《親父外伝》
カランカラン。
鍛冶屋〈イヅナ〉の店内に、入口のベルが鳴り響く。
「さぁ〜、今月号の雑誌は楽しみだな〜」
イヅナが雑誌をめくりながらニヤニヤしている。
「何がだ?」
店の奥から声が聞こえる。
「何がって、そりゃ〜袋とじの羊獣人メーちゃんの素敵デカメロン記念日だろが!」
ふと、イヅナが客に目を向ける。
「ぎゃ〜〜〜〜!」
「ぎゃ〜〜〜〜!」
客も驚いて叫ぶ。
「人の顔見てなんだい!」
イヅナが憤慨する。
「化石ババァ〜〜〜〜!」
「誰が化石だコラァ〜! このスカポンタンが〜!」
ドガァッ! バキィッ! ゴスッ!
数分後――
イヅナの顔は見事に腫れ上がり、目の周りは青あざだらけになっていた。
「何しに来たんだよ、ギルマスがよぉ〜……」
イヅナがボコボコの顔で呻く。
目の前に立っているのは――
黒いローブを纏い、杖を持った初老の女性。
その瞳には鋭い知性と、圧倒的な魔力が宿っている。
「元勇者パーティーメンバー、大魔導士クリス・エンデバーだ。忘れたのか?」
クリスが冷たく言い放つ。
「忘れるわけねぇだろ……で、何の用だよ……」
イヅナがテーブルに突っ伏しながら尋ねた。
「港に大王イカの化け物モンスターが現れてね、あんたに退治してもらおうと思ってね」
クリスが淡々と用件を告げる。
「俺なんかよりソッチのほうが早いだろ。お得意の爆烈魔法でよ」
イヅナが面倒臭そうに言う。
「大王イカの周りを漁船が取り囲んでんだよ。私の魔法で被害が出たらまずいだろ」
クリスが杖をトントンと地面に突く。
「そこで、元勇者パーティーメンバーのグランドマスターの称号を持つあんたのとこに来たのさ」
「……で?」
「あんたの武器、異世界人からこの世界用に武器を改造してくれと頼まれたろ? それで出来た試作武器が零式火縄銃《焔》だ」
クリスが鋭い目でイヅナを見つめる。
「あんたなら一発だろ?」
「ちっ! そんな事、まだ覚えてやがったのかよ!」
イヅナが舌打ちをして立ち上がる。
ボコボコの顔のまま、奥の部屋へと向かった。
ガチャガチャと金属音が響き――
イヅナが戻ってきた時、その手には長い筒状の武器が握られていた。
零式火縄銃《焔》。
黒光りする銃身に、炎の紋様が刻まれている。
「まったく……こんな日が来るとはな」
イヅナがぼやきながら、《焔》を肩に担いだ。
「行くぞ、化石ババァ」
「誰が化石だコラァ〜!」
再び拳が飛んできたが、イヅナはひょいと避けた。
「じょ、冗談だよ……行くぞ、ギルマス」
二人は店を出て、港へと向かった。
二人は港がよく見える綺麗な高台、マリネの丘に来た。
イヅナはスコープで大王イカを覗き見る。
息を整え、引き金に指をかける。
カスッ――
消音とともに、大王イカの巨大な頭に大穴が空いた。
大王イカが断末魔の声を上げ、そのまま海に沈んでいく。
少ししてから――
ドバァッ!
巨大な大王イカの白身が海面に浮かび上がった。
「おおおおおっ!」
「やったぞ!」
「肉だ! イカの白身だ!」
漁船が歓喜の声を上げながら、白身を引きながら港へと戻っていく。
「流石だね! あの頃と何も衰えてないじゃないか」
クリスが感心したように言う。
「雨の中、ギルドにあんたとマリネが赤ん坊を抱いて飛び込んで来た時のことを思い出すよ」
「……あの時か」
イヅナが遠い目をする。
「私は驚いておならとウン汁が一緒に出ちまったよ!」
「わっはっはっは! 俺より面白い事言ってんじゃね〜よ!」
イヅナが腹を抱えて笑う。
「これで今夜はどの家もイカパーティーだな。イカ臭くなりそうだ」
「イカ臭い? そこをもっといやらしく感情込めて言ってみてくれね〜か?」
「言うか! スカポンタン〜!」
ゴスッ!
クリスの拳がイヅナの頭に炸裂した。
「ぎゃあああっ!」
イヅナが地面に転がる。
「まったく……あんたは昔から変わらないね」
クリスが呆れたように笑いながら、港を見下ろした。
夕日が海を赤く染め、漁船が次々と港へ戻っていく。
平和な光景だった。
「さて、私もイカパーティーの手伝いに行くか」
クリスが杖を持って歩き出す。
「おう、行ってこい。化石ババァ」
「誰が化石だコラァ〜!」
クリスの拳が飛んでくるが、イヅナはひょいと避けた。
「じょ、冗談だって!」
クリスは呆れたように笑いながら、丘を降りていった。
一人残されたイヅナは、丘の中央にある像に目を向ける。
ここは街を救った勇者パーティー、大賢者マリネ・グランツェルが眠るマリネの丘。
石像は穏やかな笑みを浮かべ、杖を持って街を見守っている。
イヅナは像に向かい、話しかけた。
「あの時、俺らが命がけで救った赤ん坊がもう冒険者になって、コカトリス狩りだと息巻いてたぜ」
イヅナが《焔》を肩に担ぎ直す。
「昔の俺らみたいだな〜、マリネ! ワッハッハッ!」
イヅナの笑い声が、夕暮れの丘に響き渡る。
イヅナが像に背を向けた時――
チリン……
どこからか、懐かしい鈴の音が聞こえた気がした。
「……マリネ?」
イヅナが振り返るが、そこには変わらず静かに佇む石像があるだけ。
風が吹き抜け、丘の草花が揺れる。
チリン……チリン……
また、あの鈴の音。
マリネが杖に付けていた、あの小さな銀の鈴。
「聞こえてるのか……俺の話」
イヅナが苦笑いする。
風がまた吹き抜け――
鈴の音は消えた。
「……ああ、聞こえてるんだな。バカヤロウ」
イヅナは《焔》を担いだまま、ゆっくりと丘を降りていった。




