《古代文字》
ゴブリン要塞は、静まり返っていた。
数日前、レアが単独で制圧してから、
この場所に生き物の気配はない。
今日は戦闘ではなく、後日の安全確認と調査のための再訪だった。
「……ほんとに、何もいないね」
レアが要塞内を見回す。
崩れた壁や砕けた床はそのままだが、
敵意や緊張感は感じられない。
「気配、ゼロにゃ。
完全に放棄された場所にゃ」
ミーニャが耳を動かしながら言う。
ルークは無言で周囲を観察し、やがて静かに口を開いた。
「撤退というより、放棄だな。
統制の痕跡がない」
「……ここは、すでに役目を終えている」
アリエルは後方で《エナジーシールド》を薄く張った。
「念のためです。
安全ですが、嫌な感じはします」
最後尾を歩くイヅナは、要塞の構造そのものを見ていた。
壊れ方、積み方、削り方。
視線が、妙に細かい。
「親父?」
「……ああ。進め」
最奥部。
玉座のように見える石台の裏で、レアが足を止めた。
「ここ……変だよ」
ルークが一歩前に出て、壁面に手をかざす。
「妙だな。
要塞全体は継ぎ足しの連続だが、
ここだけ削りが揃いすぎている」
指先で壁をなぞる。
「無秩序な構造の中に、
意図的に作られた空間がある」
イヅナが無言で石壁を押すと、
低い音を立てて壁が動いた。
「隠し部屋にゃ……」
中は狭く、簡素だった。
だが、空気が違う。
湿気も、獣臭もない。
ランプの光が、奥の石板を照らす。
そこに刻まれていたのは、
淡く青い光を残す、見慣れない文字列。
「字、なのに……読めないにゃ」
ミーニャが首を傾げる。
ルークは文字を見つめ、ゆっくり首を振った。
「少なくとも、現行の魔導体系には当てはまらない。
王都で目にした古文書の分類にも存在しないな」
空気が張りつめる。
イヅナが前に出た。
指先が、文字の縁に触れる。
反応はない。
だが――
「……おかしいな」
「見たことがある」
「いや……違うな」
「知ってる」
全員が息を止める。
「古代兵ゴーレムの制御核。
そこに刻まれていた文字と――同じだ」
ルークが静かに頷く。
「ならば結論は一つだ。
この場所は、ゴブリン起源ではない」
「ゴブリンは……」
「使っていただけだな」
「この空間と文字は、
彼らが来る以前から、ここに存在していた」
青き古代文字は沈黙したまま、
何も語らない。
「……親父」
レアが静かに尋ねる。
「前にも、見たことある?」
イヅナはすぐには答えなかった。
石板を見つめ、やがて首を振る。
「……思い出せねぇ」
だが、低く続ける。
「嫌な予感がする」
それだけ言って、手を離した。
青い文字は変わらない。
だが確かに、
何かが再び、動き始めている。
そのことだけは、
誰の目にも明らかだった。




