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ドライヤーガン戦士シリーズ九タイラ後編


036


だから、少しでも力になりたい。


自分に出来ることなら、何か手伝いたい。そんな思いが、タイラを六年生の教室まで動かしていた。




鍵を内側から解除し、タイラは扉を開けた。音を立ててしまえばバレてしまうから、慎重に。


「……やっぱり、何かおる」


誰もいない廊下を見つめ、タイラは呟いた。


正体はまだわからないけれど、何かがいるのは間違いない。六学年の教室がある三階に来てから、じっとりと睨めつけるような、品定めをしているかのような視線がタイラの全身を捕えていたのだ。それが今、再びタイラの姿を捕えている。


冷や汗が背中を伝う。夏なのに異様に涼しかった。


タイラはゆっくりと教室から出た。そして、次々に並ぶ教室を覗き見ていく。


ここじゃない。この教室でもない。ここでもない。


「……あった」


階段を上がって、右に三つ目の教室――六年生四組。先生も言っていた、被害者が一番多かったクラスだ。


タイラは息を飲む。


扉を開けようと手をかけ、横に引けば、ガタンと音が鳴る。今更、教室の扉には鍵がかかっているのだと思い出した。


[わ、忘れとった……!]


教室は生徒が帰宅した後、先生が鍵を閉めるのがルールだ。さっきの先生だって鍵を閉めていたじゃないか。なんで忘れちゃったんだ。


「どうしよう。ウチ、鍵持っとらん」


タイラは立ち往生してしまう。鍵がある場所を思い出しつつ、タイラは鍵穴をじっと見つめた。


鍵があるとすれば、職員室だろう。しかし、職員室にはまだ残ってる先生がいるかもしれない。上手く忍び込んだとしても、鍵のある場所をタイラは知らない。バレてしまう確立の方が高いのだ。


うーん、うーん、と唸って、タイラはハッとした。――そうじゃ!


[こうなったら覗きじゃ!]


場所が場所であるなら最低な案だが、今ここでは言うほど酷い案ではないはず。何より、中を見るにはそれしかないだろう。


タイラは背伸びをして扉の窓を覗き込んだ。注意深く教室を見回して――しかし、目に入る光景は、何の変哲もない教室。


「うーん……?」


[変な臭いもせんし、変なものも見えん]


扉の間から臭いを嗅いで、タイラは首を傾げる。何かこう、違和感があるものだと思っていたけれど、それが全くない。


タイラは顔を顰めた。この事件ではいろいろな人が被害に合っているから、絶対に捕まえたかったのに。どこかに原因になるものがあるんだと思っていたから、ないなんて油断した。もしかしたら何か別の原因があるのかもしれない。




037


「例えば……いじめ、とか」


いやいや、とタイラは首を振る。


六年生達はみんな仲がいいと聞いているし、学校内でいじめなんて見かけたことも無い。自分たちが入ってきた時にはよく遊んでくれて、委員会でもまりんのように面倒を見てもらっている子も多いらしい。ちょっとお転婆だけど、優しい人達ばかりだ。


「わからんなぁ」


タイラは背伸びを止めると、再びうーんと唸り出した。しかし、証拠も何も無いのだから考えたって仕方がない。タイラは他の教室も見て、何も無かったら帰ろうと踵を返した。――その時だった。




「ねぇ、顔、ちょうだい?」


「ヒッ!」


ぞわりと気持ち悪い感覚が、タイラの背中を這い上がる。タイラは大きく飛び退くと、勢いよく振り返った。その先にいたそれに、タイラは目を見開く。


「かお、ちょうだい?」


「白い、女の、人……!?」


黒いボサボサの髪。白いワンピースはカーテンのように翻って、足は何も履いておらず裸足だった。まるで幽霊のようないで立ちに、ひゅっと息を吸い込む。能面を付けた顔の下は──いったい何があるのだろう。


[なんで。どうして。まだ夕方で、こんなに明るいのに!]


ギュッとランドセルの肩紐を握りしめる。ざり、と上履きが廊下の床に擦れる。女は続ける。


「ちょーだい。ねえ。わたしのおかお。ちょーだい」


「ひ、ひいぃぃっ!」


近づいてくる手に、タイラは全力で逃げ出した。


──タイラは、幽霊が大の苦手だったのだ。


[なんでなんでなんで!]


必死に足を動かす。教室をひとつ、ふたつ超えて、それでも追ってくる女にいっそのこと泣きたくなった。何か仕掛けがあるかもしれないと思ってはいたけど、まさかおばけが相手なんて!


「そんな話聞いてないぃぃぃぃ!」


「ちょうだい、ちょうだい」


「来んでぇぇえええっ!」


タイラは必死に叫んだ。しかし、女には届かなかった。


走っていた先に廊下の突き当りが見え、タイラは慌てて階段を降りていく。振り返れば女は階段に手間取っているのか、追いかけてくるスピードが一気に落ちていた。


[い、今のうち……っ!]


タイラは慌てて開いている教室を見つけると、乱雑に扉を閉める。そして再び教壇の机の下へ身を潜めた。


走って荒くなった息を整える。ふぅーと息を長く吐けば、ずる、ずる、と何かを引きずるような音が聞こえてきた。まずい。近づいてくる。


[見つかりませんようにっ]


両手を握って、祈るように何度も同じ言葉を繰り返した。




037


音が近づいてくる。それと同時に鼻腔を突いたのは、嫌な臭いだった。人工的に作られたような、甘ったるい臭いに混ざる粉っぽさ。まるで化粧品売り場で下品な香りの香水をたっぷりと振りまいたかのような臭いだ。正直きつくて吐き気がしてしまう。


「みぃつけたぁ」


「ヒィッ!」


一体どこから入って来たのか。


耳元で女のねっとりとした声が響く。女の顔が隠れていた机から真っ逆さまに見えていた。


「うわああああっ!」


タイラは机に思いっきり突撃した。机は女諸共後ろへ倒れていき、床に叩きつけられる。それを横目に、教室を飛び出した。


「はあっ、はあっ、!」


渡り廊下を走り、別校舎へと走る。理科室や家庭科室がある別校舎は、本校舎とは違って四階建てだ。タイラが振り返れば、女は逆上しているのか、凄まじい表情でタイラを追いかけていた。


「かわいいかお。わたしにもちょうだいいいいい!」


「そ、そがいなの無いってばぁあ!」


幽霊と、校舎で、鬼ごっこ。


そんな嬉しくも楽しくもない見出しが、頭に踊る。勘弁してほしい、と思ったのも束の間。タイラの足が何かに強く引っ張られた。


「きゃっ!」


どてん、と大きく転んでしまう。


痛みに顔を歪めながら足元を見れば、そこには黒い手がにょきりと床から生えていて。


「ひっ、!」


足が、黒い手に。どうして。おばけは触れないんじゃなかったの。こんな時だけ触れるなんてひどい。


タイラは混乱する頭で必死に足を引っ張る。しかし、黒い手はぎゅうっと強くタイラの足を掴んで、離そうとしない。


「は、はなして!」


蹴っても叩いても、手は離れない。女が近づいてくる。タイラは焦りが募っていくのを感じる。


[嫌じゃ……いやじゃ!]


こんなところで死にたくない。こんなところで、おばけに殺されるなんて。


[まだコムラ姉の仇もとってないのに……!]




「――タイラ!」


「!」


ぐっと体が後ろへ強く引かれる。ハッとしたタイラの目の前を、白い女の手が横切った。


「ひっ……!」


悲鳴を上げたのと同時に手が引かれ、走り出す。あと少し遅かったら、きっとタイラは顔面を鷲掴まれていたことだろう。


[あ、あぶなかった……]


バタバタと走る足を動かしながら、ほっと息を吐く。まさしく、絶体絶命だった。


タイラは自分の手を握る人を見上げる。助けてくれた人にお礼をしなきゃ、と思って顔を上げれば、そこにいた人物に驚いた。


「き、キヨシくん!? なんでここに……!」


「そんなことはいいから、早く出よう!」




038


「う、うん!」


キヨシの切羽詰まった声に、タイラはとりあえず頷いた。後ろを見れば、女はまだタイラたちを追いかけて来ていた。


[ていうか、なんかあの人、走り方変になっとるんじゃけど!]


さっきまで普通に走っていたのに、今では大手を振り回して「ちょうだい。ちょうだい」と口にしている女は、どこからどう見てもホラーだ。おばけじゃないと言ったら何になるのか。怖すぎて聞くことも出来ない。


タイラは早々に視線を外して、走ることに集中することにした。ここでまた転んでしまったら今度こそ殺されてしまうだろう。


キヨシに手を引かれるがまま、再び本校舎へと戻って来たタイラは、そのまま生徒側の昇降口にまで来た。


「靴を取って! 体育の先生がさっき体育館に行くの見たから、そっちから出よう!」


「う、うん。わかった」


キヨシの言葉に頷き、タイラは言われるがまま靴を取った。昇降口に入ってくる女にキヨシが掃除用具をぶつける。足を取られたのを見て、再び二人は走り出した。


体育館へと繋がる渡り廊下。その横はすぐ校庭に出られるようになっている。そこに靴を投げ置いた二人は、靴に爪先を引っ掻けると、そのまま走り出した。上がる息もそのまま、校門を抜ける。振り返った先に、女はいなかった。


「はあ、はあっ……」


「大丈夫? タイラ」


「う、うん」


キヨシの言葉に頷き、荒れた息を整える。……まさかこんなことになるなんて。微塵も考えていなかった出来事に、頭はパニックだ。


あまりにも荒い息を繰り返していたのが気になったのだろう。キヨシの手が、背中に優しく触れる。


「大丈夫?」


「キヨシくん」


「ごめんね。僕、歩幅考えずに逃げちゃって」


「腕も、痛かったでしょ?」と言うキヨシは、タイラの手を取ると赤くなった手首を申し訳なさそうに撫でた。タイラはその顔を見て、つい握られた手を握り返してしまった。キヨシがぎょっとする。


「なんでキヨシくんがそがいな顔をするの?」


「えっ」


「キヨシくんは助けてくれたじゃろ」


ぎゅっと手を握る。


[もし、キヨシくんが来るのが、もうちょっと遅かったら]


きっとタイラは無事では済まなかっただろう。握り返した手に力を込め、「ありがとう」と口にした。


[たぶん、あれは妄執なんじゃろう]


詳しくはわからないけど、タイラはそう予想した。そしてまりんから聞いた噂の正体は――コムラ姉が死ぬ前に聞いた話によく似ていた。


こんな大事なことを忘れてしまうなんて。




039


[復讐を誓ったのに、全然だめじゃ、ウチ]


痛む心を抑えて、タイラは小さく息を吐いた。触れた手が温かい。……まずは、キヨシにちゃんとお礼を言わなくては。


「だから、ありがとう。キヨシくん」


「!」


タイラはにこりと笑うと、静かにキヨシを見上げた。


赤くなる頬が、可愛らしい。トクリと小さく脈打った自分の心臓は、少しだけ緊張していた。




それから、二人で手を繋ぎ、家へと向かう。既に夕方になっていた空は、ぽつぽつと星を見せていた。


家に着き、ランドセルを放り投げる。タイラはぐったりと疲れた体を畳んだままの布団に押し付けると、そのまま目を閉じた。お日様の匂いが、心地いい。


[そういやあ、キヨシくんはなんであがいなところにおったんじゃろう]


走っている時、誰ともすれ違わなかったのもおかしい。よく考えれば、先生のいるはずの職員室の前も通っていた。普通、足音が聞こえれば誰かが様子を見るはず。それなのに、それもなかったとなると――――。


「……いやいやいや」


頭に思い描いた言葉を飲み込み、首を振る。いや。まさか。あり得るはずがない。


タイラは無理矢理自分を納得させると、大きく息を吸い込んだ。お日様の香りが鼻孔を擽り、ゆったりと消えていく。それに導かれるように、タイラの意識は夢の中へと落ちていった。






「タイラ。お前は明後日、東京に引っ越すことになった」


「え」


「今日と明日で準備をしておくように。以上だ。下がれ」


父に呼ばれた居間で唐突に告げられた言葉に、タイラは目を見開いた。頷く間もなくピシャリと閉じられた襖は、問答を許さないと言わんばかり。しかし、タイラにとってはそれよりも、話の内容の方が重要だった。


「……えっ?」


[ひっこす?]


誰が? いつ? どこへ?


タイラは言葉の意味を理解しながらも、非常に困惑していた。


いったいどういう事なのか。どうしてそんなことになったのか。ちゃんと説明がないと納得なんて出来ない。


[もう一度、ちゃんとお父さんに聞かんと……]


――ジリリリリ!


「!」


鳴り響く電話の音に、タイラは顔を上げる。お手伝いさんが取ったのだろう。聞こえなくなる呼び出し音に、何となく惹かれるようにタイラは電話のある方へと向かった。


お手伝いさんの声が聞こえる。壁越しだから何を言っているのかは聞き取れないけれど、自分の名前が出たのが聞こえたのは間違いじゃなかったらしい。タイラはお手伝いさんと目が合う。




040


どうかしたのかと首を傾げれば、手招きをされた。近くに寄れば、受話器を渡される。


「なに?」


「匕背キヨシさまからお電話です」


お手伝いさんの言葉に、タイラは受話器をひったくった。


「も、もしもし」


『あ、も、もしもし。あの、キヨシですけと、タイラって今いますか?』


「キヨシくん」


『んえっ? も、もしかして、タイラ?』


「うん」


聞き覚えのある声にこくりと頷けば、『ああー! よかった! 緊張した!』と叫ぶ声が聞こえる。あけすけな彼の言葉に、タイラはクスリと笑った。


「キヨシくんは相変わらずじゃのぉ」


『え?』


「ううん。何でもない」


[そんなキヨシくんとも、お別れなんじゃけど]


電話越しでもキヨシが不思議そうにしているのがわかる。タイラはきっと傾げられているであろう頭を思い描きながら、視線を落とした。


[……こがいなタイミングで連絡してくれるなんて、ほんと、キヨシくんはヒーローみたいじゃなぁ]


「それで、どしたん?」


「あ、いや。その……大丈夫かなって思って」


「え?」


「引っ越し、するんだろ?」


タイラは心底驚いた。なんでそれをキヨシが知っているのか。


タイラ自身、引っ越しの事はさっき初めて聞いたことなのに。


「なんで知っとるの?」


「お父さんから聞いたんだ。僕とタイラで、東京に転校するって」


「そうなんじゃ……え?」


「えっ?」


キヨシの言葉に、タイラは一瞬頷きかけて――違和感を覚える。


「今、なんて?」


「え、えっと、東京に……」


「そうじゃのうて! その前じゃ!」


「その前……? 僕とタイラでてんこ――」


「キヨシくんもおるの!?」


ダンっ!とタイラの手が、電話を置いている棚を叩く。さっきまで奈落に突き落とされた気分だったのが、今ので全部吹き飛んだ。


[キヨシくんと、一緒!?]


てっきり離れ離れになると思っていたのに、まさか一緒に転校することになっているなんて。


「ねえ、タイラ。もし良かったら今日の午後、僕の家に遊びに来ない?」


「え?」


「引越しのこと、一緒に話し合えないかなって思って」


「だめかな」と告げるキヨシにタイラは「行く!」と声を荒げた。驚くキヨシに昂った気持ちのまま「行く! 行きたい!」と続ければ、「わかった、分かったから」と恥ずかしそうに笑われてしまった。


その声に顔を真っ赤にしたタイラは、キヨシと時間や場所を打ち合わせし、ゆっくりと通話を切った。


「キヨシくんのお家に呼ばれてしもうた……」


041


遊べたらいいなって思っていたのが、神様に伝わったのだろうか。


それともキヨシも同じことを思ってくれていたのだろうか。


[って、そうじゃないっ! 引っ越しのことについて、話し合うだけじゃけぇ]


突然の転校を思い出し、タイラは肩を落とす。


頭の中を過るのは、クラスメイトの面々だった。


[そうじゃ。みんなともう、会えなくなるんじゃ]


寂しくないと言ったら、嘘になる。きっと、それはキヨシも同じ気持ちだろう。


どうやってみんなに感謝の気持ちを伝えようか。……そんなことを、話し合えたらいいなぁ。なんて。


[ぜいたくかなぁ]


タイラは少しだけ寂しそうに呟いて、しかしキヨシなら笑顔で聞いてくれるような予感に、口元を引き結んだ。






「お、お邪魔しますっ」


「どうぞ」


キヨシの言葉に、タイラはぎこちなく頷き、震える手で靴を脱いだ。


昼食を摂って電話から三時間後。キヨシとの待ち合わせ場所に向かったタイラは、既にキヨシが来ていたことに驚いた。慌てて声をかければ「女の子を待たせるのはダメだって、父さんが」とキヨシが言う。まるで紳士の言葉だと笑ってしまったのは、仕方がないと思う。


キヨシの家は小さな一軒家だった。何でも、匕背家の分家の更に末端だから、これくらいの家しかもらえなかったのだと。とはいえ、父との二人生活では十分な広さだとキヨシは笑っていた。家のことは自分のところと同じように、お手伝いさんを雇っているらしい。


「ごめんね、突然。大丈夫だった?」


「ううん、全然! それより、どうかしたの?」


「どうかって?」


「電話。珍しいなって思って」


そう告げれば、キヨシは困ったように笑う。その笑顔に滲む寂しそうな色は、タイラにもよくわかる。


「だってさ、一大事じゃん」


「……たしかに、そうかも」


「でしょ?」


キヨシはタイラを自分の部屋に案内すると、座布団を用意した。ふかふかのそれに腰を下ろせば、お茶とお菓子が出される。「お昼ご飯後だから入らないかも。もってっていいよ」と笑うキヨシは、手際よくお茶を湯呑に注いでいた。先に用意して待っていてくれたことがわかって、ちょっとだけ嬉しい。


「そういえばタイラは、僕たちの転校の理由、聞いた?」


「えっ?」


「あれ。もしかして聞いてない?」


寝耳に水。キヨシの言葉に、タイラは目を見開いた。そんな話、聞いた覚えがない。


「き、聞いとらん」


「え、ほんと?」


「うん。うちのお父さん、無口じゃけぇ。『東京の学校に行け』としか言われんかった」




042


そう告げれば、今度はキヨシが驚いたように目を見開いた。そして困ったように笑うと「それじゃあ、先にそっちを話そうか」と言ってくれる。


[キヨシくんは優しいのぉ]


それに比べ、お父さんは。


タイラは頭に浮かんだ父親の顔に、思いっきりため息を吐いた。口下手にもほどがある。


「……父さんから聞いた話なんだけどね」




キヨシ曰く、この転校は本家が決めたことらしい。何でも、あの時の逃走劇をキヨシが次の日に校長先生に話したらしい。校長先生がキヨシの親戚だと言われた時は、心底驚いた。


『校舎内に変な人がいたから、注意したほうがいい』というあいまいな言葉だったけれど、校長先生はちゃんと聞いてくれたのだとか。話を聞き終えた校長先生は『不審者は私がちゃんと対処しておくから、君たちは心配しなくていいよ』と言って、その日はそれきり。それから少しして、校長先生がキヨシの父に相談しに来たのだという。彼曰く、『あの女は妄執がかたまって、意志を持ったものじゃないか』という見解だそう。夏休みだからよかったものの、学校が始まったらと思うと気が気ではない。被害も少なくない以上、学校としても早く対処したいと思っているのだろうと言うのは、キヨシの父の考えだった。


キヨシの父は話を聞いて、匕背家の本家へ問い合わせた。そして調査をしたところ、妄執の可能性が高いとしてタイラの父へと話を取り次いだ。


しかし、驚くことに同時期に東京でも似たような騒ぎが起きていたらしい。更に調べたところ、東京の妄執が本体で、紀眞家の血を追って分身がこちらに来ているのでは、という話になった。


結果、妄執と戦うために、戦士としてタイラが東京へと送り込まれることになったらしい。キヨシはその補佐をする役割だとかで。




「お父さん、そがいなこと何もいっとらんかった……!」


「あははは……』


項垂れるタイラに、キヨシが苦く笑みを浮かべる。……さすがのキヨシも、慰める言葉が思い浮かばなかったのだろう。同じ父親でもこうも違うのかと、タイラは怒りたい気持ちになった。


キヨシが新しくお茶を淹れてくれる。さっきとは違う茶葉の匂いに、タイラは少しだけ気持ちが落ち着いていくのを感じた。


「まあまあ。でも、僕はタイラと一緒に行くよ」


「……キヨシくん」


「そりゃあ、折角仲良くなった人たちと離れるのはさみしいけど――タイラと離れる方が、もっとさみしいから」


タイラはキヨシの優しい声に、心が軽くなっていくのを感じた。




043


湯呑に被せをするキヨシを見つめ、きゅっと口を引き結ぶ。


[ウチ、ひとりじゃないんだ]


その事実が、タイラの心に優しく降り積もる。何より、キヨシと同じ心境だったのが、心底嬉しい。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとう」


す、と差し出される湯呑。それを受け取り、タイラはゆっくりとお茶を飲み下した。美味しい。


「おいしい……!」


「本当? よかった。これ、校長先生から貰ったものなんだ。えーっと、何ていったかな。ぎょく、ぎょくろ? とかいうお茶なんだ」


「へぇ」


「六十度で蒸らして、ゆっくり飲むのがおいしいんだって。それに、飲むとちょっと安心するでしょ?」


ふふ、と笑うキヨシ。その笑顔に、タイラの心臓がトクリと静かに脈を打った。


「……そうだね。安心する」


「よかった」


[ずるいよ、キヨシくん]


裏表のない、ちょっと子供っぽさを感じる笑顔に、タイラは頬が熱くなるのを感じる。玉露のお茶をこくりと飲んで熱を誤魔化しても、心に残った熱までは誤魔化してはくれなかった。


[でも、ウチは望んじゃいけないから]


タイラはそう呟くと、キヨシとクラスメイトたちへどう言おうか、何を残そうかと話し合うことにした。転校するタイミングは夏休み後半。クラスメイトへの挨拶も出来ないことに気付いたタイラとキヨシは、二人で手紙を残すことにした。それを校長先生に預け、東京へと旅立つ。


――ドライヤーガン戦士としての、日常が始まる。






「はじめまして! ウチ、紀眞タイラ言います。よろしゅう!」


「は、はじめまして。匕背キヨシです。よ、よろしくお願いします」


夏休み明けの学校。久しぶりに赴いた学校は、見慣れた場所でも見慣れた顔でもなかった。


コンクリートに熱された風が吹き抜ける東京のど真ん中。そこに在る蓮華学園初等部に、タイラとキヨシは揃って立っていた。


「はい、よろしくねー。みんな、わからないことがあったら教えてあげてね」


「「「はーい!」」」


ぱちんと先生が手を叩いて、クラス中のみんなが返事をする。


広島の時のクラスとは違う、大人しそうなクラスメイト達。その雰囲気が懐かしくて、タイラは少しばかり緊張していた。


[仲良うなれるかなぁ]


右も左も、かわいいい子やかっこいい子ばかり。やっぱり都会は違うなぁと思いながら、タイラは席へと移った。


始まる授業を聞きながら、タイラは昨日のことを思い出していた。




044


初めてこの学校に来たのは、昨日だった。先生との顔合わせと、学校の簡単な案内、そして必要な教材を受け取るため。


緊張しながらも学校を歩き回った二人は、ふと前から歩いてくる女性に足を止めた。学校に来る前、手引書で見たことがある。この学校の理事長先生だ。


突然の偉い人の登場に驚いたものの、彼女のやつれた顔にタイラはつい心配する気持ちが勝ってしまった。しゃがみ込んでいる彼女に、タイラが駆け寄る。


「しゃーなー?」


「しゃ……?」


「あ、えっと。だい、じょうぶ、ですか?」


たじたじになりながらも言い直したタイラに、彼女はふわりと笑うと「ありがとう」と告げた。


黒髪のショートカットが揺れる。どこか大人のお姉さんという雰囲気を醸し出す彼女に、タイラは少しばかり見惚れてしまった。


「二人は明日からの転校生かな? 学校はどう? 覚えられそう?」


「あ、はい!」


「そっか。良かった」


「うちの学校は広いからね」と笑う理事長先生に、タイラたちは苦く笑う。確かに、広島で通っていた学校よりも随分と広い。二倍はあるんじゃないかと思うほどの敷地に綺麗な校舎が立っているのを見た時は、さすがに怖気づいてしまった。


ふふ、と笑う彼女はとても優しそうだった。しかし、目の下にある隈は隠せていない。よくよく見れば顔色も悪いし、何か悩み事でもあるのかもしれない。そう思ったらもうだめだった。タイラは彼女の前にしゃがみ込むと、真っすぐ顔を見つめる。


「あ、あのっ!」


「うん? どうしたの?」


「何か、悩み事があるんじゃろか?」


「えっ」


きょとんとした彼女の顔に、タイラは自分の言葉を思い出して慌てて「あ、あるんですか!」と言い直した。


[うう~……慣れんっ]


こっちでは年上の人に敬語を使うことを、向こうよりも強く教育しているという。迷惑を掛けない為にも頑張りたいと思うのだけれど、なれというのは恐ろしい。まだまだ向こうでの癖が出てしまう。しょんぼりとするタイラに、彼女は何を思ったか優しく頭を撫でると、小さく笑った。


「どうして、そう思ったの?」


「え、あ……その、お顔が疲れとるなぁ、って思って」


素直に告げれば、彼女の目が見開かれる。撫でていた手が止まった。


「ふ、ふふふっ」


「あ、あの、失礼じゃった、ですか?」


「ううん、気にしないで。心配してもらってるのに、失礼だなんてとんでもないわ。それに、怒ってもいないから安心して」


「そう、ですか?」


「ええ。心配してくれてありがとうね」




045


そう言って彼女は頭を撫でる。「いやね、顔には出さないようにしていたのに」と笑う彼女は、やっぱり大人の女の人と言う感じでドキドキしてしまう。


ハッとして振り返れば、キヨシがタイラたちを見て立ち竦んでいる。しかし、その顔は真っ赤で。


キヨシの視線を辿ったタイラは、彼の視線が理事長先生の胸に集中していることに気が付いた。むうっと唇を尖らせた。


[キヨシくんのヘンタイ!]


そりゃあ確かに大きくて柔らかそうだけど、そんなに見なくたっていいじゃん。男の子ってそういうところあるよね!


[ウチじゃって大人になればあれくらい……!]


「ふふ。よければあなたのお名前、聞いてもいいかしら?」


ふと、嫉妬に溢れるタイラの頭に、彼女の優しい声が響く。ハッとしてタイラは頭を下げた。


「あ、うちゃ紀眞タイラいいますっ」


「タイラちゃんね。そっちの彼は?」


「あっ、ぼ、僕は匕背キヨシ、です……」


「ふふっ。そんな緊張しないで」


そう言って笑う理事長先生は「二人とも、よろしくね」と笑う。その笑顔がすごく美人で、タイラは再び嫉妬してしまった。


ゆっくりと立ち上がった彼女は、ふと二人を見る。身長差のある二人を交互に見て、口元に指を当てた。


「でも、そっか。紀眞家と、匕背家の……」


「? 先生?」


「ごめんなさいね。……よければちょっとだけ、私の話を聞いてくれるかしら?」


彼女の言葉に、タイラとキヨシはどちらともなく頷いた。


理事長室に通された二人は、上等なソファに座らされるとお菓子とジュースを振舞われた。「これくらいしかないけれど」と言って出してくれたけど、どれも美味しそうなものばかりだ。


彼女は自分用にコーヒーを用意すると、二人の向かい側に腰を下ろした。その顔は、やはり晴れない。


「もしかしたら、お家の人から聞いてるかもしれないのだけれど。最近、生徒たちの中で怪我をする子たちが出ててね。嫌な噂も後押しして、不登校になったりする子もいたりして……ちょっとごった返しているの」


聞き覚えがある。


タイラとキヨシは顔を合わせた。それを見た彼女は、話を進める。


「怪我って言っても、ほとんどが彼女たち自身が自分の顔を引っ掻いたり、体を掻き毟ったりするものでね。でも、その原因がみんな不明なの」


「かきむしったりって、もしかして顔、ですか?」


「ふふ。難しかったら普通に話していいわよ」


「今だけトクベツね」と言って笑う彼女に、タイラはほっとする。良かった。




046


正直どう話したらいいのか難しくて困っていたのだ。「ありがとうございます」と頭を下げ、タイラは問いかけた。


「あの、さっきのケガの事、もっと詳しゅう教えてつかぁさい」


「あ、えっと。もっと詳しく教えてください、って言ってます」


「あれ、わかりにくかった?」


「ううん。そういうわけじゃないんだけど……一応?」


「そっか」


苦笑いするキヨシに、タイラは首を傾げながらも頷く。その様子を見て、理事長先生がくすくすと笑った。


「ふふっ、仲がいいわねぇ」


「うん! キヨシくんはウチにとって大切な人なの!」


「ぼ、僕だって……タイラは大切だよ」


「ふふっ、そうなのね。大切な人がいることはいいことだわ」


理事長先生が嬉しそうに笑う。タイラも彼女の言葉にニコニコと笑みを浮かべた。


キヨシの事を褒められるのは、相手が誰でも嬉しこと。タイラにとって、それ以上の至福はないのだ。


歓喜の気持ちを噛み締めるタイラに、理事長先生は静かに視線を下げる。


「……あの子たちも、楽しそうに過ごしてたのに。どうしてかしらね」


そういう彼女の目は憐れみに満ちており、その中には遣る瀬無い気持ちと無力な自分への怒りが宿っていた。


「いじめとかではないみたいなんだけどね。せっかくの可愛い顔を突然掻き毟っちゃって、血が止まらなくて学校に来れなくなっちゃった子もいるの。髪が扉に挟まれてズタズタになっちゃったって話も聞いたわ。みんな可愛い女の子でね。そりゃあ、お洒落とかしてて、ちょっと校則はぎりぎりなんだけど」


彼女の言葉に、タイラはきゅうっと喉が締め付けられる感覚になった。彼女の声が、切なくて、泣きそうで。聞いている側の気持ちまで引っ張られてしまいそうだ。


「タイラちゃんにならわかるかもしれないけど、女の子にとってお肌とか髪の毛って大切でしょう?」


「うん」


「だからね、どうにかしてあげたいとは思うんだけど……原因がわからなくてね。私らにもどうしたらいいかわからなくって。そんな時、男の子の中では変な噂も立ち始めてるっていうじゃない。実際不登校になった子も多くて。……もう、どうしたらいいのかわからないのよ」


そういう彼女は、静かに目を伏せた。目じりに浮かぶ涙は、本当に生徒を思ってこそのものだろう。


[なんとか、してあげたい]


でも、どうしたらいいのか。タイラにもわからなかった。


膝の上で強くこぶしを握る。手が震える理由は、非道なことをしている妄執達への怒りだった。




047


「……それ、同じかわからんのじゃけど。うちの元の学校でも似たようなことが起きとったの」


「えっ」


「六年生ばっかりじゃったんだけど、顔が真っ赤になってしもうてて。すごく痛そうじゃった。噂も変なのが流れとるって、不登校になってしもうた人もおって……」


「そう、なの」


タイラの話を聞いた彼女は「そっか、別のところでも……」と呟く。彼女としては自分の学校だけの問題だと思っていたからか、少し驚いていた。そして二人を見ると、彼女は続ける。


「そう。それで、どうしようもなくて友人に相談したら、あなた達のお家の事を聞いてね」


「そうじゃったんか!」


「ふふっ、まさかこんなに可愛らしい子達が来るだなんて、思ってもいなかったわ」


[かわいらしい、って]


タイラは美人からの誉め言葉に、つい顔を赤らめてしまった。嬉しい。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。なんて。


「学校、楽しんでね」と笑って頭を撫でていく理事長先生に、二人はお菓子をいくつかもらって部屋を出た。きっと彼女は、タイラたちがその原因を排除しに来たドライヤーガン戦士だとは知らないのだろう。優しい彼女なら、きっと止めるだろうから。


[優しい人じゃったなぁ……]


あんな優しい人が苦しんでいるなんて、絶対にあっちゃいけない。妄執への怒りを募らせるタイラに、そっとキヨシの手が添えられる。にこりと笑う笑顔に、少しだけ冷静になれた気がした。




そして翌日。晴れて転校生としてみんなの前で紹介されたタイラは、三年一組の一員となった。


[あの話……絶対に妄執のせいよね]


初めて授業に耳を傾けるわけでもなく、じっとノートを見つめ、妄執の事を考えているタイラは終始難しい顔をしていた。わざわざ転校までしてきたのだから、早く問題解決をしてキヨシとの平和な学校生活を送りたい。――それに。


[ここは、嫌なことを思い出してしまうけぇ、はよ帰りたい]


タイラは窓の向こうを見つめる。あの時の事が頭からフラッシュバックしそうで、無意識にペンを握っていた。


――「コムラ姉!」


「……」


やっぱり、東京はあの時の事を思い出すから、苦手じゃ。






「タイラ」


「キヨシくんっ」


「次、移動教室みたいだよ」


「あっ、今行くっ!」


ぼうっとしていた意識をキヨシに引き戻され、タイラは慌てて席を立った。周りを見ればまだクラスメイトは数人いるものの、みんな移動のための準備を始めている。キヨシはタイラの準備が終わるのを待ってくれる。




048


[優しいのぉ、キヨシくんは]


きっとこの優しさを、コムラ姉はずっと受けてきたのだろう。


[……ええなぁ]


ふと、思い浮かぶ感情に、タイラは足を止める。キヨシが心配そうな顔をしているが、タイラにとってはそれどころではなかった。


[今、ウチは何を]


今まで考えたこともなかったことが、頭を過る。東京に来てからというもの、自分はちょっとおかしい。望んではダメだとわかっているのに、羨ましがったり、もしかしたら自分だけ、なんて気持ちまで込み上げてきてしまう。


「タイラ?」


「っ、ごめん、何でもない」


なんでもない。なんでもない。大丈夫。何も変わらない。


変わらない。変わってはいけない。それが自分の使命であり、コムラ姉との約束なのだから。


[だいじょうぶ]


タイラはそう言い聞かせると、キヨシの後を追いかけた。キィンと響く耳鳴りは、きっと気のせいだろう。








「タイラちゃーん!」


「わわっ!?」


ドーン、と大砲が背中から突撃してくる。振り返れば、満面の笑みの女の子と目が合った。


高い位置で二つに分けられた髪を揺らし、天真爛漫に笑う少女。


[たしか名前は……きれいちゃん、だっけ]


「ねえねえ、途中まで一緒にかえろー!」


「あ、うん。いいよ」


「やったぁ!」


太陽のように笑うきれいに、タイラは釣られたように笑みを浮かべる。広島の友達、まりんと似ていて、ちょっとだけ安心する。


おしゃべりなきれいの話に相槌を打っていれば、ふと、きれいが前を見て足を止めた。


「あ! ねえねえ、あれってもしかして六年生じゃない?」


「え? そうなの?」


「わー、やっぱり六年生ってかっこいい人おおいよねー!」


「そう、かなぁ」


「そうだよー! ほら、大人って感じがして、かっこいいじゃん!」


[大人って感じなら、キヨシくんのほうが……]


そう考えて、タイラは首を振る。だめだめ。そういうのは考えちゃいけないって、わかってるでしょ。


「でも、最近ピリピリしてるんだよねぇ。怖いっていうか、なんか大変みたいじゃん?」


「そうなんだ?」


「そうそう! なんだっけ、〝呪い〟があるんだっけ?」


「〝呪い〟?」


「うん。みんな言ってたよ」


「六年生だけがかかる〝呪い〟があるんだって!」と言う彼女に、タイラは苦い顔をする。


[やっぱりみんな知っとるんじゃなぁ]


妄執は知る人が多くなれば多くなるほど、人の〝畏れ〟を食べて成長するのだと、本家の偉い人達は言っている。だから、噂が大きくなるのはあんまりいいことじゃないのだが、人の口に戸は立てられない。




049


「大丈夫かなぁ。まあ、私たちにはあんまり関係ないけどさ!」


「……うん」


「それより、タイラちゃんがいつも一緒にいる子、えーと、背の高い、男の子!」


ふと切り替わった話題に、タイラは一瞬理解が遅れた。どうやらもう〝呪い〟の話は終わりらしい。


「えっ。あ、ああ、キヨシくんのこと?」


「そーそー! あの子もかっこいいよね! なに!? 彼氏!?」


「ち、違うよ!」


「えー、うっそだぁ!」


きれいの言葉に、タイラは必死に首を横に振る。ちがう、と言っても信じてくれない辺り、やっぱりまりんと似ている。


「でも好きでしょ?」


「す、好きじゃないって!」


「ほんとかなぁ~」


「もー、しつこい!」


「あー! そんなに怒んないでよ~!」


早歩きをするタイラを必死に追いかけるきれい。その顔はちょっとだけ焦りを滲ませていて、まりんとの間に合った時間が彼女ととはないことを痛感して、少しだけ寂しくなった。


「怒ってないよ」


「ほんと?」


「ほんと」


ふふ、と笑えば、きれいも笑う。よかった。彼女とは友達になれそうだ。


彼女のためにも、理事長先生のためにも、頑張らなくては。


[それが、ウチの役目じゃ]


タイラは燻っていた気持ちを奮い立たせるように呟く。――がんばらなくては。コムラ姉が出来なかった分まで、ウチが。






「僕も行く」


「へっ?」


「だから、僕も行くよ」


タイラは手にしていた懐中電灯を取り落としそうになって、慌てて掴んだ。東京に来るということで居候することになった家の畳に、早々に傷をつけてしまうところだった。危ない、と胸を撫で下ろして、タイラは再びキヨシを見つめる。


「え、えーっと。何の話?」


「行くんでしょ。学校」


「え」


「タイラならそうすると思ってた」


「だから準備してきた」というキヨシに、タイラは驚きで声も出なかった。


[準備してきたって……!]


一体どういうこと、と叫びそうになったのを、タイラはぐっと堪える。……なんだろう。東京に来てから、キヨシが過保護になってる気がする。


[ていうか、読まれとった!?]


キヨシの言う通り。確かにタイラは今日の夜、学校に忍び込もうと思っていた。理事長先生の話ときれいの話を聞いて、いても経ってもいられなかったのだ。それがまさか、キヨシにバレていたなんて。


「な、なんで……って、そうじゃのうてって! ウチ、学校になんて行かんよ?」


「じゃあなんで懐中電灯を持ってるの? それにお菓子だって、ほら」


「うぐっ」


「行く気だったんでしょ?」




050


ぐっと顔を近づけられる。至近距離で合う視線に、タイラは静かに息を飲んだ。


「……ハイ」


「でしょ? だから僕も行くよ」


「でも、ほいじゃあキヨシくんが危ない目に遭うかも……!」


「タイラだってそうじゃん。タイラが危ない目に遭うのに、僕だけ見て見ぬふりしろっていうの?」


「あ、いや。そういうわけじゃ……」


「じゃあいいよね」


ふわりと笑うキヨシに、タイラはもう何も言うことが出来なかった。


[キヨシくん、目が笑っとらんよ……]


キヨシは言葉の通り、ちゃんと準備をしてきているようで。二人で足りないものはないかと確認しながら、荷物を確認していく。懐中電灯に、縄や針金、お腹が空いた時のためのお菓子や、枕まで入っている。まるでお泊りセットだ。何かあった時のためのバッドまで持ってきていたのを聞いた時は、もう何も考えないようにしたけど。


タイラはふと、引き出しにしまったままのそれを思い出した。キヨシに見られないように取り出し、眺める。


[一応、持ってた方がええよね]


タイラは特に考えることなく、リュックにそれを突っ込んだ。その分少しだけ荷物が膨れる。


「それじゃあ、行こうか」


「う、うん」


キヨシの言葉に、タイラは小さなリュックを背負う。二人でそうっと家を抜け出して、学校まで走った。


時刻は夜の九時を回ったところ。タイラたちからすれば、夜も更けたいい時間帯だった。


「静かだね」


「そうだね」


「音立てないように、気を付けんと」


「うん」


コソコソと話しながら、人にすれ違わないように歩いていく。店の明かりも、家の明かりもほとんどついていない。街を照らすのは、街灯くらいのもので、タイラとキヨシは無意識に手を繋いでいた。


[まるで、家出するみたい]


「なんか、家出してるみたいだね」


「えっ」


「え?」


「あ、ううん。……ウチも、同じこと思っとった」


「そうだったんだ」


「なんか嬉しいな」と笑うキヨシに、タイラは顔を赤らめる。


[……ウチも、うれしい]


そう言えたら、どんなによかったか。


「そうだね」


タイラは小さく頷くことで、自分の気持ちを誤魔化した。キヨシはそれを知らず嬉しそうに笑う。その笑顔に、タイラはチクチクと胸が痛むのを感じていた。


[……きっと、思い出したらキヨシくんはコムラ姉のところに行ってしまうんじゃろうな]


広島にいた頃からずっと考えないようにしていたことが、タイラの頭を過る。


キヨシの、本当の許嫁。本当の、婚約者。




051


そのことを思い出したら、きっと彼の気持ちは自分から離れてしまう。それは今自分が頑張ったところで、変わらない運命だと思う。


[ウチは、コムラ姉の代わりじゃけぇ]


全部全部、コムラ姉のもの。だからこそ、自分はいつか彼女に返さなきゃいけない。……ずっとそう思って来たのに。


「タイラ、気を付けて」


「うん」


学校の塀をよじ登ったキヨシが、手を差し伸べる。タイラはその手を取り、壁の凹みに足をかけた。一歩、二歩と足をかければ、ぐっと持ち上げられる身体。キヨシよりもかなり小さいタイラは、彼の手で簡単に持ち上がってしまう。それが嬉しいような、子供扱いされているようで悔しいような。


[キヨシくんは、優しい]


それが時々つらくもあるけど、それはきっと自分の問題だ。タイラは塀を乗り越え、地面に着地する。キヨシが手を出してきたので、ハイタッチをした。……楽しい。こんな時間が続けばいい。込み上げる気持ちを抑え込んで、タイラは静かに校庭を歩き始めた。






校舎に入れないかも、なんて不安は一瞬の事だった。


鍵の壊れた教室を見つけ、扉を開ければ簡単に開いてしまえば、侵入は簡単だ。二人は顔を見合わせて笑うと、まずは被害の多い六年生の教室へと向かった。


「なんか、すごくいやなかんじ……」


「うん。それに、さっきから変な声が聞こえるし」


「え? 変な声?」


「あれ、タイラには聞こえてないの?」


二人は足を止める。キヨシの言葉に耳を澄ませてみるが、タイラには何も聞こえては来なかった。


「う、うーん。鈴虫の鳴き声しか聞こえない」


「え。マジ? だってこんなに……」


「あっれぇ? 君たち、なんでこんなところにいるのー?」


「「!」」


唐突に聞こえてきた声に、二人は咄嗟に身構えた。振り返った先にいたのは、顔の整った軽薄そうな男が一人。夜だから暗くて見えづらいが、ニヤニヤとタイラとキヨシを見つめているように見える。


[なに、この人]


身構えるタイラとキヨシに、男はケラケラと笑う。笑い声さえも軽薄そうで、タイラは眉を顰めた。


「おいおい、そんな警戒しなくてもいーんじゃねー? ほらほら、僕ちん悪いことなんてこれっぽっちもしてないしぃ?」


「あ、あなた、誰っ」


「えー? 僕ぅ? 僕の事知らないのぉ? えー、ひっどいなぁ」


ヘラヘラ。ヘラヘラ。


まるで暖簾のような軽さを持っている男に、次第にタイラの苛立ちが募っていく。それに気が付いたのか、男はニヤァと嫌な笑みを浮かべると、ケタケタと笑いだした。




052


「僕はねぇ! そらうみの一派、むかいっていうんだ! よろしくねぇ!」


「そら、うみ……」


タイラの記憶が揺さぶられる。当時三才だった時の、小さな記憶の断片。


[むかい……どこかで聞いたような……]


「別にさぁ。俺自身、君たちに恨みがあるわけじゃないけど、なんかあんた達の家をリーダーがすっごく嫌ってってさぁ」


むかいと名乗った男がタイラを見て、次にキヨシを見る。うっそりと細められる目に、ぞわりと嫌な予感がした。


「だから、できれば死んでくれるか、さっさとどっかで野垂れ死んでくれると嬉しいんだよねぇ。――あの子みたいに、さ」


ああ、思い出した。


[こいつ、コムラ姉を殺したひとりだ]


タイラの目に、怒りの色が湧き出る。それは揺らりと揺れ動くと、炎のように熱を帯びた。


「……お前たちのせいで」


「んぁー? なにぃ? 聞こえないんだけどぉ」


「ッ、お前たちのせいで、どれだけの人が苦しんだか、わかってるの!?」


「タイラ!」


キヨシが制止の声を上げる。タイラはその声に、殴りかかろうとした足を踏ん張った。


むかいは細身だがれっきとした大人の男の人だ。小さな女の子であるタイラが、腕力で勝てるわけがない。わかっている。わかっているけど。


[許せない……っ!]


「おおっと。こわいこわい~! まるで獣みたいだなぁ、そこの娘っ子。ていうか、もしかしてそこにいる男の子って、あの時の子? うっわあ、でかくなってんじゃん。つーか死んでなかったのかよ、つまんねぇ」


「えっ」


「あっれぇ? でもあの子の姿が見えないってことは、あの子は死んじゃってるはずだよねぇ? え? 何? まさか君たちだけ生き残ったの? なにそれ、やっば! めっちゃ惨め! 最低じゃん!」


「ッ――!」


「いやぁ、ほんと。――お前らも全員、死ねばよかったのに」


ブチリ。


どこかで太い糸が切れたような音がした。


「……ちだよ」


「あー? 聞こえないんですけどー?」


タイラはゆらりと顔を上げる。むかいが息を飲んだのが分かった。


「最低なのはどっちじゃッ!!」


ビリビリと周囲の空気が震える。よく通るタイラの声が、学校中に響き渡った。


「死にゃあええやら、惨めやら! そがいなのこっちが一番わかっとる! でも、そのきっかけも原因も、作ったなぁ全部われらじゃろーが!」


そうやってお前らは勝手なことばっかり言う。お父さんもお母さんも、本家の人間だってそうだ。都合のいい言葉ばかり並べて、自分ばっかり正しいみたいな言い方をして。




053


[コムラ姉の事だって……!]


未だに振り切れないタイラとは違い、彼等はもうコムラをいないものとして扱っている。それが、時々すごく寂しくて、悔しくて、堪らない気持ちになるのを誰も知らない。


彼女は、自分より六つ上のお姉ちゃんだった。サイドで縛った髪を揺らしていつも楽しそうに笑う彼女に、タイラはひどく懐いていた。どこに行くにも一緒に行きたがり、何をするにもコムラと同じがいいと強請った。それほどまでにタイラにとってコムラという存在は大きく、だからこそ目の前で起きたことに、ひどくショックを受けていた。




『キヨシくん危ないッ!』


『えっ』


『コムラおねちゃ――ッ!』


ドンッ。と。嫌な音が響いたのを、今でも覚えている。


嫌な音だった。耳に残る、嫌な音。そして――コムラ姉の、最期の音。全てが狂ってしまった、瞬間だった。




その日。半ば妄執に憑りつかれていたキヨシから、コムラが妄執を引き剥がしたのが始まりだった。


攻撃してきた妄執を避けたキヨシ。しかし、上手く避けたつもりだったが、足を取られてしまい大きくバランスを崩してしまったのだ。タイラを安全な場所にと運んでいたコムラの目が大きく見開かれる瞬間を、タイラはいやに覚えていた。


『キヨシくん!』


コムラはタイラを放り出し、キヨシを助けた。そして、落下。


嫌な音と共にコムラは呆気なくこの世を去り、キヨシは落下の衝撃で意識を失ってしまった。妄執が今のうちにと逃げていくのを、幼いタイラは見ている事しかできなかった。


その日から、コムラの母親――オケラは、人が変わったように屋敷を徘徊するようになってしまった。


『ああ、コムラ……! コムラ……! どこにいるの、コムラ……!』


『オケラ姉、コムラ姉はもういないんだよ』


『うるさいうるさいうるさい!! アンタの事なんか知らないわよ! 近づかないで!』


そう言って暴れるオケラの腕が、足が、タイラの小さな体を打つ。


わざとじゃないとわかっていても、やっぱり痛かった。


『コムラの代わりにアンタが死ねばよかったのに!』


痛みに呻く中、何度罵声を浴びせられたことか。最初は数えていたけれど、それもいつかやめてしまった。


[あんなに優しかったのに……]


オケラはそれから、心身ともに健康を崩してしまい、やがては施設に入ることになった。施設に行く前、最後に見たオケラ姉の顔を、タイラは忘れられない。


『お前は、コムラを見殺しにしたんだ』


『返せ。私のコムラを返せ』


それはまるで呪詛の様だったと、誰かが言っていた。




054


その傍らで、コムラに助けられたはずのキヨシは意識を失ったまま、何日も寝たきりになってしまった。何度も何度も見舞いに行った。それでも、彼は目を覚ましてはくれなかった。


何が原因なのか、何が彼をそうさせているのか。医者はわからないと言っていた。悔しかった。コムラの大切にしていたものを、何一つ守れないのかもしれないと思うと、怖くて怖くて、堪らなかった。


しかし、時は無情にも過ぎていく。最後にキヨシの見舞いに行ったのは、引っ越しの前日だった。


『のう、キヨシくん。ウチ、小学生になったよ。キヨシくんは……もう少しで中学生じゃのぉ』


それが、最後の会話だった。


それから三年後。まさかキヨシが同級生となって現れるとは、思ってもいなかった。生きてくれていたことにひどく安堵する反面、キヨシがコムラの事を忘れていることに、怒りと共に言葉に表せない寂しさが込み上げてきた。


話を聞いた時は感情の整理ができなくて雪の中飛び出してしまって風邪をひいてしまったくらいには。


[それもこれも全部、こいつらのせいじゃ]


込み上がっていた怒りが、徐々に重さを増していく。怒りを通り越して、何か怖いものになって行くような気がしたけど、気には留めなかった。




「な、なにキレてんだよ。逆ギレ? はー? サムイんですけどぉ」


「……コムラ姉にも、さっきのみたいなことを言うたの?」


「は?」


「言うたかどうか、聞いとるんじゃ!」


「ッ、わ、わかんねーよ! 覚えてねーだろ普通! つーかなんなんだよお前! 年上はちゃんと敬えよなァ!」


ぎゃんぎゃんと喚くむかいを、タイラの冷たい視線が射抜く。


「は、はあ? なんだよその目! お前なんかなぁ、惨めで弱虫であほっちくて! どーせそこにいる奴もお前の事なんか見てねーんだよ! そのコムラ? とかいうガキだってなぁ、お前のことなんかどーでもよかったんだろーよぉ! だから死んじまったんだ! お前は愛されてねーんだよ!」


「……に?」


「あ?」


「だから、なに?」


タイラの氷のような目に。声に。言葉に。むかいは言葉も動きも止められた。


[きっと、変な噂を流しとったなぁ、こいつだ]


タイラの足が、一歩前へと踏み込む。反撃されるとは思っていなかったのだろう。泣き崩れるとでも思っていたのかもしれない。でも、そんなのとうの昔に超えている。


「愛されてない? どうでもよかった? そんなの、どうだってええんじゃ。ウチはお前らに復讐できれば、それでええ」


「はっ、な、何を」




055


むかいが一歩下がるごとに、タイラが一歩前に詰める。さっきまでの形勢が逆転したような光景に、自然と口元が緩む。


「じゃけぇ、お前を殺せれば、それでええっていうとるんじゃ」


――ああ、楽しい。


怯えた顔もいい。手足が震えているのもいい。自分を怖がっているのだと示す、目の前の男が愛おしく感じてくる。愛おしくて、愛おしくて。


[なんじゃろうな]


ころしたくなる。




タイラは笑う。高らかに。


[あいつが、全部、ぜんぶ奪って行った。あいつが、全部。]


奪われたら取り返さなくちゃいけない。取り返して、奪って。引き裂いて。ころして。


[じゃないと]


ウチが、むくわれないじゃんか。






「……イ……! ……タ…………タイラ!」


「!!」


耳元で聞こえる声に、体が止まる。いつの間にか振りかぶっていた手は、温かい手のひらに包まれていた。背中にキヨシの体温を感じる。ふわりと香る若葉の匂いに、タイラはふと脳裏を過った記憶を見た。


『おいしいね』


そう言って笑う、キヨシの顔。玉露の爽やかな香りが、タイラの鼻孔を撫でたような気がした。


「き、よし、くん……」


「よかった。ちゃんと目が合う」


「っ」


ふわりと笑うキヨシに、タイラは息を飲んだ。かくりと膝を着いて潤む視界でキヨシを見上げる。そんなタイラを追いかけるように、キヨシは膝を着いた。


「大丈夫?」


「う、ん……」


こくりと頷くタイラに、キヨシがほっと息を吐いたのを感じた。キヨシの手がタイラの頭を撫でる。その手は僅かに震えており、彼がいかに勇気を出して止めてくれたのかがわかる。


[ウチ、キヨシくんに、迷惑かけてしもうた]


込み上げる自己嫌悪。それを後押しするように、タイラの頭の中では先ほどまでの思考が一気に駆け巡った。


何か、ひどいことを思っていたような気がする。しかし、ついさっきの事なのに頭の中に靄がかかっているようで、上手く思い出せない。蹲って顔を顰めるタイラに、下品な声が響いた。


「ふ、ははは。なんだよ、ビビらせやがって。ただの虚勢かよ。つまんねぇ」


「!」


から笑いを発するむかいに、タイラはハッとする。そうだ。恨みに囚われてすっかり彼の存在を忘れてしまっていた。


いつの間にか尻もちを付いていたむかい。その格好は無様だったが、にやりと卑しい笑みを浮かべる顔は何を考えているのか、わからない。


[キヨシくんを、守らんと]


タイラは力の抜けた足を奮い立たせた。むかいをキッと睨む。




056


「まあまあ。そんな顔すんなって! 妄執化しかけるってこたぁ、随分と恨みを持ってるみてぇじゃねーか。どうだ? 俺たちの仲間にならねぇか? お前だったらこの俺様がじきじきに口利いてやるぜ?」


「は、なにを言って」


「代わりに……そうだなぁ、ソイツが俺の下僕になるのを条件にしてやるよ」


「ぼ、僕っ?」


「おう。お前だって、惨めに生き残ったミジンコの一人だろぉ? 少しくらい、反省した方がいいんじゃねーかぁ?」


ニヤニヤと下品な顔を浮かべるむかいに、寒気がする。


[この人は、何を言っとるんじゃ……?]


下僕? ミジンコ? 反省って、何?


「俺の下僕になりゃあ、衣食住は保証してやんよ。だからぶん殴られても、蹴られても、指の一本無くなっても文句は言うんじゃねーぞ? ああでも、俺の力を受けりゃあマトモじゃいられなくなるかァ!」


「ち、力って」


「あ? そりゃあお前、人間のウワサバナシだよ」


「うわさ……?」


タイラの言葉に、むかいは更に笑みを深くした。ニチャアとねばついた音が出そうで、本能的に嫌悪感を覚える。


むかいは自信満々に両手を広げると、高らかに話始める。


「そうだ! 人間の噂っつーのはこえーもんでなぁ! あることないこと吹き込むだけで、簡単に壊れちまう! そいつがさっきから聞いてるのが、それだよ」


「っ、キヨシくん、もしかして……!」


タイラは勢いよくキヨシを振り返った。彼はビクリと肩を震わせると、ぎこちなく笑みを浮かべた。タイラを抱き締める手に、力が籠る。


「大丈夫だよ、タイラ」


「な、なんで言わんかったんじゃっ! 言うてくれりゃあ引き返したのに!」


「だって、言ったらタイラは僕を置いて行っちゃうでしょう? それに、僕は何を聞かされても大丈夫だよ。だってタイラはそんなこと言わないってわかってるもん」


「!」


へらりと、力なく笑うキヨシ。よくよく見れば顔は青白く、唇は噛み締めているのか赤く血が滲んでいる。


[そがいに、がまんしとったの]


痛々しい唇を、タイラは指先で拭う。気づいてあげられなかった自分がどこかひどい人間に見えて、泣きたくなってしまった。むかいの声が響く。


「ハハハッ! とんだ間抜けだなァ! でもお陰で遊び甲斐がある玩具が手に入るかもしんねえ! ほら、早く俺の下につくって言えよ!」


「っ……」


「どうした? 怖気づいたか?」


「っ、入るわけ、ないじゃろッ!!」


タイラは怒りに叫んだ。さっきまでの冷たい怒りではなく、全身が燃えるような熱い、熱い怒りだった。




057


「はあ? お前、何言ってるかわかってんの?」


「そんなんどがぁでもええ! はようキヨシくんへの術をといて!」


「ハァー。萎えたわ。つまんねーの。――死ねよ、クソガキ」


むかいの手がパチンと音を立てる。瞬間、タイラの頭の中に声が響いた。




『何あの子、変な言葉しゃべってさぁ』


『ねえ、聞いた? あの子ってば前の学校で人いじめてたんだって! それでバレて転校してきたんだってさぁ!』


『そういえばあの子、昔人を殺しちゃったんだって』


『ないそれ、こわぁい!』




キャハキャハと甲高い声が響く。重なり響く悪意のある言葉は、タイラの耳を劈いた。


[っ、なにこれ……!]


タイラは自分の耳を塞いでしゃがみ込んだ。その姿を見て、むかいが嗤う。


『人間の噂っつーのはこえーもんでなぁ! あることないこと吹き込むだけで、簡単に壊れちまう!』


ああ、なるほど。そういうことか。


「ははっ、はははっ! ざまーみろ! 俺に逆らうからこうなるんだよ!」


「ッ、たいらっ、だいじょうぶっ?」


「っ、う、ん」


キヨシの声が掻き消されるほどの悪意が、タイラの脳を貫く。キヨシも耳を抑えているところを見るに、彼の耳にも数々の悪意が囁かれているのだろう。


[ッ、こんままじゃっ]


ふと。タイラは足元に落ちてしまっていたリュックを見る。さっき妄執に取り込まれかけていた時にでも、落ちてしまったのだろう。ごろりと半身がはみ出しているそれに、タイラは息を飲んだ。




[ドライヤー、ガン……]


紀眞家の、選ばれた人間にしか支給されないドライヤー型の銃。


本当はコムラに渡されるはずだったそれ。コムラの目と同じ紫に塗られたその銃は、オケラが施設に入る前にタイラに投げつけてきたものだった。痛い想い出しかないもの。しかし、タイラは新しい銃を作ることなく、それを大切に持っていた。


[これを使えば……]


タイラは手を伸ばす。しかし、指先が触れる前に手が止まった。




――本当に、使ってええの?


過去の自分が、問いかける。


本当に使ってええの? これを自分が使ってしまったら、コムラのものじゃなくなってしまうかもしれない。コムラの死を認めることになるかもしれない。それでもいいの?


[うるさい]


うるさいうるさいっ!


これしか助かる方法が無いのだ。自分が、キヨシが助かるには、これを使うしかない。それに、そもそも自分は彼を退治することを使命として受けてきたのだ。それが全うできないなんて、意味がない。




058


タイラはドライヤーガンを掴んだ。銃口をむかいに向ける。


「はあ? なんだよそれ。モデルガン? そんなもんで俺に勝てるとか思ってるワケ? うっわ、だっせぇー!」


「ッ、!」


むかいの声が頭に響く。しかしタイラはそんな声を無視し、ドライヤーガンを見つめた。充電部分を見れば、ほとんど残っていないのがわかる。


[充電しときゃあえかった……!]


そう思っても仕方がない。元々使う予定ではなかったのだから。でもこれで躊躇う必要がなくなった。ミスは出来ない。一発で当てなければ。


「コムラ姉のかたき……!」


「あ?」


油断している今がチャンス。タイラは震える銃を両手で支えて、引き金を引いた。


――瞬間、眩い光と共に火花が散る。


タイラは衝動に耐え切れず、後ろへと吹っ飛んだ。


「きゃあっ!」


「タイラ!」


キヨシがタイラの身体を支える。その時だった。


「うあ゛ああ゛あッ!!」


耳を劈くような悲鳴。鼻孔を擽る、陽のにおい。


痛む体に鞭を打って顔を上げれば、むかいが光に包まれて燃えていた。


「も、もえてっ!」


「あづいッ! あぢぃよォオオ!!」


「ッ、!」


「テメェッ! テメェのせいだからなァッ!!! アア゛ア゛アッ!!」


恨みごとにすら聞こえる悲鳴に、むかいは床を転げまわる。しかしむかいを包む炎は、消える気配はない。指の先から炭のようになっていく。「チクショウ!」と声を上げるむかいが、窓を割って飛び出した。むかいの声が何かを叫んでいる。タイラは追いかけることも出来ず、座り込んでいた。


[いま、なにが起きとったんじゃ……?]


光が発射され、炎がむかいを包み、炭になっていく。燃えているのに嫌な臭いはしなくて、まるでお日様に包まれたかのような香りがタイラを包んでいた。


「タイラ! 大丈夫?」


「う、うん……」


キヨシの言葉にこくりと頷く。いつの間にか、あの嫌な声は聞こえなくなっていた。キヨシの声がクリアに聞こえる。


タイラの意識が、一気に下へと引っ張られる。ぐったりとするタイラに、キヨシが叫んでいるのが見える。


[あれ、ウチ、なんで……]


知らぬうちに、タイラは自身のキャパシティを超えてしまったのだろう。全身が脱力する。意識が、途切れた。






「ン……」


「あ、タイラ。起きた?」


「……キヨシ、くん?」


目を覚ました時に見えた顔に、タイラは口を開く。喉の奥が張り付いたように乾いて、つい咳き込んでしまった。慌てて差し出される水を飲み干して、タイラは周囲を見回した。




059


見覚えのない部屋に置かれた、見覚えのある家具。それは夏休みの際にキヨシに誘われ、入った部屋と同じ調度品だった。


「キヨシくん、ここって」


「うん。僕の部屋だよ。あっ、安心して! 変な事とか、全然してないから!」


「ふふっ。そがい慌てとると、余計怪しくみえてしまうじゃろ」


「えっ、そ、そうかな?」


あはは、と苦笑いを浮かべるキヨシは、いつもと変わらない。


すっとキヨシの頬に手を伸ばす。触れた頬はあの時の青白さがなくなり、温かい温度が流れている。


「……いきとる」


「うん。生きてるよ。僕も、タイラも」


キヨシの手が重なる。ふわりと笑う笑顔は、一緒にお茶を飲んだ時と変わらなくて。


[……えかった]


そう胸を撫で下ろした。


少しして、キヨシが呼んで来てくれた主治医の診察を受けることになった。どうやら妄執になりかけたことで、体に大きな負荷がかかってしまったらしい。三日寝込んでいたと聞いた時は、驚きで何も言えなかった。


「はい、玉露のお茶だよ。ちゃんと全部飲んでね」


「あ、ありがとう、キヨシくん」


にこりと笑うキヨシから湯呑を受け取り、中身を飲む。美味しいお茶にほっと息を吐けば、少しだけ体の中が軽くなったような気がした。横でキヨシが「これ、タイラの分ね」と茶葉を分けているのを見て、つい苦笑いが零れてしまう。そんなに気にしなくてもいいのに。


トントン。


「失礼するよ」


スッと開けられた襖。視線を向ければ、そこにいたのは、匕背家の当主だった。慌てて姿勢を正そうとすれば、彼は「そのままでいい」と朗らかに笑う。そして「目を覚ましたようでよかった」と言った。


「少し、話をしても大丈夫そうかね?」


「は、はいっ」


「ありがとう」


彼はそういうと、入り口に近い場所に腰を下ろした。どうやら体調の確認だけではなさそうだ。


「話はキヨシくんから聞いたよ。――タイラちゃんは、もっと自分を大切にしなさい」


「えっ」


「女の子が、しかもまだ子供である君が、あんな時間に学校まで行くものじゃあない」


真っすぐ見つめてくる視線に、タイラはドキリとした。ときめきではない。緊張だ。


「とはいえ、止めなかったキヨシくんにも非はある。彼には帰って来た日にキツく罰を与えたからね。君も、反省しなさい」


「は、はい。ごめんなさい……」


まさしく蛇に睨まれた蛙。


有無を言わさない鋭い眼光に、タイラは言い訳をすることも出来なかった。




060


代わりに深々と頭を下げれば、「よろしい」と厳格な声が落ちてくる。タイラは心の中で誓った。もう二度と、夜に抜け出すことはしないと。


匕背家当主はキヨシに差し出された湯呑を受け取ると、タイラを見た。


「それで、君はそらうみの人間と会ったというのは、本当かね?」


「は、はい」


「どんな奴だったか、聞いても?」


匕背家当主の言葉に、タイラは頷いてむかいの事を話した。


むかいの人柄や、やっていたことについて。そしてドライヤーガンの攻撃を受けた彼は、どこかへと逃げ去ってしまったことも。


「なるほど。どうやら話は嘘ではないようだな」


「え?」


当主の言葉にキョトンとする。彼は言った。


「君たちが返って来た時、すぐに我々は調査に向かったんだ。そこでドライヤーガンが使用された痕跡と、何かが燃えた痕跡を見つけた。むかいの居所についてはわからないが、校舎の外で燃え尽きたであろう痕跡があったと聞いている。無事、退治は出来たんだろう。被害もあれから聞かないしな」


彼の言葉に、タイラはほっとした。


[えかった……]


被害が出ていないということは、解決したということ。自分の役割を、自分は全うできたんだ。


「だが、そこで新たな痕跡を見つけた」


「えっ」


「恐らく、もっともすみの奴だろう。ずる賢いのか、全てをむかいのせいにして逃亡を企てているらしい」


「そんな……!」


「そこで、君に協力して欲しいことがある。――ドライヤーガン戦士として」


その言葉を皮切りに、当主は今の現状と相手の能力の予測をタイラに話した。その中には今後の作戦も入っており、それを聞いてしまったタイラはもう逃げることは出来ない。


「作戦はすぐに実行可能だ。これ以上学校側を説得するのも難しい。病み上がりの君には酷だろうが――今夜、乗り込むつもりだ」


「えっ」


「お、親方様っ! それはいくら何でも早すぎじゃあ……!」


「キヨシくん」


声を上げたキヨシに、当主は首を振るだけだった。


[もう一人、いたなんて……]


タイラは次々と襲い来る情報の波に呑まれそうだった。だが、自分が行かなかったことでみんなが苦しい想いをするのは嫌だ。それに――。


[妄執と戦うのが、戦士じゃけぇ]


「わかりました。一緒に行きます!」


「ありがとう。期待しているよ」


タイラが彼の言葉に頷くと、彼は満足したのか部屋を出た。去り際に「ドライヤーガンは充電しているから安心してくれ」と言われる。慌てて感謝をすれば「お互い様だ」なんて。


「大人のよゆうじゃ……」


「……タイラ。親方様には奥さんいるからね」


「? 知っとるよ」


突然何を言い出すのか。


不思議なものを見る目でキヨシを見れば、ため息を吐かれる。なんじゃ。




061


「タイラさま、これを」


「あ、ありがとうございます」


――当主と話し合いをしたその日の夜。


タイラは学校の校庭でぼうっと突っ立っていた。黒服の男女があちらこちらを駆けずり回っている。まるでドラマのシーンみたいで、落ち着かない。


何も出来ず端っこに居れば、黒服の男から耳栓のようなものをもらった。トランシーバーと呼ばれるものに近いのだと説明を受けつつ、付けてくれた彼は、「それでは」と足早に去って行く。耳に差し込まれたそれを手で弄りながら、タイラは何とも言えない顔をしていた。


[違和感すごいんじゃけぇ、……はよ外したい]


もぞもぞとするのが気持ち悪い。でも外したら怒られてしまいそうだから外せない。タイラは諦めたようにため息を吐いた。


それから数分して、準備が整ったらしい。一人の女性がタイラに声を掛けた。


「タイラさま、行きましょう」


「あ、は、はいっ!」


頷いたタイラは、彼女と一緒に校舎に入って行った。タイラの手には、ドライヤーガンが握られている。




「うわ……」


「暗いですね。足元に気を付けてください」


「は、はい」


彼女の注意に頷きながら、タイラは足を進めていく。この前来た時よりも明るい廊下は、正直あまり恐怖を感じない。――しかし。


[なんかすごい真っ黒になっとる……!]


廊下に蔓延る、真っ黒な霧。


ぶわりと感じる悪臭は、広島で女に追いかけられた時のことを思い出した。


ピピピ。


『装置を確認しました。撤去作業に入ります』


「もっともすみとは遭遇しましたか?」


『いえ。こちらでは確認が取れていません』


『こちらもです』


「そうですか。引き続き捜索を頼みます」


『承知いたしました』


ピピ。


[か、かっこええ……!]


耳元で交わされる会話に、タイラはドキドキとしてしまう。高揚する気持ちを隠せない。本当にドラマみたいなことが起きている。


キラキラとした目で女性を見ていれば、彼女はタイラを振り返った。にこりと微笑まれる。理事長先生といい、彼女といい、大人の女性はやっぱりすごくかっこいい。


――途端。ゾワッとした感覚に銃を向ける。


[妄執……!]


油断した。ぐわりと開かれた口のようなものが、タイラを飲み込もうとしている。慌ててタイラは引き金を引くと、靄は言葉にできない悲鳴を上げ、去って行く。


「はあっ、はあっ」


「大丈夫ですか、タイラさまっ!」


「う、うん」


彼女の焦る声に頷く。危なかった。びっくりした。


「油断せずに行きましょう」


「は、はい」




062


タイラは頷くと、ドライヤーガンを抱き締めた。少しだけ減った充電が、不安を煽る。そんな不安を消し去るように、襲い掛かってくる妄執を倒していく。装置を見かけては他の人に連絡をして、タイラはもっともすみを見つけることだけに集中する。もっともすみを倒せるのは、ドライヤーガン戦士であるタイラだけだから。




「あらぁ? まぁた来たのー?」


「!」


「せっかくあの時見逃してあげたのに、おバカさんねぇ」


不意に頭の上から降り注ぐ声に、足を止める。見上げれば、いつの間にか高く積み上げた机の上に座っている女性がみえた。嫌な臭いがする。きっとあの人が、もっともすみだ。


「だれっ!?」


「あたしぃ? あたしは、しゅとう。もっともすみの中でも一番の美しさを持ってるって評判なのよぉ?」


うふふ、と笑う女――しゅとう。


厚化粧をした顔でにやりと下品な笑みを浮かべ、縦に巻かれた髪からは付け過ぎたコロンの臭いが空気を汚している。並びの悪い歯を見せて笑う彼女は、タイラの思う〝美人〟とは程遠い。タイラは銃を握りしめた。


「っ、あんたが、みんなに〝呪い〟をかけたんか!?」


「はあ? 〝呪い〟じゃないわよ。〝躾〟よ、〝し・つ・け〟!」


「し、しつけ?」


「そうよ!」


女はふんぞり返る。髪を払った瞬間、強すぎるにおいが舞う。


「女はねぇ、小さい頃から女である自覚が必要なのよ! お洒落をして、お化粧もして、可愛く着飾らなくちゃいけないワケ! ガキにはわかんないでしょうけど!」


「っ、そんなん、」


「それにねぇ、体を触られることにも慣れておかなきゃいけないのよ。初心な子が面倒って人は意外と多いのよぉ? 教育よ、教育!」


女はそう宣うと、鼻で笑う。タイラはそのひどい言い分に、強く拳を握り込んだ。


「……コムラ姉にも、それを言ったんか?」


「はあ? 誰よ。コムラって」


「……そっか」


「変な子ねぇ。あたし、ガキに興味はないのよ。さっさとどっかに行ってちょうだい!」


しっしっと手で払われる。まるで虫を払うような仕草に、タイラは怒りが一瞬にして霧散していくのを感じる。


[この人たぁ、話しても無駄なんじゃろなぁ]


きっと自分のこと以外に興味はないのだろう。


自分の事しか見ていない。周りの子達が苦しんでいるのも、嫌だと思っているのも、きっと彼女は知らないんだろう。込み上げるのは、最早哀れみの気持ち。


誰のことも見えてないから、誰にも見てもらえない。


それを彼女は気づいていないんだろう。


[かわいそうに]




063


「なによ、その反抗的な目! きっもちわるいんだけど!」


[ウチはコムラ姉の真似しか出来んけど]


「――ウチ、アンタの事嫌いじゃ」


「はあ?」


タイラは銃をかまえると、全身全霊でしゅとうに向かってドライヤーガンを放った。


「ちょっ、なによこれッ!? ああああ!! あついッ! あついぃいい!」


キィンと響く、甲高い声。その声に、タイラの顔にしわが寄る。嗚呼、嫌な声。


[聞きたくない]


机から転げ落ちたしゅとうは、床でのたうちまわりながら、タイラを睨んだ。


「なにすんのよぉおお!」


「っ、!」


「何とか言いなさいよォ! この、悪魔ッ! 鬼! ひとでなしッ!」


しゅとうが暴言を羅列する。


彼女の顔が、光に焼かれていくのが、いやに目に焼き付く。


「ああああッ! あたしの顔がっ! そう、あんたッ、紀眞家の人間だったのねッ!」


「っ、な、なんでしって……!」


「その顔ッ! 忌々しい顔! そうよ! お前らが! あああ、許さない! 絶対に許さないんだからああァッ!」


しゅとうは叫ぶ。まるで恨みつらみを吐き出すかのように。


タイラは後ずさると、後ろへ尻もちを付いた。しゅとうの身体が炭になって行く。彼女は構わず叫び続けた。


「末代まで呪ってやるわ! あああっ! 何も知らないクズが! あたしの顔をォオッ!」


「ッ、アンタ達だって」


「うるさいッ!! お前は卑しい! 卑しい顔をしているわ! どうせお前も快楽殺人者なんだ! あたしたちをより残酷に、残虐に殺すのが目的なんだッ!」


「ちがっ」


「うるさい化け物ッ!」


ひゅっと息を飲む。向けられる視線は、怯えと、敵意。


[……なんでそんなん言われなきゃいかんの]


被害者なのはこっちで、あなた達は加害者じゃないの。


なんでこっちが責められないといけないの。


タイラの心が震える。そんなつもりはない。確かに彼女のことは知らないけど、だからと言ってみんなを苦しめてる原因を放置しておけない。


[でも、ころしているのは、ほんとう]


タイラの心の中で、誰かが呟く。その声に、たまらず耳を塞いだ。


「ちがうちがうっ!」


「人殺しを楽しんでるんだッ! 人殺しッ! 最低な人間よ、あんたなんかッ!」


「違うッ!」


ちがうちがうちがう!


[ウチは人を殺してなんかない! 殺したのはお前たちで、ウチはそれをはっきり見てて、見てるだけ、で……]


なにも、できなかった。


タイラは愕然とする。何も出来なかった。何もしなかった。見ているだけだった。――それは見殺しにしたのと、同じじゃないのか?




064


コムラが落ちていく瞬間を覚えている。


嫌な音を立てて地面に叩きつけられた時も、妄執が逃げた時も、タイラは何も出来なかった。だって三才だ。何も出来ない、子供だ。


[でも、もしウチが動いとったら……]


もしかしたら、何か変わっていた?


コムラが死ぬことはなかった?


みんなみんな、笑顔で生きていることが出来た? ――そうだったとしたら。




「聞かないで、タイラ」


「!」


「大丈夫。タイラは間違ってないよ」


温かい手が、目を覆う。耳に吹き込まれる声は、驚くほど優しくて、蕩けるほど温かくて。


「キ、ヨシくん……なんで……」


「僕も手伝ってたんだよ。タイラの力になりたくって。でも、こんなことなら一緒に来ればよかったな」


「っ」


キヨシの言葉に、タイラは溢れる涙を我慢することが出来なかった。


「うっ、ぅううっ」


「大丈夫。大丈夫だよ、タイラ。敵は消えた。もう心配することはないよ」


「っ、でも、ウチは……っ」


「あの人の言ったことは全部忘れて。大丈夫。タイラはがんばってるもん。僕がずっと見てたんだ。僕の言葉を信じて」


「っ……ぅ、ん」


「約束だよ?」


ふふ、と笑うキヨシの声に、手が震える。温かい手に、タイラは身を委ねた。


そんなタイラを叱ることもなく、キヨシは彼女を背負った。撤退すると騒がしくなる周囲を感じながら、タイラは思う。


[もう、こがいな思い、したない]


傷ついては掘り返され、それでもずっと背負っていかなければいけないことに、もう疲れてしまった。


コムラの仇は取ったし、みんなを救うことも出来た。きっとこれでオケラも喜んでくれるだろう。それでいい。……それだけで、いい。


「……ねえ、キヨシくん」


「うん?」


ゆらゆらとゆりかごのように優しく揺れるキヨシの背中。


「ウチ、もう妄執をたおすの、やめようか思う」


驚くキヨシのシャツを握り締める。こわい。嫌われてしまうかもしれない。それでも、キヨシくんなら受け止めてくれると信じて、吐露した。もちろん、そんなこと出来るわけもないのはわかっているのだけれど。


「……なんて、言えんよね。分かってるんじゃ。ウチはドライヤーガン戦士だから、妄執を倒さないといけないって」


「タイラ……」


「それが戦士としての役目だし、責任だってコムラ姉がよく言ってた」


タイラは続ける。


まるで本心を隠すように。怯える自分を、欺くように。




065


「でも、ウチにはできんよ。だってウチが戦士になったのは、コムラ姉とオケラ姉の仇を取るためじゃけぇ。そのためにウチはずっと気張ってきて、みんなとも仲良うして、悔しいことも悲しいことも、全部ガマンして……でも、それも、これで終わってしもうた」


「タイラ……」


「ウチ、これからどがぁして戦やあええんじゃろう。もうわからん。教えて、キヨシくん」


震える声で、タイラは自分の気持ちを吐き出した。


わかっている。『逃げたい』なんて気持ちが認められないことなんて。自分はみんなを救うために生きて、死んでいかなきゃいけないんだって。わかってる。


[でも、もう疲れてしもうた]


誰のためとか、自分のためとか。そんなの関係なく、自由に生きたい。妄執も、敵意も、悲鳴も、もう見たくないし、聞きたくない。


解放して欲しい、なんて。


「……ふふふっ。すまんのぉ、困らしてもうて。全部ウソじゃから、気にせんでええよ。変なこと言うてすまんのぉ。あ、でも婚約のこたぁ……お父さんと話さにゃあわからんけど、やめよう思う。ウチにキヨシくんは、もったいないもん」


何も言わないキヨシに、タイラは早口で捲し立てた。キヨシに嫌われたくない一心だった。


震える手に、キヨシの髪が触れる。


「タイラは、僕のこと好き?」


「……へっ?」


突然告げられた言葉に、タイラは目を見開く。


「と、とつぜんなんじゃっ!?」


「僕はね、タイラのことが好きだよ。許嫁になったのも、最初は驚いたけど……今はうれしいって思ってる」


「っ」


「でも、僕は……君のいう、大切なコムラお姉さんを覚えていないし、記憶もない。僕の体は大人なのに、まだまだ子供で……タイラを守れないかもしれない」


「そがいなことっ!」


苦く笑うキヨシが振り返る。タイラは続けようとした言葉を飲み込んだ。


前を見た彼は、歩き続ける。静かに。一歩一歩ちゃんと進んでいく。


「……ずっと気になってたんだ。僕はみんなと比べて体が大きすぎるし、どこに行っても子供には見られなくて……でも、この前父さんが話してるのを聞いて、知ったんだ。──僕は、本当は十五歳なんでしょう?」


タイラは息を飲んだ。


[……知っとったの、キヨシくん]


ずっと、ずっと知らないと思っていた。


「最初はびっくりしたし、ウソだって思ったけど……この前風邪ひいちゃってさ。病院に行って、ウソじゃなかったってわかったんだ」


「キヨシくん……」




066


「でも、不思議と怖くなかった。僕が十五歳でも、タイラと同じ九歳でも、きっとみんなは……タイラは、同じように傍にいてくれるんだろうなぁって思って。そしたら、怖くなかった」


「……そっか」


「だからね、ありがとう」


そう言って笑うキヨシは、心底晴れやかな顔をしていた。全部を受け取っても尚、前を向き続ける彼は逞しくて、かっこいい。


「僕はタイラが好きだよ。ずっと一緒に居たい。タイラはどう? 僕と一緒に居たくない?」


優しい問いかけ。キヨシが足を止め、タイラを下ろした。いつの間にか校庭に出ていたらしく、タイラは花壇の縁に座らせられた。キヨシが跪いてタイラの手を取る。優しく、タイラの気持ちを解くように。


「……キヨシくんは、コムラ姉と結婚するはずだったんじゃ」


「うん。何となく、そうかなって思ってた」


タイラは思い出す。


幸せだった日々。仲のいい二人を、どれだけ羨んだだろう。自分も同じように優しい許嫁をもらって、お互いに好きになるんだって憧れていた。まさかこんなことになるなんて、思ってもなかったけど。


「二人はぶち仲がえかったんじゃ。じゃけぇ、キヨシくんと会うた時は驚いたし、コムラ姉を忘れとることが……ちいとだけ、許せんかった」


「それは……ごめん」


「ううん、それはもうええの」


タイラは首を横に振ると、手を握るキヨシの手を見つめる。


大きい、優しい手。自分とは全然違う、男の子の手。


「でも、知らんところに連れてこられたキヨシくんに、ウチはじっとできんでね。楽しそうに過ごすキヨシくんから目を離せんようなっとった。じゃけぇ、キヨシくんに避けられた時は、結構さみしかったんじゃよ」


「うっ……ごめん」


項垂れるキヨシに「謝ってばっかじゃのぉ」と言えば、彼は不貞腐れたように口を突き出した。


バツが悪そうに視線を逸らされる。


「なんべんも泣きとうなってしもうたし、でも戦士じゃけぇしゃーなーって。それに、コムラ姉ならこれくらい平気じゃろうけぇ。ウチもできる思うとって……結局みんなに協力してもらうことになってしもうたけど、仲直りできてほんと、えかった思うとる」


「うん」


「ウチはコムラ姉の代わりじゃからって最初は思っとったんじゃけど。……最近は、キヨシくんとの時間が楽しゅうて、ぶち好きじゃった。ううん、今でも好きじゃ。この気持ちが特別なもんだっていうのは、わかっとる」


「タイラ……」




067


「でもね。ウチは戦士で、みんなのために戦わにゃあいけん。――それがあの時、生き残ってしもうたウチの使命じゃけぇ」


手を握るキヨシの手が、強くなる。タイラの視界は涙で歪んで、よく見えなかった。


[運命は、残酷じゃ]


神様なんていない。そんなの、コムラ姉が死んだときに痛いほど知っている。


ぽろぽろと涙を流していれば、キヨシがタイラの手にキスを落とした。まるで、おとぎ話の王子様のように、優しく。


「ぇ」


「一緒に逃げよう、タイラ」


驚きに目を見開いたのも束の間。告げられた言葉に、タイラは生唾を飲み込んだ。


「な、何を言っとるんじゃ、キヨシくんっ」


「戦士じゃなきゃいけないなんて、誰も決めてないよ。タイラはタイラだもん。タイラが好きなことをすればいいし、好きな人といればいいと思う」


「で、でも」


「僕は、タイラと一緒ならどこまでも行くよ。遠いところでも、外国でも、地球の裏側でも」


そういうキヨシの目は嘘を言っているようには見えなかった。


「なんで……そこまで……」


「僕が、タイラを好きだから、かな」


照れたように視線を逸らし、笑う彼にタイラは考えていたことが一気に崩されていくのを感じた。――そんな。そんなことが合っていいのだろうか。


自分はコムラの代わりで、自分はキヨシを望む資格なんてなくて。


「だから、一緒に行こう」


「っ、ズルいよ、そんなん」


「そうかな?」


「うん。……ねえ、キヨシくん」


「うん?」


「好きになっちゃって、ごめんね」


「何言ってるのさ。僕の方こそ、ごめんね」


包み込むような優しい声に、タイラの身体が引き寄せられる。抱きしめられる身体が、温かい。


[ねぇ、キヨシくん。ウチもずっと一緒にいたい]


ずっと。ふたりで。


繋がれた手は、どこまでも暖かかった。






その日からは、怒涛の毎日だった。


家に帰ったタイラは、すぐに服とお菓子をリュックにたくさん詰め込んでいった。可愛がっていた豚の貯金箱も割って中身を出して財布に仕舞う。好きだったレコードは持っていけないから置いていった。よく読んでいた本も、大切な宝物も、ドライヤーガンも置いて、タイラは静かに家を飛び出した。


キヨシとの待ち合わせに向かう途中で、送り主のない父への手紙をポストに入れて来るのも忘れずにやって、暗い街をタイラは必死に走る。


学校の裏門に向かえば、タイラ同様、大きな荷物を持ったキヨシが見える。


「キヨシくん……!」


「タイラ!」


抱きしめ合った二人は、すぐに宛もなく足を進めた。




068


持ってきたお菓子を少しずつ食べて、歩き続ける。雨の日は公園で雨宿りをして、歩き疲れたら空き家に上がり込んで、怖い夜から逃げるように二人抱き合って眠る。


西へ、東へ、北へ、南へ。


空き家に忍び込んで、建物の角に隠れて。探しに来る人たちから逃げながら、二人は点々といろいろな街を歩いた。盗みはしなかったけれど、兄妹のふりをして店の人からあまりものをもらったこともあった。


アルバイトが出来るようになってからは、働いて日銭を稼ぐ日々。真面目に働く自分たちを、大人たちはこぞって可愛がってくれたと思う。苦手だった料理もいつの間にか上達して、いつしかキヨシに食べてもらうのが楽しみになっていた。


それでも、本家の追っ手が伸びれば、すぐに逃げる。何度も何度も。まるで鬼ごっこをしているみたいだった。疲れがたまる日々に体調を壊したりもしたけど、その度二人で乗り切った。


幸せだった。


本当に、幸せだった。


タイラはキツイ方言を誤魔化すため、いろいろな方言を混ぜた。キヨシは一番長く居た大阪で方言を覚えた。次第に妄執からも本家の人間からも逃げることが簡単になった。言葉を変えても、二人は幸せだった。


「キヨシくん」


「どうしたん? タイラ」


「ううん。何でもないで」


「さよか」


慣れない言葉にくすくす笑って、手を取る。――さて。今度はどこに行こうか。






そんな夢のような、愛おしくも波乱な逃避行の中。


久しぶりに帰ってきた東京で、キヨシとタイラは立ち竦んだ。新しい転居先に届いた一枚の紙。ポストに挟まっていただけの真っ白な紙。そこに書かれた言葉は、長い二人の逃避行に終わりを告げるには十分だった。


『アツシ、危篤。すぐ帰られたし。また、孫娘を引き取ればお前たちの勝手は不問に付す』


「嘘やろ、兄さんが」


肩を落とすキヨシに、タイラも困惑する。アツシとは、キヨシの兄だ。


キヨシ曰く、兄弟の仲は悪くないらしい。だからこそ、彼の想いは手に取るようにわかってしまう。それほどまでに、長い長い時間を過ごした。


「……のぉ、キヨシくん。アツシさんの孫娘さんって、アキラちゃんやなかった?」


「!」


タイラの言葉に、キヨシがハッとする。その反応に、タイラは自分が間違っていなかったことを察した。




――キヨシは数年前から、不思議な夢を見ることがあると言っていた。




069


男女が楽しそうに過ごす夢。その顔は男はキヨシに似ており、女はタイラに似ていた。血縁者であることはすぐに分かったし、少ししてその夢が兄夫婦のものだと理解した。


母は体が弱いのか、いつも布団に寝ている。子はその周りで楽しそうに、けれど静かに遊んでいる。まだまだ幼い子だ。きっと寂しい想いをしているに違いないと、キヨシは度々漏らしていた。


[キヨシくんは、ほんに優しい]


出会ったことの無い、兄夫婦。しかし、キヨシが日に日に心配そうにしているのを見て、タイラは「今日はどうだったの?」と聞くようにしていた。話を聞くことくらいなら、自分でもできるから。


「キヨシくん」


「なんや?」


「……そろそろ、潮時かもしれんね」


「!?」


驚いて振り返るキヨシ。その顔が面白くて、タイラは可笑しそうに笑う。


「もう、ウチはでーじ幸せにしてもろたわ。だから、これからは誰かの幸せのために動いたらあかんかのう」


「せやけど、あそこは!」


「大丈夫。……しゃーなーよ」


久しぶりに口にした広島の言葉は、覚悟の表れだった。――キヨシが一番最初に覚えた、最初の言葉。


[もう、しっくりこんけどねぇ]


キヨシの泣きそうな頬に手を当てる。目じりを撫でれば、ポロリと涙が一粒零れ落ちた。どうやらお互い、年を取って涙腺が弱くなったらしい。


「アキラちゃん、迎えに行っちゃろう?」


「……せやな。行こう」


タイラの手をキヨシが掴む。痛いほどの力が、今は心地よかった。




二人は東京に戻り、本家へと足を踏み入れた。


代がコロコロと変わった今では、二人の事を知る人間は少ないと思っていたが、そうでもないらしい。


「ここにいる」


そう言って当主代理から受け取った紙には、アキラのいる住所が書かれていた。二人はそのままの足でその家へと向かう。そして、初めて出会った幼いアキラに、初めて会ったのだ。






「……なつかしいのぉ」


広げたアルバムを見つめ、タイラは嗄れた声で呟く。あれからキヨシの兄、アツシはすぐに息を引き取り、マクラは精神的な崩壊により本家から引き剥がされてしまった。


兄の愛娘であるサクラを養子として引き取ったものの、サポートも空しく、一年の闘病の末、天に召されてしまった。せっかく親子になったのに、親子らしい会話なんて出来なかった。どうにか回復をと思っても、サクラの体は取り込んだ妄執の痛みに蝕まれてしまう。




070


けれど、彼女は一度も弱音を吐かなかった。涙を見たのも、息を引き取る一度だけ。サクラは、最後まで強い人だった。


「……あん子も、大きゅうなったね」


ふふ、と笑って、お茶をゆっくりと飲み下す。昨日作ったばかりの抹茶の羊羹は、キヨシにも好評だったもの。それに黒文字を刺そうとして、視線を感じる。ひょっこりと顔を出しているのは、あの時引き取った孫娘──アキラだった。


「ばーちゃん、だれかとお話してるの?」


「ふふふ。ううん、なんでもねわ」


「?」


首をかしげるアキラに、タイラは黒文字を置いて「おいで」と手招きをする。


アキラの顔がぱあっと笑みを浮かべ、パタパタとタイラの元に走り寄った。膝の上に乗ったアキラの頭を撫でる。


「アキラはほんに賢く、つよぉ育った。……時々危なっかしいばって、それもええところやね」


「? ばーちゃん?」


「ふふふっ。これからも元気でいてね、アキラ」


柔らかい髪を撫でて、タイラは願いを口にする。満面の笑みで頷くアキラは、サクラととてもよく似ていて、少しだけ泣きたくなった。


ふと、遠くで玄関が開く音が響く。ぱっとアキラが振り返った。


「! じーちゃん帰ってきた!」


「そうやね。一緒にお出迎えしようか」


「いくー!」


元気に跳ね上がるアキラ。跳び上がった小さな体は一気に廊下を駆けて行った。その背中を見つめて、タイラはひっそりと笑う。


[誰かんために生きるのも、悪うないね]


──ねぇ、コムラ姉。ウチは今、幸せだよ。


今のウチを見て、コムラ姉はどう思うんだろうね。怒るのかな。自分だけズルいっていうのかな。……ううん。きっとコムラ姉は言わない。


[……じゃけん、もう少し]


あと少し。もうちょっとだけ待っててよ、ねぇ。コムラ姉。





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