表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

【アポリアの彼方1:第四章 命の重さ、記憶の値段】

──神は本当に、唯一なのか。 ──言葉とは本当に、祝福なのか。 ザラムの思想はユウトの魂を試す。

静寂の夜を越え、ユウトは再び歩き出した。 ザラム教国の厳格な秩序、律によって制御される祝詞型魔法、そのすべてが彼に「(いつ)なるもの」の重さと危うさを刻みつけた。

だが同時に、彼の中に芽生えた疑問があった。 なぜ、あれほどまでに“変化”を恐れるのか。 なぜ、“増殖”を拒み、“流動”を罪とみなすのか。

その答えを求めて、彼は“辺境”と呼ばれる地域に向かっていた。 そこには、かつて“貨幣”に似た概念が存在したという。 ただし、それは金でも銀でもなかった。

──魂を宿す力。

村人たちは「命のしずく」と呼んでいた。 それは、記憶の断片、感情のきらめき、そして“未だ言葉にならない願い”の集積。

この村では、人はそれを差し出すことで交換を行い、暮らしを成り立たせていた。 つまり、命の時間と記憶こそが通貨だったのだ。

ユウトが訪れたのは“ヴァレ・トゥルム”──“塔の谷”と呼ばれるその村だった。 かつて“観測者”を名乗る放浪者が残した古い碑文には、こうあった。

「命の値段は一日ずつ。 記憶の値段は一瞬ずつ。 魂の値段は、取り返せない。」

彼らの「貨幣」は、祈りにも似ていた。 市場では、交換所で“アストラルストーン”と呼ばれる輝く石に感情の欠片が封じられ、保存されていた。

石の輝きは人によって異なり、それぞれが持つ記憶と感情の強さによって価値が決まる。

ユウトが差し出せるものは、何もなかった。 いや──唯一、持っていたものがあった。

“書”。

アポリアの書が、ひとりでに頁をめくり始めた。

ページにはこう記されていた。

「魔術とは、観測と定義である。 だが、それを可能にするのは、観測者の魂が持つ“揺らぎ”である。 世界は、それを代価に変換する。」

──つまり、この世界の魔術は経済だった。

魂を媒介に、命を切り売りし、記憶を交換し、感情を流通させる。 そのすべてが、“価値”を形成していた。

ユウトは理解する。 あの祝詞では、決してこの世界を動かせない。 固定化された神の定義では、魂の重さは測れない。

だから彼は、書を手にして、呟いた。

「おまえは……誰かの涙だったのか」

その瞬間、アポリアの書が強く輝き、空気に“音”が生まれた。

誰かの悲しみが、風のようにユウトの頬を撫でた。

その感情は、交換されたものではない。 確かにそこに“生きていた”ものだった。

──世界は、名前ではなく、命で動いている。

そう気づいたとき、ユウトの中で“詠唱”が芽吹く。 彼自身の言葉ではない。 魂の奥底に残る、ある少女の声。

「呼ばれなかった想いよ、ここに在れ」

その瞬間、“魔術”が生まれた。 代償は、ユウト自身の“ひとつの夢”だった。

それでも彼は構わなかった。 この世界に“価値”を取り戻すためなら。

──第五章、開かれる頁には、新たな観測が記されている。


読んでくれてありがとう!何でもいいので感想を聞かせてください。

よろしければ★評価・ブクマお願いします。


【アポリアの彼方1:目次】

◆プロローグ 名前を失った夜、世界が反転した


◆第一章 言葉なき地に降る名

◆第二章 名のない対話

◆第三章 ザラムの誓約

◆第四章 命の重さ、記憶の値段

◆第五章 魂の値段、風の記憶

◆第六章 夢より来たりし名

◆第七章 共鳴都市エンパシア

◆第八章 魂なき祝詞

◆第九章 虚ろなる鏡

◆第十章 名のない詩(完結)


──失われた記憶と、語られなかった名前の物語。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ