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ドライヤーガン戦士シリーズ七カツラ 怒

「──お二人には殺し合いを演じてもらいます」


そう言って笑ったヤワラに、カツラは戦慄した。






「はぁっ、はぁっ……!」


「っ、く、は……」


身体が痛む。喉の奥が痛い。切れた皮膚が外気に触れる度に、びりびりと痛みが頭を刺激する。


(どうして、俺がこんなこと……!)


ガンガンと痛みが響く脳を抱え、カツラは睨みつける。隔離された施設の中で向かい合うのは――親戚である紀眞ホムラだ。


(しかも相手があいつとか……ッ!)


自分と似た黄色の髪に表情を隠している彼女。最近付き纏ってくることが多くて困っていたとはいえ、まさかこんなことになるとは思っていなかった。ホムラを睨みつけ、カツラは大きくため息を吐く。着せられたフリフリの衣装は、今すぐにでも裂きたい気持ちでいっぱいだった。




――カツラが自分の気持ちと体が一致してないことに気が付いたのは、小学校に入る時だった。


かわいいお姫様よりも、かっこいいヒーローが好き。かわいいピンク色よりも、かっこいい青色が好き。綺麗なビー玉よりも、泥に汚れた野球ボールが好き。レースのあしらわれたワンピースより、動きやすいズボンが好き。


そんなカツラを周りは「まだ子供だから」と誤魔化していたが、その目は何一つ受け入れてくれていなかったことに、カツラは薄々勘づいていた。自分の好みが周りの求める“らしさ”とすれ違っていると知ったのは、いつだっただろう。――それからは、カツラにとって周りの大人たちは全員もれなく“敵”であった。


「貴女は女の子なのだから、女の子らしくありなさい」


「言葉も所作も美しくありなさい。貴女は“女の子”なのだから」


……そう言われることが、カツラは日を追うごとに鬱陶しくなっていた。


(女だからとか、カンケーねーだろ)


女でも美しくない人はいる。男でも美しい人がいる。“なりたい自分”を目指すことに、何故他人の許可を得なければいけないのか。カツラには全く理解することができなかった。――だって、自分以外にそうして暮らしている人は、沢山いるのだから。


それでも、周囲はカツラに“女”であることを求めた。言葉も、意識も、持ち物でさえも。


「貴方は女の子なのだから、赤いランドセルを背負いなさい」


「えっ。でもこっちの黒の方がカッコイイ……」


「女の子は赤と決まっているんです」


母と名乗る女性の強い視線に、カツラは何も言うことができなかった。――それと同時に、ずっと周りの人たちの期待を裏切って来たことにカツラは気が付いたのだ。


(自分は、……母さんと父さんの思う子供にはなれない)


それからカツラは、出来るだけ人と関わらないようにしてきた。自分が傷つかないように、……他人の期待を裏切らないように。


――しかし、カツラの背負うものはそれだけではなかった。


「ねえ、カツラちゃんってあの紀眞家の人なんでしょう!?」


「すごいよね~! 名家だもん!」


「……」


入学と同時に告げられたそれは、カツラを永遠に縛るものだった。




――紀眞家。この街……否、日本中で一番古く、大きい家と言っても過言ではないほど有名な家柄の人間。その事実はカツラにも、容赦なく降り注いでいた。そしてカツラには同い年が一人存在していた。


「ウチ、ホムラ! よろしくね!」


「……よろしく」


誰もが思い描く、“カンペキな女の子”。愛嬌があって、ちょっとお転婆なところも可愛いと大人たちは言う。可愛いものが好きで、ズボンよりもスカートを好む。かっこいいヒーローよりもお姫さまが好きで、白馬の王子さまに恋焦がれるような――そんな、女の子。自分とは正反対で、自分よりも周りの期待に応えられる女の子。自分と似た黄色い髪を靡かせて大きな目で周囲を見つめる彼女は、まるで自分自身を鏡に映しているかのような存在だった。


そんな彼女と比べられるのが嫌で嫌で嫌で。カツラは“ホムラ”という存在を出来る限り避けてきた。お陰で家でも外でもずっと一人だったけれど、それでもよかった。誰にも迷惑を掛けない事こそが、何もできない自分にとって一番にできることだ。……そう、思っていたのに。


(なんでこんなことになってんだよ……ッ!)


気が付けば、自分たちに婚約の話が降りかかり。気が付けば、ドライヤーガンのテスター戦士とやらに選ばれ。気が付けば、こうして死闘を演じさせられている。


――なんなんだこれは。一体何が、どうしてこんなことになっているんだ。


「ウチはっ、あんな奴とぜ――ったいに結婚したくないッ!」


「ッ、俺だって!」


ホムラの言葉に、カツラは反射的に叫んだ。特に気にしていなかった出来事が、まさかこんな形になって降りかかってくるとは思わなかった。


カツラは脳裏を過ったヤワラの顔が、憎らしくて仕方がなかった。




――数時間前。ヤワラに「殺し合いを演じて欲しい」と言われたカツラたちは、目に見えて動揺していた。


「こ、殺し合いって……!」


「もちろん本当に殺し合ってもらうわけではありません。ただ、“演じてもらう”だけ」


「え、“えんじる”……?」


「ええ。本当に殺しあったら泣いちゃう子がいますから」


ふふっと笑うヤワラに、カツラとホムラは顔を見合わせる。笑みを浮かべる表情は慈愛に満ちているのに、纏う雰囲気が冷たくてちぐはぐだ。


(……何だよ、この人)


さっきまでの朗らかな空気とは一変。冷たい視線で自分たちを見下ろすヤワラに、戸惑いが走る。……彼女の言葉に怯えればいいのか、それとも安堵すればいいのか。ホムラは安堵したように息を吐いていたが、カツラはそこまでヤワラを信じられるほど彼女の事を知らなかった。


(もしかしたら本当に殺し合いをさせられるかも)


そう疑うカツラに、ヤワラはにこりと笑みを浮かべると、足元に置かれていたアタッシュケースを持ち上げた。彼女の指先がロックを解除し、蓋を開ける。その中に入っていたのは二つのドライヤーと、フリルのふんだんにあしらわれた洋服が二着。


「武器はこれを使用してください。スーツはこちらを。試作品ですが、あなた達のサイズに合わせて作り直させましたので、引きずってしまうことはないと思いますよ」


「ちょ、ちょっと待ってよ、ヤワラ姉っ! テスターって、ウチらがこれを使うの!?」


「そうですよ、ホムラちゃん」


「な、なんでウチらなの? 別にヤワラ姉とチカラ姉でもよかったんじゃ……」


「俺も。納得できねぇんだけど」


「ああ、それ。気づいちゃいました?」


「「ッ――!」」


――ニヤリ。ヤワラの口元が大きく歪む。頬が吊り上げられ、口元が歪に笑みを浮かべる。その表情は、今まで見たことがないほど恐怖を煽る表情だった。


「ふふふ……そんなに警戒しないで。何も取って食おうってわけじゃないんですから」


くすくすと笑うヤワラに、カツラは生唾を飲み込む。込み上げるのは――得体のしれない、恐怖。


「スーツはカツラちゃんも着られるように、キュロットにしてあるから安心してください」


「はあ? バカだろ。俺は帰る」


「まあまあ。それに、これはあなた達にとっても悪い話じゃないはずだけれど……本当に帰っちゃいます?」


「はあ?」


にやりと、まるで悪役のような笑みを浮かべるヤワラに、カツラは目を細めた。嫌な予感が足元から這い上がり、足を絡めとる。――こういう時の嫌な予感というのは、大概当たるものだ。


ヤワラはアタッシュケースの中に入っていた紙を取り出すと、数枚捲る。目的の物を見つけたのか、彼女は取った紙を掲げた。難しい漢字がたくさん書かれた紙。……しかし、僅かに読める文から察するに――いい話ではないことは、確かだった。


「このテストで負けたほうに、正式に匕背家と婚姻を結んでもらう予定になっています」


「「えっ……!?」」


「ね。悪い話じゃないでしょう?」


そう言って笑うヤワラは、本物の悪魔のようだったとカツラは思った。






(俺だって婚約なんてごめんだ……!)


何のために自分がここまで目立たないようにしてきたのか。何のために親に反抗して、周りを突き放してきたのか。――全部全部、自分らしく生きたいがためにやって来たんじゃないのか。


(それを、こんなバカげたことでなかったことにされるなんて……ッ!)


――絶対に、いやだ!


「よそ見ゲンキンッ!」


「ッ!」


ビュンッと風を切る音がし、咄嗟に身を反る。目の前をドライヤーの本体が通り過ぎ、少しだけ前髪を掠めた。


(こんの……っ!)


顔を上げ、強く睨みつける。ドライヤーを振りかぶったホムラは自分の攻撃が当たらなかったことが不服なのか、「あーもう!」と大きく声を上げて地団太を踏む。彼女が“女の子らしい子”だなんて思っていたのがバカみたいだ。


「っ、武器で殴りかかってくるなんて卑怯だろッ! 正々堂々と戦え!」


「戦いにヒキョーも何もないでしょ! ていうか、セーセードードーってなに?!」


吠える声に、吠える声が返ってくる。その間も足払いを仕掛けてくるのを飛んで躱し、ドライヤーガンを構える。しかし、驚くほど柔軟なホムラの足がそのまま宙を蹴り、手首が蹴り上げられる。痛みに呻きながらも、ドライヤーガンを落とすことはせず、咄嗟に距離を取った。どさりとホムラの身体が床に落ちる。


(こいつ……ッ、マジでバケモンかよ……!)


昔からお転婆だとか言われていたし、本を読むより外で遊ぶ方が好きだったのは知っているが、まさかここまでとは思ってもいなかった。


「ちょっと! 痛いんだけど!」


「はあ?! お前が勝手に仕掛けてきたんだろ! 自業自得!」


「はー!? なにそれ! ジゴージ……もうっ! わかんない! 日本語でしゃべって!」


「日本語だっつーの!」


ギャアギャアと騒ぎ立てるホムラに、カツラは吠える。今まで人と最低限しか話してこなかった喉は、長く続く喧騒に耐えきれず小さく咳を出す。


「けほっ」


(っー……のどいてぇ……)


喉元を抑えつつ、カツラはホムラを睨みつける。そもそも、彼女の言葉がなければ自分はこんなに叫ばなくてもいいのだ。


(つーかこいつ、すっげぇバカなんだけど!)


思った以上に言葉を知らないホムラをカツラは睨みつける。昔から本や難しい活字などを読んだり書いたりするのが好きだったカツラは、ホムラの語彙力の少なさに心の中で彼女を馬鹿だと笑っていたが、それも数分の内。中々進まない会話に、最早内心頭を抱えるまでになっていた。


「今までどうやってコミュニケーション取って来たんだか……」


「なに?! 聞こえないんだけど!」


「うっせー! バーカ!」


「なにをう!?」


カツラの言葉に、ホムラが声を上げる。どこまでも元気な姿に何となく込み上げるものを感じ――しかし、カツラはその気持ちの正体がわからないまま、向かってくるホムラの蹴りを受け止めた。


「く……!」


(自分もボロボロなくせに……っ!)


どうしたらこんなにも強い力が出てくるのか。ガードに使ってジンジンと痺れる腕を軽く擦り、ホムラの足を取る。突然片足を取られたことに驚いたのか、慌てるホムラに足払いをしようとして――それはホムラの言葉によって遮られた。


「ちょっ、はなして! パンツ見えちゃ、うわっ!?」


「そういうこと言うなバカッ!」


パッとホムラの足から手を離して、力任せに突き飛ばす。ワンピースの中なんて自分は見ていない。絶対に。


顔に上ってくる熱を振り払うように首を振っていれば、ふっと上空から影が差し込んできた。はっとして顔を上げれば――したり顔のホムラと目が合って。


「スキアリっ!」


「ッ――!」


「いたぁい!」


ホムラの蹴りが脇腹に綺麗に入る。痛みに詰めた息を噛み殺したカツラだったが、一瞬にして自分の心の声が吐き出されたように錯覚した。しかし、上がった声はカツラのものではなく、攻撃をしたはずのホムラの方で。


「は?」


「あーもう! 何これ! イミわかんない!」


脇腹を抑えるカツラを真似するように、ホムラが脇腹を両手で痛そうに抑える。そして叫ぶ声に、流石のカツラも何が起きたのかわからなくなっていた。


(なんで攻撃したこいつが痛がってるんだよ)


痛がっているのは寧ろ自分の方で、泣きべそをかきたいのもこっちの方だ。なのに、どうして。


(……そういえば、さっきもそうだったな)


手首を蹴り上げられた時、ホムラは確かにアクロバットな動きをしていたが、その姿勢は安定していたように見える。……自分だって、悪役と戦うヒーローや戦隊レンジャー達を見て、必殺技をこっそり真似したりすることだってあった。『出来たらカッコイイ』なんてそんな理由だったけど、調べる時のカツラの目は真剣だった。――だからこそわかる。さっきのホムラはヒーローも驚くほど安定していて、体制を崩すことなんてあるわけがなかったことを。


(筋肉が足りてないだけって思ってたけど……)


運動神経抜群な彼女が、そんなことあるのだろうか? ――否、彼女の運動神経テストはいつだって上の上だった。毎年張り出される学年新聞にだって何度も載っていたのだから、間違いはない。それじゃあ、何故。


(俺が怪我をすると、ホムラも痛がる……)


……もし、それが本当なら、逆は。逆はどうなのだろうか。


ふとホムラを見つめれば、涙目の黄緑色の瞳と目が合う。自分よりも数段大きい瞳は、まるで飴玉のように綺麗で――心底、苛立った。


「またまたスキあり!」


「あ、ッ――!」


不意に向けられた銃口。旋回を描く大きな筒を目の前にカツラはハッとしたが――時すでに遅し。ホムラの声にカチリと引き金が引かれ、光が瞬き出す。中に溜まっていく光に反射的に両腕でガードを作るが、目を焼くほどの閃光は止めることは出来なかった。瞬間、両腕を焼き尽くすような痛みに襲われる。


「ッ――あああああ……!!」


声にならない絶叫が響く。それは一つだけではなかったが、痛みに呻くカツラの耳には届いていなかった。頭の奥が痛みに支配され、ガンガンと脳を揺さぶる。


(痛い、痛い痛いイタイッ!)


肌が灼ける。一瞬のことなのにとんでもなく長く感じる時間に、カツラはただただ痛みに耐える。――否、あまりの痛みに動くことができなかったのだ。


痛みに遠退く意識。崩れ落ちるカツラと時を同じくして、ホムラが倒れ込む。その顔は苦痛に満ちており、手にしていたドライヤーガンが彼女の手から滑り落ち、床に叩きつけられる。


その様子はまるで――同時に同じ場所へ攻撃を受けたかのような。


「……面白そうなことになりそうですね」


そんな光景をただ一人見ていたヤワラの声は、既に痛みによって意識を失ったカツラには届かなかった。






「――きて……起きてってば!」


「ん……」


ふっと戻ってくる意識を手繰り寄せ、カツラは目を覚ます。ゆっくりと上体を起こし、うつ伏せから起き上がったカツラは自分の身体から痛みが消えていることに気が付いた。


(軽い)


ぐっぱーと手を握っては開いてを繰り返すカツラ。そんな彼女の視界にひょっこりと入り込んだのは――黄色い瞳。


「うわっ!?」


「あ、すみません。驚かせちゃいました?」


「あ、え……?」


(誰?)


戸惑いがちに笑みを浮かべる少女に、カツラは目を瞬かせる。小さな顔に沿うような淡い青色の髪をした少女は、真っ黄色に塗ったビー玉のような瞳でこちらを覗き込んでいる。カツラが尻もちを付き、一、二歩下がると同時に見えてきた彼女の全貌に、カツラは疑問よりも先に警戒心をあらわにした。……それもそうだろう。――目を覚ませば知らない女の子がいました、なんて状況、疑いの余地しかないのだから。


(ヤワラの手先か、それとも……)


「はぁ~、起きてくれて本当に良かったです! さっきから声かけてるのに全然起きる気配ないし、挙句には唸り声まで……あ、何だか魘されてましたけど、大丈夫でしたか?」


「……はあ?」


「まさかあそこで二人とも気絶しちゃうなんて……あっ! でも、そのおかげでこうして話が出来てよかったです!」


「いつ、どうやって声を掛けようかすっごく悩んでましたから!」と笑う少女に、カツラは既に半分以上考えることを放棄していた。というのも、カツラは昔からこういった手合いが苦手なのだ。


(全然話聞かねー……)


自分の話だけで突っ走る。まるで機関車のようなマシンガントークは、下手に遮るとろくな目に合わないとは、ホムラで既に経験済みだ。しかも、こういう人間はじっと話を聞いていないと、いつどこで大切なことを言いだすのかわからない。つまり、相手が唯一の情報源である以上、気が抜けないのだ。


(……めんどくさ)


「あっ、そういえばまだ自己紹介してませんでしたね。初めまして、私はサクラ。――あなた達のより未来から来ました、未来人です!」


「は?」


――ほら。言っただろ?




「私、二人の喧嘩を止めに来なきゃ! って気づいて、キヨラちゃんと一緒にこの時代まで来たんです。こう、ぴゅーんと!」


「……ぴゅーんと」


「はい!」


満面の笑みを浮かべる少女――サクラに、カツラは頭が痛くなるのを感じる。


(未来から来た? 喧嘩を止める? ぴゅーんと?)


――何を言っているんだ、この人は。


カツラの思っていることが目に映ったのか、サクラは首を傾げると「わかりづらかったですか?」と問いかけてきた。わかりづらいなんてものではないが、それを言えば長くなるような気がして、ただでさえよくわからない状況が更にわからなくなりそうで、面倒くさい。


(ていうかキヨラって誰だよ……)


カツラは内心でそう呟くと大きくため息を吐いた。痛くなってきた頭を押さえれば、サクラが「すみません」と謝罪を口にする。


「詳しく説明すると長くなっちゃうので、出来るだけ簡潔にって言われてて……説明、しすぎちゃいました?」


「……むしろ説明が足りなくて、何もわからないんだけど」


「ええ?!」


「いや、当然だろ」


ぜひとも今までの自分の発言を思い返して欲しい。


自己紹介の後、突然未来の話をされたかと思えば、思いの外薄い目的を告げられた挙句、知らない人物の名前まで言われれば、もうややこしいなんてものじゃない。


わかっているのは、この人がサクラって名前で、なぜかカツラとホムラの戦いを止めに来たこと。そして彼女に説明を短くするように言った人と、一緒にここまで来た“キヨラ”という人がいる事くらい。――それと。


(この人がドライヤーガンを使ってる、ってこと……くらいか)


カツラはサクラを見つめ、そう確信する。


サクラの来ている服はつい先刻、カツラとホムラが半ば無理矢理着せられた服とほとんど同じだったからだ。フリルのついたワンピース。大きなリボンが腰に添えられているまさに“女の子らしい”服。自分の着ているものよりはしっかりとした作りなのか、片側にチェック模様が入った服は、しかし完全に別物として扱うには似すぎていた。


(……気持ち悪い)


こんな服を、自分は身に纏っていたのか。戦いの最中はそれどころじゃなくて頭の隅に追いやっていた気持ちが、一気にカツラの中で膨れ上がる。婚約と着る服を天秤にかけたのは、短い人生の中で初めてだった。


「うーん、でもこれ以上説明するとなると……どうしたらいいんでしょう?」


「いや、俺に聞かれても」


「ですよね。すみません」


サクラは苦い笑みを浮かべると、再びうんうんと唸り出した。その背中はどうにも自分をからかっているようには思えず、かといってすごく真剣なのかと言われるとちょっと違うようにも見えてくる。


(まあ、何か嘘をついているようには見えない、けど)


人の目を気にするがあまり、気持ちに敏感になったカツラの目には、サクラは純粋な人間として映っていた。見えるのは困惑と、少しばかりの焦り。唇を尖らせて未だに悩む彼女に、カツラは半ば無意識に警戒を解いていた。ブツブツと呟くサクラをじっと見つめ、カツラは視線を下げる。


(……まあ、話聞くくらいなら)


「うーん、上手くまとまらないなぁ……」


「……もういいよ」


「え?」


「もういいから、一回話してみてくんない?」


「バラバラでもいいからさ」と告げるカツラに、サクラはきょとんとした顔を向けると、みるみるの内に顔を綻ばせた。輝いていく表情に、カツラは一瞬驚く。


(なんでそんな顔……)


「本当に!? 話聞いてくれますか!?」


「え、あ、ウン……」


「嬉しいです! ありがとうございます!」


バッと勢いよく頭を下げるサクラ。そのつむじを見下ろしていたカツラは、何となく居た堪れない気持ちになっていた。……人に純粋な好意を向けられたのは、いつぶりだろう。わからないが、思っていたより悪い気はしない。


(……ヘンな人だな)


カツラがそう視線を彷徨わせていると、サクラが「コホン」とわざとらしい咳払いをした。視線を向ければ、嬉しそうに話しだす。


「実は私、過去を見ることができるんですけど」


「あ、はい」


「この前ちょっと見てみたらお二人が戦っているのを見てしまったんです。あ、私実は子供がいるんですけど、その子を育てきる前に私は死んでしまって」


「ちょっ、ちょっと待って!」


カツラは慌ててサクラの言葉を遮る。遮られた本人は「どうかしたのか」と首を傾げて、混乱に思考を回しているカツラを見つめた。その視線に構っている余裕もないと、カツラは聞いた話を頭の中で反芻した。しかし、圧倒的に情報が不足している状況で、何かがわかるわけもなく。


(過去?! 子供!? 死んだって、どういうことだよ!?)


カツラの脳内は更に困惑を極めた。


(だ、だって、俺と同じくらいの身長で、話し方だってヤワラと比べれば子供っぽいっていうか……)


「こ、子供……?」


「はい。あ、見えませんか?」


「見えない、っつーか……」


「ええ~? 私これでも十七歳なんですよ?」


「え」


サクラの言葉に、今度こそカツラは絶句した。


(じゅう、七……?)


この見た目で? 自分と同じくらいか、一個や二個くらいの差しかなさそうに見えるのに?


「……あんたって、もしかして人間じゃねーの?」


「へっ?」


「よ、妖怪とか、幽霊とか……ああ、あと死神とか」


混乱するカツラの頭をぐるぐると巡る、妖怪や幽霊たちの顔。それは全部本に出てくる有名どころばかりではあるが、妖怪や幽霊は化けて出て来るもの。人間に扮して自分の信頼を得ようとしているんじゃないかと考えたカツラは、あからさまにサクラと距離を取ると、臨戦態勢を取った。しかし、サクラは数秒驚いた顔をすると、クスクスと笑みを零す。それは徐々に大きくなっていき――。


「ふふ……っ、妖怪って、死神って……! ふふふっ……!」


「あ、あの」


「す、すみません。あまりにもおかしいことを言うものだから、つい」


可愛らしい顔と上品な仕草で笑うサクラに、カツラは何も言い返すことができなかった。


(……本当に、なんなんだ)


自分と話しててこんな風に笑う人なんて、今までいなかったのに。


「ふふっ、私は妖怪でも死神でもありませんよ。幽霊……には、もしかしたら近いかもしれないけど、でもここに来たのは君を……君たちを助けたかったからです」


「“たすける”?」


「はい。……彼女――ホムラとの戦いに、本来意味などありませんから」


サクラが静かに告げ、視線を下げる。まるで誰にも言ってはいけない秘密事を口にしているかのような表情に、カツラは眉を寄せた。


「なんでアンタがそんなこと知ってんだよ」


「それは……もちろん、未来から来た人間だからです」


「……ふーん」


サクラの言葉に、カツラは少し間を開け、小さく口を零す。やはり、彼女はどうにも嘘を言っているようには見えない。――嘘のような、本当の話。それを信じるか否かは、結局自分次第なのだろう。


「まあ、何でもいいけど。でもこのままじゃあ、俺があのオッサンと婚約させられるんだよね」


「オッサン?」


「なんだよ、知らねーの?」


カツラは首を傾げるサクラへ、婚約の話を簡潔に告げた。元々、難しい話じゃなかった上、婚約者の制度は彼女の時代まで続いていたこともあり、話はすぐに理解してくれたらしい。しかし、サクラの顔色は変わらなかった。


「たぶん……大丈夫、だと思いますよ」


「は?」


「だってその人の事、私知りませんし」


「家系図を見たことありますが、ヤカラなんて名前の人はいなかったと思いますし……」と告げるサクラの言葉に、カツラは一瞬意味が理解できず首を傾げたものの、数秒後にその言葉の意味を理解した。


(それって、あのオッサンは誰とも結婚しなかったってこと?)


――自分とも。ホムラとも。


その話は、カツラにとっては朗報だった。結婚しなくて済む。このまま何もしなかったところで、結婚をする必要がない。それは思った以上に、カツラの心を軽くさせていた。だってこれで勝ち負けの話は無効になったも同然なのだから。


「あっ、でもこれって言っちゃダメなんでしたっけ!? すみません! 忘れてくださいっ!」


「え、あー……まあ、努力はする」


「あわわわ……! キヨラちゃん、ごめんなさーい!」


ここにはいない“キヨラ”という人物に謝罪をするサクラを見つめ、カツラは内心ほっと胸を撫で下ろしていた。……この話をすれば、きっとホムラは戦いをやめてくれる。そうすればもう痛い思いをしなくて済むし、何よりヤワラの言いなりにならなくて済む。


(婚約しなくていいんだったら、しない方がいいし)


後、考えるべきなのは――ラスボス、ヤワラの存在。悪魔のような彼女に、どうしたら納得してもらえるのか。


(正直に言えば……いや)


ふと頭を過る思考に、カツラはすぐさま首を振った。


本人だって未来を視られるのだ。サクラたちの能力には納得してくれるだろうが……未来から来た、なんて話を信じてくれるとは到底思えない。夢の中で会った人間から聞いた、と説明をしても信じてもらえるかは怪しい。


「あ、そうそう! 君は、えっと……チカラちゃん? でしたっけ。彼女の事は好きですか?」


「は?」


「いや、ほら! いろいろとあるので!」


突然の問いかけに、カツラは首を傾げる。そんなカツラの反応を見てサクラは慌てたように「詳しいことは言えないんですけど……!」と言葉を続ける。あまりにも必死なその様子に、カツラはちょっとだけ可哀そうだと思ってしまったのは秘密にしておこうと思った。


「……“チカラ”って、あの研究オタクのこと?」


「そうそう! あっ、オタクっていうか、あの……!」


「あー、まあ。嫌いじゃねーけど、好きでもねーっつーか……あんまり話したことねー」


サクラの言葉を遮り、カツラはそう告げる。そして悲しいことに、それは事実だった。


ヤワラと仲のいいチカラを見かけることはよくあったが、お互いが積極的に話すような人間ではなかったために、ほとんど関わったことがない。人見知りと言えばそれまでだが、そんな人間がまさかこのタイミングで関わってくるとは思わず、カツラは少しばかり動揺してしまう。


(でも、チカラさんはヤワラと仲がいいから、あっち側の人間なんじゃ……)


「じゃあさ! 彼女を信じてあげて?」


「は?」


「それだけできっと大丈夫ですから!」


にっこりと笑うサクラに、カツラは今日一番の疑問をその顔に浮かべた。


(それだけで大丈夫って)


何故、自分の事もよく知らない彼女にそんなことが言えるのか。そもそも、チカラとは関りがないと知ったうえでそれを言ってくるなんて、一体どういうつもりなのか。――遊ばれている? それとも何か試されている?


「……俺は」


「大丈夫ですよ。大丈夫」


「っ……!」


カツラの言葉に重ねるように、サクラの優しい声が響く。さっきまでそんなに柔らかい声なんてしていなかったはずのに、不思議なほど真っすぐすとんと心に落ちてくる。はっとしたカツラは慌てて視線を下げると、ぎこちなくサクラを見た。


「……でも俺、ホムラに殴られるだけなんて我慢できねーんだけど」


「ホムラって、もう一人の子?」


サクラの言葉にカツラは頷く。その顔は心底嫌そうで、思春期真っ只中の反応にサクラはつい笑ってしまった。その笑顔はまるで母親の様で。直視してしまったカツラは途端、むず痒い気持ちになる。


「大丈夫ですよ! 彼女のところには、キヨラちゃんが行ってますから!」


「誰」


「私のお友達!」


ニコリと屈託なく笑うサクラの笑顔に、カツラは少しばかり面食らった。……どこか安心感を与えてくれる笑顔は、彼女に疑いを持つことすら不思議と罪悪感を覚えてしまう。カツラは咄嗟に視線を外し、自分の背後で手を組んだ。まるで、サクラの言葉を受け入れることを、戸惑っているかのようだった。


「……そんなの、信じられるかわかんねーじゃん」


「うーん。確かに、裏切られるかもしれないですね。でも、信じる気持ちはみんなの力になる」


「みんなって」


「大丈夫です! 君たちは強いんですから」


「……よく言う」


何も知らないくせに、とは言えなかった。……少しの間話しただけでも、サクラの人柄は嫌というほど分かっていたから。きっと、サクラも同じはず。


(本当に、ヘンな人)


優しすぎて、いつか足元を掬われそうだ。


「でも、あのバカは説得できたとしても、ヤワラはそうはいかないだろ。あの人、そういうところ頭いいから」


「君はあの子が嫌いなの?」


「嫌い、っつーか……」


サクラの言葉に、カツラはヤワラの顔を思い浮かべる。……ずっと優しい人だと思っていた。しかし、それも数時間前までの事。


(あんな悪魔、信じてたらいつか絶対破滅する)


ホムラは知らないが、自分は絶対に信じたりしない。そう心の中で決意を固めつつ、カツラはサクラを見た。きっと過去を見る過程で、ヤワラのことも見ているのだろう。


「あの子は……ちょっと、盲目になっちゃってるだけですから。でも、きっとすぐにわかってくれますよ。大丈夫」


「……ふーん」


サクラは仕方なさそうにそう言って、小さく笑う。しかし、その表情はどこか晴れやかではなく、彼女が何かを隠していることは明白だった。


(まあでも、あいつに何があったのかなんて聞いてやんないけど)


頭の中に浮かぶ桃色の髪をした悪魔に、カツラは眉を寄せる。……絶対に、情なんて移してやらない。


カツラはゆっくりと目を閉じる。サクラの言葉を疑いたくないと思っている自分から視線を背け、カツラはゆっくりと口を開いた。


「……わかった。ヤワラはともかく、アンタの友達の事なら……ちょっとくらいは信じてやるよ」


「本当に!?」


「べ、別に、ちょっとだからな! ほんのちょっと!」


「うんうん! わかってますって~!」


「ちょっ、抱き着くんじゃねーよバカ!」


心底嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべるサクラは、カツラを前から包み込むように抱きしめた。身長はサクラの方が少しだけ高いだろうか。頬が耳元にぐりぐりと押し付けられて、カツラは眉を寄せる。しかし、その顔は赤くなっており、心底嫌がっているわけではなさそうだった。


(浮かれすぎだろ……っ!)


女性に抱き着かれているという現実から目を背けるように、カツラは内心で毒吐く。抱き返すなんてことは、初心なカツラには到底出来そうにはなかった。


サクラは頬をぐりぐりと擦り付けるのをやめると、抱き着いたまま息を零した。小さな背中が僅かに震え、彼女の纏う空気が変わる。


「大丈夫……大丈夫……みんなを信じて。恨んでも憎んでも――決して、赦す心だけは失わないで」


「突然何を――」


「さ、そろそろ時間みたいですね!」


バッと離れる身体に、カツラは一人この状況に追いつけないまま、サクラを見つめた。金色にも見える瞳から、目が離せない。


「またね――カツラくん」


サクラの言葉に、カツラは徐々に自分の意識が遠退くのを感じる。待って、と伸ばした手はサクラの寂しそうな瞳に見送られただけだった。






ハッと覚めた意識に、体が反射的に飛び起きる。


荒い息もそのままに、カツラは周囲を見渡した。見慣れた畳と障子のある和室に、息を吐く。周囲に棚はなく、装飾もない簡素な部屋。投げられるように自分の荷物が扉の端に置かれているのが、視界の端に見えた。


(ここ、どこだ……?)


僅かに香る消毒液の匂いに自分の身体を見下ろせば、手当てされたであろう四肢が目に入る。……殺し合いを演じろと言ったり、手当てしたり。一体何をさせたいのやら。


カツラはため息を吐いて、再び辺りを見回す。ついさっきまで話をしていたサクラの姿はどこにも見当たらなくて、代わりに体を占める痛みに呻き声が出る。


「げほげほっ……!」


はー、はー、と深い息を肩で繰り返し、ゆっくりと息を落ち着かせていく。脂汗が滲む中、カツラの頭を占めるのはサクラとの不思議なやり取り。


(カツラ、くん……)


初めて、そう呼ばれた。ずっと求めていたその呼び名が実際に形になると、こんなにも嬉しいものなのか。夢にしては鮮明なほど覚えている光景に、カツラは胸元をぎゅっと握りしめた。……あの時間だけは、まるで自分の存在を初めて肯定されたかのようだった。


――トントン。


「……はい」


「失礼します」


スッと開かれる障子に、カツラは警戒心を引き上げた。本家の人間でノックをする奴なんていたのかと思いつつ、カツラが出入口へと視線を向ければ、そこにいた人物に目を見開く。


「……お前、たしか」


「本当にごめんなさいっ!」


勢いよく頭を下げる女性に、カツラはぎょっとする。開口一番に謝罪されるとは思っていなかったから、心底驚いた。頭を下げた女性は、片側に寄せた銀色にも白にも見える髪を揺らし、頭を垂れている。女性の名前を、カツラは知っている。


――紀眞チカラ。現在中学二年生にして、大学生レベルの頭脳を持つと噂になっている中学生。この前は難関と言われる東京の大学の試験にまで合格したらしいが、それが嘘なのか本当なのかはカツラにはわからない。


突然の彼女の登場に唖然とするカツラに、チカラは頭を下げたまま話し始める。


「僕っ……ヤワラがあなた達にあんなことするなんて、思っていなくて……っ!」


「あ、アンタが謝ることじゃ……」


「僕のせいなんですっ!」


チカラの強い声に、カツラはビクリと肩を震わせた。チカラはそれに気づかないまま、言葉を続ける。


「僕がヤワラに頼りすぎてしまったから……ヤワラの様子が最近おかしいことは気づいていたんです。気づいていたのに、何もできなかった……。銃も衣装も、全部管理をしていたのはヤワラで、僕は……彼女が持ち出したことにすら、気が付かなかった。気づいたのはメンテナンスしていた銃が無くなってからで」


矢継ぎ早に言われる言葉にカツラは目が回るような気分だった。しかし、チカラの懺悔は終わらず、それどころかヤワラを庇うようなことまで言い始めた。


「でも、本当のヤワラはそんなことするような人じゃないんです! ただ、僕が不甲斐ないばっかりに彼女がやらないとって、なってしまった、だけ……だと思うんです」


「……ふーん」


「っ、すみません。信じられないですよね。ごめんなさい」


深々と頭を下げるチカラに、カツラは心底困ったように眉を寄せた。……このままじゃあ、きっと何を言っても彼女に謝られてしまうのではないだろうか。そんな気持ちがカツラの頭を過ぎる。何より、カツラはチカラのまるで自分が全部悪いと言わんばかりの言葉が気に入らなかった。


「……俺はアンタに謝ってもらいたいわけじゃねーんだけど」


「えっ」


カツラは口を尖らせると、驚くチカラに目を向けた。今は手元にないドライヤーガンを示すように、指で銃の形を作る。


「そんなことより、さっさとドライヤーガンとかいうの完成させてくんない?」


「そっちの方が早く終わって楽なんだけど」と告げたカツラは、じっとりとした目でチカラを見つめる。彼女は未だ驚いた顔のまま少しの間瞬きを繰り返した後、ハッとした顔でカツラを見た。


「なるほど! 確かにそうですね……! 盲点でした! ありがとうございます!」


「えっ」


「そうと決まればデータを収集して、ああでも、集めたデータはヤワラが持ってるし……どうしましょう。盗みに入ると捕まりかねませんし、かといって目で見ただけのデータでは対応が難しいですし……」


ぶつぶつと何かをしゃべり出したチカラ。その勢いはまるで洪水を起こした川のようで、カツラは頬をヒクつかせると半歩後ろへと下がった。


(何、この人……)


まともな人だと思っていたけれど、存外それは見た目だけだったのかもしれない。そんなことをカツラが考えているのも他所に、チカラはぶつぶつと呟いている。どうやらあの地下施設への侵入経路を考えているらしい。見取り図すらない状況で考えても無駄な気もするが、頭のいい人間の考えることはよくわからない。


「警備員はいなかったはずですから、あとは監視カメラの起動範囲と撮影範囲の計算をして……」


「……ヤワラから普通に見せてもらえばいいんじゃない?」


「うっ」


カツラの言葉に、チカラがぎくりと肩を震わせる。……どうやらカツラは地雷を踏んでしまったらしい。ギギギ、とブリキのように振り返るチカラ。その顔はあからさまに『何かありました』と言っているようで、カツラは深く踏み込んでしまったらしいことにすぐさま後悔した。


「喧嘩、といいますか……その……方針の違い、といいますか……僕は、昔のヤワラの方が好きだってだけで……」


(うわ。聞かなきゃよかった)


再びブツブツと話し始めたチカラに、カツラは全力でそう思う。だってそうだろう。こんなにこじれているのが最初からわかっている状況で、わざわざ首を突っ込みに行きたいと思うほど、カツラは身の程知らずでも好奇心旺盛なわけでもないのだから。


「あわよくば、昔みたいにヤワラと一緒に研究を進めたいって思っているだけで……その……」


「……まあ、よくわかんねーけど、頑張って」


「あ、ありがとうございます!」


半ばぶん投げるようなカツラの言葉に、チカラは素直に頭を下げる。その顔は『応援されて嬉しい』と言っているようで、カツラの心に少しばかりの罪悪感が駆け巡った。……なぜだろうか。相手は五歳も年上なのに、どこか危うく感じるのは。


(……ヤワラの言っていた、“本気でやると泣いちゃう子”って、もしかして)


「あ、そうだ!」


「!?」


突然声を張り上げたチカラに、カツラが肩を揺らす。驚いてチカラを見れば、彼女はカツラの手を取った。


「ドライヤーガンの使用感がどうだったか、教えてくれませんか!?」


「はあ?」


チカラの言葉に、カツラは驚く。今までの話を聞いていて、何故本人に問おうと思ったのか。


こっちは同意もなしに無理矢理戦わされて、武器だってそれしか支給されていないから使っているだけで、ドライヤーガンに肯定的なわけでもなければ、どちらかといえば『こんなものがあるから』と恨みすら感じているくらいなのに。


「使用感の外にも、出来れば攻撃の飛距離や本体の耐久度、威力なども知れると嬉しいです! あと、もし扱いにくさや理想があればそちらもぜひ!」


「……人の感覚でデータ取るのはよくないって、さっき言ってなかったか?」


「それはそうなんですけど、盗みに入るよりは現実的かなと!」


――訂正しよう。この人は完全なる変人だ。


唖然とするカツラに、チカラは言葉を投げ続ける。手のフィット感はどうだったかとか、電池切れ等は起こさなかったかだとか。


「……アンタ、研究バカって言われない?」


「いっ、言われませんよ、そんなこと! ……研究オタクとは言われてますけど」


「大して変わんねーじゃん」


「か、変わります!」


声を荒げるチカラに、カツラは眉を下げる。頭を過るのは、夢の中でサクラに言われた言葉の数々。


『チカラを信じてあげて!』


(……本当に信じて大丈夫なんだろうな)


もし何かに巻き込まれて変なことになったら、どうしてくれるのか。そんな疑いを持ちつつも、カツラはどこか嫌な気分にはなってはいなかった。むしろ居心地の良ささえ感じるほど。


(……まあ、いっか)


こんなに長い間人と話したのも久しぶりなのに、まるで今まで何度も顔を合わせているかのような感覚は、カツラの警戒心を無意識に引き下げていた。


「はあ……仕方ねーな。教えてやるよ」


「! ありがとうございます!」


カツラの許しを得たチカラはぱっと笑みを浮かべると、どこからともなくメモ帳を取り出した。予想以上に用意周到な姿に、カツラはつい笑ってしまう。最初は首を傾げていたものの、笑われた理由を察したチカラは「いつどこで有益な情報があるかわかりませんからっ!」と叫んだが、それが余計にカツラの笑いのツボを刺激してしまったらしい。


「どんだけ研究オタクなんだよ」


「っ、いいじゃないですか、別に!」


笑い転げるカツラと、頬を膨らませているチカラ。これではどっちが年上なのか、分かったものではない。


(ああ……楽しい)


自然と心の中に湧き上がる感覚。それはカツラの心の中を満たし、心身ともに充実させていく。その後、やっと話始めたカツラに、チカラの目の色が変わる。一つ答えれば、二つ三つと質問が降り注いでくる。まるで尋問でもされているかのような感覚だったが、カツラはそれが心地よくてたまらなかった。日が傾き、いつの間にか夜になっていたことにも気が付かないくらいには。


「また明日も来ますね」


「おう」


「それじゃあ」


頭を下げ、部屋を出て行くチカラをカツラはベッドの上から見守る。話題への興味なんてこれっぽっちもなかったのに、随分と長い間話し込んでいたらしい。


「明日、か……」


ふと、心の奥が温かくなるのを感じる。しかし、カツラはそれが何なのか、検討もつかなかった。一人になったことでうつらうつらとし始めた意識に伴って、カツラはベッドに潜り込む。さっきチカラのお付きの人間からもらったあんぱんを、行儀悪く寝転がりながら食せば、満たされたことで更に眠気は強くなっていく。


(早く寝れば、早く明日が来る……)


眠気に目を閉じるカツラの頭の中は、もうすでに明日の事でいっぱいになっていた。明日はどんな話をするのだろう。話題の中心がドライヤーガンであることは多少気に入らない点もあるが、それでもチカラと過ごす時間は心地がいい。


(はやく、あした、に……)


微睡む意識に逆らうことなく、カツラはゆっくりと目を閉じた。


突然開戦を言い渡された戦いの後からの、怒涛の一日。夢の中でサクラと出会い、チカラと話し、充実していた時間は思ったよりもカツラの体力を削っていたようで。カツラはいつもの寝つきの悪さが嘘のように、静かに夢の中へと旅立って行った。




翌日。朝六時に目を覚ましたカツラは、運ばれてくる朝食を適当に食し、ぼうっと窓の外を見ていた。


(今日、来る)


ソワソワと落ち着きのない雰囲気のカツラに、食事を運んで来ていた伏が首を傾げていたが、カツラはそれに気づくことなく込み上げる感情を胸に仕舞い込む。話したいことを頭で何度も整理して、ふと扉の向こうに人の気配を感じる。トントンと響くノックに、カツラは無意識に嬉しそうに声を上げた。


「はい!」


「お邪魔します」


スッと襖が開かれる。その奥から顔を出したのは――チカラではなく、ヤワラだった。


「おはようございます、カツラちゃん」


「っ、お前! 何しに来た!」


「何って、決まっているじゃないですか。テスター試験の時間なので、迎えに来たんです」


ふふっと笑うヤワラに、カツラはベッドから跳ね起き、身構える。窓は鉄格子で塞がれているし、出入り口はヤワラの後ろの一つだけ。逃げ場はないことはわかっているが、それでもやられるままなのはカツラは嫌だった。キッとヤワラを睨みつけ、歯を噛み締める。その表情は、まるで親の仇を見ているかのようだった。


「行くわけねーだろ、バーカ!」


「まあ、そう言うだろうなとは思いましたよ。カツラちゃんはホムラちゃんと違って頭がいいですから」


「うっせ! 知ったかぶりやがって!」


「知ったかぶりじゃないです。――知っているんですよ」


すっと細められるヤワラの視線に、カツラは息を飲む。……何を考えているのか分からない視線に、カツラの本能が警鐘を鳴らす。


「テスターに使う人間を調べないわけないじゃないですか」


「チッ。……ストーカーかよ」


「事前調査ですっ」


ニコッと笑みを浮かべるヤワラに、カツラは眉を寄せる。


(……きもちワリィ)


嘘がふんだんに入り込んだ、笑顔。作られたその笑みは、何度も何度もカツラ自身に向けられては、その後ろで嘲笑われてきた。


(こいつも、俺の事バカにしてんだろ)


頭がいいなんて言っておいて、子供だ餓鬼だと心の中では嘲笑っているに違いない。それが何よりも気持ち悪くて、カツラは吐き気を憶える。――同じ親戚でも、チカラとは大きな違いだった。


「まあ、それは置いておいて。テスターに参加しないとなると、匕背家への婚約はカツラちゃんに決まりですね」


「はあ?」


「言ったじゃないですか。『負けたほうは匕背家と婚約を結んでもらいます』って」


「それとも、忘れちゃいました?」と笑みを浮かべながら口にするヤワラに、カツラは腹の底から感じる怒りに拳を震わせた。


(なんだよ、それ)


テスターで戦わせ、負ければ婚約させられる。まるで、自分たちはただの駒だと言わんばかりの条件は、改めて考えても最悪以外のなにものでもない。


「まあ、カツラちゃんが男の子になるのをやめて、女の子としてヤカラさんに可愛がってもらうのも、いいかもしれませんよ?」




「ッ、俺は男だ!」


「いえ、カツラちゃんは女の子ですよ」


ヤワラの言葉が、カツラの心を突き刺す。――わかっている。自分が変わろうとして変われるわけでもないことくらい。心と体が一致していないちぐはぐさが、自分の首を絞めていることくらい。


(……それでも)


『他人に縛られず、自分らしく生きるのって素晴らしいなと思うんです』……そう、何かのニュースで聞いた言葉が、カツラの頭を巡る。例え、男湯にも女湯にも入れなくて構わない。ずっと一人ぼっちでも構わない。自分らしくいられれば、それで。


「俺は、男だ」


「……そうですか。残念ですね」


ヤワラの顔から笑顔が消える。心底呆れたと言わんばかりの表情はカツラにとって痛いものではあったが、ここを譲ってはダメだと頭が先に理解する。ヤワラをじっと睨みつけていれば、彼女は大きくため息を吐く。


「カツラちゃんが何と言おうが構いませんけど、今の現状は変わりませんよ。――テスター戦士として戦いに出るか、それともお嫁に行くか」


「ッ、!」


「好きな方を選んでくださいね」


ニコリ。再び向けられる嘘っぱちの笑顔。しかし彼女の目が全く笑っていないのは、一瞬見ただけでもわかってしまう。咄嗟に視線を逸らせば、「ホムラちゃんは戦うことを選びましたよ」とヤワラの声が耳を掠めた。


ヤワラが踵を返す。カツラはその背中を睨みつけ、大きく舌を打った。


「……行く」


「そうですか。それは助かります」


「……思ってもいねーくせに」


ヤワラの言葉に、カツラは心に溜まった毒素を吐き出すように吐き捨てた。――ヤワラのにこやかな笑顔が、カツラは更に嫌いになった。






「はぁ……はぁ……っ」


「っ……」


本家の離れから歩いて数分。すぐさま例の地下室に放り込まれたカツラは、対峙するホムラと目を合わせていた。やる気満々と言わんばかりに準備運動をしている様子はいつもと変わらないどころか、いつもより元気にすら思える。


(……最悪だ)


猪突猛進型のホムラを止めるのは、昔から大変だった。こっちは絵本を読みたいと言っているのに、絵本をぶん投げてカツラの手を引っ張ったり、鬼ごっこ中に休憩しようと思っていたら正面からホースで水をかけられたり。……思い出せばろくなことがない。カツラは昔振り回されていた時のことを思い出し、苦い顔を浮かべる。そんなカツラを知ってか知らずか。ホムラはぐっと伸びをすると「あっ!」と声を上げた。


「ねえ、カツラの朝ごはん何だったー?」


「……食ってねーよ」


「ええ!? 食べないとだめでしょー! あ、ウチはパンだったよ! いちごジャムついてた!」


「あっそ」


「あとねー、目玉焼きでしょー。お味噌汁でしょー。あ、ヨーグルトもあったよ!」


きゃあきゃあと騒ぐホムラに、カツラは寄っていた眉を更に寄せる。……昔から変わらないホムラが、カツラは心底嫌いで――心底羨ましかった。


(……朝から元気すぎんだろ)


こっちとら、ヤワラに無理矢理連れてこられたっつーのに。


そう言いたい気持ちをぐっと喉の奥に押し込み、自分も簡単なストレッチをする。……ひらひらとしたスカートが鬱陶しい。


「あー。あー。二人とも聞こえてます?」


「聞こえてるよ、ヤワラ姉ー!」


スピーカー越しにヤワラの声が聞こえる。その声にホムラは両手をブンブンと振るうと、満面の笑みで答えた。ヤワラは満足そうに頷くと、淡々と説明し始めた。


「今日は防具の強度を見たいので、殴り合い、蹴り合いを中心にお願いします」


「はあ?!」


ヤワラの注文に、カツラは声を荒げる。しかし、ヤワラは意に介さず、淡々と資料を捲り始めた。


「武器の使用は可能ですが、そうですね……できれば武器本体の強度も図りたいので、どちらか武器を殴打に使ってください」


「っ、おい! いい加減にしろよ! 誰がお前の指図なんか――!」


「それでは、はじめ!」


「聞けッ!!」


カツラの声は、全てヤワラに届くことなく、ゴングが鳴り始めてしまった。


(チッ、マジで最悪だ……!)


少しでも時間を稼ごうとしたのに、このざまだ。――否、もしかしたらヤワラに時間稼ぎの狙いがバレていたのかもしれない。カツラは大きく舌を打つと、ふと嫌な予感を感じ取った。


「ッ、!」


突っ込んでくるホムラの腕を、咄嗟に体を捻って避ける。鼻先すれすれを通った拳に、冷や汗が流れた。……もう痛いのはこりごりだというのに、ホムラは何を思っているのか。


「ほらほらー! もう戦いは始まってるよ!」


「っ、お前、マジでバカだろ!」


「はあ!? 何それ! ばかって言ったほうがばかなんですー!」


ホムラはそう口を尖らせると、再びお構いなしに次々に突っ込んでくる。握られた武器が頭上から振り下ろされる。それを避けたかと思えば、ホムラの足が一周回ってカツラの首を狙ってきた。咄嗟に腕で受け止めれば、びりびりと骨に響く痛み。


(ああもう! これだからイノシシは!)


猪突猛進。獲物が狩れるまで真っすぐ追いかける。脳も作戦もない。持っているフィジカルそのままをフル活用してくるから、苦手なのだ。カツラは自分がそう言った人間たちとは逆に位置するタイプだと、理解しているから尚のこと。


「逃げ腰ばっかとか、ヒキョーでしょ!」


「っ、襲い掛かってくる動物の対処法は、振り返らず逃げる一択! そんなことも知らねーのかよ!」


「はあっ!? 誰が動物だって?!」


勢い任せの蹴りがとんできたかと思えば、そのまま踏み切ってパンチが繰り出される。上体を捻ってそれを避ければ、途端背中から回し蹴りが入る。


(いってぇ……ッ!)


ゴキッと嫌な音が腰から聞こえたような気がして、その音の派手さと純粋に攻撃を受けた時の痛みに眉を寄せる。相変わらずでたらめな動きをするホムラの攻撃は読み切れない。ホムラは一瞬顔を顰めたものの、攻撃をやめる気はないらしい。


「必殺、ホムラパーンチ!」


「ッ、!」


「と見せかけてーの、上段足蹴りッ!」


パンチを避けた瞬間、首に襲い来る気配に咄嗟に腕でガードを作る。通常だったら届かないであろう高さに蹴りが入り、咄嗟の事に息を詰める。一体いつの間に跳び上がったのか。甘いガードはホムラの勢いを殺しきれず、カツラの腕と肩を直撃する。


「いっ……!」


走る痛みに、息を詰める。……一体何をどうしたらそんな動きが出来るのか。カツラは内心でそう吐き捨てながら、ジンジンと痛む腕を擦る。僅かに視線を下ろせば腕は赤く腫れあがっており、その威力にぞっとする。


(バケモンかよ!)


手加減なんか一切ないホムラを睨みつけるように見れば、ふと場違いな声が聞こえてきた。振り返れば、ガラス戸の向こうから見覚えのある男が「Hey! ぶふぅ! ぶふぅ!」と意味のわからない声援を送って来ている。その周囲にはいつの間に集まったのか、見覚えのある見知らぬ大人たちが集まり、声を上げてたり何かを観察するようにじっとこちらを見ていたりする。


まるでスポーツ観戦でもしているかのような言動に、カツラはゾッとした。ちらりと見えた札束は、伏と呼ばれていた女性が回収している。


(なんだ、これ……っ)


何が起きている? 自分たちはなぜ、見世物のようなことをさせられている?


「あっれー? もうおしまい? それじゃあ、アイツと結婚するのはカツラってことで!」


「っ、しねーよ!」


「えー、いいじゃん別にぃ!」


ぶぅ、と唇を尖らせるホムラに、カツラはカチンとくる。


(何が“別にいい”だ……!)


どいつもこいつも。人の人生を、一体なんだと思っているのか。ふつふつと湧き上がってくる怒りに、頭が真っ白になっていく。どうせ口で言っても伝わらないのなら、一発二発、恨みを込めてぶん殴っても問題はないだろう。そう考えたカツラは、ぐっと手に力を込めた。――瞬間、頭を過ったのはサクラとの会話。


『決して、赦す心だけは失わないで』


『私の友達を信じてください!』


『大丈夫。絶対に、大丈夫ですから』


「……」


「なに? ハンゲキとかないの? なんか今日のカツラ、つまんないんだけど」


ホムラの言葉を聞き流しつつ、カツラは蘇ってくる記憶に眉を寄せる。……確かにあの時は信じるとは言ったものの、この状況でも信じ続けろというのだろうか。――否。サクラなら言ってもおかしくない。お人よしに輪をかけたような彼女を思い出し、カツラはため息を吐く。ホムラが何かを言っていたが、無視だ。


(そもそもホムラを説得に行ったキヨラって人は、一体何してんだよ)


説得したんじゃないのか? それとも、これは失敗したと思った方がいいのだろうか。


「ねー、カツラぁー。早くしようよー」


「……お前は何でそんなにやる気なんだよ」


ピョンピョンとその場で飛び跳ねるホムラに、カツラは首を傾げる。吹っ掛けられた理不尽さは同じはずなのに、全くそれを感じさせないホムラの姿が、カツラは疑問で仕方がなかったのだ。


(この前だって、嫌そうな顔してたのに)


いったい何がそんなに彼女のやる気を出しているのか。頭を過る嫌な予感に気づかないふりをして、カツラはホムラを見つめる。


「え? だって戦ってデータ取らないと、ヤワラ姉が困っちゃうし」


「……は?」


「紀眞家はみんなの為に頑張る家なんでしょ? じゃあ――やらないと」


そう言ったホムラの目は、前回とは違う意思を切り捨てたような目だった。――見事、カツラの予感は的中したのだ。


「お前……っ、マジでバカだろ!」


「っ、そうやってすぐ人のことばかっていうのやめてよ!」


「うるせえ! バカにバカって言って何が悪い!」


「はあッ!?」


ホムラ言葉に、カツラは負けじと叫ぶ。売り言葉に買い言葉。幼稚な争いだとはわかっているが、それでも言わずにはいられなかった。


「データを取るのは武器だけでいいんだから、俺たちがわざわざ戦う必要なんかねーんだよ!」


「でもみんなの為になるってヤワラ姉は言ってたッ!」


「そのヤワラが俺たちを戦わせてんだろ!? 黒幕はアイツだろうが! なのに何だよ、ヤワラが困るからって! 理由になんねーよ!」


「何言ってんのッ!? そんなわけないじゃん! ヤワラ姉はみんなの為を思って――!」


「みんなって誰だよ!」


「みんなはみんなでしょ!!」


ホムラの返答に、カツラは吠える。


(なんで、なんでわかんねーんだよ……!)


この戦いがおかしいことは最初にわかっていたはずだ。ホムラだって困惑していたし、あんなに戦いに嫌悪感を持っていたというのに。


(たった一日で、寝返りやがった!)


カツラはヤワラを睨みつける。スピーカーの上部にある放送室から、ヤワラはカツラとホムラを見ていた。――ホムラはなぜ、そんなにもヤワラを尊重しているのか。悪の親玉であるはずの彼女が、なんで世界を救うヒーロー扱いにされているのか。


(わけ、わかんねー!)


そもそも、人類のためだとかなんだとか言っていたけれど、それが自分たちにどう関係するというのか。カツラには全く理解が出来ていなかった。


ホムラの蹴りを躱し、軸になっている足を払おうと身を低くする。しかし、本能的に察したのか、彼女は片足で宙に舞うと、カツラの頭を飛び越えた。


(くそっ! 体操選手かよ!)


綺麗に着地するホムラに、カツラは舌を打つ。……やはり、説得する方が早いだろうか。カツラは枯れてきた喉で唾を飲み込む。舌戦なら自分に勝機がある。


「つーか、未来の事は未来に任せればそれでいいだろ! なんで俺たちが自分たちの生活を削ってまでやんなきゃいけねーんだよ!」


「そんなのっ、大切な人の未来を守るためでしょ!」


「知るか!」


「ふんっ! いつも一人ぼっちのカツラにはわかんないかもね!」


「ッ……!」


ホムラの言葉に、頭のネジが一つカツリと音を立てて外れる。怒りの波が僅かに揺らされたが、カツラは小さく息を吐いてそれを収めた。


(怒るのは、悪手だ)


冷静さを欠いた方が、負ける。そんなの、本の中でたくさん見てきた。ドライヤーガンをホムラに向かって投げ、走り出す。ホムラの視線が銃に向いているのを確認して、俺はホムラの顎に向かって腕を振り上げた。しかし、それはホムラの前髪を掠っただけで終わってしまう。地面に落ちた銃を慌てて拾う。ホムラは嫌そうな顔で前髪を整えていた。


「お前の言う、その大切な人が、ヤワラの視た世界にいるのかよ!」


「ッ、そんなの知らないよ! でも、いたら嫌じゃん!」


「知るかよ! だいたい、ヤワラだって本当に未来を視たのかも怪しいだろ! 嘘ついててもおかしくねえ! なのになんでそんな信じ切って――」


「ヤワラ姉を悪く言うなッ!!」


「――!」


びりびりと鼓膜に響くホムラの声に、カツラは上げ続けていた声を止める。くらりと眩暈がしそうな空気に、カツラはホムラの怒りを感じた。


「ヤワラ姉はみんなの為に頑張ってる! ウチはそれに協力したいと思ってるし、みんなを助けられるなら命だって惜しくない!」


「ッ、それで死んでもいいって言うのかよ!」


「そーだよ!!」


ホムラは吠える。拳を握り込み、白くなるまで強く力を込めている。その様子に、カツラはショックを受けていた。


(……なんだよ、それ)


――自分のしたいことは、他人のしたいこと。自分が楽しいことは、みんなも楽しいこと。


そんなジャイアニズムを地で行くような性格が、ホムラだった。それが二日程度で一変して、今ではみんなの為に、誰かの為に、この身を費やすのだと言っている。


(今まで誰かの為になんて、したことないくせに……ッ)


人の話なんて、車の走る音とか、道端に落ちている雑草が揺れる音と同じようにしか聞いてなかったくせに。


「そんなの……お前が出来るわけねーだろ!」


「できるもんッ!」


「バカ言ってんじゃねーよ!!」


カツラはホムラを強く睨みつける。その視線には憎しみにも似た色が混じっている。射抜かれたホムラは、カツラの激情に目を見開いた。いつも怖い顔をしているが、それがより鋭くなっている。


(ずっと……ずっと俺のものを奪って来たくせに……ッ!)


――俺が欲しいものを、全部奪って行ったくせに。


男子を退けるほどの身体能力も、細かいことを気にしない自由奔放な性格も、誰もが耳を傾ける通る声も、人を惹き付けるカリスマ性も、何をしても許されるキャラクター性も。全部、全部!


(俺が欲しかったものなのに――!!)


「お前なんかが誰かを救えるわけがないだろうが!!」


「はあ!? 何それ!」


「お前なんかがっ、……!」


そんな、ヒーローにまでなろうとするなんて。そんなの――。


(俺が、許さない!)


カツラはギチリとドライヤーガンを握りしめた。さっきまで不快だった重さが、今は心地いい。ホムラへの羨望と自分へ向ける嫌悪が綯い交ぜになって、カツラの心を踏み荒らす。――どうして。なんで。


(ホムラばっかり……!)


同じ年で、同じ性別で。髪も目も同じ色なのに、こんなにも差があることがカツラはどうやっても許せなかった。握りしめた銃が、ぎちぎちと音を立てる。目の前が真っ赤になり、ホムラへの憎悪だけがカツラの脳を支配していく。


見世物になっていることも、ホムラを説得することも――もう、どうでもいい。


「ゆるさない……許せない……ッ」


(お前が、負けろ――!)


「はあ? 何言って――」


ホムラの言葉を遮って、カツラは跳び上がる。今までにない跳躍に、ホムラは息を飲んだ。


カツラは空中で体制を整えると、銃を逆手に持ち替えた。突然使った足の筋肉がギチギチと嫌な音を立てたが、今のカツラには聞こえてすらいない。


驚いた顔で上空を見上げたホムラに、カツラは振りかぶった銃を全体重を乗せて振り下ろした。ガッとホムラの頭を力任せに殴りつける。赤い鮮血が床に飛び散った。ぐらりと自身の視界が傾くのと同時に、ホムラの身体が揺れる。その姿にカツラは地面に着地すると、左足を軸に自身の身体に回転を駆けた。再びドライヤーガンを握った手でホムラの身体を横から殴る。宙を舞うホムラに振り返るのと同時に、ホムラの足が頭上を通過した。


(ッ――!)


相手は身体能力が異様に高いホムラであることを、失念してはいけない。そう、身に刻まれたような気がした。


無理な体制で反撃をしたからか、べしゃりとホムラの身体が地面に落ち、勢いのままごろごろと転がっていく。それを見て、カツラは走り出した。


(ホムラが立ち上がる前に!)


ゆっくりと上半身を起き上がらせ、痛む頭を軽く押さえているホムラに、カツラは銃を向ける。ビームの飛距離。発射までのタイミング。スーツの耐久性。――全て、頭に入っている。


――『決して、赦す心だけは失わないで』


(……知らねーよ、そんなもの)


カツラは脳裏に浮かぶ言葉を振り払う。……だってそうだろう。先に仕掛けてきたのはあっちなのだから。




『スト―――ップ!!』


「ッ!?」


唐突に射程圏内に入り込んできた第三者の姿に、カツラはハッとする。思考が戻って来た視界に映るのは、青色のワンピースを靡かせた一人の少女。……なんだか見覚えのある服装に、カツラは一瞬サクラが割り込んできたのかと錯覚した。しかし、自身を見つめる海のような瞳に、彼女が別人であることを悟る。


「はぁ……っ、はぁ……っ、アンタ、は……っ」


『私はキヨラと言います! サクラさんと一緒に説得しに来た、未来のドライヤーガン戦士です!』


突飛でもない言葉の羅列に、カツラは真っすぐキヨラを見つめる。突然止まったからか、はたまた慣れないことをしたせいか。ぐらぐらと揺れる視界で、カツラは回らない頭から情報を探り出す。……なんだろう。どこかで聞き覚えのある名前だ。


『君が、サクラさんの言ってたカツラくん?』


「ぁ、え?」


キヨラの言葉に、カツラはふとサワラの顔を思い出す。


――『私の友達!』


(……ああ、そうか。サクラと一緒に来たって言っていた人か)


カツラは徐々に覚めていく思考で、目の前の人物の正体を叩き出す。恨み嫉みに染まっていた思考が、突然登場した少女に全て掻っ攫われたことに、カツラはまだ気が付いていなかった。


キヨラと名乗った少女は、カツラが銃から手を離したのを見て、ホッと息を吐く。――あのままでは本当に殺し合いになってしまうところだった。しかし、突然のことに驚いたのはカツラだけではない。意味が分からないと言わんばかりの顔で二人を交互に見ているホムラに苦笑いを零し、キヨラはガラスの向こうを指した。


『大丈夫。彼女が何とかしてくれるよ。だから、――信じて。怒りを収めて』


「ッ――!」


キヨラの言葉に、カツラはハッとして彼女の指し示す方へと目を向けた。そこにはデータと思しき紙を手に、大きく手を振っているチカラがいた。目が合ったのに気づくと、彼女は大きく頷き、今まで見たことがないほど大きく口を動かした。


――データ、とれた。あとは、まかせて。


「はぁ……はぁ……本当に、取ったのか」


『ちょーっとお手伝いしてたから、気づくのが遅くなっちゃったんだけど』


ふふっと笑うキヨラは、走って出て行くチカラを見送るとその視線のままカツラを見つめた。その視線はどこまでも優しく、何かを憂うかのようで、カツラは少しだけ目が離せないでいた。――まるで、自分を通して誰かを見ているような、そんな目だ。


『……トオルちゃんも、君と同じだったのかもね』


「え」


『ううん。何でもない!』


小さく呟かれた声は、残念ながらカツラに届くことはなく、聞き返した声にキヨラはふるりと首を振った。その後ろでゆらりと動く影に、カツラはハッとする。


「っ、なに、ノンキに、お話なんか、してんの……人のこと、殴っといて、さぁ……!」


『ちょ、ホムラちゃん! ストップストップ!』


「は? だれ……浮いて……え?」


『夢で会ったのに忘れられてる!?』


ショックを受けた声を上げるキヨラに、ホムラは頭を抑えつつ首を傾げている。「ゆーれい……? それとも、おばけ……?」と舌ったらずな声で言っているのを聞くに、完全にホムラはキヨラの事を忘れているようだった。


『もう! 何でもいいけど! 二人とも、無益な戦いはこれでおしまい! ね?』


「ムエ、キ……?」


「……何の得もないこと。無駄なこと。それくらい知っとけバカ」


「なにをう!?」


キヨラの言葉に首を傾げたホムラを、カツラが煽る。その声はさっきよりも少しだけ優しく思えたが、ホムラには伝わらなかった。


『ちょ、ちょっとちょっと! 喧嘩しないでってば!』


「だってこいつが先に!」


「うっせー! バーカ!」


『ええ~!?』


顔を合わせた瞬間言い合いを始める二人に、キヨラは苦笑いをするしかなかった。喧嘩するほど仲がいいとはいうが、それにしても気が合わなさすぎる。どうしたものかと首を傾げていれば、ホムラがカツラを盗み見た。カツラはそれに気が付かないまま、自分の気持ちを落ち着けようとしているのか、ブツブツと何かを呟いている。二人を見て、キヨラは悟った。――二人とも、喧嘩をしたいわけではないのだと。


『二人って、兄妹みたいだね』


「「はあ?!」」


『ごめんごめん!』


キヨラはつい口を滑らせてしまい、慌てて二人に謝る。同じタイミングで振り返ったのが嫌だったのか、二人はまたいがみ合いを始めてしまった。


(本当、仲がいいなぁ)


……もしかしたら二人はあのまま仲良くなっていたのかもしれない。サクラから二人の過去を聞いていたキヨラは、そんなことを考える。――そのためにも、チカラには早く帰ってきてもらわなければ。






再び訪れた戦いの間。今度はヤワラがいない中でのデータ採取だということで、ホムラとカツラは再び対峙していた。


「くっそ……!」


「もう……!」


痛みが、疲労が、消えない。ホムラとカツラは互いに一日、二日じゃあ癒えない傷を負っていた。ホムラが鬱陶しそうに頭の包帯に触れる。カツラは太ももに貼られたガーゼに手を当てた。


サクラとキヨラはあの後から出てきていない。帰ってしまったのか、それとも何か別の事をしているのか。


(くそっ……頭がぶれる……!)


考え事をしたいのに、立っているのがギリギリでそんな余裕はない。今すぐ寝てしまいたいのに、ホムラが。カツラが。相手が立ち上がるから、負けられない。


(はやく、終わってほしい)


その想いは、二人の脳内に同時に響き渡った。




「カツラー!!」


「!」


不意に、空気を切る声が響く。ぼんやりとした思考に、防弾ガラスの中にしか響かないはずのスピーカーから聞こえた声。その場にいた全員が顔を上げる。放送室であろう場所にあったのは、いつものヤワラの姿ではなくチカラの姿だった。


「出来た! 出来ましたよ! ――ドライヤーガンの完成ですッ!!」


チカラの声が、施設内に響き渡る。


カツラは目を見開いた。


「かん、せい……」


「銃も服も靴もっ! 全部作ってきました! 試験も簡易ですがこの施設と同じ場所を作り、そちらで済ませてあります! だから、もうこれ以上戦う必要はないんです!」


――戦う必要は、ない。


その言葉に、カツラは手に持っていた銃が零れ落ちるのを感じた。負の感情がまるで頭の先から抜けていくような感覚だ。


クリアになっていく視界で、やっとチカラの姿をしっかりと捉えることができた。彼女の目元にはくっきりと黒いクマが付いており、髪はいつもよりぼさぼさで、顔色は悪い。しかし、ハイになっているであろう彼女は、満面の笑みを浮かべていた。


「はあ?! なんだよそれ! そんなん聞いてねーぞ!」


――しかし、放たれた怒号がカツラたちを包む空気を一閃した。


声の主は、観戦をしていたヤカラだった。金を片手に握りしめ、足癖の悪さでガンッとガラス戸を蹴っている。すごい剣幕だ。ガンガンと蹴られる度に揺れるガラス戸に、カツラとホムラはどちらともなく短い悲鳴を上げる。


「こっちは賭けまでしてんだよぉ! さっさとどっちか殺せ! こーろーせ! こーろーせッ!!」


「そうだそうだ!」


「こーろーせ! こーろーせ!」


ガラス戸の向こうにいた大の大人たちが一斉に叫び出し、コールが始まる。紀眞家、匕背家、関係なしに。両手を叩くのと同時に、大きな手拍子が施設内を包み込んでいく。まるで音で脅迫されているかのような感覚だ。


「なんだよ、これ……」


――異常空間。そういう他に、この状況を表す言葉をカツラは知らない。拍手の音が、自分たちの“本気の殺し合い”を望む声が、カツラたちを包んでいく。


(もう、いやだ)




「うるさーーーいッ!!」


「「!!」」


キィイイイン! と甲高く響く音が、耳を劈く。音の発生源はどうやら放送室にいたチカラだったようで。彼女は目を吊り上げると、ダンッと手に持っていたマイクをスタンドごと台に叩きつけた。衝撃音が響き、再び甲高い嫌な音が響く。しかし、あの一瞬で脅迫の音は完全に振り払われていた。


「どいつもこいつも……僕の作ったものをなんだと思ってるんですかッ!!」


「え」


「僕の作った子たちは、人を殺めるための物でも、傷つけるための物でもありませんッ! みんなを守るためのドライヤーガンであり、身を守るための服なんです! 僕の作った子供たちを、悪く言わないでください!」


チカラの言葉に、カツラたちは唖然とした。フンッと息を吐き、腕を組むチカラは怒っているのだろう。……でも。


(気にするとこ、そこなんだ……)


あまりにも予想外のところから飛んできた怒りに、その場にいた全員が驚いている。もちろん、声を荒げたヤカラでさえ。チカラ本人と言えば、「言ってやったぜ!」と言わんばかりに顔を輝かせており、後ろではやよいが頭を抱えている。……恐らく彼女のテンションが暴走しているのだろう。


シン、と静寂が落ちてくる。困惑の空気が流れる中、沈黙を破ったのは軽い拍手音だった。さっきの煽るものとは違う、賞賛を送るための拍手。それはガラス戸の向こう側から響き、施設の入り口から聞こえて来ていた。


「ドラヤーガンの完成、おめでとうございます。チカラちゃん」


「……ヤワラ」


チカラのいる放送室を見上げ、ヤワラは笑みを浮かべる。数日前よりも威圧感のある笑顔に、カツラはひゅっと息を飲む。……何か自分たちにとって良くないことを企んでいることなんて、一目でわかった。ヤワラが歩くたびに大人たちが道を開け、その背中を見送っていく。まるでモーセが人波という海を割っていくかのようだ。


(本当に中学生かよ)


「……ちゃんとテスト済みです。あとで動画も送ります」


「そうですか。それは良かったです。資料が盗み出された時はどうしようかと思いましたけど、チカラちゃんの為になったのならそれでいいです」


「うぐっ」


ヤワラの言葉に、チカラが声を詰まらせる。……どうやら秘密裏にと行っていたことは、全てヤワラにバレていたらしい。更にはそれを意図的に見逃されていたのだと思うと、チカラの心情は計り知れない。そんな二人を交互に見つめ、カツラは眉を寄せる。


(二人とも、喧嘩してたんじゃねーのかよ)


さっきのやり取りを見るに、喧嘩しているとは到底思えない。それどころか仲睦まじいくらいだ。しかし、二人の間にそれ以上の会話はない。ヤワラは静かにガラス戸に近づくと、その扉を開けた。


「ホムラちゃん、カツラちゃん。お疲れ様です。出ていいですよ」


「ヤワラ姉……!」


ヤワラの言葉に早速反応したのは、ホムラだった。ヤワラに駆け寄り、抱き着く。そんな姿に何となく違和感を覚えつつも、ヤワラが彼女の頭を撫でているのを見てカツラはその違和感を飲み込む。宙に浮いているキヨラはじっと二人を見つめていた。


ヤワラは二人に驚くほど優しい声をかける。


「二人が頑張ってくれたおかげで質のいいデータをとることが出来ました。ありがとうございます」


「それだけじゃないだろ」


「えっ?」


「ふふっ。カツラちゃんは本当に頭がいいですね」


「……下衆が」


「策略と言ってください」


ヤワラの言葉に、カツラは思い切り眉を顰めた。……まるで巨大な蛇に背中でも舐められたかのような気持ち悪さだ。


(俺たちを戦わせて、自分はデータ収集と資金集めかよ)


大方、賭博染みたことでもしていたのだろう。仲間内であるからこそできる、簡単な儲け方だ。しかも、その稼ぎは全部研究に必要な費用として献上することで、彼女自身に利益はない。そのため、トラブルにはならない。……頭がいいのはどっちなんだか。


「や、ヤワラ姉。その……婚約の話は……」


ふと、ホムラがヤワラを見上げ、問う。その疑問はカツラ本人も思っていたことだった。――そう。この勝負に賭けられているのは大人たちの懐事情だけではない。自分たちの未来も、かかっているのだ。


ヤワラはホムラを見ると、きょとんとした目を向けた。一瞬何を言っているのかわからないとでも言いたげな視線に、ぞっとする。


「え? ……ああ。そういえばそんな話もしていましたね」


「ウチ、結構がんばったし、すごく痛いのだってガマンして……」


「そうですね。まあ、好きにしていいですよ」


「えっ」


ホムラの訴えかける声に、ヤワラはただただ白い目を向け、淡々と言葉を返した。まるで意に介していない。ホムラの存在自体がヤワラにとっては薄く、どうでもいい物であるかのようだった。


「で、でも負けた方が婚約だって、ヤワラ姉が言って……」


「そうでもしないと二人とも戦わなかったでしょう? それに、婚約の話が来ていたのは本当の事ですし」


「それは……」


「ですから、別にどちらが婚約をしたとしても、紀眞家に問題はありません。好きな方が婚約したらいいんじゃないですか?」


――不利益がなければ、それでいい。


そう言外に伝えるヤワラに、ホムラは困惑に満ちていた。信じたくない言葉が尊敬している人の口から、次々と放たれたのだ。……感情がいうことを聞かなくても、不思議ではない。


そんなホムラの心情が、カツラはなぜか鮮明に読み取ることができた。「どうして、なんで」「ヤワラ姉がそんなこと言うはずがない」……濁流のように流れ込んでくる思考。それが本当にホムラのものなのか、カツラの想像なのかは怒りに震えていたカツラにはわからなかった。


「……なんだよ、それ」


「ん? 何がですか?」


「なんだよそれ!」


カツラが怒りに任せ叫ぶ。ドスドスと足音を立て、ヤワラの前に来ると、ホムラを引き剥がし、ヤワラの胸倉に手を伸ばした。セーラー服のリボンがカツラの両手に捕まれ、歪む。


「お前が言い出したことだろ!? なのにそんな他人事みてーな言い方しやがって! ちゃんと最後まで責任取れよ!」


ヤワラが驚いたように目を見開く。そんな些細なことすらも、今のカツラにとっては苛立ちを掻き立てるものにしかならなかった。


(大人のくせにッ!)


頭がよくて、自分よりも五つも年上で。中学生とはいえ、自分よりも断然大人であるヤワラの無責任さに、カツラは嫌悪感を覚えた。細かいことを言われるのも腹立たしいが、責任を投げるような言動は更に許せなかった。


「……何を言ってるんですか、カツラちゃん」


「あ!?」


「婚約の話が来ているのは、カツラちゃんとホムラちゃんの二人だけ。――私は元々、他人事でしかありませんよ?」


「な――ッ!」


「ただ、おじさんから二人とも婚約したくないと言っていることを聞いて、それならばと決めるお手伝いをさせていただいただけです。テスターをしなければいけない話もありましたし、それに、私たち人類の未来のためにもなりますしね」


ヤワラの手がカツラの手に触れ、解く。くしゃくしゃになったリボンを見下げて「アイロンのかけ直しですね」と呟いた。カツラはヤワラの言動に息を飲んだ。


(そんな……そんなことがあるかよ……!)


自分たちは自らの未来を守るために、あれだけ必死に戦っていた。それなのに、自分たちの選択が自分の首を絞めたのだと、ヤワラは言うのだ。


「おかげで人類を守るための道具も揃いましたし、結果は良好。予想以上に早い出来上がりには感謝していますよ。ああ、何だったらまた何か婚約を決めるための勝負でもしますか? トランプとか、人生ゲームとかなら確か押し入れに……」


「っ、てめぇッ!!」


――パァンッ。


甲高く響く音が、ヤワラとカツラの声を遮った。


音を立てたのは、いつの間にか下へ降りて来ていたチカラだった。


「もう、やめてください。ヤワラ」


「……チカラちゃん」


「そんな言葉たち、ヤワラからこれ以上聞きたくない」


チカラは震える声で告げる。彼女の手がヤワラの頬を叩いたのだろう。赤くなった手を引き寄せ、泣きそうな顔を歪ませた。


先ほどまで笑ってはよく回る口で話していたヤワラも、彼女の言葉には静かに口を噤んだ。チカラは赤い手を数回擦ると、強く握りしめた。


「……銃が完成すれば、ヤワラはまた昔みたいに戻ってくれるんじゃないかと思っていました。また昔みたいに優しいヤワラに……。でも、話を聞いてわかりました」


チカラがゆっくりと顔を上げる。泣きそうな顔は、申していなかった。


「もう戻れないんですね」


「……」


「あなたはもう、僕の好きだったヤワラじゃない!」


チカラは叫ぶ。その声はとてつもなく悲痛で、カツラは聞いているだけで涙が溢れてくるようだった。


「僕が大好きだったヤワラを、返してください……ッ!!」


(この人のこんな姿、初めて見た)


ぎゅうっと掴んだ手が、真っ白になる。まるで祈っているようにも見える姿に、彼女がどれだけそれを願っているのかを垣間見た気がした。ヤワラはじっと彼女を見つめると、ふっと息を吐いた。


「……もし。自分と世界中の人を天秤に掛けて、救えるのが一人だとしたら……チカラちゃんはどうします?」


「は……?」


突然の問いかけに、チカラが声を零す。ヤワラはその声を聞いて小さく笑うと、セーラー服の身を整えた。その一つ一つの仕草が、彼女を大人びて見せる。


「私は、チカラちゃんみたいに頭も良くないし、発明の力にだってなれない。やよいさんみたいに気も利かなければ、周りの大人たちみたいにお金を持っているわけじゃない。ホムラちゃんみたいに運動神経も良くなければ、カツラちゃんみたいに自分の意思を持つこともできない」


「っ、そんなこと!」


「あるんだよ。だって――私には、私にしかできないことが用意されているから」


ヤワラの口調が崩れる。背を向けてしまった彼女から、表情を伺うことは出来なかった。




――未来を視る力。


望んで手に入れたものではない。しかし、見えてしまう以上、優しい彼女には無視することもできなかったのだ。それが、彼女の生き方を決めてしまった。


「人類すべての未来を守れるのは、私だけ。だから――何に代えても、未来を守る義務があるんです」


そう言い切ったヤワラには、覚悟があった。全てを曲げてでも人類を救う覚悟が。自分がどれだけ嫌われようとも、周りをどれだけ不幸にしようとも、全てを背負って矢面に立つ覚悟を。


(そんなの)


一人で背負えるものではない。


――しかし、カツラはそれを伝えられなかった。ヤワラに手を差し伸べられるほどのものを、その身に持っていなかったからだ。偽善が嫌いなカツラにとって、それを言うのは自分を否定するのと同義だった。


「……それでも、誰かの幸せのために、誰かが不幸になるなんて馬鹿げています。僕は、ヤワラにも幸せになって欲しい」


――だからこそ、チカラがそう告げたということに、カツラは驚いていた。だが、その願いにチカラの意思を汲み取るのは容易い。


「世界中の人間のために、二人が戦うことも! ヤワラがヤワラじゃなくなることも! そんなの、全部おかしいじゃないですかッ!!」


チカラは吠える。確かな“意志”を持って――。


「僕は、人類みんなを救う! もちろん、その中にはヤワラもやよいも、ホムラもカツラも入ってる! ヤワラみたいに誰かを犠牲にしなくてもみんなが助かる方法を、僕が考えますッ!」


(ああ、そうか)


――この人はただ、ヤワラを助けたいだけなんだ。


「……そうですか。それじゃあ、私とはここまでですね」


「ヤワラ!」


「せいぜい頑張ってください、チカラ」


ふっと微笑んで、ヤワラは一度振り返ると施設を出て行ってしまった。チカラが追いかけようとするも、見知らぬ黒服の男たちが行き先を阻んでしまう。


「待ってください! ヤワラ! 待って――!」


チカラの声が響く。残されたのは唖然としているホムラとカツラ、そして黒服の男たちに取り押さえられているチカラだけだった。






――あれから数日。


カツラとホムラは家に帰されると、数日間の休養の後、いつもの日常に戻っていた。朝起きて、準備をして学校へ行く。学校では相変わらず一人でいたが、ホムラが話しかけているのを見ていたからか、他のクラスメイトも恐る恐る声をかけてくるようになっていた。チカラはそんな彼女たちを振り払おうとして……やめた。頭に浮かんでいたのは、夢で聞いたサクラの声。


(こいつらは……何も悪いことをしてねぇんだよな)


そう思えば、クラスメイト達の声を聞くことが、前より少しだけ楽になったような気がしていた。


一方、ホムラは相変わらず人に囲まれている。あの時、互いに罵声を浴びせ、戦っていたのが嘘の事の様だった。ヤワラにひどく懐いているようにも見えていたが、彼女がいなくなってもホムラは変わらなかった。


「カツラ~!」


「っ、ああもう! 抱き着くなっつーの!」


「いいじゃん! あ、そういえば今度さあ」


「話を聞け!」


ホムラの自由奔放ぶりは昔と変わらず、それどころか昔よりもあの手この手でカツラとの距離を縮めようと画策し始めていた。そんな計画なんぞ知らないカツラであるが、本能的に感じているのか、ホムラを見つけるととにかく逃げるようになっていた。何の前触れもなく始まる二人の鬼ごっこ。最初は驚かれたものの、学年を上がる頃には名物の一つとして数えられていた。それがカツラは、あまり嫌ではなかった。……もちろん、それをホムラに告げることは一生ないが。


そして小学四年生になったカツラには、とある場所に向かっていた。カツラの通う学校から電車で三十分。駅に降り立ち、歩き始めること十分程度。“大学”と書かれた柱を前に、足を止める。


「おや。今日も来たのかね、カツラくん」


「入ってもいいか?」


「もちろん。はい、許可証」


「あ、あり、がとう」


管理人から受け取ったプレートを、頭から被る。紐を調節して『関係者』と書かれた板を正面に向けると、カツラは広く大きな白い門を潜った。――向かう先は、大学の西棟にある研究室。白い扉を前にすれば、室内から賑わう声が聞こえてくる。その中に目的の人物がいることを確かめたカツラは、扉を二度ノックし、開けた。


「あ。いらっしゃい、カツラ」


「……どうも」


チカラに軽く頭を下げ、いつもの場所にランドセルを下ろした。


カツラはあの騒動の後、チカラの研究を見たいと両親に告げた。「今後の知見を広げるために」そう言ったカツラの要望を、両親は一晩かけて考えると、初めて許可を出した。曰く、「今どき、男も女も馬鹿ではやっていけない。彼女の元なら多少なりとも学べるだろう」だそうで。カツラはその言い分が気に食わなかったものの、初めて通った自分の意見に込み上げる歓喜を前に、そんな些細なことは一瞬でかき消された。その日から、カツラはこの研究室への出入りを許されている。


「カツラー。ちょっと手伝ってくれませんか?」


「何?」


「そっちを抑えてて欲しいんです。今人手が足りなくて」


チカラの言葉に、一つ頷いてカツラは彼女の指示通りに線を抑えた。


研究室に来てやることは大方決まっている。難しい実験をしているチカラ達を見学したり、時々こうして手伝ったり。休憩をしている職員の話し相手だとか、手品染みた薬液反応を実際にやってみることもあったが、見ているだけでも存外楽しいものだ。少なくとも、一人部屋で籠っていた時よりは断然有意義だった。


「チカラー。ここなんだけど」


「あ、ここはこっちの方が反応がいいですよ。それと、この辺りは他にも使えるものがないか確認していただけませんか?」


「ここね、了解」


「チカラさん! こっちもいいですか!?」


「ああ、そっちは――」


チカラはあちらこちらと忙しく声をかけている。その姿はやはり中学三年生になったばかりだとは思えない。


(何言ってるかわかんねー)


カツラからすれば暗号のような言葉ばかりが飛び交う会話だったが、人の悪口や陰口ばかり言っている会話よりは聞きやすかった。




チカラがこの大学に移ったのは、ヤワラとのことがあってからすぐだった。


元々一人だけの研究室にこもっていたそうだが、例の一件で「自分だけじゃだめだ」と自らいろいろな研究者に話をしに行ったらしい。今では他の研究者たちの研究も手伝いつつ、誰でもどこでも使えるようにとドライヤーガンの改良に当たっているらしい。何でも、前のは急ごしらえだったこともあり、三発で電力を全て消費してしまうものだったらしい。


(……すごいな)


カツラはふと、あの時の事を思い出す。……きっとヤワラもチカラも、間違ったことは言っていなかったのだろう。ただ……お互い見ているものが違っただけ。


ヤワラが今どこで、何をしているのかは知らない。しかし、ヤワラの作った施設は立ち入り禁止となり、大人たちは賭博をしていたということで両家当主からこっぴどく怒られたのだとか。ざまみろ、と内心舌を出してやった。




カツラはチカラに「離して大丈夫ですよ」と告げられると、指を離して再び自分の定位置へと戻った。そこにはチカラのお付きの人間――やよいが立っており、あんぱんを差し出される。香ばしい匂いにあんぱんを受け取り、口に入れた。


研究室に小麦粉のいい匂いが充満し、全員が休憩に入る。コーヒーの匂いが混じる中、自分の前に差し出されたお茶をずずずと飲む。研究者たちの背中は大きく、すごく賢そうだった。


「そういえばこの前実験で二日寝るの忘れてさぁ。コーヒーのお湯手にぶっかけて大変だった」


「何してんの」


「いやこう、手元が狂っちゃって」


「あるある~。そういうことあるよね~」


「いやねーよ! つーか毎日寝ろって言ってんだろ!」


「……」


言い合いを始める研究者たちの背中に、カツラは自身の目が座っていくのを感じる。……外見と中身が一致しない事なんて、よくあることだ。そう納得し、あんぱんにかぶりつく。ふと、お湯をかけたと言っていた研究者の包帯が巻かれた手を見て、思い出す。


(そういえば、俺が怪我した時あいつも痛がってたような……)


――命がけの戦いの最中。自分で仕掛けた攻撃に、自分で痛がるホムラの姿を思い出して、カツラは眉を寄せる。……よくよく考えれば、おかしい話だ。


(もしかして、また変な能力が……)


紀眞家には、時々力を持った人間が生まれるらしい。ヤワラやサクラはその代表だろう。……自分は絶対に無いとは言い切れないのが、この血筋の嫌なところだった。


(サクラもキヨラも、いつの間にか居なくなりやがって)


こんなことなら聞いておけばよかった、と後悔する。しかし、時すでに遅し。考えるべきは、力があるのかないのかをどうやって調べるかだ。


(つっても、また痛い思いすんのは嫌だしなぁ)


ホムラに協力してもらうのも中々に嫌だ。面倒なのが目に見えているし、何より彼女に仮を作るのは何となく……腹立たしい。


(そういえば、あの時以来、変なことが増えたような……)


例えば歩いている最中。遮蔽物も障害物もない場所で、突然額に何かぶつかったような衝撃を覚えたり、部屋の中で本を読んでいると突然足の小指をぶつけたような痛みが走ったり。不思議なのは、翌日ホムラが額にガーゼを貼っていたり、足の小指の話をしていたりする。――まるで、同じ場所を、同じ時に、同じように感じているかのようで。


「ねーな」


「? 何がですか?」


「あ、いや」


顔を覗き込んでくるチカラに「何でもない」と首を振る。……まさか口から出てしまっていたとは。しかし、まさか自分とホムラの感覚が繋がっていると考えるとは、カツラ自身も自分に驚いていた。


(でも、もし何かあるなら知っておいた方がいい、よな)


カツラはふとヤワラの事を思い出す。……彼女のように全てを諦めてしまう前に、自分は何か出来ることがあるのではないだろうか。自分はヤワラとは違う人間なのだから。


幸い、ここにはそういう専門家たちが集まっている。カツラは勇気をもって顔を上げると、チカラの顔を見上げた。チカラは首を傾げると、最後の一口を頬張った。


「あ、あのさ」


「なんですか?」


「ちょっと……調べて欲しいことがあるんだけど」




──それから数か月後。カツラが実はホムラと一卵性双子であると知ることになるとは、この時は誰も考えていなかった。



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