神殿跡に巣食う」
う〜ん、またあの森か。
スライムの時より奥ってことは、少し危険度が上がる。
報酬欄を指でなぞる。
ゴブリン一体三百円、ホブゴブリン一体五百円。
「……悪くない。僕ならまとめて狩れる」
軽く笑って、ガントレットを叩く。
金属音が心地よく響いた。
「よし、決めた。今日の獲物はゴブリンだ」
「よぉ! レア、お前もゴブリン狩りか?」
振り向くと、革の軽装に片刃の剣を下げた青年が手を振っていた。
日焼けした顔に白い歯を見せて笑う。
「……カイルか。お前も依頼受けたのか?」
「もちろんだよ。最近、闇商人どもがゴブリンをまとめて捕まえてるって噂だ。
ほっとくと、巣が空っぽになっちまうぞ」
「ふぅん……商人にまで狩り負けるのはごめんだね」
レアは肩をすくめる。
「だろ? 俺らも急がねぇと、稼ぎどころがなくなっちまう」
カイルは笑って立ち去った。
彼は僕と同い年の冒険者だ。
同じ頃にギルド登録を済ませ、何度か合同で依頼をこなしたことがある。
性格は軽いが腕は悪くない――いや、むしろ戦闘になると妙に冴えるタイプだ。
僕はギルドを出て、街門を抜ける。
今日の依頼は「ゴブリン大量発生、アスカの森奥・廃神殿跡に巣食う」。
「……レアモンスター出て来ないかな〜」
草の匂いが混じる風が吹き、森の入口が見えてくる。
静かだ。いつもの鳥の声も、木々のざわめきも薄い。
「……嫌な予感がする」
拳を握る。
その一動作だけで、空気がわずかに緊張した。
レアは一歩、森の中へと踏み込んだ。
森の奥は、湿った土の匂いが濃くなるほど静かだった。
枯れ枝を踏む音がやけに響く。
……妙だ。
いつもなら、この辺りでスライムかウルフがうろついているはずなのに、気配がまるでない。
「ゴブリンが全部追い払った……ってことか?」
息を潜め、周囲を見渡す。
茂みの向こう――一瞬、影が動いた。
レアは反射的に身を沈め、音もなくその場を離れる。
気配が二つ、三つ。
間違いない。前方に何かいる。
そっと足を進めると、視界の先に見えた。
錆びた槍を構えたゴブリンが三体。
それぞれの皮膚はどす黒く濁り、目は血走っていた。
「なるほど……“大量発生”って、こういうことか」
レアは低く息を吐き、拳を軽く合わせた。
空気が一瞬、震える。
最初に動いたのはゴブリン。
錆びた槍を振りかざし、一直線に突っ込んでくる。
――その瞬間、時間が伸びた。
空気の流れが、指先で掴めるほど遅く感じる。
槍の先端の軌道、踏み込みの角度、
筋肉の収縮まで、全部が見える。
「見えてる」
レアは半歩右へ。
槍が通り過ぎる直前、腕をひねって受け流し、
腰をひねり――右のアッパーを突き上げた。
ガンッ!
衝撃音が遅れて耳に届く。
ゴブリンの顎が砕け、体が宙を舞う。
すぐ左。別の気配。
時間はまだ遅い。
膝を沈め、腹に拳を叩き込む。
「二」
息と共に、数だけが漏れた。
背後から槍。
気配の乱れを感知して振り返らずに躱す。
振り向きざまに前蹴りで距離を潰し、三体目のゴブリンの顔を蹴り上げる。
「三」
――そして、静寂。
加速した認知が解除され、
時間の流れが一気に戻る。
蹴散らしたゴブリンたちの間を抜けながら、僕は素材を素早く回収し、手際よく集めながら進んで行く。
そして、前方にぼんやりと石の輪郭が浮かび上がる。廃神殿跡だ。崩れた柱、苔むした階段、かつて神が祀られたであろう祭壇――長い歳月の風雨にさらされ、今はただ静かにたたずんでいる。




