【アポリアの彼方1:プロローグ】
本作は完結済みの詩的ファンタジー作品です。約20分で読了できます。続編も準備中。
※Declaratio Aeternitatis —
Hic opus, una cum universo eius orbe ficticio et vocabulis proprius (exempli gratia: Memorium™, Oeconomia Animae, Moneta Empathiae), ab Concilio Signifiant Aporiae creatum et curatum est. Usus alienus vel imitatio sine licentia rite vetantur.
──名前を失った夜、世界が反転した。
秋月ユウトは死んだ。 少なくとも、自分ではそう思っていた。
暗闇の中にいた。体の感覚も、時間の感覚もなかった。ただ、焼けるような光が胸の奥に残っていた。あれは──本だった。名前も知らない、けれど確かに自分に反応した“書”。
次に目を開けたとき、彼は“音のない村”に立っていた。
鳥の声も、人の声も、風のうなりもない。ただ空があり、土があり、人々がいた。 誰も彼に話しかけない。いや──そもそも、誰も“言葉”を使っていなかった。
「……ここは、どこだ?」
思わず声を出す。だが、その瞬間。 周囲の空気が、ピン、と張り詰めた。
振り返った村の人々が、無言のまま、彼を見ていた。 声を発した──その一点だけで、彼は“異物”になった。
老いた長が近づいてくる。彼の手には杖があった。 だがそれは威圧ではなく、告げるものだった。
「名を持つ者よ。ここは、“言葉なき者たち”の村だ」
それは、口ではなく“心”に直接響いた。 脳内に共鳴するような、魂の声だった。
──名を持つな、言葉を持つな。
この村では、すべての“固定化”が禁じられている。 名前とは魂を縛る印、言葉とは現象を歪める鎖。 名を呼べば、それは死ぬ。呼ばれるたびに、魂は削れる。
だが、秋月ユウトだけは──名を持っていた。
彼は、ここに属していなかった。 だが、彼だけが“アポリアの書”を開けた。
その問いの答えは、この世界の奥深く──ザラム教国と呼ばれる一神教の地に隠されている。 神の名を持つことは、同時に呪われることであり、祝福されることでもあった。
そしてある日、村の外から“記録を喰らう者”が現れた。 魂を食い、記憶を壊す異形の存在。
それは墨のような影だった。 他人の顔を模しながら、その“記憶”を貪る獣のように。
村の誰も戦えなかった。 言葉を持たぬ彼らには、“呪文”という概念がなかったからだ。
そのとき、ユウトは叫んだ。
「やめろ! こっちは……生きてるんだ!」
その言葉に反応するように、 アポリアの書が白く輝き、ページが開いた。
その瞬間、空に“文字”が舞った。 言葉がなかったこの世界に、初めて「名前」が降った。
その名は──リリス。
どこかで、少女が泣いていた気がした。
それが、全ての始まりだった。
異世界 × 経済 × 哲学
『アポリアの彼方』連載開始
「魂を売るのは、命を生きるためか、それとも愛のためか──」
第1章はこちら↓
作品ページ(URLをコピーしてブラウザに貼りつけてください)
https://ncode.syosetu.com/n0540kn/
【アポリアの彼方1:目次】
◆プロローグ 名前を失った夜、世界が反転した
◆第一章 言葉なき地に降る名
◆第二章 名のない対話
◆第三章 ザラムの誓約
◆第四章 命の重さ、記憶の値段
◆第五章 魂の値段、風の記憶
◆第六章 夢より来たりし名
◆第七章 共鳴都市エンパシア
◆第八章 魂なき祝詞
◆第九章 虚ろなる鏡
◆第十章 名のない詩(完結)
──失われた記憶と、語られなかった名前の物語。